とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第4話 転生をした日
「……」
神様と自称する青年により飛ばされた牧石は、再び意識を失ったようで、目覚めた場所はやはり記憶のない部屋であった。
牧石は、周囲を見渡して、自分が先ほどまで寝ていた背が高く簡易なベッドや、白いカーテンがついたカーテンレール、学校の先生が使用する個性の無い机等、学校の保健室のような雰囲気であることを確認した。
机の先にある窓から見える景色は暗く、夜中であることを理解する。
「どうやら気がついたようだね」
牧石が移動する音に気がついたのか、机のそばにある、手すりのついた椅子に座っていた白衣の男が牧石の前に移動してきた。
「・・・・・・ええ、ここは?」
牧石は、優しそうな表情をした60ぐらいの、熊のぬいぐるみのような顔をした男に声をかける。
「覚えていないのか?」
男は、少しだけ表情を険しくしたが、
「ここは、超能力開発センターの医務室だ」
「超能力開発センター?」
牧石は、かつて見たアニメの内容を回想するが、該当する名称を思い出せなかったので首を振る。
「この施設は、その名前のとおり、科学的見地から、超能力の基礎研究と能力開発を行っている。
日本に住んでいれば、ほとんどの人が知っていると思っていたのだが?」
男の話を聞いて、牧石は表情を険しくする。
アニメでは語られていない内容でも、原作を読んだ者ややこの世界の住民にとっては、常識の内容であったかもしれない。
牧石は男に怪しまれたことを危惧し少しうつむく。
男は興味深そうな表情で、牧石を眺めていたが、
「まあ、君の健康状態については問題ないことがわかった。
ただ、意識を失っていたので、数日は様子を見る必要があるけどね」
男は最初の優しい表情を取り戻すと、
「君が、どうしてここで倒れていたかについては、僕にとっては興味はない」
男は先ほどの席に戻りながら、
「後は、最初に発見した、磯嶋君に話をしてほしい」
男は、机に備え付けられた電話機の受話器を取ると誰かを呼びだした。
「やあ、磯嶋君。
彼が回復したようだ、迎えにきてくれないか」
男は受話器をおくと、一瞬牧石の方向に向けたが、すぐに机の上にある書類に目を通していた。
牧石は、暗闇を映し出す窓をながめながら、自分の置かれている状況を考えた。
自分が「とある世界」に転生したことは、超能力が科学により解析されていることから間違いないだろう。
問題なのは、今、自分がいる研究施設の名称が、自分が知っているアニメに登場しなかったことである。
普通の研究施設ならば問題ない。多少脳味噌をいじられるが、命まではとられない。
ただし、原作で最強の超能力者がかつて入所していた研究施設やそれに近い施設であれば、生死に関係ない調査を受けることになるだろう。
そのような場所からは、早急に脱出しなければならない。
でも、どうやって?
牧石は、いろいろ考えていた。
しばらくすると、入り口の扉がスライドしながら開く音がした。
牧石は、視線を入り口に向ける。
「意識が戻ったそうね」
部屋に入ってきた女性は、白のブラウスの上に長めの白衣を身につけ、サンダルを履いていた。
20代後半の女性で、少し厳しい目つきをした細い顔をしていた。
きつく結ばれた唇をかすかに動かして、男に確認していた。
「ああ、体に異常はないようだ。
後日、精密検査での確認が必要だけどね」
男は、目の前の書類から女性へ視線を移すと、さきほど牧石に行った説明を繰り返す。
「わかったわ」
女性は、目の前の牧石を眺めながら確認した。
「今日は夜も遅いから、詳しくは明日聞きます。
とりあえず、今日は自己紹介だけします。
磯嶋秋子。ここの研究員をしているわ」
「牧石啓也です」
「牧石君ね、よろしく」
磯嶋は、右手を差し出す。
牧石は、その手を握った。
磯嶋の手は、少し冷たかった。
牧石は、磯嶋が用意した、手作りのおにぎりとお茶を口にしてから、磯嶋に別の部屋につれてこられた。
無機質な白い部屋。
牧石が部屋に入ったときの第一印象だ。
実際にはテーブルやベッド、モニター一体型のコンピューター等がおいてあるが、この部屋の生活臭は皆無だ。
磯嶋から、この部屋が研究者が長期間生活できるように用意された個室で、かつて生活していた研究員が3ヶ月前に、近くのマンションに移住したため、空室となっていたと説明を受けた。
牧石は磯嶋から、睡眠を勧められ、食事をしたことで再び眠くなった牧石は、素直に眠りについた。
目を覚ました牧石は、朝から磯嶋にこれまでの状況について、質問を受けた。
牧石の身分を証明する健康保険証やキャッシュカードは、牧石が身につけていた私服(転生前の世界で身につけていたものと一緒であった)の中に入っていた。
牧石は、起床してすぐ、健康保険証に記載されている内容を確認した。
牧石は、自分が記憶喪失ということにして、この世界の知識がない事を隠そうと考えていたが、何らかの形で嘘がばれる可能性がある。
嘘がばれた場合に、何が出来るかわからないが、全くなにも知らないよりはいいと考えた。
健康保険証に記載された、氏名及び生年月日は一緒だった。
転生前と日にちが変わっていなければ、年齢も変わらないだろう。
ちなみに、健康保険証に記載された住所は、埼玉県入間市だった。
牧石はその場所は知っているが、一度も行ったことがない。
現在の時刻を確認するため、自分の携帯電話も確認した。
携帯電話も、ポケットの中に入っていたが、これは、前世で使用していたものと、形状が異なっていた。
そして、破損していたことから、携帯電話から情報を入手する事は出来なかった。
牧石はこれらの事実をふまえて、身分証明書を手渡しながら、記憶喪失になったことを磯嶋に説明することにした。
磯嶋の質問は事務的で、牧石が記憶を失ったことを聞いても、「そうなの」の一言で終わり、手にした用紙挟みの上に置いてある紙に、牧石が答えた内容を記入していった。
今日の磯嶋は、白いブラウスの上に昨日と同じタイプの白衣を身につけていた。
今日の日付については、ベッドのそばにおいてあるコンピューターが表示する内容を確認する限り、前の世界で死亡した日から1週間後となっていた。
「とある世界」の原作開始年がわからないが、それほど差異はないだろうと牧石は確証もなく考えていた。
磯嶋が、質問を終えると、改めて牧石の目を見た。
「なぜ、牧石が警備厳重なこの施設で倒れていたのかわからない。
テレポートや透明化、視認阻害による進入も、超能力探査装置を使えば超能力が使用されたことが確認できるの。
しかし、君が出現した前後には、そのような反応がなかった」
磯嶋は、ためいきをつくと、
「とりあえず、君の身元が確認されるまでの間この施設で保護させてもらうわ。
安心して欲しい、ここの研究施設は、君が心配するような、人体実験は行わない。
まあ、希望するなら紹介するけど?」
磯嶋は、牧石の反応を楽しみながら説明する。
「ここに残ります」
牧石は、首をぶるぶると横に振りながら答える。
「そう。
じゃあ、私がしばらく君の保護者になるわ。よろしく」
磯嶋は立ち上がると、昨日と同じように右手を差し出した。
牧石も立ち上がる。
今日の磯嶋は、ハイヒールを履いていたので牧石の背とほとんど変わらない。
牧石は、まっすぐに磯嶋と視線をあわせながら、握手を交わした。
「とりあえず、今日のところはここまで」
磯嶋が、施設内の地図を手渡し簡単な説明をすませると、磯嶋が立ち上がる。
「お昼にしよう!
牧石君ついてきて」
牧石は、磯嶋から借りた時計を眺めると、正午を少しすぎたことに気づいた。
朝食はとらなかったが、昨夜遅くに夜食をとっていたので、さほど空腹は感じなかった。
それでも、牧石は磯嶋についていった。
研究施設の居住区に設けられた食堂には、磯嶋と同じような白衣を着た人たちが10人程度いた。
その人たちは、磯嶋の姿を確認すると、手を挙げたり、「よう」と声をかけたりしたが、磯嶋についてきた少年について、質問する人はいなかった。
配膳所にいるポニーテールの女性から昼食を受け取ると、磯嶋と牧石は窓際の席に座った。
窓際の席から見える景色は、高い塀であった。
磯嶋が指摘したように、通常の方法での進入や脱出は難しいことが理解できた。
「この施設にいる間、君はどうしたいかな?」
「そうですね、……」
牧石は、味噌汁を飲み干すと、これからのことについて考えはじめた。
当面の間、ここで保護されることはわかった。すぐに外出しても、周囲の状況が把握できないと、不審者としてつかまってしまうだろう。
それならば、しばらくの間施設内で生活してその間に外の状況と、超能力のことについて調べた方がいいだろう。
アニメの中だけでは、超能力の基本的な考え方が説明されたが、具体的な訓練の言及は乏しかった。
小説の中ならば、詳細な記述がされていたのではないかと考えると、やはり無理にでも小説を読んだ方がよかったと、少しだけ後悔した。
「そうですね、磯嶋さん。
せっかくなので、超能力開発トレーニングを受講したいのですが?」
「そうね、そのほうがいいでしょう」
磯嶋は、牧石の返事にうんうんと頷くと、
「さっそく、明日から訓練をしましょう!」
手にしていた箸を天井に向けて突き立てながら、宣言した。
「牧石君、超能力のトレーニングは初めて?」
「ええ、そうです」
「そうなると、いろいろと資料を準備しなければいけないわね。
私の部屋には、研究資料しかないから、初心者でも理解できる内容となると、資料室から取り寄せるしかないわね。
こんなことなら、昨夜から、訓練者用のID申請をすればよかったかしら。
まあ、コンピューターだけ眺めるよりも、書籍の方がなじみやすい場合もあるら……」
急にテンションが高くなった磯嶋に対して、牧石は、笑顔をひきつらせることしかできなかった。
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牧石は疲労により、小休憩を取っていた。
超能力の連続使用は身体に良いものではない。
それでも牧石は、
「そうだ。
磯嶋さんの好意を無にしないためにも、この研修を終わらせてみせる」
牧石は、超能力開発を受講した時の決意を思い出し、訓練を再開した。
だが、残念なことに、いっこうに成果は上がっていない。
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