ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode6 風踊り、光舞う2
戦闘は、デュエルでは異例とも言える長さの、五分にも及んだ。
既にアスナもシドもHPは七割を切っている。アスナの《ランベントライト》が宙に美しい軌跡を描く。その体は、鮮やかに舞い、拳を、蹴りを、手刀を避け続ける。その姿は、『旋風』の助けを受けて、蝋燭で照らされたステージで踊る女神のようだった。
「……」
その、途方も無く美しい女神の頬に、音も無く涙が伝った。
シドの、その力に。彼の拳は、アスナにとってはあまりにも、あまりにも非力だった。
初撃以降も、アスナの体には着実なペースで攻撃が着弾している。だがそれはアスナのHPを数パーセント削るのが精一杯で、アスナの然程高くない戦闘時自動回復にかろうじて拮抗するほどのものにしかなっていなかった。
「っ…!」
鋭く振られた手刀のソードスキル、《スライス》を危ないタイミングでアスナの細剣で防ぐ。本来強攻撃を受ければアスナにも削りダメージが入るのに、彼の攻撃はソードスキルを使ってすらも、アスナに届かない…システムに、強攻撃とみなされていない。
そして。
「くっ!」
攻撃を弾かれて飛び退るシドのHPが、数パーセント減少した。
本来はダメージ判定を受ける、己の身体を武器とする『体術』スキルのせいで、アスナの武器でのパリィによって自身が削りダメージを受けているのだ。
(……シドさん…)
アスナの攻撃は、殆ど当たっていなかった。
ソードスキルはおろか、強攻撃すらまともに入っていない。『閃光』と謳われ、その剣戟の正確さではアインクラッドでも有数の腕を持つと言われるアスナが、的を絞れない。
なのに。
それなのに。
互いのHPは、拮抗していた。悲しいほどに、彼の力は足りなかった。これほどの敏捷値、反応速度、身のこなし、スキルを繋ぐセンス、そしてこの集中力を有しながらも、アスナと対等に戦うのが、
精一杯な、シド。
(…シドさん…)
いや、もうその「対等」は、崩れつつあった。アスナが、シドの速さに徐々に慣れ始めたから。アスナは既に、シドの敏捷値の使い方…普段は八割に抑え、回避、攻撃の一瞬に一気に引き上げるという独特のスタイル…を見抜いていた。最初当たっていたシド攻撃が、徐々に弾かれ始める。後は、彼の操る『軽業』のスキルに気をつければ、アスナの勝ちだ。
これほどの、戦闘センスがあるのに。HPゲージだけを言えば、アスナの圧勝になってしまう。そのことが、言いようも無く悲しかった。構成失敗、という言葉が、アスナの頭をよぎった。
「……くっ!」
攻撃を避けられ、弾かれ、シドのそのHPがついに六割を割った時、シドが、ついに加速した。
アスナの周囲を全開の敏捷値で駆け回り、その体がぼやけ、いくつもに分身する。
シドの、最後の手段。それを感じたアスナが、剣をしっかりと握りなおす。流れる涙をそのままに、凛とした意志を宿した表情で前を向く。純白のエフェクトフラッシュを纏って激しく輝きだす細剣。放つ技は、アスナの極めた『細剣』スキルの、さらにその中でも最速を誇る技の一つ、単発刺突技、《スターシュート》。
同時に、周囲の幻影のシド達の右手が、一斉に赤く輝きだす。指先を揃えたその貫手の構えは、『体術』スキル、《エンブレイサー》。『旋風』の名に恥じない速度で走りながらも体を限界まで捻じり、矢を打ち出すかのように力を溜めて。
二人の視線が、交錯。
直後、二人の必殺の一撃が互いを襲う。
「やああああっ!!!」
「おおおおおっ!!!」
裂帛の気合。
影が、止まる。踊る様に舞い続けた二人の体が、その動きを止める。
「……っ…」
そして、シドの体が、ぐったりと脱力した。
入ったのは、アスナの、《スターシュート》だった。その一撃は彼の胸の中央を、深々と貫いていた。対する彼の貫手は、アスナの首筋を掠めるに留まっていた。と、シドのHPが、一気に減少していく。表示される、ウィナーの表示。
「っ! リズ、回復を!」
「あっ、ひ、ヒール、シド!」
それを見たアスナが叫び、リズベットが慌てて回復結晶を使う。シドのHPが急回復していくが、その精神的疲労は相当のものだったようで、そのままがっくりと膝をついて崩れ落ちるシド。そんな彼を、アスナとリズベットが二人で支える。
「…ありがとう、『閃光』…ありがとう、リズベット…」
疲労で落ちそうになる意識で、けれどもしっかりとシドが告げる。
「…頑張るよ…俺、もう一度…。リズベット、ごめんな…俺のために、オレンジにしちまって…」
「…ん、そんなこといーって。これでもマスターメイサーよ、信頼回復クエくらいなんでもないわ」
「だいじょうぶ! リズのお店には私がちゃんとしばらく閉店の張り紙しとくよ」
震えながらの言葉が、そんな些細なことだったことに二人の少女が顔を見合わせ、クスリと笑う。
保護コードの無い場所でシドを引っぱたいたせいで、リズベットの表示が犯罪者に変わっていたのだ。普通に戻すには異常に面倒くさい信頼回復クエストを受ける必要があるが、二人にとってそんなことは本当に「些細なこと」だった。
二人の笑顔に、シドが弱弱しく、けれども確かな意志をこめて笑い。
「ありがとう…。少し眠ったら、行くよ。よろしく、な。リズベット…手甲、ありがとう」
ゆっくりと、その目を閉じた。
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