ソードアートオンライン―死神の改心記―
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久方
薄暗い迷宮区に蒼が舞っていた。
鍛え上げられた敏捷性で迫り、刺す。
小部屋を風のように駆けまわるのは、先刻俺を死の淵から引きずりあげた{おせっかい}ナギサである。
そんな彼女を俺は部屋の隅で見つめていた。
言い訳は、ポーションによる回復待ち、とでもしておこう。
レベルは俺よりちょい上か。
突然の乱入に理解が追い付いていない頭でぼんやりと考える。
もともと俺はたいしてレベルが高いわけではない。
攻略組の平均ド真ん中、ソロとしては最低層だ。なので、ギルドに所属する奴等にも、経験値効率のいいはずのソロである俺を超すレベルをもつものは多い。
具体的に、各ギルドの幹部などは大体そうだ。
戦いぶりから見るに、ナギサもそういった一人なのは明白。
ここは任せてしまってもいいか。
そう考えた時だった。
一本の鎌がナギサの背をとらえた。
クリティカルヒット。ガクンとHPバーが減る。
その光景が、忘れられないワンシーンに重なる。
やっと脳が覚醒した。
「そうだよな、万能なわけねぇよな」
言葉とは裏腹に、頭の中は焼き切れんばかりにオーバーヒートしていた。
もうこれ以上、俺の目の前で――
「うおおおぁっ!」
黒ローブに囲まれる形となってしまったナギサノ元へと、走る。
左腰の愛刀に手をかける。
単発居合{鮮血の月}。俺渾身の十八番をモロに背中に受けた黒ローブ三体が爆散する。
「スイッチ!」
突然のことに戸惑うナギサだったが、SAOにおいて最も重要といえるであろう単語の一つを聞き取り、反応した。
「やああっ!」
前方の敵に強攻撃をたたきこみ、相手がノックバックしているうちに彼女は包囲から抜け出す。
空いたスペースに入れ替わるように俺が入る。
これがスイッチ。
メインダメージディーラーを入れ替えることで、攻撃パターンを急激に変化させ、敵のAIに多大な負荷を与えるパーティプレイの基本中の基本だ。
再び死神に囲まれる形となった俺は、全方位回転斬り{血波}を発動させる。
差ながら紅い竜巻のように周囲を一掃した俺の右横を、示し合わせたようにナギサがすり抜ける。
高速かつ的確な攻撃で狩り残しを落としていく。
いったんのMOB全滅により、しばしPOPが途切れる。
空白の時間。
いつの間にやらナギサと目が合っていた。
微笑みかけてくる幼い顔を見つめる。
デスゲームとなったSAOにおいて、苦戦中のプレイヤーに手を貸すのは当たり前だ。
だが、こいつの場合は何か違う、と俺は感じていた。
マナーとか、後味とか、そんなくくりではない、そんな風に感じさせる、なにか。
不思議な感覚の正体を突き止めようと脳内を検索する俺だったが、黒ローブが再出現し、思考を強制シャットダウンさせる。
「それじゃ、行こう」
ナギサの声とともに、俺たちはまた死神の群れに突っ込んだ。
「ふう……」
最後の黒ローブが爆散したのを確認し、俺は床にへたり込んだ。
SAOには疲れという概念はないが、アバターを長時間酷使したときには倦怠感が残る。
全身蒼の{おせっかい}の乱入から十分で戦闘は終了した。
だが、その十分の密度の濃さは俺を参らせるには十分だった。
やや筋力値に勝る俺が突っ込み、その狩り残しをナギサが倒す。
ナギサの圧倒的な敏捷性についていくうえでの久方ぶりのパーティプレイはなかなか大変だった。
しかし、心の片隅には楽しかったという感情もある。
時間がたてばたつほど、ともに戦えば戦うほど、お互いの次の動きがわかるようになってくる。
それが当たり前だった、まだパーティを組んでいたあの頃が懐かしく思えた。
だが。
もう俺は決してパーティを組まない。
あの時にそう決めたから。
たとえ一時的なものであったとしても。
これ以上かかわることは許されない。
改めて決意を固めた俺に、ナギサが歩み寄ってくる。
「お疲れさま」
微笑む彼女に、俺はなるべく冷たい声で応じる。
「なんで助けた」
その一言で、部屋の空気が凍る……と思っていたのだが。
当の本人は、本気で不思議そうな顔を作り、
「死にかけてる人を見つけたら助けるって当たり前だと思うけど」
なんとなく調子を狂わされた感があったが、まとう空気は変えないように続ける。
「俺はあそこで死んでも良かった」
すると彼女はあごに手を当て、考えるそぶりをみせる。
一つだけ言おう。幼い顔には似合わない。
きっかり十秒後、ナギサが口を開いた。
「じゃあさ、パーティくもうよ」
「は?ちょっと待て、どこに話が飛んだ!?」
先刻までの雰囲気をかなぐり捨て、思わず叫んでしまう。
ナギサは、決意した、というような顔で、いう。
その目には、多少いたずら的な光が混ざっていたような、いなかったような……
「私がパーティになって、君が死なないように監視するの。そしたら君は死なない、攻略組は困らない。みんな幸せ万々歳でしょ?」
「いや、それお前に利益ねぇだろ」
その言葉に彼女は少し考え、
「あ、そうだね」
おい。
心の中で思わず突っ込んでしまう。
だが、俺は{おせっかい}の異名の意味を知ることになる。
「でも、いいじゃん」
基本的にMMORPGでは、リソースの奪い合いがテーマになっている。
デスゲームとなったSAOでは、それが特に顕著に表れている。
周りのプレイヤーをだまして、奪って、ひたすら自分を強化する。
生き残るために。
それ以外は無駄以外の何でもない。
だが、噂に聞く限りこの少女にそんな常識は通用しそうになかった。
たぶん、この少女の本質は{おせっかい}そのものなのだろう。
自分より頭一つ小さい少女を見て、そう考える。
だから。
俺は一つの爆弾を決意した。
周囲が、何より自分自身が忌み嫌う異名によって、ナギサという少女を自分から遠ざけるために。
これ以上、自分の目の前で人が死なないように。
「{死神}って知ってるよな……俺だよ。所属した十のパーティを全滅させたのは。」
後書き
さすがに見てくれる人、少ないですね。
話数が足りないのか、説明文が悪いのか、タイトルが悪いのか……
そんなのも含めて、感想お願いします!
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