スペードの女王
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第三幕その三
第三幕その三
賭博場もまたフランス風であった。当時のフランス貴族達の間では賭博が優雅な遊びとされていた。ロシア貴族達もそれに倣ってロココ調の装飾の部屋で今賭博に興じていた。
酒と美食、そして煙草と倦怠の香りが立ち込める部屋の中で緑と黒の卓を囲んでいる。トランプのカードがその上で乱れ飛んでいた。
「そう来たか」
「どうだい?」
スーリンとチェカリンスキーがポーカーに転じていた。チェカリンスキーは自身のフルハウスを見せて不敵に笑っていた。
「僕はもうストップだよ」
「そうか」
「君はどうするんだい?ストップかい?」
「いや」
その言葉に首を横に振る。彼も何かを決めているようである。
「もう一回引かせてもらうよ」
「そうか、何枚だい?」
「一枚だ」
「わかった、じゃあ引き給え」
「ああ」
頷いてカードを一枚交換する。目の前でカードを五枚揃えてから言う。
「ストップだ」
「よし、見せ給え」
「うむ」
表情を変えず五枚のカードを見せる。ストレートフラッシュであった。
「僕の勝ちだね」
そしてここで不敵に笑ってみせた。
「そうだね、見事だ」
「一か八かだったよ」
「君はそれに勝ったと」
「ああ、正直フルハウスを見た時は駄目かと思った」
「僕は勝ったと思ったよ」
「生憎だったな。おや」
「どうした?ゲルマンでも来たかい?」
「いや、公爵だ」
「セバストポリ公爵かい?」
ポチョムキンのことである。
「いや、エレツキー公爵だ」
「彼が。まさか」
公爵は女帝の愛人であったが堅物として知られていた。賭け事に現を抜かす男ではない。だからチェカリンスキーも他の者もそれをいぶかしんだのである。
「いや、本当だ。彼だ」
「どういうことなんだ、これは」
「公爵、どうされたのですか?」
「いや、ちょっとね」
公爵はトムスキーの問いに答える。浮かない顔をしていた。
「憂さ晴らしに」
「憂さ晴らし!?」
「そうなんだ、実はね」
「はい」
「婚約を解消してしまって」
「何故」
(まさか)
トムスキーはふと気付いたがそれは口には出さなかった。
「まあちょっとね。悪いけれどそれ以上は聞かないでくれ」
「わかりました」
「それでは」
賭博場にいた者はそれは聞かなかった。公爵はそれを受けたうえでまた口を開いた。
「いい気分転換になるかなって思ってね」
「わかりました。それでは」
「まずは一杯」
「フランスのワインですね」
「いえ、トカイです」
チェカリンスキーがにこりと笑って答える。
「トカイですか」
「はい、まあたまにはフランス以外のものもいいと思いまして」
「これはいけますよ」
「わかりました。では」
スーリンにも薦められてグラスを乾かす。
「素晴らしい、こんなワインははじめてだ」
「そうでしょう」
「では気持ちが落ち着いたところで。トムスキー」
「何だい?」
「どうだい、歌でも」
「今はちょっと」
まずは断ってみせる。
「歌う気には」
「では君にもトカイを」
チェカリンスキーがワインを出してきた。
「これでいいかな」
「仕方ないな。じゃあ」
「明るい曲を頼むぞ」
「公爵をにこやかにさせるような」
「よし、じゃあ」
それに応える形で場の中央に出て来た。
「覚えたてだけれど」
「それでいいよ」
「はじめてくれ」
「よし」
それを受けて朗々と歌いはじめた。
「若し可愛い乙女達が小鳥の様に空を飛んで木の枝に止まるなら」
「どうするんだい?」
「僕は枝になりたい。何千人もの乙女を枝に止まらせよう」
「おお、いいねえ」
「もう一曲」
客達が囃し立てる。賑やかな歌に皆乗ってきていた。
「乙女達を枝に座らせて歌わせよう。巣を作らせてあげよう」
「寛大だね、また」
「君らしい」
「僕の枝は決して曲がったりしなったりしないから。そのまま彼女達を抱いて僕は永遠に幸せを味わうのさ」
「よし、乗ってきたぞ」
「じゃあ楽しくやろうか」
「公爵、どうぞ」
「うん、何をしているのかな」
公爵は薦められた席に座りながらスーリンに尋ねた。
「ポーカーですよ」
「ポーカーなのかい」
「御存知ですよね」
一応のいであった。
「こうしたところでははじめてだけれどね。結構好きだよ」
「それは何より」
「それでははじめますか」
「うん、まずは」
「おおい、ワインだ」
「ケーキを頼む」
周りでは酒に美食が頼まれる。煙草の煙がくゆらぎ部屋の中を覆っていた。公爵はその中でカードを選んでいた。
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