前略、空の上より
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第一話「真心を込めた謝罪」
俺が憑依したこの男の名はピーター・ハウゼンというらしい。
憑依した当初はやはり冷静ではなかったらしく、少し時間を置くと膨大な量の情報が頭に流れ込んできた。それは俺に対するこの男の記憶や知識なのだが、同時にこの男に対して俺の記憶や知識も流れているようだ。要領が掴めないだろうが、二つの魂が融合して新たな一つの魂となったと思えば理解が深まると思う。
何の因果か基本骨格となる人格は俺らしい。それは憑依した影響によって俺の人格が優先され、奥底にピーターの人格が残っているのか、はたまた完全に奴の人格は消滅して俺の人格が残ったのか、詳細は不明だが俺は俺だと自己を認識することは出来た。
ただ、同時に俺でも奴でもなくなったため、雨宮の名やピーターは語れない。そのため、今日この時から新たな名を語ろうと思う。
「うーむ、どうするか……」
先程からずっと新たな名前を考えているのだが、一向に浮かばない。難しく考えるからいけないのか?
「そうだな……よし。アルカインとでも名乗るか」
一度決めると妙にしっくりくる。グッジョブ俺! と自分に頷いた俺は護衛兼伝令兼愛玩奴隷であるハーピーに声を掛けた。ちなみにこのハーピーの役割は過去にピーターがつけたものである。酷いものだ。
(まあ、まだ性の捌け口にしていないだけマシか)
シナプスの住人の中でゲスに等しい者ではエンジェロイドを性処理道具として使っている奴もいるらしい。その点、嗜虐趣味であるコイツは嬲って虐めて満足しているので、まだ一ミクロンほどの救いはあるな。
「ハーピー、拡張器を」
「はい、マスター!」
ハーピー姉が差し出したのはトランスシーバー形のマイク。電源を入れた俺は立ち上がった。さて、ピーターらしい口調で、と。
「――私の声を聞け、シナプスの住人たちよ、我が同胞たちよ。ピーター・ハウゼンだ」
シナプス全区域に俺の声が放送される。
「唐突だが、今この時を以て私は名を変える。以降、私のことはアルカインと呼ぶように。新たに生まれ変わった証として、今日から私はアルカインだ。シナプスの住人たち諸君、我が同胞たち諸君、よく見知りおいてくれ」
拡声器を切る。戸惑った表情でハーピーたちが俺の顔を見上げていた。
「マスター……」
「聞いていた通りだ。今日から俺の名はアルカインだ。まあ、常日頃から俺をマスターと呼ぶお前たちにとって、あまり関係のない話かもしれないがな」
「そ、そんなことありません!」
「マスターの名前、しかと覚えました!」
慌てて言い寄るハーピーたちの頭を撫でた俺はポカンとした顔でこちらを見上げるエンジェロイドを背にした。
「出掛けてくる。留守を頼む」
「は、はいっ!」
「いってらっしゃいませ、マスター!」
何故か敬礼する彼女たちに手を振りその場を後にした。背後から「マスターどうしちゃったんだろうね?」との声が聞こえてきたが、聞かなかったことにしよう。やっぱり変わり身が激し過ぎたかな……?
玉座が据えてある場所――便宜上、玉座の場としよう――から離れた俺はこの辺りの地理を確認するためその辺を散策することにした。記憶としては知っているが、やはり実際に目にしておきたいからな。
「えーと、こっちが居住区か」
玉座の場を出た俺は長い廊下を歩き外に出た。
居住区には日本でもよく見かける一般的な一軒家が並んでおり、中には喫茶店や八百屋などの店も存在した。
しかし、居住区を闊歩するのは医療用エンジェロイドである【オレガノ】たちだけだ。ナース帽を被り、箒や雑巾といった清掃用具を片手に侍女のようにせっせと街中を掃除している。
無表情で仕事に励むオレガノたち。彼女たちを観察している俺を不思議に思ったのか、オレガノの一人がジッと表情を変えずにこちらを見上げてきた。
「うーむ、可愛い……」
小さな翼をパタパタさせて俺の顔を凝視するその姿に胸のときめきを覚える。これが萌えか!
なでなでと頭を撫でる。表情は相変わらず変えないが、それがまた俺の父性を掻き立てた。
居住区を抜けて開発区へと向かう途中、人の声を耳にした俺は足を止めた。
「なんだ?」
何やら脇道の方から声がする。好奇心が刺激された俺は少しだけ覗いてみることにした。
「なっ――」
そこには衝撃的な光景が繰り広げられていた。三人の男がオレガノの周りに集まり、路上で性交していたのだ。
ピーターの知識によるとオレガノには感情制御が希薄で言語機能は搭載されていない。そんな彼女をこの男たちは腕力と権力にものをいわせて無理矢理犯しているのか!
基本エンジェロイドは奴隷のような立場のため、シナプスの民と比べて地位は低い。しかも彼女たちはピーターたち『空人』によって作られた製品のため、同じ『空人』であるシナプスの民には逆らえないのだ。それを承知でエンジェロイドを都合の良い性処理道具として使っている者も少なくない。この男たちのように。
「オラオラ! 少しは喘いでみせろよ!」
「無理だよケーちゃん。だってこいつら人形だもの」
「違いねぇ! ハハハハ!」
嘲笑しながら荒々しく腰を動かす男。オレガノは無表情のままジッと男の顔を見上げていた。
「……っ!」
――無理、我慢出来ない。
その光景を目にして自制が聞かなくなった俺は拳を固く握りしめて飛び出した。
「この、バカチンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「へっ? げふぉ!?」
オレガノを組み敷いていた男を殴り飛ばす。間抜けな顔で腰を振っていた男は鼻血を吹き出しながら放物線を描いた。路上を二転三転と転がる。
「ピ、ピーター様!?」
「違う、アルカインだ! 放送を聞いていなかったのか貴様らは!」
呆然と俺を見上げる男たちを蹴り飛ばす。
「な、なにを……」
「なにをだぁ? 貴様ら……エンジェロイドたちが逆らえないことをいいことに強姦に走るとは、男の風上にも置けない奴め……! 現行犯逮捕だバカ野郎!」
俺は悪くないといった顔をして何故殴られたのか全く理解していない男たち。
手を上げると、それを合図にどこからともなく現れた殲滅型エンジェロイド、タイプΣ【タナトス】が男たちの腕を掴み上げた。
タナトスは一七〇センチの背丈でウェーブが掛かった腰まで届く黄金の髪に深紅の瞳をしている。メイド服で身を包み、その母性溢れる豊満な双丘がなだらかな曲線を描いている。
常に笑顔を浮かべている彼女はおっとりした見た目とは裏腹に、このシナプスでも屈指の実力を誇るエンジェロイドだ。主に俺の警護を担当している、もう一人の護衛だ。陰ながら支えてくれている優しいお母さんである。
「は、離せ! 人形風情が主に逆らうか!」
「マスターのご迷惑ですので」
腕を振りほどこうとする男たちだが、相手は殲滅を目的として作られたエンジェロイドだ。難なく抑え込むと柔和な笑みを浮かべた。
「ではご主人様、この方々を地下牢へ連れて行きます」
「ああ、頼んだ」
タナトスに連行される男たちを見て深いため息を吐く。
「自分が空人だからって主発言か。どうしようもないな本当に」
第一、タナトスの主は俺だ。インプリンティングも済ませてあるし。
インプリンティングとはエンジェロイドへ施されるプログラムの一種で、彼女たちとの主従契約のようなものだ。エンジェロイドの首輪の鎖が伸び、マスターとなる者の手に巻きつくことで契約を成立させる。鎖は伸縮自在で可視化や不可視化が可能だ。現に今も彼女の首輪から透明の鎖が俺の右手に伸びている。
「はぁ、ああいった馬鹿が多いんだよな、ここは。嘆かわしいものだ」
一昔前の俺(ピーター)も同類だったと思うと泣けてくる。
† † †
散策も終わり玉座の場に戻った俺は目の前に立体スクリーンを投影した。そこにはシナプスの住人およびエンジェロイドたちの人口が表示されている。
「ふむ……空人は五三二人。その内、科学者が一五四人で残りは民間人か。しかも空人のほとんどが特殊な装置で夢の中へと旅立っている、と。エンジェロイドたちは三〇一人。大多数がオレガノで占めているな……」
現状を把握した俺は肘掛けに手を置き、しばし黙考する。行うべき案件は多くあるが、まず優先しなければならないものがある。
意を決した俺は背後に佇むタナトスを手招きした。
「どうされました?」
「イカロス、ニンフ、アストレア、ハーピーをここに呼んできてくれ」
「わかりました」
一礼して去っていくタナトス。十秒ほど経過すると五人の女の子を連れて戻ってきた。
「お呼びですか、マスター!」
ニンフが笑顔で駆けてくる。過去に彼女を虐げてきたことを思うと、その笑顔がどこか儚く見えた。
彼女は電子戦用エンジェロイド、タイプβの【ニンフ】。空色の髪を左右に分けた女の子で、身長は一四〇センチと低く、胸は申し訳ない程度しかない。俗に言う貧乳だ。
彼女の特徴はやはりその翼だろう。通常のエンジェロイドは空人の翼を模して天使のような造形をしているが、彼女は七色に輝く透明な翼を持つ。
「ご飯ですかマスター!?」
お馬鹿な発言をする女の子は近接戦闘用エンジェロイド、タイプΔ【アストレア】。一六〇センチの身長にストレートの金髪、赤い瞳、バストが九十一という驚異の数値を誇る爆乳の持ち主。近接戦闘に掛けてはピカ一なのだが、その分頭がお馬鹿。感情豊かで自分に正直なエンジェロイドだ。
「……?」
無表情で首を傾げるのは戦術戦略用エンジェロイド、タイプα【イカロス】。戦闘に関してはシナプスで一二位を争う実力者で、『空の女王』(ウラヌス・クイーン)の異名を持つ。
一六〇センチの身長にピンク色の髪と深緑の瞳をした女の子だ。可変式の純白の翼を持ち、感情制御が苦手なエンジェロイド。ちなみに原作のメインヒロインだ。
「なんでしょうか?」
「さあ?」
ハーピー姉妹が互いに顔を合わせて首を傾げる。
彼女たちを目にした途端、胸の底から激情が溢れるのを感じた。肘掛けを強く握り感情を抑える。
「……タナトス、しばらく誰もここに入れるな」
「はい、ご主人様」
タナトスが退室したのを確認すると、玉座から立ち上がり一番手前に居たニンフの元に歩み寄った。
「マスター……?」
フラフラと覚束ない足取りの俺を見て心配そうな顔をするニンフ。それを目にした途端、抑え込んでいた感情が爆発した。
「うぉおおおおお! ゴメンよ、ニンフゥゥゥゥゥ!」
「えっ? きゃあっ」
きょとんとしたニンフを抱き締める。女の子特有の柔らかな感触と何とも言えない良い匂いが鼻孔を擽った。
――俺は……俺はこんな可愛い子を虐めたのか……ッ!
原作によると、なんとピーターは退屈凌ぎのためだけに当時ニンフが飼っていた可愛らしい小鳥を、彼女自身の手で殺させるという残酷な所業を強いらせたのだ。それはピーターの記憶が裏付けしている。なんという酷いことを!
「マ、マスター……? あの、どうされたんですか?」
「くっ、俺の身を案じてくれるだなんて……なんていい子なんだ! うぉおおおおおん!」
エンジェロイドはその特性上マスターを恨めないとはいえ、酷いことを強いた俺の身を案じるなんて、なんか泣けてきた。俺はみっともなく号泣しながらニンフを頬擦りした。
「今まで虐めてゴメンよぉぉぉぉぉ!」
「あの、泣き止んでくださいマスター!」
頭を撫でられてなぜか俺が慰められる始末だ。ふと、他の皆がポカンとした顔でこちらを見ているのに気が付いた。
「イカロスゥ! お前にも酷いことしたよな! ゴメンよぉぉぉぉぉ!」
「マスター……」
今度はイカロスに抱きつき、オイオイと再び泣き出す。
彼女は無表情だが決して心が無いわけではない。寧ろ他の誰よりも優しい心を持っている。それなのに、あのバカチン(ピーター)はかつて彼女の手によって人間を殲滅させたのだ。無表情で自分の気持ちを表に出すことはあまりないため分かり辛いが、優しい彼女はきっと憂いたに違いない。
「……」
表情を変えずになすが儘となっているイカロスは後悔と罪悪感で打ち拉がれる俺の頭を優しく撫でた。それがまた、さらに俺の心を揺さぶる。
結局、俺は三十分かけてその場に居たエンジェロイドたちに、真心を込めた謝罪を延々と繰り返した。
終始戸惑っていた彼女たちだが一応謝罪を受け入れてくれたので、これでまずは一歩踏み出せたと思う。
これからの俺は今までと違う。新生アルカインとしての俺を今後の行動で示していかなければならない。彼女たちの本当の笑顔を見るために。
後書き
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