こうもり
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23部分:第三幕その六
第三幕その六
「今の言葉で」
「あら、では」
きっと夫を見据えて言う。
「私を批判されるのね」
「その通り」
彼は見据え返す。だが睨んではいない。
「だからこそ」
「言うわね」
「では伯爵」
ここで所長が話に入って来た。
「では今から拘留をして頂きます」
「いや、それは彼が」
平気な顔でアルフレートを指差す。指差されたアルフレートは目を丸くさせる。
「えっ、僕が?」
「君が捕まったのだし当然ではないのかね?」
「僕は何もしていないけれど」
彼はそう反論する。
「裁判に出たこともないし」
「それでも君が入るべきだろう。私の妻に誘いをかけたのだし」
「それとこれとは関係が」
「あの、所長」
ここで看守が所長に囁いてきた。
「どっちでもいいんでは?結局は」
「まあそうだがね。どうせここにいても飲むだけだし」
「そうですよね。何をそんなに言っているのかわからなくなってきましたよ」
「世の中ってのはそういうものさ」
所長は酔った時に誰もがたまに言い出す哲学的なことを述べだした。
「訳がわからないものさ。おや」
またしてもベルが鳴った。
「こんなにお客さんの多いのははじめてだな。しかも朝から」
「全くですよ。おやっ」
「どうしたのかね?」
声をあげた看守に問う。
「いや、今度はですね」
「うん、今度は」
「団体さんです」
看守は答えた。
「団体さんと」
「ぞろぞろ来られていますよ。まるで新年会のように」
「呼んだ覚えはないが」
「勝手に来られたんじゃ?ここにおられる方々と同じで」
「はて・・・・・・とここまでは首を傾げるところだ」
「!?」
「いいかね、フロッシュ君」
所長は急に看守に対して笑ってきた。
「フィナーレだよ」
「どうしたんですか、急に」
「シャンパンの用意を」
「用意をって刑務所にシャンパンなんか」
普通はない。ある方がおかしいであろう。
「いや、ある。酒蔵にな」
「そうなんですか。何でまた」
「私が用意しておいたのだ。それを全部持って来てくれ」
「わかりました。では」
看守はシャンパンを持って来る為にその場を後にした。それと入れ替わりに何と今度は昨夜の宴の客達がどやどやと入って来た。公爵や博士までいる。
「あれっ、皆どうしてここに」
「やあやあアイゼンシュタイン」
博士がにこやかに彼に声をかけてきた。
「酷い目に遭っているようだね」
「それは否定しないよ」
憮然として言葉を返した。
「酔いも醒めたし何が何なのかわからないよ」
「いや、それは結構」
彼はその言葉を聞いて笑った。
「では僕の策略は成功したわけだ」
「策略!?」
「そうさ」
彼は言ってきた。
「これが復讐なのだよ」
「復讐!?」
「だから言ったじゃないか」
博士はにこにこしながら述べる。
「何時かあの時の復讐をすると」
「まさか」
「そう、そのまさかさ。君は今僕の復讐を受けているんだ」
「そうだったのか」
ここまできてようやくそれがわかった。
「それで」
「そう、私達も」
客達と所長が言った。
「私もなのですよ」
「貴方まで」
公爵が笑いながら名乗り出てきたのには正直驚いた。
「何と」
「私もですか」
「アデーレまで。そんな」
「それでですね」
「むっ」
続いてアルフレートが出て来て目を顰めさせる。
「では君も」
「そうです。安心されましたか」
「ううむ、ほっとしたような悔しいような」
「ははは、それでも楽しんでいたじゃないか」
「しかし一杯食わされた」
博士を見て述べる。
「どうやら君の勝ちだな」
「そうだね」
「ところで」
アデーレがイーダを側に置いて所長にそっと囁いてきた。
「私は」
「そうだね」
「待って下さい所長」
しかしここで公爵が姿を現わしたそしてアデーレに声をかける。
「フロイライン」
「はい」
「貴女には私が援助致しましょう」
「宜しいのですか?」
「何、芸術と文化を愛するのが我がロマノフです」
彼は言った。
「ですから私は貴女を」
「女優にして頂けるのですね」
「そうです。貴女ならすぐにでも」
「それじゃあ」
「はい、どうか御一緒に」
「畏まりました」
彼女も女優になることになった。最後に伯爵と奥方の和解だった。
「いや、済まない」
伯爵はバツの悪い顔をして妻に謝罪する。
「疑って悪かった」
「それだけかしら」
「ああ、わかってるさ」
憮然として述べた。
「貴夫人に声をかけたのも」
「ハンガリーの方ですわね」
「どうしてそこまで知ってるんだい?」
「何故かしら。それはね」
「うん」
奥方は優雅な笑みを浮かべながら何かを出してきた。その何かを顔につける。すると。
「あっ」
「そういうことよ。私じゃなかったら許さないところよ」
「君だったのか」
これが一番の驚きであった。
「まさかそんなことだったとは」
「そうよ。だから今は」
「うん、仲直りに」
「またパーティーに」
「おや」
妻にそう言われてふと思い出した。
「私の刑期は」
「勿論それも芝居だよ」
博士が笑いながら言ってきた。
「驚いたかね」
「いや、もう驚かないよ。それではこうもりの復讐の成功に」
「乾杯!」
皆でそのまま新年の宴に向かうことになった。大晦日のこうもりの復讐はそれで終わり今度は新年を祝う華々しい宴となったのであった。
こうもり 完
2007・1・14
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