とあるβテスター、奮闘する
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投刃と少女
とある情報屋、失神する
【とあるβテスター、おまけの一幕】
「そういやユー助、こんな噂があるのを知ってるカ?」
風呂場のドアから顔だけをひょっこりと出し、アルゴが唐突にこんなことを言い出した。
「……、お金なら払わないよ?」
「噂だって言ってるダロ。情報料は取らないヨ」
また報酬と称して巻き上げられたら堪らないと思って釘を刺すと、彼女にしてはなんとも珍しいことに、無料で情報を提供してくれるという。
アルゴ自身、確証を取れていないため、売り物にならないと判断したのだろう。
「これまた珍しい……。それで、何の話なの?」
有料なら突っ撥ねるところだけど、タダというなら話は別だ。
アルゴの情報は何だかんだで有益なものが多いため、ちょっとワクワクしてしまう。
「迷宮区の話なんだけどナ、どうやらベータの時にはいなかったモンスターが現れるそうダ。何件も目撃情報があるんだヨ」
「新規追加モンスターってこと?」
「かもしれないナ。詳しいことはオイラにもわからないんだガ、何でも亜人とは違う、完全な人型モンスターだそうダ」
「へぇ、人型モンスターねぇ……」
そんなものがいるとは初耳だ。
僕も迷宮区には毎日篭っているけど、そんなモンスターは見たことがない。レアモンスターか何かなのかな?
「視界の悪いフロアだってのニ、そのモンスターの周りだけ血みたいに真っ赤なエフェクトが漂ってるらしイ」
「へ、へぇ~……」
ちょっとゾクっときた。ホラー物は苦手なんだよ……。
「しかも、そのモンスターは人間の言葉を話せるらしくてナ。こう呟くんだそうダ」
「う、うん」
「『足りない。まだ足りない……』」
「………」
「『足りないよぉ……血が足りないよぉ……』って、まるで人間の子供みたいな声デ────」
と、そこまでアルゴが言った時、
────足りない────
「……、ユー助、何か言ったカ?」
「……いや、別に」
“それ”は、僕たちのすぐ傍まで迫ってきていた。
────足りない────
「……聞こえたカ?」
「……うん」
────足りないよぉ────
「………」
「………」
THE・沈黙。
僕とアルゴ、二人揃って部屋の入口へと目をやる。
気のせいか、声がどんどん僕たちのいる部屋に近付いてきている気が───
と、僕が思った瞬間。入口の扉が勢いよく開かれた───!!
「足りないよぉー!ユノくーん!」
「うわああああああァ!?」
「うわあああああああああああ───ってなんだシェイリか!驚かせないでよ!」
心臓に悪すぎる登場の仕方をした相方に、殺す気か!とデコピンを一発お見舞いする。
絶妙な力加減で小突かれたシェイリは両手で額を押さえながら涙ぐんでいるけど、自業自得なのでスルーさせて頂こう。
シェイリ曰く、アイテム補給ついでにNPC露天商の品揃えをチェックしていると、前々から欲しかった装備が格安で販売されていた。
一も二もなく飛びついたシェイリだったけれど、二人分の回復アイテムを買い込んでしまったせいでお金が足りない。
僕の分の代金は後で清算するという形をとっているため、泣く泣くその場を離れ、アイテム代を受け取るべく戻ってきた───ということらしい。
と、まあそれはいいとして。
───アルゴの言ってた新規モンスターっていうのも、きっと
シェイリのことなんだろうな、と思いつつ、トレードウィンドウを開きながら盛大に溜息をつく。
血のような赤いエフェクトというのは、シェイリがモンスターを攻撃した時に散った破損エフェクトに違いない。
『血が足りない』という台詞は、きっと戦闘後の『えへ、まだ(斬り)足りないなぁ』という呟きが、人から人へと伝わるうちに尾鰭をつけられたんだろう。
蓋を開けてみればなんともお粗末な結果だ。
───アルゴがこの情報を売り出す前でよかった……。
この噂が広まろうものなら、危うく敵と間違えられてPKされるところだった。
ツレがモンスターになりまして、なんてことになったら笑えない。
「えへ、ユノくんありがとー!また行ってくるね!」
お金を受け取り、笑顔で部屋を後にしたパートナーを見送りながら。
風呂場で失神しているであろうアルゴを起こすべく、僕は椅子から立ち上がった。
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