こうもり
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5部分:第一幕その五
第一幕その五
「それでこちらの連絡不備とか言うのだ。あいつはどうかしている」
伯爵は怒りを隠そうともしない。
「出て来たらこの街どころかオーストリア全土に教えてやる。あいつの無能さをな」
「それはまた」
「持って来ると言ったものは持って来ないでそれを言ったら何か夫婦のことで悩んでいたとか言い出すのだ。怒ったら心を広く持ちましょうよとか言ってきおった」
怒りが増してきていた。
「全くもってけしからん奴だ。証拠を持って来ないのでな」
「それで弁護士なのですか?」
「少なくともその資格はないのはよくわかった」
全くもってその通りである。禁治産者であろうか。
「もうあいつは首だ。いいな」
「当然です」
「ああ、待って下さい」
「よく戻って来れたな」
ブリントが戻って来たのを見て怒りを隠そうともしない。
「人の信頼なぞ何とも思ってはおらんのだろう」
「まあ待って下さい。あのですね」
厚顔無恥にも言う。
「また訴訟を起こしましょう」
「君は他人がどう思っているのかわからんのか!?」
いい加減怒りが爆発しそうになっていた。伯爵はその身体をワナワナと震わせていた。
「ですから来たのですよ。恥を忍んで」
「君には恥とかそんなものがわかる知能があるとは思えないのだがね」
「まあまあ」
「言っておく。君は何時か大変なことをしでかして破滅する」
伯爵は断言してきた。
「出て行け!」
遂に叫んだ。
「もう顔も見たくはない」
「そもそもどうしてこんな人を顧問弁護士に雇われたのですか?」
「誠実そうに見えたのだ」
よくやる間違いである。
「そうしたら信頼されるん値しない輩だった」
「そうだったのですか」
「もう何があってもこいつは信用せん。誰もがそうだろう」
「全くです」
奥方も完全に同意であった。
「この人のおかげで」
「何かまた揉めてきたわね。あら」
ここでアデーレは気付いた。
「またお客様ね。大晦日だから」
客が多い。これは何処でも同じである。
「はい、只今」
アデーレは出迎えに向かう。その間も三人は言い争いを続けている。
「首だと言っている!」
伯爵はまた言う。
「何度でも言うぞ!」
「全くそう短気だから貴方は」
「ここまでやられて心が広くなれる人間がいるか!」
伯爵の怒りももっともであった。おかしな弁護士である。
「君だけは許さん。何があってもだ」
「落ち着かれて下さい」
「落ち着いてもどうあっても結論は変わらないぞ」
意地でも変えないつもりであった。
「出所してきたら首だからな」
「やれやれ」
「旦那様」
そこにアデーレが人を連れて戻って来た。着飾って背の高い茶色の髪をした笑い顔の男であった。立ち居振る舞いに何処か知性があるのは伯爵に似ているが彼のそれはユーモアもある感じであった。
「お客様です」
「今は誰にも会いたくはない」
「もうお招きしました」
「何と、もうかね」
アデーレの動きの素早さに呆れてしまった。
「まだ何も言っていないのに」
「まあまあ」
「仕方ないな。それで誰だね」
「私だよ」
その茶色の髪の男が言ってきた。緑の目を愛嬌よく動かしてきた。
「やあ、伯爵」
「あら、博士」
奥方は彼を見て声をあげた。彼はファルケ博士、有名な文学者であり法学者である。伯爵の古くからの遊び仲間でもある。この街では名士の一人だ。
「ようこそ」
「いやいや、奥方も」
彼は恭しく頭を下げてきた。
「お元気そうで」
「有り難うございます」
「何の用なんだね」
伯爵は彼に尋ねてきた。
「大晦日に」
「話は聞いたよ」
博士は声に同情を含ませて伯爵に言ってきた。
「気の毒にか」
「君も聞いていたのか」
「風の噂でね」
彼は答える。
「聞いたよ」
「噂というものは伝わるのが早いな」
伯爵はそれを聞いて顔を顰めさせる。もう広まっているのかと思いさらに不機嫌になった。
「噂にはどんな壁も効果がないからね」
博士はここでは文学者として言ってきた。
「だから僕も知ったのさ」
「知らなくてもいいのに」
「まあまあ」
笑って憮然とする伯爵を宥める。
「奥方は八日間もこの男の顔を見なくて済むのですよね」
「ええ、まあ」
奥方は儀礼的にそれに応える。
「それはそうですが」
「何よりです。厄介払いができて」
「全くね」
伯爵はそれを聞いて憮然として述べた。
「愉快なことだよ」
「しかしだね」
博士はそんな彼に対してさらに言う。
「普通はないぞ。日が伸びるなんて」
「彼のおかげでね」
またブリントを指差して言った。
「そんなことになったのさ。いい迷惑だよ」
「言っておきますが」
「もういい」
これ以上ブリントには喋らせようとはしなかった。
「聞く気にもなれない。それでだ」
「うん」
博士は笑ってそれに応える。
「その八日間の拘留が明日からなのだが」
「では今日はまだ時間があるのだね」
「うん」
まずはその問いにも頷く。
「そうだが」
「なら話は早い」
「どうしたんだね?」
博士が急に態度を変えてきたのに彼も気付いた。すると奥方がここで言ってきた。
「あの、博士」
「はい、奥様」
「うちの人を少し慰めてあげて下さい。あんまりなことですから」
「私がですか」
「古くからのお友達である貴方ならと思うのですが」
「確かに」
それを受けて思わせぶりに笑ってきた。
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