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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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投刃と少女
  とあるβテスター、密会する

シェイリの何気ない一言によって一波乱あったものの、会議は何とか解散まで漕ぎ着けた。
当初の楽勝ムードは壊れてしまったけれど、現実世界での命が懸かっている以上、気を引き締めすぎて困るということはないだろう。
ただ、出鼻を挫かれてしまったディアベルのことは、少し気の毒と思わずにはいられなかった。
パーティの指揮に慣れているであろうディアベルだからこそ、あえて不安を煽るようなことは言わなかったんだろうけど、結果的に彼の迂闊さを露呈する形となってしまったのだから。

───ま、死人が出るよりマシだよね……。

精神的な面からくる疲労によって、まだ午後6時を回ったばかりだというのに眠気が襲ってくる。
なんだか、今日一日で色々なことがあった気がする。
ディアベルのリーダーシップに関心したり、キリトと知り合ったり。アスナに睨まれたり、シェイリのフォローに回ったり、アスナに睨まれたり、周りに睨まれたり、アスナに睨まれたり、アスナに睨まれたり───
この世界にきてから、ほとんどの時間をシェイリと二人で過ごしていた僕にとって……こうやって何人もの人と関わり合いを持ったのは、随分と久しぶりに感じられた。

そんなわけで、久方ぶりのコミュニケーション疲れをひしひしと感じながら、僕たち二人は滞在中の宿へと向かった。
途中でアイテム補充に向かったシェイリと別れ、一足先に部屋へと戻った僕は、いつものように即ベッドにダイブ───したかったのだけれど、今夜ばかりはそういうわけにもいかない。

「驚いたナ。あのユー助がまさカ───」
「………」
知り合いがほとんどいない僕にしては珍しく、今夜は“客人”が訪れているからだ。
部屋のソファーにどっかりと座り込んだ“客人”は、語尾にコケティッシュな鼻音が被さる声で驚きを表した。

「今はその話はよそう。ついでに、この情報は誰にも売らないでくれるとありがたいんだけど?」
「もちろん売らないヨ。タダ、最近オネーサン忘れっぽくてナー」
「ちっ……」
なんとも食えない“客人”に、舌打ち一つ。
トレードウィンドウを呼び出し、いくらか金銭《コル》をちらつかせてやると、情報屋は『オッケー、誰にも売らなければイイんだナ。オネーサンこれでも記憶力はいいほうなんダ』と180度掌を返した。
要するに、口止め料だ。

───結局いつものパターンか……。

好きか嫌いかでいうなら好きな部類の相手だけど、だからといっていつものパターンに入るのは遠慮したかった……んだけど、もう遅いようだった。
苦手だとか嫌いというわけではなく、単純にペースを掴みづらい。
普通に話していたはずが、いつの間にか相手のペースに乗せられ、余計なお金を支払う羽目になる。
彼女が『鼠』と呼ばれる所以は、きっと顔のフェイスペイントだけが理由ではないだろう。
そんなことを思いながら、ソファーに我が物顔で座る情報屋の姿を見やった。
小柄な矮躯。語尾が特徴的な喋り方。金褐色の巻き毛に、顔には左右三本ずつのフェイスペイント。
顔の作りこそ当時とは違っているものの、この人物は間違いなく情報屋『鼠のアルゴ』その人だ。偽者の心配はないだろう。
もっとも、いい意味でも悪い意味でも有名な『鼠』を騙る物好きなんて、いるのかどうかも疑わしいけれど。

「まあ、改めて……久しぶりだね、アルゴ」
「そうだナ。ところで呼び方は変えるべきなのカ?」

───この野郎っ!いや女の子だけど!

これ見よがしに足元を見てくるアルゴに、思わず叫ぶところだったのを必死に押さえ込む。

「……、いくら?」
「500コル」
「………」
「にゃハハ、まいどアリ」
楽しそうに笑うアルゴをジト目で睨みながら、再びトレードウィンドウを開いて500コルを渡してやる。
相変わらず人の弱みを握るのが上手い。そして、それは顔見知りが相手だと容赦がなくなるからタチが悪い。

「ユー助は相変わらずいいお客さんだナ。オイラが見込んだだけのことはあるヨ」
「そう思うなら少しはサービスしてよね」
「それとこれとは話が別だナー」
「ちっ」
ジト目を継続させながら値切ってみたけど、やっぱりだめだった。
このデスゲームで以前と変わらず情報屋を営むだけあって、肝が据わってるというか何というか。
情報が不足している現状では頼りになる反面、誰にも知られたくない情報がある場合、口止め料を支払う羽目になるのが玉に瑕だ。
彼女のお陰でボス攻略の目処が立ったのもまた事実。その件に関しては、彼女に感謝するべきなんだろうけど、それとこれとは話が別。
こっちもナイフ代が馬鹿にならないっていうのに、ケタケタ笑いやがってこの女───ああっ、どんどん口が悪くなってる!だから嫌だったのに!

「……まあいいけど。そんなことより、君に聞きたいことがあるんだ」
「わかっタ。ユー助は何を知りたいんダ?」
せめてもの仕返しとして脳内でアルゴが一文無しになった姿をイメージしつつ、本題を切り出す。
僕がわざわざ彼女を呼んだのは、何も旧知の仲だからという理由でも、ましてや余計な出費を増やすためでもない。

「単刀直入に聞くよ。ディアベルって名前に心当たりは?」
「ディアベル?あの青髪のニーチャンのことカ?」
「うん。あの自称騎士さんだよ」
さらりとディアベルのことを知ってるような言い方をするアルゴだけど、今更驚くようなことでもないため、あえて突っ込むような真似はしない。
あのイケメン具合といい髪色といい、あれほど目立つプレイヤーはそうそういない。
僕とシェイリのように常に顔を隠しているわけでもないし、アルゴの情報網にかかっていてもおかしくはないだろう。

「んデ、その騎士様がどうしたんダ?ユー助ってばああいうのがタイプなのカ?」
「いや、爽やか系って友達としてはよくても付き合うにはちょっと───って、そういうのはいいから!」
「にゃハハ、ゴメンゴメン」
この女、またそういうタチの悪い冗談を───落ち着け僕、深呼吸深呼吸……。

「……、それで、そのディアベルについてなんだけどさ。最近、仕事で彼と接触したことは?」
「ないナ」
即答。
アルゴがそう言うからには、本当にディアベル本人と接触したことはないのだろう。
でも、その答えは予想の範囲内だ。

「本人じゃなくてもいい。彼と繋がりのある……例えば、パーティメンバーとか」
「それもないヨ。あのパーティはディアベル本人も含めて、オイラの顧客リストには載ってない人間ダ。ユー助の言うことには心当たりがないナ」
「そう……」

───これもハズレ、か……。

ディアベル本人ではなくても、彼の周りの人間が絡んでる可能性が高いと思ったんだけど……どうやら、それは僕の思い違いだったらしい。
アルゴは仕事に関して嘘はつかないし、情報屋としてのプライドも持っているため、本当に知らないこと以外には『心当たりがない』などといった言葉を使わない。
仮に本人から口止めを頼まれていた場合は、『知らない』ではなく『知っているが教えられない』といった言い方をする。
そのアルゴがそう言うのだから、本当にディアベル一行とは関わり合いを持っていないのだろう。

「ああ、そういえバ」
「?」
と、アテを外した僕が思考を巡らせていると。
アルゴは今思い出したとばかりに、ポンと手を打った。

「ディアベルのパーティメンバーってわけじゃないガ、奴にそこそこ近い人間になら心当たりがなくもないナ。確か、キバオウとかいう───」
「……っ、それ本当!?」
「わア!?驚かせるなヨ!」
予想外の言葉を受けて思わず急接近してしまった僕に、アルゴは珍しく驚いた声を上げた。
驚き顔の『鼠』という何とも貴重な眺めだけど、今はそれに構っている場合じゃない。

───アルゴと接触してた?あのキバオウが?

昨日、場の雰囲気をぶち壊しにしてまで元βテスターを糾弾しようとしていたキバオウ。
あの男が、散々嫌っていたはずの元βテスターと情報交換していた……?

───でも、それは。

それはおかしい。いくらアルゴが自分からベータの話題を持ち出すことはないとはいえ、これだけの情報を持っていれば、元βテスターだということはまず間違いなくバレていると思っていい。
ましてや、例のガイドブックの著者であるアルゴのことだ。疑うなというほうが無理があるだろう。
だけど……それは逆に言えば、アルゴの客は彼女を元βテスターと知った上で情報提供を受けているということだ。
キバオウのようなガチガチの反βテスター派が、果たして彼女を頼るような真似をするのだろうか。
プライドの高そうなあの男のことだから、『βテスターに借りは作らん』とか言い出しそうな気がするんだけど……。

「それで、キバオウは何の情報を買ったの?」
「………」
「……、1000コルでいい?」
「もう一声だナ」
またしてもトレードウィンドウを開き、1500コルを乗せてやると、アルゴはそれでいいとばかりにニヤリと笑った。
相手が興味を示しそうな単語をちらつかせ、それに食いつけばここぞとばかりに報酬を要求する。流石は『鼠』、自分の商売に関しては抜け目がない。
上手いやり方だと感心しつつ、今後の出費のことを考えると思わず溜息が出てしまう。

───こいつ、いつか絶対泣かせてやる……!

ナイフが買えなくなって死んだら化けて出てやる、と決意を固め、報酬に見合った情報提供を要求する。
特に口止めされていたわけではないらしく、アルゴはキバオウに関する情報をすんなりと教えてくれた。
……とはいえ、当然のことながら。話がいいところまで進む度、追加料金として金銭を要求されたのは言うまでもない。
『おまえは旅館のテレビの有料チャンネルか!』と突っ込みたくなる衝動を押さえるのは大変だった……。

閑話休題。


「……それ、本当?」
「嘘はつかないヨ」
どんどん寒くなっていく懐に反比例してアルゴへの恨みを募らせていく僕だったけど、話を聞いていくうちに衝撃で恨みを忘れてしまった。
彼女からもたらされた情報には、それほど不可解な点がいくつもあった。

アルゴの話によると、キバオウはここ一週間、彼女を通してとあるプレイヤーの持つ武器を買い取ろうと交渉しているらしい。
買い取ろうとしているのは『アニールブレード+6』。買取希望価格はなんと驚きの39800コル。
それは約40000コルも出すほどのレアアイテムなのかと聞かれれば、答えは否。
『アニールブレード』は第1層で受けられるクエストの報酬として貰える片手剣で、強化を重ねれば第2層までは十分に使っていけるという、片手剣使いには必須といっていいほどポピュラーな武器だ。
だけど、クエスト報酬で必ず貰えるということは、逆に言えばそれなりの数が市場に出回っているということでもある。
未強化の『アニールブレード』の相場価格が15000コルで、そこに20000コルも上乗せすればほぼ安全に+6まで強化できるため、実質35000コルで同じ物を作ることができる……んだけど、キバオウは何度も断られているにも関わらず、その都度価格を上乗せし、執拗に交渉を迫っているのだそうだ。

「それってそこまでする価値ないよね?どういうこと?」
「さァ?オイラも何度もそう言ったんだガ、一向に引き下がる気配がないんダヨ。もうわけがわからン」
彼女にしては珍しく、お手上げといったように首を振るアルゴ。
そんな情報屋の姿を眺めながら、僕は頭の中で情報を整理していく。

あれほど反βテスターを掲げていたキバオウが、元βテスターであるアルゴに頼ってまで、とあるプレイヤーが持つ『アニールブレード+6』を買い取ろうとしている。
武器自体は大して珍しいものではないし、40000コルもあれば自力で同じものを作ることができる。だというのに、何度断られてもそれを諦めようとはしない。
となると、キバオウの目的は。武器そのものではなくて、その武器を持つプレイヤー個人に対する何か、ということになる。

わざわざ相手の武器を、相場以上の金額で買い取りたがる理由。
自分が使っている武器より高性能だから、という理由ではないだろう。確かに昨日キバオウの持っていた武器よりは高性能だけど、それなら元手の40000コルを使って自作すればいい。
わざわざ一週間もの手間をかけてまで、相手の武器に固執する理由にはならない。

だとすれば、残る可能性は。
メインウェポンを奪うことにより、そのプレイヤーの攻撃力を大幅に弱体化させることによる妨害工作───

───でも、どこでそれを……?

キバオウが大金を積んでまで妨害したがる相手となれば、相手は恐らく元βテスターだろう。
だけど。昨日あの男が言っていたように、『βテスターは自分達を見捨てた』と思っているプレイヤーも少なくない中、わざわざ自分がβテスト上がりであることを名乗り出る者はいない。
となると。キバオウがそのプレイヤーをβテスターだと断定するには、裏付けとなる情報が必要となってくる。

「アルゴ、キバオウがβテスターの情報を買ったってことは───」
「見くびってくれるなヨ、ユー助」
「あ……」
そう思って頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした僕は、言い切る前にアルゴに遮られ、それが失言だったことに気が付いた。

「いくら金を積まれよーガ、ベータの情報だけは売らないヨ。それはユー助も知ってるダロ?」
「ごめん……」
アルゴの言う通りだ。彼女はいくらお金を積まれても、β時代の情報だけは絶対に売ることはない。
そうでなければ。β時代と同じ名前でプレイしている僕が、“今頃無事なわけがない”。
アバターの時とは見た目が違うし、僕も人前では顔を隠しているとはいえ、そんなものは所詮は気休めだ。
アルゴがβ時代の情報をお金で売るような人物だったら───彼女の情報網にかかれば、それもそう長くは続かなかっただろう。
ある意味、僕が今日まで生きてこられたのは、『βの情報は絶対売らない』と言い切っているアルゴのお陰といってもいい。

「それにしても珍しいナ、ユー助が他人をそこまで気にするナンテ」
「……、ちょっと、気になることがあってね」
「フーン?ま、ただ聞いてみただけなんだけどナ」
アルゴの言葉に曖昧な答えを返すと、本当にただ聞いてみただけなのだろう、それ以上追求してくることなく話題を終える。
僕はというと、頭の中が絶賛混乱中だったため、彼女が必要以上に踏み込むことをしてこなかったのは正直ありがたかった。


────────────


「そんじゃ、オレっちはちょっと着替えてくるカラ。ユー助、覗くなヨ?」
「覗くか!」
「にゃハハ、冗談冗談」
さっきの失言を謝罪し、報酬として幾許かのお金を渡すと、アルゴは上機嫌でドアの向こうへと消えていった。
この後も何件か仕事で人に会う予定があるらしく、その前に夜装備に着替えておきたかったのだそうだ。
内心よくやるなあと思いながら、『鼠』が向かった先───バスルームの扉を眺めつつ、溜息一つ。
僕の気分が落ち込んでいる理由は、わざわざ言うまでもないだろう。

───何なんだ、本当に……。

キバオウが大暴れしたあの時から、僕は会議中の彼の様子を逐一チェックしていた。
そうして見ているうちに、気が付いた点が一つ。どうも彼は、ディアベルに心酔している節があるということ。
あの様子からして、彼らは会議の時が初対面……というわけではなさそうだ。
そもそも、アルゴが『ディアベルにそこそこ近い人物』としてキバオウの名前を挙げた時点で、二人の間には最初の攻略会議よりも前から、少なからず接点があったということになる。

反βテスターを掲げるキバオウ。恐らく元βテスターであろう、『アニールブレード+6』の持ち主であるプレイヤー。そして、騎士ディアベル。
この三人を結び付けているものが何かまではわからないけれど……キバオウとディアベル、二人が何かを隠し、それを密かに実行しようとしていることだけはわかる。

───二人は、一体何を企んでる……?

あの時。僕の名前とキリトの顔を見て、一瞬とはいえ眉を顰めた騎士ディアベル。
彼の不審な態度を思い出しながら、僕は明日のボス攻略戦を思い浮かべ、随分久しぶりとなる“嫌な予感”を感じていた……。 
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