ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
異端者の最後
ふらつく足をどうにか支えながらも、レンは現在の状況を再三頭の中でリフレインさせていた。
眼前に悠然と立つエクレアは恐らく、と言うか絶対にヒースクリフ、茅場晶彦に操られている。根拠は少ないが、あのエクレアに限ってこんな真似を自主的に行うなどと言うことは断じてない。
しかし、状況は明らかにレンに不利だ。レンはできる限りエクレアに手傷を負わせたくがないために、どうしても不慣れな肉弾戦に持ち込ませざるを得ない。
対してのエクレアは恐らく、レンを殺してでも自らの目的を果たそうとするだろう。しかも、あの肉弾戦のスペシャリスト、テオドラですら一目置いたほどのシステム外スキル《柔法》を得意としているのだ。
《柔法》とは、エクレア独自で編み出した、ヴォルティス卿が得意とする一撃必倒を真髄とする剛法に対するものだ。
その基本理論は至極単純。
相手の攻撃を見切り、その攻撃の向きを変え、相手に返す。
これを完璧にマスターしたならば、いかに筋力値が低くともボスモンスターの一撃さえも理論上は返すことができる。だがその域に至ったのは、今のところ開祖たるエクレアただ一人と言われている。
───くそっ
レンは心の中で小さく毒づく。その柔法は基本的に腕を相手の攻撃に添えることで発動する。つまり、腕を切り落としてしまえば問題ないのだが、その前にまたもや壁が立ちはだかる。
エクレアの周囲に果てしなく固まっているアリどもだ。正式名称『ポーン・アウント』。生息する階層はかなり下だが、油断は全くできない。
テイムされたモンスターは通常、独自のHPバーとレベルを持つ。
エクレアとともに幾多の厳しい戦闘を潜り抜けてきた彼らは、もはや今の最前線に生息するMob達となんら変わらないほどの強さを誇る。
そしてそれを統率するのが、エクレアに従者のように付き添う一、二回りくらい大きな二匹のモンスター。正式名称『キング・アウント』と『クイーン・アウント』。この二体の統率力はほぼ完璧で、ぶっちゃけ主であるエクレアの指示がなくとも全く問題ないレベルだ。
逆説的に言えば、この二匹を潰せられればアリどもの統率力はガタ落ちになる。
しかし、それをエクレアが許すはずもない。捨て身でアリどもを防御に回すだろう。
───肉弾戦も望み薄だし、いよいよ詰んだかなぁ。
などと考えてしまうのは、現実逃避と責められるだろうか。この状況で?
しかし───
やらねばならない。ここで逃げ出すことは、今まで死んでいった約四千人の命が無駄になるということだ。
大人しく諦めて、キリトに役目を引き継ぐと言う選択肢ももちろんあった。その選択肢を一瞬でも考えなかったと言ったら、正直嘘になる。
だが───
エクレアがこちらを見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
だけど───
「何で笑っているの?レン」
逃げるわけがない───
そうエクレアに言われて、レンは初めて自分の口角が持ち上がって笑みの表情を作っていることに気付いた。
何でだろう、そう思ってレンは考え、あまりにも簡単かつ単純な結論にたどり着いた。
そして、レンは今度こそ己の意思で笑みを浮かべた。
「何でって?嬉しいからだよ、エクレアねーちゃん」
「嬉しい?」
首を傾けるエクレアの眼前で、レンは穏やかに笑った。その笑みは黒い過剰光がないように見えるほどに無邪気で、透明な笑みだった。
「僕はね、このゲームが始まった時に心のどこかで望んでたんだよ。このゲームを、いつか自分の手でクリアするってことを」
「それは……勇者願望ってこと?」
「………そうかもしれない。だから嬉しいんだ、僕がこのゲームをクリアできるかもしれないと言うこの状況が」
エクレアが無言で、切れ長の双眸をすっと細める。
その眼には、ひどく痛々しい光が宿っている。そう、例えるならば限界まで張り詰めたゴムのような。
「……あなたの望みは分かったわぁ、レン。だけどね、その望みは叶わない。この場でこのゲームがクリアされたら───」
そこでエクレアは言葉を切り、目を伏せる。前髪に隠されたその奥からは何の感情も見えない。
「彼に、エンケイに会えないんだからぁッ!!」
「なっ………!」
レンは息を詰まらせた。彼女の夫であり、初代第五席に名を連ねたエンケイはもはやこの世にはいない。
その犯人は今現在、永久の眠りについてしまっている。
この局面で、なぜ彼の名が!?とレンは見た。
エクレアの背後、そこに悠然と立っている紅衣の聖騎士の口元が歪み、引き裂くような笑みが浮かんでいることを。
レンは全てを理解した。なぜエクレアがこうまでしてヒースクリフに付き従うのか。その理由を、全て。
エクレアがどれだけエンケイを愛していたのかを。
「きっ……さまああぁぁあーッ!!!」
レンが鮮血のごとき叫び声を上げ、神速のごとき速さで両腕を振るった。
そこから飛び出したワイヤーは、すでに白とライトエフェクトが掛かっていた。過剰光ではない、眩いばかりのソードスキルの発動光である。
───聖譚曲 傲慢───
二つの輝線は、惹かれあうかのように複雑な軌道を描いてエクレアを避けて背後の茅場に迫る。
その二つの凶刃には、レンの持つありったけの殺意が込められている。
恐らくそれに僅かでも触れたなら、HPは跡形もなく消し飛ぶだろうその一撃は、轟音とともに遮られた。
ぼたり、ぼたり………と液体の滴り落ちる音がする。その場の空気が凍っていた。
誰も息をすることさえもできない、そんな空気。当のレンさえも、一瞬だが殺意など頭から消し飛んだ。ただただ目の前の光景に息を呑む。
起こったことはごく単純なことだ。
レンの放ったソードスキル、その攻撃範囲にいたヒースクリフの前にエクレアが躍り出た。ただそれだけ。
咄嗟の防衛反応だろうか。突き出された右手がそれを示している。
だが、レンのワイヤーは素手で防げるほど甘いものではない。レンの放った凶刃は、突き出されたエクレアの右腕の肩口までをざくろのように引き裂いていた。
鮮血がぼとぼとと迸る。止まる気配は一向にない。
「……なん………で」
レンの口が動き、掠れた声が凍えた空間を引き裂く。
その漆黒の両目は限界まで見開かれ、信じられないものでも見るかのような光が宿っている。
凄まじい痛みに苛まれているはずのエクレアの表情は、やはり虚ろだった。だがそのダークバイオレットの瞳は、大きな決意と覚悟を表しているかのようにらんらんと輝いていた。
周囲のアリどもがカチャカチャと乾いた音を出す。それをどこか愛しげに見た後、エクレアの唇が開いて絹を引き裂いたような声が漏れ出でる。
「………仕方がないのよ。ここでゲームが終わったら、エンケイには会えないッ!永遠にッ!絶対にッ!」
ヒステリックにエクレアは叫ぶ。アリ達が錯乱した主に恐れをなすかのようにエクレアを中心に綺麗な輪っかができる。
「だからっ!私はここであなた達にこのゲームのクリアはさせないッ!!絶対に、ぜッた───」
不意に、彼女の声が途切れる。
信じられないように見開かれた彼女の視線が、ゆっくりとレンから離れて己の体、もっと詳しく言えば腹部へと映っていく。
そうしてその瞳が写した物は、自分の腹部から飛び出る───
大剣の刃。
「………あ…………」
音もなくエクレアの体が揺れる。
「エクレアねーちゃんッ!!」
レンが叫ぶ前で、エクレアはどさっと言う音とともに黒曜石の地面に倒れる。
そしてその後ろからは、無機質な笑いを浮かべるヒースクリフ、茅場が現れる。
茅場は倒れたエクレアの体から見たこともない大剣を引き抜いた。先ほどのボス戦で携えていた長剣とは違う。深い青に彩られた、とんでもない情報圧を纏う巨剣。
いや、レンはその大剣に見覚えがある。
もうずいぶん前のことのように感じられるが、カーディナルと真っ向から戦った時に、レンがBBシステムの力を借りてジェネレートした巨剣だ。確か名前が、《強化外装 ジ・インパルス》。
レンが神と戦うためにジェネレートした巨剣と、まさかこんな形で再開するとは、なんとも皮肉めいている。
主を攻撃されたことに敵意を感じたのか、アリ達がカチャカチャと自らの歯を打ち鳴らす。だが、それを茅場は一瞥すると、大剣を何の気負いもなく振り払った。その刃には、炎のごとき過剰光が包んでいる。
たった、たったそれだけの動作でアリ達は綺麗に燃え上がって、消滅した。
こぼれんばかりに見開かれたエクレアの眦から、涙が盛り上がる。
そんなエクレアを見下ろし、茅場は言った。
「時間稼ぎご苦労だったな、エクレア君。さすがに七の神器をジェネ レートするのは骨だからな」
そして茅場は無言で笑う。そこにあるのは、完璧な無。
せせら笑うのでもなく、嘲るのでもなく、侮蔑するのでもなく、蔑むのでもなく、茅場は笑っていた。
「や、約束は果たしました!だから彼に……エンケイに会わせてぇッ!!」
こんな場面でも、まだエクレアは茅場を信じているらしい。
悲痛な絶叫が、レンの聴覚を揺らす。そしてその声は、決して茅場の心には届かない。
「あぁ、そんなことも言ったな」
茅場はゆっくりとしゃがみ、エクレアの目線に合わせた。そして不自然に優しげな声で言う。
「あれは嘘だ。命はそんなに軽々しく扱うべきものではないよ。彼の意識はもはや永遠に戻ってはこない。死者が消えるのはどこの世界でも一緒さ」
「……………………」
時が、止まった。今度こそ表情を欠片もなくしたエクレアが顔を俯かせる。そして───
「……………ぁ。あはっ、あっはっはははははははははははははあはははははははあっはあははは───!」
高らかに笑い出した。
ぎょろりと剥いた眼に浮かぶ凄絶な光に気付き、レンは思わず叫ぶ。
「エクレアねーちゃん!だめだッ!!」
その声はもはや完全にエクレアには届かない。
エクレアは唯一残った『キング・アウント』に、糸の切れた操り人形のような動きで顔を向けると、短く、けれど圧倒的な威厳の含む声で命じた。
「喰ってぇ」
その声が主のいないボス部屋の隅々まで響く前に、『キング・アウント』は忠実に己の主の命に従った。それはすなわち───
がりごりぐりべちゃごきばりべしめきぼりむしぽりぼりがりかりくちゃこりぺきぱりこきめしぺきごきごりがきごりぐしゃめしゃかりこりごしゃごりかりこりがりかりごきごしゅごちゃばりぼりべりぺきぽりかきこりめきめしぼきこりぐちゅぐちゃばりぼり───
おぞましい音が、ボスのいない部屋に響き渡った。
それは、
下僕の王が、女王を喰らう音だった。
後書き
なべさん「ダークネス最高!というわけで始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「グロいなぁ。前回の数倍グロいなぁ……」
なべさん「あ、一応言っとくけど、ダークネスってトラ〇るのほうのじゃないからね。アレも十分最高だったけど」
レン「要するに変態だな」
なべさん「お前は今、世のト〇ブる好きにケンカを売った」
レン「にしても今回はやたらとグロいなぁ……。一瞬ひぐ〇しかと思ったよ」
なべさん「いや、あながち間違いじゃないよ。この頃読んでたのが、まさにう〇ねことかひぐら〇だったからね」
レン「なるほど。しかしこのグロさは前回を遥かに上回ってるな。ルフレさんからのお便りのグロいなぁっていうのとおんなじやつがかなり来そう」
なべさん「うっ、確かに………」
レン「やりすぎだーね」
なべさん「やり過ぎたなぁ……」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね♪」
──To be continued──
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