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クラディールに憑依しました

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彼女は盾に転向しました

 俺が一人考えていると、ケイタが立ち上がりみんなの注目を集めた。


「これからみんなに聞いてほしい事がある、我ら月夜の黒猫団のこれからの方針についてだ」
「よ、リーダーかっこいいー」
「茶化すな、キリトが前衛に入ってくれて、俺達の狩りは随分と楽になった。
 おかげで俺達が貰った装備の代金も達成に大きく近付いた。
 けど、このままキリトに前衛を任せたままじゃ駄目だと思う、だから新しく前衛を増やしたいんだ」

「キリトの他にまた新しい仲間を入れるのか?
 だったらシリカちゃんが良いな、キリトみたいに盾を持って無くてもタゲ取りできるじゃん」
「いや、そうじゃない。なぁ、サチ?」
「ん? 何?」

「最近は狩場の階層も高くなって麻痺槍の効果も鈍くなってるからさ、片手剣の盾持ちに転向してみないか?
 サチは血盟騎士団のアスナさん達と狩りに出てるから、俺達の中でもレベルが高いし。
 前にテツオが貰った盾とダッカーの短剣を強化すれば、まだまだ戦えるからさ、やってみないか?」

「大丈夫だって、今までだって先にサチが前に出て麻痺させてから戦ってたんだから、楽勝だろ?
 槍ならササマルの方が強力だし、盾を構えてちょっと攻撃するだけだって、何とかなるって」
「でも私、今までだって前に出るの怖かったし…………麻痺槍だってまだ充分使えるよ」


 サチが使っている麻痺槍は普通の槍と比べると長めだ、
 片手剣に変えれば今までよりも深く踏み込まなければならない。
 そのストレスは相当な物になる筈だ、まだどこか戦う事に恐怖を感じているサチには無理だ。

 スイッチだって俺がタイミングを計っている、サチは合わせて槍を突くだけだ。
 サチから声が出たのはあの時の、最初に会った時の一回だけだった。

 サチはスイッチで前に出ると、目の前の敵よりも、
 俺の方をチラチラと気にしてスイッチを待っていた。

 頼りにされているのは解るが、あまりにも危なっかしい。
 槍の間合いなら敵の攻撃に反応が一瞬遅れても何とかなっていたが、片手剣の間合いでは命取りだ。

 今のサチじゃ無理だ、きっとアスナ達も敵のHPを充分に削って、トドメだけをサチに譲ってスイッチしてるんだろう。


「みんな待ってくれ。俺が前衛でもう少し頑張れば良いんだし、
 あまり結論を急がなくても良いんじゃないかな?」
「……まぁ、キリトがそう言うなら良いけどさ、考えておいて」


………………

…………

……



 結局、私はケイタの方針で麻痺槍から片手剣に転向する事になった。
 初めて装備した盾は意外に重くて、思った様に動けない。

 私の身近に居る盾使いはテツオとリズだ。本当に、これで良く動けるものだと実感させられる。
 みんなに合わせて走るのもギリギリだし『もっと早く走れないのか?』なんて言われてしまう。


「サチ、移動する時は盾をメニューに入れてても良いよ、戦闘が始まって盾を取り出すまでは俺が前に出るからさ」
「でも……それじゃキリトに迷惑が…………」
「大丈夫、少しくらい前に出る時間が増えたって、どうって事ないよ」
「…………うん」


 …………やっぱり盾が重い、キリトとのスイッチも出遅れる事が多くなったし、
 片手剣は今までよりもっと奥に踏み込まないと攻撃が届かない。槍の間合いよりも深く切り込むのが怖い。
 でもそれだけじゃない、特に怖いのが盾を構えて敵の攻撃を受ける時だ。
 槍装備なら簡単に避けられるのに、攻撃を受け止めて敵の隙を作る時が一番怖い。

 麻痺槍を装備してた時、テツオは盾を使わず私の後ろで敵が麻痺するまで隠れていた。
 今だってそうだ。私のHPが少なくなるギリギリまでテツオは私やキリトの影に隠れてる。
 テツオのHPはとっくに回復を終えているのに、キリトに言われるまで前に出ようとしない。


 ――――――でも、私はそれに対して強く言えない。
 私ははじまりの街から出たくなかった。
 でも、みんなと離れて独りになるのがもっと怖かった。

 きっと私は独りになると生きて行けないから。
 宿代も無くなって、弱いまま外に出てモンスターに殺されるのは簡単に想像できた。

 みんながいなくなったら私は死んでしまう。
 私はみんなに付いていく事にした。

 戦闘では槍を持たされたけど、みんなの影に隠れた、死にたくなかった。
 そんな私をみんなは守ってくれた。
 大丈夫だよ、怖がりだなって、笑いながら許してくれた。


 …………今でも戦うのが怖い。

 何時からだろう? 私はみんなの前に一人立たされて戦っていた。

 何度も怖いって言っても。

『大丈夫だよ』『怖がりだな』って、私一人を前に出し続けた。

 何時からだろう? 何時から――――本当はわかってる。

 あの時、あの人から槍を受け取ったあの時から、みんな変わってしまった。

 何度も槍を捨ててしまおうと思った。

 でも、それは私の我がままなんだ。私がもっと戦えていたら、こんな事考えずに済んだ。

 私がもっと強かったら、弱い私を恨む事なんてしなかった。

 誰かのせいにする事も無かった。



 ――――――全部、私がいけないんだ。


………………

…………

……



 俺が月夜の黒猫団に入ってから一ヶ月が過ぎていた。
 サチの片手剣転向は相変わらずで、まだ時間が掛かりそうだ。
 アスナ達からお誘いがあると、サチは開放されて身が軽くなったかのように出かけて行った。

 向こうで一泊して帰ってくる事も多くなった。


 サチが居なくなると、彼らは『人数が足りないから狩は無し』と宿屋で休息ばかりしていた。
 人数が足りなければソロプレイヤーを募集して狩りに出れば良いだけなのだが、
 俺が何を言っても『サチが強くなって帰ってくるから大丈夫』『装備も増えるかも』と誰も聞く耳を持たない。

 もしかしたら――――いや、間違いなく俺が入った時よりも状況が悪化している。
 このままでは駄目だ…………なのに強く言えない。

 俺が本当のレベルを話せば、狩りに関する情報は真剣に聞いてくれるだろう。
 けど、今以上に俺やサチに頼りっきりになって、何もしなくなるかもしれない。

 そして本当のレベルから俺がビーターだとバレた時…………。
 いや違う。俺はみんなを、月夜の黒猫団を守らなきゃいけないんだ。


 ――――このままじゃ…………駄目なんだ。 
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