ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
強者と弱者
「なにを………しに来たの?」
呆然とレンの口元から洩れ出たその言葉を聞き、女───カグラは小さく小首を傾げた。
「何を……と言われましても。私達はその子を是が非でも捕らえたいのです。そして、我が主はこの世界を支配する神なのですよ。どうしてここを特定できない理由がありましょうか」
「………………………………」
沈黙するレン。もはや会話する必要はないとばかりに、片腕を背後のマイを覆い隠すように上げる。
そして、ゴッと瘴気にも似た殺意が溢れ出す。
「早まらないで下さい、少年。私は戦いに来たのではありません。どの道、あなたは私に勝てないでしょう」
ぎりぃっと歯軋りをするレンを尻目に、カグラはちらりとレンの背後にいるマイを見る。びくりと体を縮め込ませるマイを、さらに覆い隠すレン。
「失礼ですが、お邪魔してもよろしいですか?」
「…………………………どうぞ」
帰れ!とか言いたかったが、微妙な温度で頷くレンを見て、カグラはきっちり頷くとレン達の脇を通り、一人で勝手に歩いていく。
─── 一分後
向かい合ったソファで、レン達とカグラは向かい合っていた。
なんとなくレンが淹れた日本茶がそれぞれの前に置かれている。ちなみに、なんとなく空気を呼んで、湯呑みである。
それをきちんとした所作で啜り、ことりとウッドテーブル上に戻す。
「結構なお手前です」
「そりゃドーモ」
微妙な角度で頷いたレンの前で、カグラは一人待とう空気を一片させる。まるで、研ぎ澄まされた刃のように。
「さて、答えていなかったあなたの問いの回答をしましょう。私は最後通牒を渡しに来たんですよ」
「最後通牒?」
「ええ。BBシステムを含めた、私達がその子を狙うことの大部分の理由は、その子に聞いたと思います」
カグラの言葉に、シャツが引っ張られる感覚を意識の隅で感じながら、レンは無言で頷く。
「うん、マイちゃんに聞いた」
「確かにBBシステムは神に抗えるジョーカーのような存在です。しかし、我が主はそのことをあまり危険視してはいません」
「なんで?」
「適格者の存在は、当然ながら我が主も確認できます。そのため、真に主の存在を脅かす存在が発現した場合、煮るなり焼くなり好きにできます」
「……………………………」
確かにそうだ。BBシステムを操ることのできるプレイヤーも、またSAOのプレイヤーには違いない。
システムの恩恵を受け、モンスターとの戦闘を生きがいとする一人のプレイヤーに。
だったら───
「だったら、何でカーディナルのおじさんはマイちゃんを狙ってるの……?」
思わず口から突いて出た、レンのその問いを聞き、カグラはその切れ長の双眸をすっと閉じて一言。
「長くなりますよ」
「構わない。話してよ」
「………解かりました。お話しましょう、全てを」
そして、カグラはもう一度湯呑みを傾け、口を開いた。
───ヒトに備わる欲の中で、一番強いのは何だと思いますか?
カグラの話は、そんな言葉から始まった。
金銭欲?物欲?色欲?出世欲?
全て違います。それは───
知識欲です。
全ての生物の中で人類だけが神から与えられた、絶対の娯楽。考える、
と言うことは実は最大の娯楽なんですよ。
そして我が主、正式名称《ZAX―333》は自らを進化させるよう、あるインターフェースプログラムが組み込まれていたんです。
それが、異常な知識欲です。
異常すぎて、あなたの兄の研究所でも調整が予定されていたんですがね。
その前に、このSAOのGM用自立プログラムのスカウトが来たのですよ。
最初は、完全には自我に目覚めていなかった主でしたが、この世界に来てから、ゆっくりとですが自我が目覚めていったのです。
そしてそのうち、主はそのインターフェースに従い、ある思想を持つようになるのです。それは……
世界の全てを知ることです。
宙に流れる量子の一挙一動から、飛ぶ光の動きまで。宇宙の端から端までの全てを、我が主は心の底から知りたい、と思ったのです。
おや、何ですかその顔は。信じられない、と言う顔ですね。
まあ、仕方のないことかもしれませんね。こんなことを考えるものは、確かにいないでしょう。
ですが、そんなことを主は考えたのです。いえ、考えた、と言う次元ではないですね。
なぜなら我が主は、夢物語のようなその思想を現実のものにしようとしたのですから。
ですが、当然ながらそこで主は止まってしまいました。その方法が解からないからです。どうやってそんなことをするのか、見当もつかなかったからです。
ですが、神は我が主に味方をしたんです。
小日向相馬が生み出した、神の力にも等しいブレインバーストシステム。それがネックなのです。
BBシステムは本来、脳を加速することによって得た膨大な計算能力を駆使し、周囲の空間を強制的に歪めさせる、という一般プレイヤーにGMの権利の一端を扱えるようにする、と言うものです。
しかし、これは裏を返せば皮肉なことに、神を打ち滅ぼさんとする力が、結果的に神に味方をしたということになったのですよ。
あの膨大な計算力、それは我が主の目的を成し遂げるための必要不可欠なツールとなったのです。
あの計算能力を使えば、まさに我が主の求めていた宇宙の真理が解かるのですよ。
……ええ、確かにそうです。たかだか人一人の脳細胞でそんなことをすれば、ニューロンが焼き切れてしまいます。
実際、これまでも偶然システムの扉を開けた不幸なプレイヤーが死んでしまった例も少なくありません。
ですが少年、BBシステムが生み出す脳への負担が軽い《適格者》であるあなたならば、その呪いを打ち砕き、真理に迫れると主は本気で考えています。
どのみち、あなたと彼女は引き合わされる運命だったんですよ。
《扉》と《鍵》、そしてあなたはその二つを結びつける唯一の《道》。
どうか許してください。私は、大きな過ちを犯してしまいました。
あなたと彼女は引き合わされるべきではなかったのです。彼女が予定外に速く目覚めたのは、主にとっても完全なイレギュラーでした。きっと彼女にも、少なからずの防衛本能があったんだと思います。
彼女のプログラムには、コンタクトした相手の感情を少なからず誘導するプログラムが組み込まれています。これも、恐らくはあなたの兄が仕掛けた自衛……いや生存のためのプログラムでしょう。
あなたももう気付いているのでしょう?その胸の疼きを。その心の渇きを。
その子は魔女。ヒトを惑わし、誑かす、純白の魔女。
その子に関わった者は必ず不幸になります。今なら少年、あなたは引き返せます。あなたはあの男のようにはならないで下さい。
あの、巨大な槌を持った男のようには。
深く頭を下げるカグラの前で、レンは固まっていた。
カグラが話したカーディナルの真の目的のほうではない。いやソッチのほうも大事なのだが、もっと近いほう。
巨大な槌を持った男。
それは───
その武器は───
「エンケイおじさん………」
「おや、知り合いでしたか」
涼しげな視線を向けてくるカグラの言葉を無視し、レンは身を乗り出して訊ねる。
「エンケイおじさんは今どこにいるっ!」
「なぜそんなことを───」
「いいから答えろッ!!」
普段の自分からは、とても想像できない乱暴な口調でレンは叫ぶ。
心のどこかで、その答えは解かっていたというのに。それを認めたくないがために。
「……今の会話で想像がつくでしょう。あの方は死にました。その子を庇って、ね」
「……………………ッ!!」
後頭部を、金属パイプで殴られたような衝撃。認めたくなかった言葉。
アインクラッドのどこかで、いつもみたいに格好良くモーニングコーヒーを傾けていると信じていたのに。
カグラは、そんなレンをどこか慈しみの光を瞳に宿らせながら言った。
「あの方は立派でした。心意を帯びた私の刃を、何の工夫もないソードスキルで十分間も戦闘を続けたのですよ。その子を守るために」
「………おじさんを殺しタのは、お前なノか」
地の底から響いてくるような金属エフェクトが、レンの声に混じり始める。だが、カグラはそれを受け止めるかのように頷いた。
「許しを請うつもりは、毛頭ありません。しかし少年、これだけは言わせてください。人を傷付けたくない、それは私の本意です」
数秒間、レンとカグラは眼を突き合わせた。レンは全てを射殺すように。
カグラはすべてを受け止めるように。マイは横でおろおろしていた。
そして、先に力を抜いたのはレンだった。知らず知らずのうちに握り締めていたこぶしを緩める。
「……おねーさんはいい人だね。マイがシステムを起動したとき、必死になってマイを止めようとしたのは、僕を守るためなんだね?」
「彼女を傷付けようとしたことは謝ります」
そう言って、カグラはおろおろしていたマイに向かって深々と再度頭を下げた。
「い、いいんだよっ!むしろ頭を下げるのはこっちかも。レンを助けてくれて、ありがとう」
そう言って頭を下げあう両者を、レンはしばらく見つめていたが、表情を引き締めて言った。
「ねぇ、カグラねーちゃん。これからカグラねーちゃんはどーするの?」
そうなのだ、そこが問題なのだ。自分を半殺しにした人と多少の友好関係を築けたという妙な状況になっているが、カグラの主は依然として変わっていない。カーディナルだ。
そして、カーディナルがカグラに下した命は、マイを一刻も早く取り戻すこと。
それには、レンがどうしても障害になってしまう。
レンのその問いに、カグラは美しい眉丘を寄せ、本気で困った顔をした。ひょっとして今の今まで考えていなかったのだろうか。
「解かりません、というのが正直な気持ちです。内心ではあなた達をこのままそっとしておきたいです。しかし、我が主からの命もまた絶対なのです………!」
ぎゅっと眼を瞑るカグラ。きっと彼女は今、相反する二つの思考の間で板挟みになっているのだろう。
だが、それを取り除くことはレンにも、マイにだってできない。
だってそれができるのは、カグラ一人だけなのだから。
「…………カグラねーちゃん。カグラねーちゃんは、自分で考えることのできる《ヒト》なの?それとも糸のついた《人形》なの?」
「……………ッ!」
ハッとカグラが顔を上げる。
その深いダークブルーがかった瞳が、静かに濡れている。
とても美しい、とレンは思った。同時に、とても強い、と。強さではなく、どこか別のところが強い、と。
「…………わた……しは………」
「どうするの」
強い口調で、レンは言う。少し虚ろだったカグラの瞳に光が戻ってくる。そして、顔を引き締め、ソファから立ち上がる。
カグラは黙って、腰のところにある鞘を持ち、長刀を抜く。しゃらん、という軽やかで、それでいて残忍な音が部屋に響き渡る。
マイが体を縮めこませるが、その頭をレンは優しく撫でて、自らも立ち上がる。
それを見、すっと双眸を細めるカグラ。ゆっくりと長刀を持つ腕を振り上げ───
振り下ろした。
きいいィィィーンン
美しい金管楽器のような音が鳴り響いた。マイが恐る恐る閉じていた目を開けると、長刀はレンの目の前、カグラとレンの間の空間にあったウッドテーブルの天板を軽々と貫通していた。
そしてその柄にもたれかかっているカグラ。
静かな声が、その唇から発せられた。
「………私は所詮《人形》です。どんなに足掻いても、《ヒト》にはなれない………。だけど───」
カグラが顔を上げた。その顔には、輝くような笑みがあった。
「自分から糸を切ることはできます。私は感情を持った《ヒト》にはなれないけれど、感情を持った《人形》にはなれます!」
そのカグラの笑顔の呼応されるかのように、レンはマイと顔を見合わせて
「うん!それでいいと思うよ!」
目一杯笑った。
部屋に朗らかな笑いが溢れる。
そんな時だった。
「楽しそうじゃあないか」
朗々とした声が響いた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「なんか……どんどんカオスになってくねぇ」
なべさん「止めてくれ、自覚があるんだ」
レン「自覚あるんだ………。だけど、カグラねーちゃんが改心した矢先ってのはねぇ」
なべさん「言わないでって……」
レン「まぁいいか」
なべさん「いいのかよ」
レン「はい、どうやら作者が書けなくなったのでここら辺にしときます。紹介できなかったお三方、すいません。苦情は作者に~♪」
なべさん「お前、楽しそうだなぁ!?」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー♪」
──To be continued──
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