こうもり
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13部分:第二幕その四
第二幕その四
「横顔だってそうでございましょう?そこを御覧になって頂けないと」
「全くもって申し訳ない」
「本当におかしな間違い。どういうことかしら」
「そうですわ。御気をつけ遊ばせ」
こうしてアデーレにからかわれる。宴は伯爵を道化として盛り上がることになった。
「やれやれ」
「まあまあ一杯」
そこに博士がやって来て声をかける。
「よくあることさ、気にするな」
「そうだね。まあ気を取り直して」
「うん」
二人は美酒と美食を楽しむ。そこでまた従者が公爵のところにやって来た。
「殿下」
「何だね」
またロシア語で言葉を交わした。
「お客様です」
「今度はどなた?」
「シュヴァリエ=シャグラン様です」
「シュヴァリエ=シャグラン」
「男性の方です。どうされますか?」
「お通しして」
伯爵の時と同じやり取りであった。
「いいね」
「わかりました」
「博士」
それからドイツ語で博士に声をかけた。それがオーストリア訛りなのが結構芸が細かかった。
「御聞きしたいことがあるのですが」
「はい」
「じゃあまた後でね」
「うん、これで失礼」
博士は伯爵と別れて公爵のところに来た。そして話を聞く。
「シュヴァリエ=シャグランという方を御存知ですか?」
「ええ、勿論」
彼はにこやかに笑って答えてきた。
「お芝居の登場人物の一人です」
「ほう」
「実は刑務所長のフランクさんなのですよ」
「そうなのですか」
何か話が大掛かりになってきていた。公爵は彼の話を聞いて思った。
「やあやあ」
「お連れしました」
そこにその所長がやって来た。アルフレートを刑務所に入れてすぐにやって来たようである。
「はじめまして、公爵」
そして公爵に挨拶をした。
「シャグランと申します」
「はじめまして、シャグランさん」
公爵も彼に挨拶を返した。
「フランスの方ですね」
「はい」
そうなりきっていた。
「左様です」
「そうですか。実はもう一人フランスの方がおられまして」
「そうなのですか」
「はい。こちらに」
「まずい」
指し示された伯爵は思わず困ってしまった。
「どうしようか、フランス語で話し掛けられたら」
彼はフランス語を知らない。だから困るのだ。なおロシアの宮廷ではフランス語を使っている。これはピョートル大帝からである。エカテリーナ二世は大のフランス文化好きであった。ロシアの特徴として西欧文化と言えばフランス文化であり国が落ち着くとフランスに接近する傾向がある。これは地政学的な要因もある。
「大丈夫だよ」
しかしそんな伯爵に博士が声をかけてきた。
「安心しておき給え」
「暢気に言うね」
「彼はドイツ語が話せるから」
じつはドイツ語しか話せないのは内緒だ。
「安心し給え」
「だといいんだがね」
伯爵はそれを言われても半信半疑であった。
「まあ信じよう」
「友人を信じないで誰を信じるんだね?」
「それもそうだね」
とりあえずは信じることにした。
「それじゃあ」
「うん。ではその時はね。安心しておくんだ」
「では安心しておくよ。しかし」
「しかし?」
「本当に変わった宴だ」
彼は今それを実感していた。
「この街は色々な国から人が集まるけれどそれ以上に思えるよ」
「そういう運命なんだろうね」
「運命!?」
「そう、運命なんだよ」
博士は思わせぶりに笑って述べる。
「君がここに来たのもね。運命さ」
「そうなのかね」
「まあ運命を楽しむことだ」
そのうえで博士は言った。
「いいね」
「わかったよ」
「一人美女をお招きしているしね」
「美女を」
それを聞いた伯爵の目の色が一変した。
「美女をかい」
「うん、ハンガリーのさる旧家の伯爵夫人でね」
「僕の妻と同じか」
「まあ違うのは生まれた場所だけだね」
そう言って伯爵夫人である彼の妻に例えてきた。これまた思わせぶりに。
「ただ、事情があってね」
「ふん」
「仮面を着けているんだ」
「仮面を!?ということは」
伯爵はそれを聞いて述べた。
「やんごとない事情のようだね」
「まあそれはね。聞かないで欲しい」
「わかったよ。じゃあ」
伯爵はその言葉に頷いた。
「そうさせてもらうよ」
「うん。じゃあ呼んで来るから」
彼と一旦別れた。
「じゃあね」
「期待しているよ」
そのまま暫し宴を楽しむ。そしてそこに仮面を被った白いドレスの貴夫人が現われた。よく見れば誰あろう、奥方であった。何かあるようであった。
「ようこそ」
「お招き頂いて」
「アデーレ嬢にも誘われたそうで」
「はい。それで元々こちらにお伺いするつもりでしたが」
歌理は宴の場でこっそりと話をしている。誰もそれに気付きはしない。
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