失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第十話「剣精霊は銀髪少女」
前書き
――ヒロインがインしました。
目が覚めると、俺はベットの上で寝ていた。
「ここは――そうか……、あの後、気絶したのか」
恐らく神威の使い過ぎだろう。〈五重封印〉で神威を半ば以上封印していた状態だったのだから、当然といえば当然の結果だった。
寝台から身体を起こし、ふと気が付いた。着ている服がアレイシア精霊学院指定の制服ではないということに。
さらには部屋も覚えのある木造の家ではない。いかにも高級感漂う家具や調度品が据え付けられ、そのどれもが丁寧に磨かれていた。しかも、寝ていた寝台は天蓋付きだ。
どことなく、リンスレットの部屋のイメージがあるな。まるで高級ホテルだ。
「そうだ、クレアは……」
ふと脳裏にクレアの沈んだ顔が浮かび、ベッドから出ようとした時だった。シーツの中でモゾモゾと動く気配があった。
そういえば、先程から違和感があったな。敵意がなかったから気にしなかったが。
大体、予想はつくがシーツをソッと捲った。
目に映るは銀色の髪。純白の肌を晒した美少女が黒いニーソックスだけを身に付けて横たわっていた。
「……誰だ?」
やはりか、と内心思いながらも一応名前を聞く。初対面なのに名前を知っていたら怪訝に思われるからな。
「エスト」
無表情かつ無機質な声で少女は答えた。
「エスト……それが君の?」
「はい、正式な真名は人間の発声器官では発音できませんから――エスト、と」
「なるほど。では、エスト」
「はい」
透明な紫紺の瞳を向けてくるエスト。
外見はクレアたちとそう変わらない十五、六歳といったところだろうか。精霊なのだから実年齢はもっと上なんだろうが。
俺はエストの小柄な体をなるべく見ないようにしながら問いかけた。
「なぜ、君は俺のベッドの中に?」
「私があなたのものだからです、ご主人様」
俺の中で何かがひび割れる音がした。
若干顔を引き攣らせながら目の前で無垢な瞳を向けてくる、ほぼ全裸の少女に語りかける。
「……エスト」
「はい、ご主人様」
「そのご主人様というのは、なんだ?」
「――? ご主人様はご主人様だからです。自家撞着ですが」
それとも他の呼び方をご所望ですか、と無表情に続ける。
「……一応、聞こうか」
「はい。では、兄上と」
「却下だ」
「パパ」
「なぜそのチョイスになる。俺に子供はおらん」
「お兄……ちゃん?」
「…………ダメだ」
一瞬、揺れた俺がいたが、実家の妹のイイ笑顔が急に浮かび慌てて却下する。なぜここで出てきた、我が妹よ。
「はぁ……。俺の真名はマハト・ア・クーだ。故あってリシャルト・ファルファーと名乗っているがな。呼ぶならリシャルトにしろ」
「了解しました。ではリシャルト、と」
頷くエストはリシャルト、リシャルト、ご主人様はリシャルトと口の中で俺の名を転がす。
その姿に思わず手が伸びた。
「――? なぜ頭を撫でるのですか?」
「……気にするな」
本物のエストはこれほどまでの破壊力を秘めているのか。
前世の頃から原作キャラではエストがお気に入りのキャラだったが、これほど可愛いとは思わなかった。なんと言うか、保護欲が刺激される。
彼女には保護が必要だ。不思議そうにこちらを見上げコテンと首を傾げるエストの頭を延々と撫で続けた。
† † †
「ところでエスト。君は俺の契約精霊なのか?」
「はい。私はリシャルトの契約精霊」
俺とエストには神威の回路が繋がっている。今こうしている間にも俺から神威がエストに流れているのだ。とは言っても集中しなければ分からないほど僅かな量だが。
「……っ、リシャルトさん! 目を覚ましたんです……ね?」
扉を開けて入ってきたキャロルの声に我に返る。見れば手には水の入った桶を抱えていた。
俺はようやく撫でていた手を止めた。
「ええっと……リシャルトさん? その子は……」
「うむ、それなんだがな――」
戸惑った顔でエストを見るキャロルに説明しようとした時だった。
「リシャルト様が目を覚ましましたの!?」
バン! と扉を開け放ち、リンスレットが入室する。喜色満面の笑顔はエストの姿を目にした途端、固まった。
「な……な、なな、ななな、なーっ!」
そこで俺は思い至った。ベッドの上で男と女が二人きり。しかも女は裸にニーソというある意味扇情的な格好をし、男は女の頭に手を置いている。
ここから導かれるコトは――、
「……まて、早まるな。誤解するなよリンスレット、こいつはだな――」
「こいつは、なんですの?」
「あーっとだな、こいつ、俺の契約精霊なんだ」
それを聞いたリンスレットは低い笑い声を洩らした。
「ふ、ふふふ……なるほど、そうでしたの」
「あ、ああ、解ってくれたか?」
「ええ。よーく解りましたわ。わたくしが心配していましたのに、い、い、いつの間にか、こ、こんな可愛らしい女の子をベッドに連れ込んで――」
ビョオオオ……リンレットの絶対零度のような冷たい視線が突き刺さる。精神的にも、物理的にも。
いつの間にか窓には霜が降りており、部屋のなかにブリザードが吹き荒れたかと思うと、突然フェンリルが狼の姿で現れる。
「いや、ちょっと待て。冷静に話をだな――」
「聞く耳持ちませんわ、このヘンタイ――――っ!」
魔氷精霊が咆哮を上げて襲いかかってくる。咄嗟に対物障壁を張ろうとするが、ストックがないことに気がついた。
しまった、昨夜に使ったのだった!
凍結魔術の利点は事前に術式や詠唱を唱えて発動前の段階で凍結することで、始動キーワードを唱えるだけで発動することにある。だが、同じ術式は一度までしか保存できないこと欠点があるのだ。
取り合えずベッドから飛び降りようと腹筋に力を入れたときだった。
エストが静かに立ち上がり、俺を庇うように前に立った。
ぐるるーっと鋭い牙を剥いて跳びかかる白狼の鼻先にスッと手を翳す。
ピタッ、とフェンリルがその場に凍りついた。
「うぉ……ん……」
「ひかえなさい。魔氷精霊ごときが、この〈魔王殺しの聖剣〉に刃向かいますか?」
エストが無表情で静かに語りかけた途端、フェンリルがガタガタと震え出した。
「おすわり」
ちょこん。
「お手」
ぽふっ。
「いい子いい子」
なでなで。
唖然するリンスレット。ここにきてようやく、彼女の正体に気がついたようだった。
「あなた……ひょっとして精霊ですの!?」
「はい。私はリシャルトの契約精霊」
大人しく座り続ける氷魔精霊の頭を無表情で撫でるエストはコクンと頷いた。
「まあ、なんだ。とにかくそういうことだから。――それはともかく、エストは服を着なさい。服の構成くらいなら出来るだろう。というより、なぜ裸なんだ?」
「裸ではありません、リシャルト。ニーソは穿いています。この格好の方が喜ぶと思いました。さすがに素足をさらすわけにはいきませんが」
「……君の気遣いは痛み入るが、場違いだと知れ。とにかく、そこのリンスレットが来ている制服を構築しろ。それなら外に出ても違和感がないはずだ」
「了解しました」
エストの身体が一瞬淡い光に包まれ、次の瞬間には女子の制服を着ていた。エストの身なりに関してはこれで良し、と。
「さて、察するにここはリンスレットの部屋のようだが、わざわざ運んでくれたのか?」
「はい。気絶していたリシャルトさんをお嬢様が心配されて運ばれたのです。看護は私とお嬢様で」
「そうだったか……ありがとう」
「い、いえ、お礼を言われるほどではありませんわ! げ、下僕の面倒を見るのも主人の務めですもの!」
そう言ってそっぽを向くリンスレットの耳は朱く染まっていた。そんな主の姿にクスクスと忍び笑いを漏らすキャロル。
「そ、それに、あなたはわたくしの友達を助けてくれたのだし……」
「ん?」
「な、なんでもありませんわ!」
素直ではないな。だが、今はそんな姿も微笑ましく思える。
「ところでクレアは?」
あの時の憔悴したクレアは明らかに様子がおかしかった。
頼むから変なことを考えてくれるなよ……。
「それが、学院に帰ってきてからずっと寮の部屋に閉じ籠ってますの。わたくしがドアの前で挑発しても全然出てきませんし」
「そうか……」
やはり、スカーレットがいなくなったのは相当堪えたのだろう。いつもは強気に振る舞ってはいるが、それでも普通の女の子なのだ。
「お嬢様は幼馴染みのクレア様が心配なんですよね」
「キャロル! なな、なにを言っていますの!」
顔を赤くしてぽかぽかとキャロルの背中を叩くリンスレットに苦笑する。
やはり、素直になれないだけで友達想いなのだと改めて感じた。
「な、なんですの、リシャルト様、にやにやして」
リンスレットがムッと頬を膨らませた。
「目が覚めたならさっさと出ておいきなさい、女子寮は男子禁制ですのよ!」
「そうだな、そうそうに退散するとしよう。行くぞ、エスト」
「はい、リシャルト」
† † †
女子寮を出て学院の中庭を歩きながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「ところでエスト、回路の繋がりは十分か? こちらから伝わる神威供給は微々たるものしかないのだが」
「はい。神威はしっかりとリシャルトから流れてきています。恐らく元々の保有量が多いため僅かにしか感じられないのでしょう」
俺の保有する神威の量はかなり多いらしい。クレアたちの神威量が精霊使いとしてどの程度の位置にいるかは分からないが、彼女たちの神威は俺からすれば少ないと感じた。これもゼウスの爺さんが言っていた『存在感の強さ』によるものだろうか。
「ふむ、そうか……。しかし、剣に封じられていた間は精霊使いとの契約を長らく拒んでいたんだったな」
「肯定です、リシャルト。私はこれまでに五十三人の精霊使いを袖にしました」
「そんな君ほどの精霊がなぜ、俺と契約を?」
またなのか? またカミトポジションなのか?
エストはくいっ、と俺の袖を掴み上目で見上げてきた。
「リシャルト、私はリシャルトに好意を抱いています」
「好意?」
「好きだということです」
「それはありがたいが、なぜ? 俺と君に接点はなかったはずだが」
エストは透明な紫紺の瞳で俺を見つめた。
「何故かは正直、私にも分かりません。ただ、あなたと私は似ているのだと思います」
「――似ている、ね。まあ、追々分かることか……」
何が似ているのかは知らないが、俺でも感じない何かをエストは感じたのだろう。気にならないと言ったら嘘になるが答えを急くような話でもないし、いずれ分かるだろうと思い話を区切った。
女子寮から離れた俺たちは学院の校舎にやって来た。寮内にはクレアの気配はなかったため教室に向かっている。
エストと並んで廊下を歩いていると、俺たちの姿に気がついた女子たちがチラチラとこちらを見て、ひそひそ声を立てた。
「見てほら、例の編入生よ」
「もう新しい女の子を手籠めにしてるわ」
「綺麗な娘ねー……あんな娘、うちの学院にいたかしら?」
「ねえねえ、昨日の夜、エリスたちがアイツを巡って決闘したって本当?」
「うそっ、なになに!?」
「もしかして、この学院の女の子を全員手籠めにするつもりかしら……」
「――淫獣?」
「淫獣ね」
「でも、リシャルトくんになら、いいかも……」
「え?」
「え?」
そんな声がそこらかしこから聞こえてきた。い、淫獣?
「……リシャルトは淫獣なのですか?」
――グサッ!
無垢な瞳で俺を見上げるエストの言葉が胸に突き刺さる。こ、心が痛い……。
何とも言えない顔で押し黙る俺にコテン、と首を傾げるエスト。そんな時だった。シャラン、と鞘走りの音が背後から聞こえたのは。
「リ、リシャルト・ファルファー……きき君という男は!」
振り向く間も与えてもらえず、首筋に刃を添えられる。両手を上げて静かに首を巡らせると、顔を朱で染めたエリスがこちらを睨み、殺気を放っていた。
「み、見損なったぞ! 君はもっと誠実な男だと思っていたのに、このようないたいけな少女を誑かし、手籠めにするとは……! この色魔め、我が剣の錆にしてくれる!」
どうやら噂を聞きつけてやってきたらしい。君もか……頭が痛くなる。
額を手で押さえた俺は深く溜め息をついた。
「君はなにか勘違いしているようだが、この子は俺の契約精霊だ」
「なんだと?」
エリスが訝しげにエストを見下ろす。
「この少女が、あの魔精霊を一撃で斬り裂いた剣の精霊だと?」
しばらく、じーっと見つめていたエリスだったが、やがて視線を切ると俺に向き直った。
「下手な嘘は止めるんだな。こんな娘が精霊なわけがないだろう」
再び剣の切っ先を向けてくるエリス。刹那、エリスの目が驚愕で見開かれた。
首筋に突き立てた剣が飴細工のようにぐにゃぐにゃに折れ曲がっていたのだ。
「なんだ、これは!?」
「属性共鳴――剣精霊である私はあらゆる刀剣類に自在に干渉することが出来ます。これで信じて頂けましたか?」
「属性共鳴だと……?」
エリスが目を丸くして自分の折れ曲がった剣を見つめた。
俺も意外な目で傍らに無表情で立つエストを見た。精霊魔術で似たような現象を引き起こすことは可能だが、それをエストは指先一つで成してみせたのだ。さすがは剣精霊と言ったところか。
得心がいったように一つ頷いたエリスは剣を収め、頭を下げた。
「なるほど……疑ってすまなかった」
「なに、気にするな。一目見て精霊だと看破しろというのが無理な話だ」
丁度いい高さにあるエストの頭をポンポン叩きながらそう言う。エストは不思議そうな顔で小首を傾げた。
少し堅物すぎるきらいがあるが、こういった素直な性格は好感が持てるな。
「その、すまなかったな……」
「ん?」
頬を赤く染めたエリスは俺の目を真っ直ぐ見つめながら言葉を続けた。
「私は君が男というだけで君を嫌っていた。そのことを謝らなければならない」
再びすまなかったと頭を下げるエリス。
「クレア・ルージュを救うために魔精霊に立ち向かっていった君の姿は、その……とても格好良かったよ」
そう言ってエリスは微笑む。それを見た途端、顔が赤くなっていくのを自覚した。気恥ずかしさもさることながら、女性にそんなことを言われたのは随分久しいことだった。
そっぽを向き、熱を帯びた顔を手で仰いでいると、服の裾をくいっと小さく引っ張られた。
見ると、エストがいかにも不満ですと言いたげに頬を膨らませていた。
「リシャルト、私はのけものにされて不機嫌です」
「ああ、すまんな……」
ふとここに来た、目的を思い出した。
「ああ、そうだ。クレアの場所を知らないか?」
「クレア・ルージュなら部屋に引きこもっているのではないか? 契約精霊を失ったのが相当ショックだったようだからな」
まあ、私もシムルグを失ったら同じようにショックを受けるだろうが、と言葉を続けるエリスに首を振る。
「いや、それがどうやら自室にはいないらしい。なにか心当たりはないか?」
「む……」
しばし顎に手を当てて考え込む。
「……そういえば、今日の午後に学園都市で〈軍用精霊〉の契約式典があったな」
「契約式典?」
「ああ。学院生の中から志願者を募って、〈軍用精霊〉と契約させるのだ」
要するに軍のスカウトだ、とエリスは説明した。
軍用精霊と契約を交わした学院生は以後軍属とされている。強力な精霊を手に入れる代償として、騎士団からの要請があった場合には直ちに駆けつけなければならないらしい。
まあ、当然だな。何をするにしても代価というのは存在する。等価交換なくして世界は回らないのだから。
「強力な精霊である〈軍用精霊〉を欲しがるものは多い。軍属になると色々と面倒だが、それでも契約できるとあって志願する者は後を絶たない。もともと精霊騎士になることを目的として学院に入学した者も多いからな」
「契約者の選出方法は?」
「当然――精霊剣舞だ」
対戦方法は精霊使いが入り乱れてのバトルロワイヤル。オレデシア騎士団の市民へのデモンストレーションも兼ねているため、開催場所は元素精霊界ではなく学園都市の競技場で行われるらしい。
「契約精霊を失った彼女が今回の契約式典に志願した可能性はあるな」
「……その式典の会場というのはどこで開催される?」
「たしか、学院都市のオリビエ通りを真っ直ぐに行ったところに会場があったはずだが」
「ふむ……わかった。情報感謝する、エリス」
俺はエストの膝裏に手を入れて横抱きにすると、窓枠に足を掛けて跳躍した。
「これからクレアの元に向かう。飛ばしていくから、すまないがしばらくそのままでいてくれ」
「了解です、リシャルト」
コクリと頷いたエストはおもむろに俺の首に手を回す。認識阻害結界を張り家々の屋根を飛び回る俺はエストの意外な行動に目を丸くした。
「どうした?」
「お互いの重心が近接しますので、この方が安定します」
「いや、それはそうだが……まあいいか」
取りあえずエストのことは思考の隅に追いやり、探索魔術でクレアの居場所を探る。俺の探索魔術の最高範囲は半径二百キロのため、おそらく引っ掛かるだろう。
高速で流れる景色を背にしながら、俺たちはクレアの元に向かった。
後書き
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