銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
英雄去りて祭りが始まる
バーラト星系 惑星ハイネセン 首都ハイネセンポリス
ヤンがエル・ファシル星系に赴任して、およそ一年後。
数度の哨戒と帝国軍偵察隊との不正規遭遇戦を経験したヤンは命令によって厳粛な雰囲気の中で行われたある老人の葬儀に参加していた。
アルフレッド・ローザス退役上級大将。
老衰によるその死に自由惑星同盟評議会は全会一致で彼に元帥号が送られ国葬となる運びだったが、彼の遺族であるミリアム・ローザスによってあくまで親族のみでという拒否によって静かに執り行われた。
こうして、730年マフィア全員が元帥となるが、彼らによって作られた栄光は政治的に深く自由惑星同盟に根付く事になる。
それは、第二次ティアマト会戦前に全員が死んだらという馬鹿話を人形師が記録したもので、アッシュビーが乗っかった為に遺言ともなってしまったお祭り騒ぎの命令であった。
「なぁ、アッシュビー。
お前、死んだらどうする?」
「また出陣前にえらく不景気な事言うじゃないか」
「厄落としってやつさ。
で、勝ったら大いにネタにしようってな」
「俺は死なないさ。
けど、そうだな。
俺が死んだら祝杯をあげるやつが多くいるだろうから、お祭り騒ぎでもするんじゃないか?」
「それを言ったら、俺達全員死んだら皆で祝杯あげるだろ」
「違いない」
「じゃあ、この俺達全員が死んだらお祭り騒ぎをしようぜ。
最後の一人が出世して、家庭を持って、大きな家とそれなりの車を買って美人で優しい奥さんと、無邪気で笑顔いっぱいな可愛い孫たちと、ペットに親戚や家族と幼なじみや友人に囲まれて何も思い残すことが無くなってから死んで、
『ああ、あいつらやっとくたばったよ』と涙流しながらお祭り騒ぎしようぜ」
「いいなそれ。やろうぜ。
で、お前俺の葬儀委員長な」
「待てよ。アッシュビー。
こういう時は指揮官が殿だろうが!」
「やだね。
面倒事はお前かローザスに任せる事にしているんだ。
というか、何で今度の戦にお前来ないんだよ?」
「例のアンドロイドの追い込みにかかっているからな。
今回はローザスを連れて行ってくれ。
奥さんの臨終に立ち会えたのは大きいだろうが、空いた穴は仕事で忘れさせないと駄目だ。
その分俺の艦隊渡して各艦隊定数揃えさせただろうが。
色々軍部どころか政治家からも睨まれているんだから、一人は残っておかないとまずいんだよ」
「めんどくさいな」
「人事のように言うなよ。アッシュビー。
お前、この戦いに勝ったら次は政治家コースだろうが!
その苦労を軽減してやろうと裏方やっている俺の苦労を少しは分かりやがれ!」
「分かりたくもないな」
同盟において何度も何度も立体TVで作られた第二次ティアマト会戦前の人形師との別れのシーンだが、この話の前にこの二人がこんな話をしていたのを知る者は誰もいない。
「これが例のデータ。
こっちが、その分析と予測資料。
いつものように元はぼかして、みんなにはお前の作戦案として送ってある。
ジークマイスター提督がよろしくと」
「ああ。
お前が挟まっているんでこっちも大分楽になる。
何しろ、説明の手間が省ける」
「天才の采配を説明しろというのが無理だが、予測として案を出しておけば、戦場の霧で誰も追及はせんよ」
「で、ファンに『案と現実がどうしてこんなに違うんだ?』としかられると」
人形師は前線指揮官よりも後方勤務で功績をあげており、ローザスと同じく730年マフィアの潤滑剤としてアッシュビーの参謀長職をローザスと交互についていたぐらいだった。
そんな人形師が前線指揮官として前に出だしたのはアッシュビーの死後からだった。
そして、彼が前に出る事で730年マフィアは長く同盟内部に影響力を及ぼし続けたのである。
かくして、英雄と道化師の記録は命令となって730年マフィアの全員死亡時にお祭り騒ぎが行われる事になった。
もちろん、死者の願いなんで生者が聞く訳もなく、生々しく政治的に。
730年マフィアが第二次ティアマト会戦後の結束して行動しえたのもひとえに人形師の功績と言っても過言ではない。
宇宙暦745年12月8日から10日にかけての総攻撃において、帝国軍の九割を消し去るという包囲殲滅戦に勝利した同盟軍からの報告を受けた道化師が、「アッシュビー提督戦死」の報を聞いた時の第一声は「何故だ!?」だったらしい。
完勝したのに何でアッシュビーが死んだのかという叫びだと周囲から見られていたが、人形師は「原作以上に用意したのに何で死んだんだ」と叫びたかったのだ。
なお、ベルティー二が無事に生還している事から疑念を深めた彼は徹底的な調査を行ったふりをして、彼らに地球教の事をばらしアッシュビーが謀殺されたと囁いたのだった。
アッシュビーの死が偶然なのか謀殺なのかは分からないが、同盟内部に巣食っている地球教とフェザーンの正体は本物だった。
そして、彼らは復讐者として結束し続けたのだった。
アッシュビーの旗艦位置情報を帝国に流していたという理由で同盟内部で大規模スパイ組織の摘発が行われ、これをはじめとした数度の捜査で地球教およびフェザーンのスパイ組織は同盟内部でがたがたになる。
第二次ティアマト会戦後の人事は宇宙艦隊司令長官にウォリス・ウォーリック、統合作戦本部長にファン・チューリンが大将に昇進してその任務に就き、翌年には「アッシュビーの復讐」と称してイゼルローン回廊側の帝国軍拠点をことごとく制圧した上で、壊滅的打撃を受けたのにも関わらず大歓喜に沸いている帝国領に逆侵攻して見せたのだ。
その時の三個艦隊にベルティーニ・コープ提督と混じって人形師の艦隊が居た。
この逆侵攻はあくまで帝国に対する政治的威圧でしかなかったからアムリッツァ星域を偵察後に軍を返しているが、貴族の私兵すらかき集めてアムリッツァ星域に大軍を送り込んだ帝国は第二次ティアマト会戦の大損害とこの逆侵攻に大いに驚いてイゼルローン要塞建設を決意する。
これが完成は分かるが建設時期が分からないイゼルローン要塞の建設を確定させようとした人形師のしかけた罠だなんて見抜ける人間はいなかった。
同時に、逆侵攻を行った結果として帝国の強大さを説きつつも、専制国家による腐敗と硬直化を指摘、いずれ経済的に帝国が破綻する事を見抜いて専守防衛かつ相手に出血を強いる『アッシュビードクトリン』を採択。
死者を徹底的に利用したこのドクトリンによって、はっきりと帝国打倒の戦略を持つ事ができた同盟はその実現を目ざす事になる。
イゼルローン回廊戦による建設途上のイゼルローン要塞破壊によって経済的に破綻した帝国軍は以後20年近く軍を派兵する事ができなくなり、その平和の果実を同盟が享受するようになると730年マフィアの面々も後進に道を譲るようになる。
人形師とウォリス・ウォーリック及びファン・チューリンが政治家に転進すると、フレデリック・ジャスパーが長く宇宙艦隊司令長官として同盟を守り、アルフレッド・ローザスが統合作戦本部長についてそれを支えた。
ヴィットリオ・ディ・ベルディーニとジョン・ドリンカー・コープの二人はあくまで現場に留まり、新たに作られた方面軍の初代司令長官となった後に退役し士官学校にて後進を育てる道を選んだ。
彼らは色々私生活では幸も不幸もあったが、ベッドの上で子孫に見送られて死んだ事を考えれば幸せだったのだろう。
なお、政治家になった三人はウォリス・ウォーリック、人形師の順で最高評議会議長の椅子に座り、ファン・チューリンはこの二人の時代の国防委員長を全うしている。
対帝国戦において730年マフィアは文字通り政軍ともに活躍し続けて、今の自由惑星同盟の繁栄があるのは間違いがない。
彼らが結束して守り育んできた平和なのだが、本人の命とはいえ彼らの死後にそれを茶化すのは大いに無理がある。
だが、それを理由として彼らを賛美する事は政治としては正しいのだった。
アルフレッド・ローザス元帥号授与式を餌に、730年マフィアの業績を称える記念行事が乱発され、同盟市民はそのお祭り騒ぎに酔う事で再び脅威を増してきた帝国の事を忘れようとしていたのかもしれない。
あと、三ヵ月後に選挙が控えている事も理由になるのだろう。
民主主義国家だから。
「いらっしゃい。
歓迎するわ。
それと生還おめでとう」
まだ新婚気分が抜け切れないキャゼルヌ婦人の挨拶を受けたヤンは、ちらりと先輩であるアレックス・キャゼルヌ中佐の手を握っている礼服姿のお姉さまに視線を向けて苦笑する。
ヤンが月給がぶっ飛ぶ最高級ケーキの話をキャゼルヌ中佐にした結果、「俺のところで食わせてやる」とキャゼルヌ婦人の手料理を餌に家に誘った次第。
キャゼルヌからすれば、半分は後輩へのからかいでもう半分は噂の少将閣下の顔を見てやろうという所。
その後、キャゼルヌ婦人の手料理に満足した三人は書斎に移り、コーヒーや紅茶を片手にやばい話を始める事になる。
「一年ほど前だったか、お前哨戒中の偶発戦闘でフェザーンのワレンコフ代将相当官を助けた事があったろ。
あれの裏話が聞けた」
キャゼルヌ中佐が口火を切るが、その裏話を彼女が作っていたのをヤンは知っていた。
これは、キャゼルヌ中佐と彼女のゲームなのだと理解しヤンは極力置物に徹する事に決めた。
「あの時、何でワレンコフ代将相当官が居たかというと、帝国本土から逃げて来た海賊を叩こうとしていたらしい。
その海賊ってのが、帝国領内で働いていたフェザーン船団に大損害を与えた船らしくてな。
撃破する事で功績をあげようとしていたそうな」
物流を支配するためには否応なく情報も支配しないといけない。
同盟近年最高級の後方作業のエキスパートである彼は、中佐の階級で知りうる事というオブラートを包みながら、彼女を攻撃する。
少将でかつこの裏話を積極的に仕掛けた彼女はそのオブラートをはがしながら、やばい話を適当に包み込んでキャゼルヌに投げ返す。
「フェザーンなんだけど、かなり楽しい事になってるわ。
政府関係者の人事異動が激しすぎて、帝国同盟とも商業活動に支障が出かねないと同盟高等弁務官事務所が頭を抱えているそうよ。
最近は政府要人の葬儀も多くて花代も馬鹿にならないとぼやいているとか」
噂話風に呟いた彼女によってばらされるフェザーン内部の権力闘争の存在。
その権力闘争はどうやら、ワレンコフ現自治領主の敗北という形で終わりそうだった。
という事は、ワレンコフ自治領主の元で行われていた傭兵派遣業務は見直される可能性が高いのだがそうは問屋がおろさない。
「傭兵の存在に帝国貴族はかなり依存しているからな。
下手したら更にフェザーンへの感情が悪化しかねんぞ」
帝国領内では財政不足による重税とそれにともなう辺境部の反乱が頻発しており、その鎮圧に傭兵を使う事で更なる反感を招いていたのである。
反乱にかこつけての略奪や海賊行為も日常茶飯事で、その背後に有力貴族がついた事でどうにもならない状況に陥りつつあったのだ。
こんな背景があった為に帝国領内で傭兵をしていた連中が同盟内で仕事をするとろくでもないトラブルを頻発させたので、同盟では帝国で仕事をした傭兵は基本的に雇用しない方針を貫いていたのだった。
同盟・帝国と伍する力を持ってしまったが為に、いやでも両国の内政問題に巻き込まれるジレンマにフェザーンは陥っていた。
だからこそ、アドリアン・ルビンスキーなどは『フェザーン星系一つに戻ろう』という領土縮小主義を主張しているのだが、人間は一度得た物を手放すのが難しい。
それだけでなく、フェザーン星系一つに戻る場合、現フェザーン領土は同盟側にあるのでその帰属は確実に同盟になり確実にパワーバランスが崩れてしまう。
このあたりの判断の難しさがあって、ワレンコフ自治領主は未だ自治領主の椅子に座っていられるという事らしい。
それも長くは持たなそうだが。
「そういえば、そのアレクセイ・ワレンコフ氏なんだけど、同盟に帰化申請が内々に出ているのは知っているかしら?
『長く同盟で働き、同盟に愛着がわいた』からなんだけど。
彼の会社登記もハイネセンポリスだし、同盟は認めるみたいね。
今の仕事はそのまま続けてもらうから、帰化後も代将相当官として同盟軍統合作戦本部では考えているみたい」
さらりと出てくる爆弾情報にキャゼルヌだけでなくヤンですら驚きでティーカップの音を立てる始末。
自治領主の親族が亡命まがいの帰化申請を出すなんて、ワレンコフ自治領主の寿命はほとんど尽きていると言っているのと同じだからだ。
「フェザーン方面軍が訓練名目でえらく物資を請求していたのはこれか……
お偉方はどうもフェザーンが内乱になるんじゃないかと怯えているらしいな」
キャゼルヌの呟きは外れる事になった。
この半年後、ワレンコフ自治領主は不自然極まりない事故死によって自治領主の椅子を明け渡たすが、新たな自治領主となったアドリアン・ルビンスキーは国内安定の為と称してワレンコフ路線の継承を宣言したからだ。
何だかの変化はあるのだろうが、今の所は大丈夫と帝国と同盟双方が胸をなでおろし、アレクセイ・ワレンコフが同盟に帰化するのは少し先の話。
ヤンが彼女を官舎に送る途中、彼女が立ち止まったそのデモの光景を目にする事になる。
掲げているプラカードは『早期の帝国打倒!』『フェザーンに奪われた領土の奪回!』など対外的に過激な事ばかり。
「憂国騎士団か。
彼らも大変ね」
彼女の呟きにヤンが疑問の口を挟む。
「何が大変なんですか?」
その質問に彼女は馬鹿馬鹿しいとばかりに肩をすくめた。
笑わないとやってられない馬鹿話をお姉さまはヤンに教えてやる。
「彼ら、あのプラカードの実現の為に軍の研究機関や民間のシンクタンクを使って現実性を探っているらしい。
まったく、友愛党の爪痕は過激派のこんな所にまで現れるなんて……」
友愛党というのは、人形師が政権を追われた後にできた帝国和平推進をスローガンとした党で、戦争の継続ではなく和平を目指した理想主義者の集団である。
そのスローガンに賛同した市民だが、そのスローガンの実現手段を何も持っていない事が露呈し政府内が大混乱に陥る事になる。
そして、その理念のみの平和主義の代償は『今なら同盟叩ける』と勘違いした帝国軍の軍事侵攻を呼び込んでしまい、こんな無様な政権運営を市民が許すわけもなく、その次の選挙で壊滅的打撃を受けて党は消滅。
あげくに、友愛党のスポンサーにフェザーン資本やフェザーンメディアがバックアップしていた事が露呈して、同盟の対フェザーン感情が悪化するというおまけまでつく始末。
彼らの暴走の結果、同盟内の和平勢力はその体制建て直しに二十年はかかるだろうと言われ、現政権は友愛党のやらかした対外関係の建て直しに悲鳴をあげているのはヤンでも知っていた。
「彼らも現状ではあのプラカードが実現できないのは知っているわ。
だが、あんなプラカードでも無いよりはましらしくてね。
人間ってのは分かりやすいスローガンを欲しがるものらしいわね」
『そんなものでもないと人はまとまならいからだ』と彼女を作った人形師はぼやくだろう。
なお、人形師は『馬鹿は一まとめにしておいた方が制御しやすい』という理由で憂国騎士団設立に関わっていたりする。
退役軍人会や軍産複合企業の支援を受けて、無視できない圧力団体になった憂国騎士団は反友愛党の受け皿になってその勢力を伸ばしていたが、現実主義への模索を試みていたのである。
「えらく彼らの事を知っていますね」
「そりゃそうよ。
彼らに軍代表として現状のレクチャーしたの私だから」
よほど酷かったのだろう。
アンドロイドなのにその顔に疲れが見えるような表情を見せるあたり。
彼女はそこでヤンの方を振り向いてぽんと手を叩く。
「しまった。
史学研究科のあなたにさせればよかったんだわ。
理想に凝り固まった馬鹿の教育って、動物園のサルに物を教えるより厄介よ」
サルに失礼な事を言ってのけた彼女に対して、ヤンは乾いた笑いを浮かべる事しかできない。
とはいえ、話の続きは聞きたかったので、ヤンはそのまま話を振ってみる。
「で、教えた結果どうなりました?」
「うん。
『帝国つぶす前に友愛党残党とフェザーンぶちのめす』だって」
「うわぁ……」
アルフレッド・ローザス元帥号授与式を餌に、730年マフィアの業績を称える記念行事が乱発される真の理由。
それは、友愛党政権時代の外交的大失政を忘れたいという同盟市民の心のケアも含まれているのだった。
そんな宇宙の空気の中で、宇宙暦791年、帝国暦でいう482年を迎える事になる。
後書き
現実は、小説よりもファンタジー。
ページ上へ戻る