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アルジェのイタリア女

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第二幕その一


第二幕その一

                  第二幕 イタリア女の機知
 イザベッラが宮殿に来たことは一つの騒ぎであった。宮殿の中はもうその話でもちきりだった。
「離婚されるという話は本当かな」
「旦那様がか?」
「ああ、それでリンドーロを御后様にな」
「まさか」
 だがそれはすぐに否定された。
「知ってるだろ?」
 そして皆こそこそと話をはじめた。
「旦那様のことは」
「そうだがな」
 誰もがそれはわかっていた。わかっていないのはエルヴィーラだけだ。
「しかしな、あのイタリア女」
「どうしたんだ?」
「凄い美人じゃないか」
「確かに」
「可愛らしい外見だな」
 それは皆認めていた。
「旦那様も今回こそは」
「さて、それはどうかな」
「違うっていうのか?」
「当たり前だろ、旦那様は何といってもだな」
「それはそうだけどな」
 もう言うまでもないことであった。
「だから大丈夫だって」
「そうかな」
「そうだよ、安心しなって」
「ううん」
「どうかな」
「やっぱりまずいんじゃないのか?」
「またえらく心配性だな、おい」
「だってよ」
 そんなヒソヒソ話が宮殿の中で続けられる。それはズルマとハーリーの耳にも入っていた。
「上手くいってるわね」
 二人はこの時ズルマの部屋にいた。召使であるがエルヴィーラの信任が篤い為こうして部屋も与えられているのである。二人は南方の果物を食べながら話をしていた。
「いい流れよ」
「そうなのか」
 ズルマは窓の方にいた。そしてハーリーはテーブルに座ってその上に置かれているオレンジを食べていた。ズルマはナツメヤシである。
「見事なまでに」
「わしにはそうは思えないけれどな」
 だがハーリーはそうは思っていなかった。
「この流れはどうも」
「心配なの?」
「このまま旦那様がその気になったら」
「だからそれはないわよ」
 ハーリーにそう返した。
「絶対にね」
「絶対にか」
「アッラーに誓うわ」
 ズルマはそこまで言った。
「それは有り得ないから」
「だといいがな」
「だって私がいるし」
 ここでニヤリと笑った。
「そうそう簡単には御后様を不幸にはさせないわ」
「御妃様も幸せだね」
 ハーリーは不敵に笑うズルマを見て言った。
「そこまで言える召使がいて」
「いい方だからね」
 ズルマは言う。
「だから私も何とかしてあげたいのよ」
「そうなのか」
「そうよ」
 二人はそんな話をしていた。その時イザベッラとリンドーロは宮殿の端で二人話をしていた。
「まさかこんなところにいるなんて思わなかったわ」
 イザベッラはリンドーロを見て言った。
「正直驚いたわ」
「僕だってそうだよ」
 リンドーロも言う。
「異郷で君と出会うなんて」
「これこそ神の御導きね」
「そうだね。けれど」
 リンドーロの顔は晴れはしなかった。
「これからどうすればいいかな」
「これから?」
「だってさ、ここはアルジェだ」
 彼は言う。
「僕達は奴隷なんだよ」
「そうね」
「そうねって」
 平然とした様子のイザベッラに不安を覚えた。
「奴隷だから」
「かといってムスリムになるわけにもいかないでしょ」
「それはね」
 こくりと頷いた。
「問題外だ。そうしたらそれこそ僕達は無理矢理違う相手と結婚だ」
「まあ実際にはないでしょうけど」
 イザベッラもムスタファのことには気付いていたのだ。
「けれど早くイタリアに帰らないと」
「うん」
「こんなところにいたら結婚なんて夢のまた夢」
「折角お互いの両親を説き伏せたのに」
「さもないと全てが水の泡よ」
 彼等にも悩みの種はあったのだ。どうやってここを抜け出して結婚するかだ。
「まあ焦ることはないわ」
 イザベッラは言った。
「丁度貴方と私は今は一緒にいられるし」
「うん」
「落ち着いて考えましょう、どうするべきかね」
「わかったよ。じゃあ」
「ええ、またね」
 二人は別れた。そしてそれぞれの言いつけられている仕事に戻る。宮殿の庭ではムスタファがまたしても鷹揚な動作で従者達に囲まれていた。
「そこのイタリア人」
「は、はい」
 おどおどとしているタッデオに声をかけた。
「そなた、中々トルコのことに詳しいな」
「まあ商人でしたので」
 彼はおどおどしながらそれに答えた。
「それで」
「左様か」
「はい」
 そして頷いた。
「よし、ではわかった」
「わかったとは」
「そなたを侍従長に命じる」
「えっ!?」
 思いも寄らぬ取立てである。それを言い渡されたタッデオは目が点になった。
「今何と」
「だから侍従長にするというのじゃ。丁度前のがムスリムになって空席だったしな」
「ですが侍従長などとは」
「まずそなたはアラビア語が堪能じゃ」
「はあ」
「そしてイタリア人だ。これだけで充分じゃ」
「それで侍従長に」
「わしは別にキリスト教徒でもイタリア人でもよいのじゃ」
 ムスタファはにこにこと笑いながら述べた。
「剣を向けない限りはな」
「そうなのですか」
「そなたは別に剣も持ってはおらぬ、それでじゃ」
 彼は言う。
「侍従長に命じる。わしの通訳もやれ」
「しかし旦那様はイタリア語が話せるではありませんか」
「確かにな」
 しかしムスタファはここで難しい顔をした。
「だがこれはヴェネツィアの言葉じゃろう?」
「ええ、まあ」
「他の方言は知らぬのじゃ。この前ジェノヴァの者が来てもわからんかったのじゃ」
「そうなのですか」
「そうした者とのやり取りを助けてくれ」
「畏まりました」
 とりあえずそれに頷いた。
 
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