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スペードの女王

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第三幕その四


第三幕その四

「まずは一枚」
「はい、一枚」
 向かいにはトムスキーがいる。仲介はチェカリンスキーだ。
「伯爵」
 公爵はカードを受け取りながらトムスキーに声をかけてきた。
「はい」
「今考えていることなんだけれどね」
「ポーカーのことではなく」
「それとは別のことだけれどね」
「それは一体」
「うん、若しかしたら君に立会人をお願いするかも知れない」
「立会人ですか」
 トムスキーはそれを聞いて心の中でやはりと思った。さっきの予想が当たったと感じた。
「君にお願いしたい。いいから」
「ええ、宜しいですね」
 真剣な顔で頷く。
「ではその時になりましたら」
「お願いするよ」
「よお、君も来たか」
「今日こそは遊ぶのかい?」
「・・・・・・公爵」
 トムスキーは周りの声を聴きながら公爵に声をかけてきた。
「それは今すぐかも知れませんね」
「そうだね。来たか、ここに」
「おい、ゲルマン」
 チェカリンスキーがゲルマンを迎えていた。
「顔色が悪いな、どうしたんだ?」
「ああ、いつもよりもずっと。何処か悪いのか?」
「何でもないよ」
 ゲルマンは白いマントを脱ぎながらスーリンに応えた。見ればその顔は真っ白でまるで死人のそれの様になっていた。
 その顔で席にやって来る。途中で公爵と視線が会った。
「貴方もここに」
「うん、気が向いてね」
 心の中に剣を隠しながらのやり取りであった。互いを見据えていたが奥底にあるものは隠し合っていた。
「君もするのか?」
「うん」
 トムスキーの声に頷いた。
「まずは一枚」
「遂にゲルマンが賭けるか」
 友人達は彼がデーブルに着くのを眺めながらにこやかに話をしていた。
「いよいよだな」
「ああ、どうなるかな」
「僕はとりあえずは」
 公爵は席を立った。それで様子を見るつもりなのだ。
「幾ら賭けるんだい?友よ」
「四万」
「なっ」
 問うたチェカリンスキーの方が沈黙してしまった。
「おい、四万だって」
「そうさ、四万だ」
「いいのか、それで」
「いい、頼む」
「わかった、じゃあカードは」
「一だ」
 こう告げた。
「一か。それでいいんだな」
「ああ、それでいい」
 チェカリンスキーの言葉に頷く。何かに憑かれたかの様な虚ろな顔で。
「頼むよ」
「よし」
 カードが配られる。そしてゲルマンのところに出たのは。
「一だな」
 ゲルマンはそれを見て表情を変えずに呟く。
「僕の勝ちだ」
「おい、勝ったぞ」
「これはまた運がいい」
「運じゃないんだ」
 だがゲルマンは友人達の声に対して呟く。
「これは決して」
「じゃあ何なんだ?」
「君は今日おかしいぞ」
「おかしくもないさ」
 だがそう返すゲルマンの声は何処か憔悴したものになっていた。
「僕は何処もね」
「いや、やっぱりな」
「ああ」
 友人達は口々に言う。
「どうしたんだい?本当に」
「何も憑いてはいないよな」
「何もないさ。じゃあまた賭けよう」
 ゲルマンは言った。
「次は三だ」
「三だな?」
「ああ」
「わかった、三だ」
 カードが配られる。ゲルマンが引いたのは三であった。
「よし」
 彼はそのカードを見て不敵に笑う。まるで地獄の堕天使の様に。
「また僕の勝ちだ」
「ゲルマン」
 最も親しい友人であるトムスキーが彼に声をかけてきた。
「これで止めておけ」
「どうしてだい?」
「何かおかしい。これ以上やると恐ろしいことになる」
「そんなことはない」
 だがゲルマンはそれを否定する。
「もう一枚で全てが終わるんだ」
「もう一枚?」
「そうだ、それだけなんだ、後は」 
 虚ろな目が次第に充血していく。すぐに死霊の目の様に真っ赤になった。蒼白の顔に浮かび上がるその紅の目はまさに死の目であった。
「それで全てが」
「だからもう」
「トムスキー」
 さらに言おうとする彼をチェカリンスキーとスーリンが止めた。
「もう駄目だ」
「駄目とは」
「彼は憑かれている」
 チェカリンスキーはゲルマンの姿を見て彼に言った。
「救われない。このまま側にいては駄目だ」
「そんな・・・・・・」
「恐ろしいことが起こる。僕達はそれを見守るしかできない」
 スーリンの顔は何時になく強張っていた。
「このまま」
「ゲルマン・・・・・・」
「さあ、次だ」
 ゲルマンは言う。
「次に僕とカードをするのは誰だい?」
「では私が」
 公爵が前に出て来た。
「貴方が」
「宜しいかな、ゲルマン君」
 ゲルマンを見て言う。彼の為に婚約が破棄されたことは知っている。だがその怒りは今は表には出さない。じっと見据えているだけである。
「それで」
「はい」
 ゲルマンはそれを受けた。
 
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