ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
真実
戦いは一時間にも及んだ。
無限にも思えた激闘の果てに、ついにボスモンスターがその巨体を四散させた時も、誰一人として歓声を上げる余裕のある者はいなかった。
あのヴォルティスでさえ、床に片膝をついて息を整えているくらいなのだ。
皆倒れるように黒曜石の床に座り込み、あるいは仰向けに転がって荒い息を繰り返している。
───終わった……の………?
そんな思考が脳裏で弾けたと同時に、全身をとてつもなく重い疲労感が襲い、たまらずレンは床に膝をつく。
そしてそのまま、レンは仰向けに寝っ転がる。そのまま、億劫そうに周囲を見回すと、少し離れたところにユウキとテオドラ、更にその向こうに背中合わせに座り込んでいるキリトとアスナが見えた。
シゲさんは見えないが、まぁ心配せずとも大丈夫だろう。
生き残った───。そう思っても、手放しで喜べる状況ではない。あまりにも犠牲者が多すぎた。開始直後のあの三人は救えたものの、確実なペースで禍々しいオブジェクト破砕音が響き続け、レンは六人まで数えたところで無理やりその作業を止めていた。
「何人……やられた………?」
しゃがみこんでいたテオドラが、顔を上げて掠れた声で訊いてきた。
その隣で手足を投げ出していたユウキも、妙にぼんやりした顔をこちらに向けてくる。
レンは右手を振ってマップを呼び出し、表示された緑の光点を数えてみた。
出発時の人数から犠牲者の数を逆算する。
「………十一人」
自分で数えておきながら信じることができない。いや、考えることを頭が拒否している。
皆トップレベルの、歴戦のプレイヤーだったはずだ。たとえ離脱や瞬間回復不可の状況とは言え、生き残りを優先した戦い方をしていれば、おいそれと死ぬことはない───と思っていたのだが───
「うそ……でしょ…………」
ユウキの声にも、普段の無邪気さは全くなかった。
生き残ったものたちの上に暗鬱な空気が厚く垂れ込める。
ようやく四分の三───まだこの上に二十五層もあるのだ。何千のプレイヤーがいるといっても、最前線で真剣にクリアを目指しているのは数百人といったところだろう。
一層ごとにこれだけの犠牲を出してしまえば、最後にラスボスと対面できるのは両の指で数えるほどの人数───というような事態にもなりかねない。
恐らくその場合、まず間違いなく残るのは、地面に片膝をついているヴォルティスとあの男ぐらいだろう。
その時、キリトが視線を部屋の奥へと向けた。つられるようにレンもそちらを見る。
そこには、他のものが全員床に伏す中、背筋を伸ばして毅然と立つ紅衣の姿があった。
《神聖剣》ヒースクリフが、そこにいた。
無論彼も無傷ではなかった。視線を合わせてカーソルを表示させると、HPバーがかなり減少しているのが見て取れる。だが、半分には達していない。本当にぎりぎりのところでブルー表示に留まっている。
あの致死の鎌をヴォルティスと二人で、とうとう捌ききったのだ。
普通ならば数値的なダメージに留まらず、疲労困憊して倒れても不思議ではない。その証拠に、ヴォルティス卿が息を整えているくらいだ。
だが、悠揚迫らぬ立ち姿には、精神的な消耗など皆無と思わせるものがあった。
───全く、信じられないタフさだ。
レンがフンッと鼻息を吐き出したと同時に、視界の端でキリトの妙な動向が映った。
いつも穏やかな表情を崩さない黒ずくめの剣士が見たこともないほどの険しい顔をし、右手の剣を握りなおして、ごくごく小さな動きで徐々に右足を引いていく。
腰を僅かに下げ、なぜか低空ダッシュの準備態勢を取る。その標的は───
ヒースクリフ。
キリトのその動きを不審に思ったのか、アスナが声をかける。
だがその時には、キリトは地を蹴って猛烈なチャージを敢行していた。
ヒースクリフとキリトの距離は約十メートル。床ギリギリの高さをキリトは全速で一瞬にして駆け抜け、右手の剣を捻りながら突き上げた。
レンの記憶によると、あれはおそらく片手剣基本突進技《レイジスパイク》。威力が低い技のため、命中してもヒースクリフを殺すことはないだろう。
そんな技を、なぜ───?
ペールブルーの閃光を引きながら、自身の左側面より迫る剣尖に、ヒースクリフはさすがの反応速度で気づき、目を開いて驚愕の表情を浮かべた。
咄嗟に左手の盾を上げ、ガードしようとする。
しかし、キリトも仮にも六王第三席。一条の光線となった剣が、空中で鋭角に角度を変え、盾の縁を掠めてヒースクリフの胸に突き立つ──寸前で、目に見えぬ障壁に衝突した。
紫の閃光が炸裂し、キリトとヒースクリフの間に同じく紫───システムカラーのメッセージが表示された。
そこに記されていたのは簡素な英語表記。
【Immortal Object】───不死存在。
か弱き有限の存在たる一般プレイヤーにはありえない属性。
「キリト君、何を───」
キリトの突然の攻撃に、驚きの声を上げて駆け寄ろうとしたアスナがメッセージを見てぴたりと動きを止めた。キリトも、レンも、ヴォルティスも、当のヒースクリフも、ユウキ達を含めた周囲のプレイヤー達も動かなかった。
まるで、動くという動作を忘れてしまったように。
静寂の中、ゆっくりとシステムメッセージが消滅した。
キリトが剣を引き、軽く後ろに跳んでヒースクリフとの間に距離を取った。数歩進み出たアスナが、その右横に並ぶ。
「システム的不死………?……って…どういうことですか……団長………?」
戸惑ったようなアスナの声に、ヒースクリフは答えなかった。ただ、厳しい表情でじっとキリトを見据えている。キリトが両手に剣を下げたまま、口を開いて静寂を破る。
「これが伝説の正体だ。この男のHPはどうあろうと注意域にまで落ちないようシステムに保護されているのさ。………不死属性を持つ可能性があるのは………NPCでなけりゃシステム管理者以外ありえない。だが、このゲームに管理者はいないはずだ。唯一人を除いて」
言葉を切り、キリトは上空をちらりと見やる。
「………この世界に来てから、ずっと疑問に思っていたことがあった……。あいつは今、どこから俺達を観察し、世界を調整してるんだろう、ってな。でも俺は単純な真理を忘れていたよ。どんな子供でも知っていることさ」
キリトは紅衣の聖騎士に真っ直ぐ視線を据え、言った。
「《他人のやってるRPGを傍から眺めるほどつまらないことはない》…………そうだろう?茅場晶彦」
全てが凍りついたような静寂が周囲に満ちた。レンの脳裏で、全ての歯車がカチリと合わさるのを感じた。
思い出されるのは、今となっては遥か昔。五代目《災禍の鎧》討伐戦の前に、ノエルに言われた一言。
……ヒースクリフには、気を付けて
ガチリ、とレンの脳裏に先ほどのヒースクリフの表情がリフレインする。
穏やかだったあの表情。無言で、床にうずくまるKobメンバーが他のプレイヤー達を見下ろしている。暖かい、慈しむような視線。
言わば───
精緻な檻の中で遊ぶ子ねずみの群れを見るような。
その刹那、レンの全身を恐ろしいほどの戦慄が貫いた。どっと背中に冷たい汗が噴き出す。
ヒースクリフは無表情のままじっとキリトに視線を向けている。周りのプレイヤー達は皆身動き一つしない。いや、できないのか。
キリトの隣でアスナがゆっくりと一歩進み出た。その瞳は虚無の空間を覗き込んでいるかのように感情が欠落している。
その唇が僅かに動き、乾いた掠れ声が漏れた。
「団長………本当……なんですか…………?」
ヒースクリフはそれには答えず、小さく首を傾げるとキリトに向かって言葉を発した。
「………なぜ気付いたのか、参考までに教えてもらえるのかな……?」
「………最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも速過ぎたよ」
キリトが言う例のデュエル、とは恐らく二、三週間ほど前のキリト対ヒースクリフ戦のことだろう。理由はあんまり覚えていないが、アスナ云々だった気がする。
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」
ヒースクリフはゆっくり頷くと、初めて表情を見せた。唇の端を歪め、ほのかな苦笑の色を浮かべる。
「予定では攻略が九十五層に達するまでは、明かさないつもりだったのだがな」
ゆっくりとプレイヤー達を見回し、笑みの色合いを超然としたもの
に変え、紅衣の聖騎士は実に堂々と宣言した。
「───確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君達を待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
隣のアスナが軽くよろめき、キリトは視線をヒースクリフから逸らさぬままそれを右手で支える。
「………趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか」
「なかなかいいシナリオだろう?盛り上がったと思うが、まさかたかが四分の三地点で看破されてしまうとはな。………君は私が警戒していた、三大不確定因子の一人だと思ってはいたが、ここまでとはな」
このゲームの開発者にして一万人の精神を虜囚とした男、茅場晶彦は見覚えのある薄い笑みを浮かべながらレンを、次いでヴォルティスを見る。
聖騎士ヒースクリフとしてのその容貌は、現実世界の茅場とは明らかに異なる。
だが、その無機質、金属質な気配は、二年前レン達の頭上に降臨した無貌のアバターと共通するところがある。
茅場は笑みをにじませたまま言葉を告げた。
「最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。全十種存在するユニークスキルのうち、《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つものに与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった勝つにせよ、負けるにせよ、な」
ここでヒースクリフは言葉を切り、どこか憎々しげな瞳でこちらを見る。
「………だがレン君。君のユニークスキル、《鋼糸》は私がデザインしたものではない。誰がデザインしたのかは、君にはもう分かっているだろう?」
急に話を振られてレンは頭が真っ白になりかけるが、思考の中ではその答えが出ている。
漆黒のタキシードを着た、この世界をコントロールしている真の神たる存在。
ヒースクリフは、その全てを見透かしたような真鍮色の瞳をふいっとレンから逸らすと、再びキリトに向き直った。
「だがキリト君、君は私の予想を超える力を見せてくれた。攻撃速度といい、その洞察力といい、な。まあ………この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味というべきかな………」
その時、凍りついたように動きを止めていたプレイヤーの中から一人のプレイヤーがゆっくりと立ち上がった。ギルド【神聖爵連盟】ギルドマスターであり、かつ六王の不動の第一席に居座る男。
《白銀の戦神》ヴォルティス。
その全身を覆う鎧と同色の白銀の短髪の下の純金の瞳に、形容しがたい色を浮かべている。
その口元が動き、吐き捨てるように言葉が漏れる。
「…………我が友よ。本当に卿が、この腐った茶番を作り上げたというのか………?」
その声に、ヒースクリフは答えない。いや、最初から居ないように
振舞っている、と言うのが正しいか。
「作り上げたのかと……訊いているッ!!」
ヴォルティスが悲痛そうに叫び、握りなおした大斧を持って重戦車のような猛烈な突進を開始した。標的はもちろん紅衣の聖騎士だ。
ドッ!!
凄まじい衝撃波が空間を満たし、黒曜石の床を震わせる。ピシ、ピシ、と所々の空間が悲鳴を上げる。紫色の閃光が走り、部屋が一瞬紫色に染まる。
再びヒースクリフの頭上に、破壊不能を示すウインドウが音もなく浮かび上がる。
だがヴォルティスの斧に白銀の過剰光が宿り、それすらも喰い殺そうとじりじりとウインドウに食い込む。それを見て、ヒースクリフの目に更に憎々しげな光が宿り、それが舌打ちとして発現する。
「チッ!」
茅場の左手が鋭く閃き、出現したウインドウを手早く操作した。すると、獣のような闘気を噴出していたヴォルティスの全身から力がふっと抜ける。その手から大斧が零れ落ちて、床に音を立てて落下した。
視線を合わせてヴォルティス卿のカーソルを表示させると、HPバーにグリーンの枠が点滅している。麻痺状態だ。
茅場はそのまま手を休めずにウインドウを操り続けた。
「れ………ん…………っ」
弱々しい声に振り向くと、ユウキが地面に片膝をついていた。
咄嗟に周囲を見回せば、プレイヤー達が次々と不自然な格好で倒れていっている。
そう思っているうちに、レンの体からもガクッと力が抜ける。
音を立てて倒れたレンの目の前で、立っているのはもうキリトと茅場の二人っきりだった。
後書き
なべさん「はい、始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん~」
レン「疲れてるねー。どしたの?」
なべさん「うーん、今期のアニメはレベルが高くって………」
レン「見たの見てたの見てたんですか、三段活用!」
なべさん「どっかで聞いたような台詞だなソレ。いやでもレー〇ガンとか、デート・ア・ラ〇ブとか、進〇の巨人とかさー。あんまり目立ってないって言っちゃ失礼だが、クライム〇ッジも良作だしな」
レン「多いよ……。そりゃ眼とか充血するわ」
なべさん「いやー、年々レベルが高くなってますからなー。あなどれん」
レン「お前はありえん」
なべさん「座布団一枚!」
レン「いらん」
なべさん「もー、おませさンなんだからン☆」(テンションが若干おかしかったんですいやホント)
レン「……………………………………」
どこばきぱきぺき
レン「はい、自作キャラ、感想をどしどし送ってきてください♪」
──To be continued──
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