アルジェのイタリア女
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第一幕その六
第一幕その六
「コーランにのっとってな」
「はい」
「そしてじゃ」
またエルヴィーラを見た。悲しさのあまり俯いていた。
(うむうむ、良いぞ)
エルヴィーラの悲しむ様子を見て満足を覚えていた。
「何で御后様もわからないのかね」
ハーリーにとってもこれは不思議であった。
「いい加減誰にもわかるものなのに」
「御后様もあれで純情なのよ」
「純情!?」
「そうよ」
ズルマは答えた。
「それが何か?」
「いや、あれはな」
鈍感じゃないのかと言おうと思ったがそれは止めた。ズルマはエルヴィーラ一筋の忠誠心溢れる使用人なのである。下手なことを言えばどやされるのはこっちであった。
「まあいいさ」
「そうなの」
「今回も落ち着くところで落ち着くかな」
「落ち着かせるわ」
ズルマは強い声で言った。
「私がね」
「じゃあ期待させてもらうよ」
「協力してね」
「あらら」
ハーリーはその言葉にずっこけた。見れば今度はタッデオがムスタファに声をかけていた。
「あの、旦那様」
おずおずとムスタファに言う。イザベッラと共に釣れて来られてきたのだ。
「何だ、御主は」
「私の叔父です」
イザベッラは港で創作した設定をムスタファにも述べた。
「叔父か」
「はい」
イザベッラは頷いた。
「旅行中に囚われまして」
「左様であったか」
「そしてここまで」
「ううむ」
「御慈悲を」
「だから別に悪さをせねば何もせぬ」
ムスタファはうざそうな顔でタッデオに言った。
「安心してよいぞ」
「はあ」
それを聞いてもまだ安心してはいなかった。オドオドした様子は相変わらずであった。
「それにしても」
ムスタファはそんなタッデオとイザベッラを見比べて言った。
「本当に血が繋がっておるのか?姿も似ておらんし」
「そうですよ」
イザベッラは平気な顔をしてそう述べた。
「信じて頂けませんか?」
「どうにもな」
彼は答えた。
「似ても似つかん」
「けれど本当なのですよ」
似ても似つかわないという言葉には正直に返した。
「ふむ」
「旦那様」
そこへリンドーロを呼びにやっていた。従者が戻ってきた。
「リンドーロを連れてきました」
「うむ」
それに頷き部屋の中へ入れる。彼を見てイザベッラは思わず声をあげそうになった。
「えっ」
(何と)
タッデオも。イザベッラは何とか口には出さなかったがタッデオは違っていた。
「お、おい」
だがここでイザベッラはタッデオの足を思い切り踏んだ。
「痛っ」
「どうしたのじゃ?」
「あら、御免あそばせ」
イザベッラは平然とムスタファに応える。
「叔父様、足を踏んでしまいましたわ」
「何じゃ、気をつけるがいい」
「申し訳ありません」
それに謝りながらタッデオに声をかける。
「今は静かにしていてね」
「ああ、済まない」
足を押さえてヒイヒイ言いながらそれに応える。タッデオにとっては迂闊なことであったが災難でもあった。
「まさか」
リンドーロの方も気付いていた。
「イザベッラが」
「リンドーロが」
二人は顔を見合わせている。ムスタファはエルヴィーラを見て得意になっており、エルヴィーラは嘆いて俯いているのでそれには気付かない。だがズルマとハーリーは違っていた。
「あら、あの二人」
最初に気付いたのはズルマであった。
「面白そうね」
「面白そうとは?」
「ほら、見てよ」
そう言ってイザベッラとリンドーロを指差す。
「何か変な様子よ」
「確かに」
ハーリーもそれに気付いた。
「知り合いかな」
「リンドーロさんってイタリア出身だったわね」
「ああ、ヴェネツィアさ」
ハーリーは答えた。
「で、あの二人も」
「ふうん、じゃあ若しかして恋人同士だったのかも」
「まさか」
「世界ってのは狭いわよ」
否定しようとするハーリーにあえてこう言った。
「それこそ目と鼻の先にあるようなもの」
「同じヴェネツィアだしな」
「そういうことよ」
「まさかこんなところで」
「何て運命の悪戯」
リンドーロとイザベッラはお互いを見詰め合っていた。
「遠く離れた異郷の地でまた巡り会えるなんて」
「これこそ神様のお導きなのね」
「ううむ、運がいいと言うべきか」
タッデオはそれを見て一人呟いていた。
「けれど奴隷じゃな。どうしたものか」
「ふふふ、困っておるな」
ムスタファはムスタファで自分の奥方を見ている。
「さてさて、困った顔も美しい」
「これで私もお終いなのね」
エルヴィーラは一番自分の世界に入ってしまっていた。他の誰の様子も目に入りはしない。
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