前略、空の上より
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プロローグ「憑依」
「な……なんだ、これはっ!?」
俺こと天宮巽は自身に起こった不可解な現象に戸惑いの色を隠せないでいた。
戦慄き頭を抱え、現在進行形で苦悩する俺に背後に控えていた少女が戸惑いの声を洩らす。
「マスター、どうかされましたか?」
少女の声にハッと正気に戻った俺は内心の動揺を押し殺し、なんとか平静を保とうとする。
「い、いや……なんでもない」
頭に『?』マークを乱舞させて無表情の顔で首を傾げる少女。その姿に俺は引き攣った笑みを浮かべた。
一六〇センチほどの身長に小柄な体躯、身体のラインが浮き彫りとなった近未来っぽい服装。そして、天使の如く純白の双翼。
整いすぎたその容姿は一見すると天使のように見える。否、翼も合わせると天使のようにしか見えない。しかし、彼女が天使ではないことを俺は知っていた。
自分の背にある『同じモノ』に触れてしばし黙考する。
(一体、何がどうなっている……!?)
† † †
俺はいたって普通の男子高校生だった。
成績は上の中。秀才というほど勤勉に勉学に励んでいたわけではなく、授業を普通に聞いて程々に勉強していれば自ずと取れる成績だ。
運動神経には自信があった。実家が道場を開いており、古くから伝わる古武術を幼少の頃から習っていたためそこそこの腕前はあると自負している。
容姿は並。イケメンというほど整った顔をしていなければ、不細工というほど崩れた顔もしていない。十人中三、四人が振り向く容姿と言えばいいのだろうか。
そんなどこにでもいる高校生――天宮巽はオタクである。
とはいっても、一般的にイメージされるような人種ではない。秋葉原には一度しか言ったことが無いし、コミケにも通ったことはない。アニメキャラがプリントされた服も持っていないし、フィギュアも数える程度しか持ち合わせていない。
ただ、漫画とライトノベルには少々幅広く手を出していた。まあ、普通の高校生の範疇に入る程度だとは思う。
そんな俺が最近嵌っていた漫画がある。それは【そらのおとしもの】。過去作品の【私の救世主様】を読んですっかり作者のファンになってしまったのだ。
この【そらのおとしもの】というのは一概でいえば、ファンタジー恋愛ものだ。主人公はものすごく性に素直なエロ学生。そんな主人公の元にある日、空から天使が降ってきた、という話から物語が始まる。
俺がこの作品を読んで気に入っている点と言ったら、まずキャラの可愛さだ。ぶっちゃけ、全キャラ可愛い。しかも主要キャラに限らず、モブAといった脇役まで妥協を許さない。俺の友人にも【そらのおとしもの】を愛読している人がいるが、メインヒロインたちより、モブキャラに愛を注いでいるほどだ。
次に主人公のキャラ立ち。公然猥褻など日常茶飯事、息をするかの如く平然と変態行為に走るまさに生きるエロの権化。普通なら嫌われて終わりそうなキャラクターだが、なぜか本作品では皆に愛されている天然記念物だ。しかもギャク設定もあるため、首が飛んでも身体が二分されても、荷電粒子砲で消し飛ばされても、次のコマでは復活しているという超人ぶり。
そんな主人公だが、ただのエロかと思えばそうでもない。ヒロインのピンチになれば絶対と言っていい程駆けつける、ここぞという時の見せ場は見逃さない。
普段は馬鹿をしているが、いざという時には頼りになる。そんな二面性を気に入っていたりする。
俺の中では【そらのおとしもの】は良作に部類される作品だが、一つだけ許せないものがある。
それは――敵の親玉だ。
主人公の元にやってきたヒロインの元主である親玉は何かと主人公を目の敵にして、亡き者にしようと数々の刺客を送り込む。それだけならいいのだが、この親玉――ヒロインたちに対する扱いが酷すぎるのだ!
イジメを通り越して虐待の部類に入る扱いだ。PTSDになっても可笑しくない。
そんな主の元で一生懸命、主人に尽くすヒロインたち。もう初めて読んだときには涙が出たものだ。
なぜ親玉がそんな人格者になったのかは俺は知らない。本作ではまだ全貌が明らかになっておらず、名前すら明かされていない。
虐待を受けながらも健気に主に尽くすヒロインたちを見て俺は思った。俺なら彼女たちを幸せにするのに、と。これでは彼女たちが救われないではないか、と。
まあ、そんなこんなで俺はこの親玉が嫌いだ。第一容姿からして気に入らない。イケメンなのはまあいい。しかし男なのに腰まで届く長髪、これはいただけない。
――男なら短髪だろうがッ!
個人的意見が含まれているのはこの際置くとして、やはりヒロインたちの扱いに納得がいっていなかった。なんだかんだ主人公の元で幸せに暮らすのだが、それでもヤキモキした感情は拭えない。
まあ、所詮は漫画の世界の話。一読者に過ぎない俺はヤキモキしながら物語を読んでいくことしかできない。
明日も学校があるのだからと、最新刊の【そらのおとしもの】を脇に置いて俺は就寝についたのだった。
――ついた、はずなのだ。
† † †
(なぜ目が覚めれば俺が、その親玉に……!?)
現在、俺は空の上にある『シナプス』とよばれる浮遊都市のような場所の一画で、玉座のような椅子に腰を下ろし偉そうに足を組んでいた。
俺の身長は一七〇センチで日本人特有の黒髪黒目だったはずだ。それなのに、なぜか白い衣を身に纏い、流れる髪はサラサラの金髪。しかも背中には天使のような純白の翼が付いている!
眼下には部下と思わしき数人の男たちが俺の前で片膝を立てていた。俺の背後には従者と思われる二人の女の子が直立姿勢で佇んでいる。
(見覚えがある! 超見覚えがあるんだけど、ココ!)
――これはもう確定と思っていいのではなかろうか?
ここ、『シナプス』は【そらのおとしもの】に登場する場所で、敵の親玉の総本山だということを。そして、俺はそんな場所のボス的な存在である悪の親玉本人であるということを。
「……憑依モノって言うのかな」
「――? 何か言いましたか、マスター?」
「いや、なんでもない」
女の子――要撃用エンジェロイド、タイプγ【ハーピー】が怪訝な顔を浮かべる。
エンジェロイドというのはシナプスで作られたアンドロイドのようなものだ。人間でいう心臓を動力炉として作られており、各所に搭載された武装と伸縮自在かつ透明にもできる鎖付きの首輪、生体部品などから構成されている。
その外見はもちろん精神もまさに人間そのものであり、彼女たちは喜怒哀楽を表現できる心を有している。ヒロインたちの多くはこのエンジェロイドなのだ。
(ああ、不幸のヒロインその三のハーピーちゃんだ! 生で見れて俺、感動!)
彼女たちは双子の設定である。その名の通り猫耳や切れ長の瞳、爪や足の形が獣に近い構造をしている。姉は気が強く、妹はお気軽な性格だ。彼女たちも親玉に扱き使われた哀れなヒロインたちなのだ。
(もういいや、憑依とか……。だって、ここに居られるだけで俺幸せだもの)
念願の【そらのおとしもの】の世界にやって来れたのだ。家族や友人にお別れをいえなかったのは心残りではあるが、この世界に足を踏み入れたことが出来たことに後悔はない。
(よーし、俺はここでエンジェロイドのみんなを幸せにするぞー! そして、あわよくばハーレムだ!)
俺だって男の子だもの。色物に目がいってしまうのは仕方がないことさ。
しかし、当然のことだが無理矢理はダメだ。お互い愛のない交際ほど空しいものはないからな。
(エンジェロイドのみんなは『命令』されることに喜びを感じるからな。それが良いことなのかは別にして、盲目的にならないように気を付けなければ)
エンジェロイドは元来、シナプスの住人たちに扱き使われるために生まれてきた、いわば奴隷のような存在だ。命令されることに存在意義を感じ取り依存する。
(俺も男。どっちかというとSだが、みんなを幸せにしてみせるんだ。主人公の桜井智樹のような信頼関係を作ってみせるぞ!)
そのためには、やることは山ほどある。
「よぉーし、頑張るぞー!」
「……マスター?」
「いや、なんでもない」
後書き
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