銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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飢餓航路
イゼルローン回廊同盟側出口。
そこは、帝国軍の監視・補給拠点が十数個設置されていた。
最盛時は四十近い拠点があったのだが、第二次ティアマト会戦による帝国軍の壊滅によって、防衛の為の艦隊を失った後は同盟軍に全て蹂躙されたのである。
その後、同盟軍はイゼルローン回廊戦にて建設途上のイゼルローン要塞を破壊した後は引きずり込んでの失血戦略を取った為に、この地にいくつかの拠点が再建される事となった。
だが、慢性的な予算不足に悩む帝国軍は既に艦艇派遣能力が低下し続けており、更に帝国軍が拠点を建設した後はその拠点を狙う輸送船団を同盟軍が重点的に狙いだした事で、これらの拠点群はその機能を十全に生かす事ができなくなっていた。
昨今、行われている帝国軍との大規模戦闘はこの拠点防衛および物資補給に出てくる帝国艦隊を叩く事が中心になっており、帝国軍はこの星系を『飢餓星群』、その補給船団を『餓星航路』と呼んで忌み嫌っていた。
一方、同盟軍は帝国軍の輸送船団を『ヴァルハラ急行』と呼んでいたりするが、この作戦の基本骨子を考えた人形師の計画書の名称を見れば一目瞭然である。
『オペレーション・ソロモン』と。
「ワープアウト。
艦内に異常はありません」
アルテナ航海長の声にヤンは安堵の息を漏らす。
ワープ技術ははるか昔に技術が確立しているとはいえ、事故がないわけでない。
警戒するのは当然である。
「周囲に敵艦なし。
警戒を続けます」
副長のパトリチェフ大尉の声が全員に安心感を与える。
不意に現れるワープを待ち伏せするというのは基本的に不可能に近いが、そんな可能性が無いとも言いきれない。
「エル・ファシル管区警備艦隊、第一戦隊第十偵察隊全艦無事にワープアウトしました。
第十偵察隊司令部より通信。
全艦所定位置に移動せよ」
准尉の声に艦長のヤンが帽子の上から頭をかきながら移動を命じる。
今回の作戦行動は各地の警備艦隊から抽出された一個戦隊とイゼルローン方面軍司令部から派遣された二個戦隊で一個分艦隊を形成して任務に当たっている。
目的は、惑星カプチェランカにある帝国軍前線基地の救援に来た帝国軍の撃破が目的で、万一大規模な敵艦隊と遭遇したときの為に一個艦隊が待機しているあたり準備は万全である。
惑星カプチェランカは資源惑星でもあるので激減した帝国軍前線基地の中で有力な基地として存在していた。
とはいえ、輸送船団に恒常的な攻撃がかけられて資源の搬出はできず、かろうじて足りる程度の資源を駆逐艦や巡航艦で運び込むネズミ輸送で息を繋ぐ始末。
近隣で数度艦隊規模の戦闘が発生し、帝国と同盟双方で五分の戦績なのだが、帝国軍の整備・補給拠点がイゼルローン回廊帝国側出口にしか無い為に決定的勝利を帝国は得られず、人形師が意図した消耗戦に引きずり込まれていたのである。
「エル・ファシル管区警備艦隊、第一戦隊本隊ワープアウト。
護衛艦のワープエンジン分離。回収作業を開始。
艦隊母艦アイラーヴァタから、シールド艦を展開中及びワープエンジン回収中」
ワープ機能がない護衛艦とその搬送目的として艦隊母艦の話は前にしたと思う。
とはいえ、艦隊母艦一隻で運べるのは百隻あたりが限界なのだが、それを数百隻搬送可能にしたのはからくりがある。
それが、護衛艦に外付けされたワープエンジンの存在である。
船一隻を搭載するよりも、大きいとはいえワープエンジンを搭載した方がスペースは小さくなる。
更に、回収前提で一回使用にする事で燃料タンクの削減に成功。
その分こうやってワープアウト後に回収作業をしなければならないのだが、軍艦を作るよりもトータルコストでは安くつくのだ。
なお、警備艦隊は政府補助が出るとはいえ、星系政府の所有物である為、護衛艦を作りたがる事も忘れてはならない。
「シールド艦展開位置を確認中。
ミサイルの発射軌道を入力します」
准尉の報告の後にアッテンボロー戦術長が展開されつつあるシールド艦を避ける形でミサイルの発射軌道を入力する。
このシールド艦は艦隊配備率が5%もある艦隊の盾なのだ。
元々は帝国軍の貴族乗艦を守る為の盾艦がその起源になるのだが、ジャガーノート級艦隊母艦の登場によって、艦隊母艦を叩く=勝ちという風潮が生まれる中でその重要性が増してきた船だったりする。
あまりにも分かりやすい勝ちポイントである艦隊母艦に砲火が集中するのならば、それを守る盾を用意した方が効果的に敵を撃退できるのである。
防衛戦闘の有利さはここに存在する。
敵がビームを撃ち尽くして撤退しても、こちらが戦場に最後まで立っているならば勝ちなのだ。
そして、同盟軍には消耗しても困らないドロイド兵が存在していた。
かくして、攻撃能力0で全エネルギーをシールドにしているシールド艦が誕生する。
数に劣る帝国軍が艦隊母艦に攻撃を集中させる間、艦隊母艦を守り他の艦が帝国軍を叩くという図式が近年の戦闘で成立していた。
また、シールド艦が破られて艦隊母艦が撃沈されるケースも存在するのだが、そのころには帝国軍のエネルギーが不足するのと増援艦隊が到来するので戦闘には勝つが戦略目標を達成できないという形に落ち着いていたのである。
「第十艦隊第三分艦隊、第一戦隊および第二戦隊のワープアウトは二時間後の予定。
本艦は所定位置に着きました。
第十偵察隊司令部より通信。
隊列そのままで惑星カプチェランカの偵察任務を行う。
以上です」
「了解したと伝えてくれ。准尉。
第一種戦闘態勢発動!
航海長。
進路を惑星カプチェランカへ。
戦術長。
偵察衛星を射出。
他艦偵察衛星と連携し索敵を蜜に」
「了解」
「了解っと」
第十偵察隊は今回の任務に合わせて艦の補充や臨時編入があり、戦艦五隻、空母五隻、巡航艦二十隻、駆逐艦270隻まで膨れ上がっている。
特に、現場を知っている偵察隊は水先案内人として重宝されており、この手の戦闘においては極力呼ぶように方面軍司令部から通達が来ていた為の出陣である。
また、全艦が軍艦で編成されているから、ワープ後の行動が素早いというのも大きい。
「しかし惜しいですな。
今回も艦隊を叩くのみで基地は攻撃なしだそうで。
知り合いの陸戦隊員達が残念がっていましたよ」
パトリチェフ副長の軽口にヤンも軽口で答える。
「陸戦隊に手柄を立てられちゃ困るんじゃないかな。
真面目な話だと、ここで陸戦をするとこっちも消耗するし」
軍隊において最大の人員を持つのは陸戦であり、それは宇宙に人類が上がった今でも変わりがない。
同盟軍にも宇宙艦隊や警備艦隊とは別組織で陸戦隊と呼ばれる陸戦組織があり、その人員は1500万人を数える。
膨大と思うかもしれないが、制宙権を取った有人惑星一つを完全制圧するのにかかる人員は最低でも300万を考えないといけない以上、かなり抑えられていたりする。
人が人を指揮する場合、万を超えると途端に指揮が難しくなる。
小人数だと互いの顔が見れるのだが、万を超えると間に複数の中間管理職を挟まないと組織が動かないからだ。
かくして、人が宇宙に上がったのに古より使われし『師団』だの『連隊』だのという組織が現役を張る事になる。
そこでやっかいな問題に直面する。
同盟軍では、『連隊』を指揮するのは大佐、『師団』を指揮するのは准将、『軍』を指揮するのが小将、『軍集団』を指揮するのが中将と規定されている。
という事は、艦隊ポストより陸戦隊ポストの方が将官が多くなってしまうのだ。
そのくせ、制宙権確保が恒星間国家の絶対条件である以上、艦隊の指揮ができない将官が大量発生する事は避けたい。
で、この問題において、同盟軍はアンドロイドとドロイドの大量投入によって解決したのである。
この陸戦隊問題が本格的に問題になったのは、第二次ティアマト会戦後に行われた『アッシュビーの復讐』において。
同盟側帝国軍拠点の制圧と、帝国領逆侵攻という作戦で大量の陸戦隊の投入が不回避になったからである。
臨時編成した陸戦隊では到底足りないので、使い捨て前提のドロイドを大量投入したのが最初である。
使い捨て前提なので、簡単な命令しかこなせず、スタンドアローンで動くドロイド兵達は動く的でしかなったのだが、そもそも絶対数が足りない以上文句は言ってられなかった。
それも、拠点制圧戦後半あたりから蓄積された戦闘データがフィードバックされるに及んでだいぶ改善されたのだが。
誤算なのは、人間が持つ仲間意識だった。
使い捨てかつ動く的目的で投入されたのに、それを助けに行く兵士達が続出。
中には、戦友と呼ぶだけでなく俺の嫁と呼ぶ紳士が出た事で、人形師も苦笑しながら救済処置として、優秀な兵士でかつ結婚するならばそのドロイドのデータをアンドロイドに写し、孤児を引き取る事でそのアンドロイド化の経費を負担したのである。
今に続くトラバース法の走りがこれである。
なお、この過程で直系子孫を残したい欲望から男親のDNAをクローンニングした子供を残す研究も花開き、上流階級層を中心に遺伝子操作を施した新人類『コーディネーター』が誕生したりしているが、それが深刻な差別問題に発展しないのは貴族専制社会である帝国の存在のおかげだろう。
外敵の存在は、国内問題を覆い隠すのである。
まぁ、別作品のぐてぐてを知っていた人形師がアンドロイド同様に社会貢献として彼らコーディネーターを軍に投入しているからで、最悪アンドロイドと同じく社会問題化したら辺境星系に別国家樹立のプランを用意するあたり、この人形師人間の業の深さをよく分かっている。
もっとも、『○ムロや○ラが居た所で万の艦艇とその数倍の単座戦闘艇全部潰せるわけもないか』と究極の数で戦闘をする銀英伝世界に安堵したとかしなかったとか。
そんなコーディネーターの一人が、ヤンの船に乗っているアルテナだったりするのだが、同盟最高機密の一つだったりする彼女の背景は全て欺瞞によって作られており、ヤンですらジークマイスター提督の往年の子として騙された位である。
本人のDNAを使っているから騙されて当然なのだが。
話がそれたが、陸戦特化の将官に対して艦隊戦専用のサポート仕官をつけようと用意されたのが本来のアンドロイドの目的だった。
そんな背景があるから、サポートという形で実務を取ってしまい、『政治委員』と陰口を叩かれるのにはこんな理由もある。
現在、陸戦上がりの将官は大将どまりで事務方や政治家に回り、実務の頂点たる宇宙艦隊司令長官と統合作戦本部長は艦隊派の牙城と化している。
同時に、大量の人間を抱える陸戦上がりの将官が有力政治家になる事が多く、国防族議員の多数派を占める現状は、権力闘争という人の持つ業のある意味妥協点なのかもしれない。
「ままならないですなぁ。
フェザーンあたりは、ここの資源に目をつけているとか。
帝国が放棄した資源採掘プラントを再建して売り出したいとかなんとか」
パトリチェフ副長の言葉は今回の出兵理由の大まかな当たりをついていた。
フェザーン新自治領主となったアドリアン・ルビンスキー氏がここの天然資源に興味を示し、その開発を同盟政府に提案していたからである。
惑星カプチェランカの資源はこの星でしか採れない訳ではない。
とはいえ、この資源を使ってアスターテやエル・ファシル等の星系経済に寄与すると言われると、その星系選出の議員が黙ってはいない。
ルビンスキー氏の狙いは明確で、カプチェランカまで同盟の戦線を押し出す事で同盟の取っている出血戦略を放棄させる事なのだろう。
それは同盟政府も分かっていて、色々都合がいい帰化同盟人のアレクセイ・ワレンコフ氏所有の企業にこの採掘権を与える事でフェザーンに対するあてつけを行っていたり。
そして、実際に採掘されないカプチェランカの資源に期待する星系政府には補助金の増額で話をつけていた。
という訳で、同盟は出血戦略を放棄するつもりはないが、政治的な手打ちをする為にカプチェランカに出兵するという実に民主主義国家らしい理由をもって今回の作戦は決行されたのである。
「惑星カプチェランカ上空に帝国軍発見!
規模は隊規模。
大型艦六、中型艦七、小型艦200前後です!」
ワープアウトから数時間後、偵察衛星が捕らえた惑星カプチェランカ上空に帝国軍の姿は、防衛にしては無様な姿だった。
戦艦とおぼしき大型艦が我先にと転舵し、巡航艦や駆逐艦も隊列をこちらに向ける事無く、イゼルローン方面に向けるしまつ。
准尉の報告とモニターに映し出されたその光景を眺めながら、アッテンボロー戦術長は呟かずにはいられなかった。
「もしかして、帝国軍のやつら、カプチェランカから逃げ出そうとしていないか?」
何度か行われた惑星カプチェランカ上空の戦闘では、輸送船が逃げる時間を作る為に帝国軍護衛部隊が迎撃するという形で戦闘が発生していた。
もしくは、ネズミ輸送中の帝国軍部隊が迎撃するというパターン。
今回みたいに逃走前提という形は始めてだが、同時にアッテンボローの言うとおり、守る必要が無くなった=カプチェランカの放棄を決定した可能性が高い。
「第十偵察隊司令部より通信。
このまま追撃戦に移行する。
以上です」
戦闘そのものはとりとめて書く事もないものだった。
惑星カプチェランカから発進した帝国軍は推力が足りず、数に勝る同盟軍に追いつかれて短時間の交戦の後降伏し全滅したのである。
その交戦も同盟軍の被害は数隻に終わり、放棄された基地およびプラントが時限装置による爆発によって確認できたので同盟軍は勝利を持って撤退したのである。
その結果、ただ一隻の駆逐艦を見逃す事になった。
撤退する帝国軍本隊から見捨てられた事で結果的に助かった船の名前は駆逐艦ハーメルンⅡ。
見捨てられた将兵を集め、損傷した船体の為基地と共に放棄される予定だったこの船をドライアイスにて補修して脱出。
脱出船団が同盟艦隊に袋叩きにあっている間、船を雪原の中に隠して同盟軍の撤退を待ち、基地とプラントの爆破によって同盟軍が降下せずに撤退する事を読みきって、同盟軍撤退後にジャミングなどを一切かけず偵察衛星も隕石と間違えたこの船は堂々と脱出し同盟の勝利に小さな染みをつける事になった。
帝国はこの一隻の勇士を政治的に持ち上げ、負傷しながら見事に生還を果たしたアデナウアー少佐を持ち上げたが、彼の生還に寄与し昇進した二人の新米仕官の事は話題にはならかった。
惑星カプチェランカの帝国軍撤退船団の撃破・降伏は同盟側の士気を大いに高めたが、駆逐艦ハーメルンⅡの生還を帝国側が持ち出した事による記者会見が開かれ、同盟軍広報官は、
「ドライアイスによるハイネセンの偉業を学んだのでしたら、ハイネセンが信じた民主主義も学んで欲しかったものです」
と皮肉で記者たちを笑わせたが、その緑髪の女性達は帝国から伝えられた情報で新米仕官二人がもともと基地所属で見捨てられた金髪と赤髪である事を知らされ愕然としていた。
政治的に落ち目の帝国に起こった久々の英雄譚。
専制国家ならではの優遇と抜擢で偶像の英雄として祭り上げられたアデナウアー中佐(昇進)の影に、本物の英雄が居た事を彼女らの生みの親によって生まれる前から知らされていたのだ。
逃した魚はとてつもなく大きい。
こうして、彼女達は彼女達が生まれた理由――自由惑星同盟を滅ぼしかねない一人の英雄――に相対する。
後書き
現実は小説よりも(以下略
ロボット兵士についての話題 http://togetter.com/li/473382
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