Monster Hunter ―残影の竜騎士―
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4 「黒衣の青年」
「大丈夫?」
黒衣の男が、落とさないよう腕にしっかりと抱き抱えていたリーゼロッテの顔を、力を緩めて覗き込む。
リーゼは状況を把握していなかった。
「怪我は、ないね」
やや安堵したように息を吐くと今度はエリザの方を向く。軽く駆け寄って呆然としているエリザの怪我の具合も確認すると、ほっと一息ついた。吐血はしていないから内臓は無事だろう。
「…え、あ、」
「よし、取りあえず逃げよう。君、降りれるね? そこのアイルーも、大丈夫かな?」
「ニャ、う」
チェルシーの返事になっていない返事に頷くと、背後からドスドス響く足音に振り返った。残り10mまで距離を詰めた雌火竜のぎらついた瞳が、エリザ達を貫いた。
「あ、と、突進が!!」
慌てて逃げようとするエリザを、リーゼを地面におろした男が止めた。
「大丈夫」
男が微笑みかける、と同時、
黒い残影が滑空した。
目にも止まらぬスピードで体当たりし、横からリオレイアを転倒させたそれは、起きようともがくレイアの翼膜に鋭い棘を逆立たせた尻尾を突き立てる。
ぶちり
膜が破れる音。
ガアアアアアアアア!!!!!
女王が、悲鳴を上げた。
「さ、今のうちに逃げるよ。この子、持っていられる?」
「へ、」
男は空いた片腕でエリザの手から弓を取ると慣れた手付きでそれをたたみ、エリザの背にそれを戻した。リーゼの手からハーヴェストを受け取ってエリザに渡し、流れるような動作で彼女をおんぶすると、片手でリーゼの手を引いて走り出す。迷いなく進む先は、ベースキャンプに続くエリア1だ。
リーゼロッテは突如勃発した大型モンスター、それも飛竜同士の闘いが気になって仕方なかったが、兎に角今は自分の命を守るのが最優先事項だった。エリザは激痛をこらえるので精一杯だった。
日は既に沈み、たまご色の大きな月が空に我が物顔で浮かんでいた。
激しい鳴き声と地響きのエリア5を抜け、廃村の跡地であるエリア4へと来る。坂を降り見晴らしのよいそこでは、朽ちた家の側に生える草を食むブルファンゴが、餌場を荒らす敵とみなしたのか、鼻息荒く突進してきた。
「ルイーズ!」
「うニャッ」
男が呼ぶと同時に、ガリガリという音とともにボコッと地面から出てきたアイルーの影がブルファンゴと正面衝突した――ようにリーゼには見えた。
「ニャッハー!」
カコ――ン!
いい音がした。見れば、ブルファンゴが一撃で気絶してひっくり返っている。そのそばを駆け抜けたリーゼ達だが、ルイーズと呼ばれたアイルーの思わぬ力に驚いた。あの小さな体のどこにブルファンゴの頑丈な身体を打ち抜く力が宿っているのだろう。
その時、となりのエリアから身も竦むような咆哮が聞こえてきた。
ギェエエアアアア!!!!
ガアアアアアアア!!!!
先ほどの黒い飛竜とリオレイアの激闘の声だ。
「行くよ」
邪魔になるブルファンゴは全てルイーズがひっくり返し、最大の強敵リオレイアは黒い飛竜がおさえ、リーゼ達はなんとかベースキャンプへと来ることができた。飛竜の咆哮が聞こえたのだろう、エリザの乗ってきた竜車(正確にはガーグァ車)の御者アイルーは、ひどく怯えていた。ベースキャンプとて、100%の安全地帯というわけではない。引き返そうか、それともエリザとの言葉を守ってここに待機すべきか、そうとう悩んでいたらしかった。
ふと気づくとルイーズというアイルーがいなかったが、今リーゼはそれどころではない。兎に角ベースキャンプに生きて戻れたことに安堵してしまい、一気に疲れが出たのだ。
男はへなへなと荷台に乗って座り込んだリーゼの隣に、エリザをそうっと下ろすと、彼女が抱えていた筈のアメショーの毛色のアイルーがいないことに気づいた。リーゼもそれに気づき、再び顔を青くして立ち上がろうとしたが、その前にアイルーを背負ってきている猫の影が見えた。
「よかった…拾ってきてくれたんだ。ルイーズさん、ありが――」
そっと持ち上げたハーヴェストの怪我を確認すると、礼を言おうと影に目を向け息を飲んだ。
「えっ!」
「メラルー!?」
「ニャニャッ」
驚いたリーゼと、思わず声高に叫んで身構えてしまったエリザの前に、すっと腕が出された。ハッとして男の顔を見ると、布で鼻から下を覆って顔を隠しているものの、目は困ったように細まっていた。驚異の跳躍力でその腕に飛び乗ったメラルーは、スルスルと男の首元に丸まって避難した。暗闇に光る金色の目が、警戒するようにリーゼを覗いている。
「……俺の友達なんだ。見逃してやってくれないか」
メラルーは手癖が悪いのでハンターたちにあまり好かれてはいない種族だ。事あるごとに回復薬や携帯食料などをくすねては、あっという間に地面に潜って逃げてしまう。回避策としてはメラルーの大好物であるマタタビをアイテムポーチに入れておくことだが、いつだってパンパンのポーチに、これ以上余計なものは入れたくないというのがハンター達の本音だ。
おまけに、メラルーたちの餌食になる多くのハンターは新米である。何が何だかわからないうちにアイテムポーチごと持って行かれたという話も、聞かない話ではない。かくいうリーゼやエリザも、過去何度も渓流に住むメラルーにハチミツの小瓶や特産キノコを奪われた苦い経験を持つ。
だが、命の恩人の友にそんな態度はいくらなんでも失礼であるということぐらいは、いくらまだリーゼ達が年若い少女といえどもわかった。
「す、すみません。つい……」
「いや、いいんだ。メラルー達が過ぎた悪戯をしているのは承知しているから。……申し訳ない」
「えっ、いやっ、あのっ、こちらこそ! 命を救っていただいたのにあんな態度をとってしまって、すみませんでした」
「…このままだと、謝罪合戦になっちゃうね」
クスリと笑い声を漏らすと、ルイーズの首根っこをつまみあげ、荷台に放り投げた。
「にゃばばばば!」
「今は早く渓流から逃げよう。村につくまでは俺が護衛するから。安心して眠るといい」
「えっ」
いくらなんでもそこまで2人もこの男に気を許しているわけではなかった。
この時代、ただの善意だけで【陸の女王】リオレイアの眼前に飛び出して人を助けるなんて酔狂な人間は、そうそういないだろう。今回はたまたまあの黒い飛竜が飛び出してきて縄張り争いだかなんだか知らないがレイアと戦ってくれていたおかげで逃げてこれたものの、次同じようなことがあっても生きて帰れる保証はない。皆無に等しいだろう。
なにせこの男、見たところ羽織っているのはこの黒い布切れのみで、動作から察するに武器も防具も何も持っていないのだ。身軽さだけで突破してきたようなものだった。
そもそもなぜ防具すら無いまま人間がこの渓流にいるのかという疑問は、混乱に次ぐ混乱に脳が思考を放棄しかけている2人には浮かばない。だが、貞操の危機となっては話は別だ。
リーゼとエリザは方向性は違うがどちらも“美少女”のくくりに入る。リーゼは10人中8人が「かわいい」というだろう可憐さをもつし、エリザは10人中9人が「美人」だと言うだろう(エリザ当社比)。
2人を助けて一体何を要求してくるのか。ガーグァ車についてホッとしたのは事実だが、一難去ってまた一難。今度は乙女の純潔が奪われかねない緊張感に、2人は身を固くした。
「よっこらしょ」
何やら老人めいた言葉を口にしつつも軽々と荷台に飛び乗ると、ベッドがわりに敷き詰められている藁の上に横たわった。
(……は?)
今この男は「自分が護衛をするから寝ていろ」と言わなかったか? なぜ睡眠を進めた本人が寝る体勢に入っているのだろう。
意味が、わからない。
「大丈夫。近づいたらちゃんと起きるから」
「はぁ……?」
困惑気味にならざるを得ないエリザの返事にも軽く頷き目をつぶった。腕を組んで枕替わりに膝は立たせて足を組んでいるその姿からは、あからさまにリラックスしているようにしか見えない。ルイーズも男の頭のすぐ横に横になると、じきに船を漕ぎ始めた。
残された2人は顔を見合わせる。が、疲れが出たのか、すぐにリーゼも眠ってしまった。エリザはというと痛みでそれどころではない。荒い息をこぼしながらもじっと男をみていた。
(……意外と、若いのね…)
油断なく男を見つめるエリザは、その顔をまじまじと観察し始めた。静かな寝息が溢れているから、起きる心配はないだろう。
(顔半分隠してるけど……もしかして…いや、もしかしなくとも……相当かっこいいわ……)
男というより、まだ青年と言ったほうが良いだろう年齢は、おそらく20をひとつふたつ過ぎた程度。髪の色は黒。ざっくばらんに切られていて、肩甲骨のあたりまで伸びているのもあれば短く寝癖のようにはねている毛もある。前髪は妙に長く感じた。目に入らないのだろうか。マスクをするように顔の下半分を黒い布できつく覆っていたが、その上からでも鼻筋はすっと通っていることはわかる。
(……男のくせに、睫毛長いじゃない…)
毎朝苦心してビューラーで長く見せているエリザとしては、思わず唸ってしまうポイントだ。
(目の色は、蒼……か)
先程月明かりに目の色が伺えたのを思い出す。夜空の藍とよりも青く、青熊獣の青よりも蒼い。透き通った青空とも違うそれは、文献でしか読んだことのない“海”のような青なのだろうと思った。孤島に行けるほどのランクになればエリザも目にするだろうが、彼女にはまだ少し早い。
気がつけば坂はなだらかになってきており、もう殆ど渓流を下りきっていた。ここが最後の崖だろう。
ピィ――――…
鳶とはまた違う声が夜の渓流に響き渡った。パチリと、蒼い瞳が開かれる。
「な、何?」
「迎えだ」
「え?」
「村はここからまっすぐだよね。俺が把握できる範囲ではモンスターもいないようだし、じゃあこれで」
「あ、ちょっと!」
何も考えずに飛び降りようとする腕を掴む。
「ん?」
ムニャムニャと起きだしたルイーズは、青年のコートのように羽織っている黒い布の中にもぞもぞと入り込んだ。
「…いえ、なんでもないわ……。…助けてくれて、ありがとう」
「いやいや、そんなこと。……寧ろ俺たちが原因みたいなもんだから」
(俺たち? 原因?)
ぼそっとつぶやかれた言葉に違和感を覚え、エリザは聞き返した。
「なんでもないよ。そうだ。あまり渓流の奥には近づかないようにね。最近は物騒になったから」
「え…なんでそんなこと……。あんた、ヨルデ村のハンター?」
「違う違う。……ただの、渓流の一軒家に住む人嫌いの物好きさ」
それだけ言うと、ふわりと荷台から飛び降りた……崖の方に。
「ばッ!!? あ痛ッ」
思わず身を乗り出して下を見ると、落ち行く青年の影を視界の端から黒い何かがさらった。そのまま力強く羽ばたくと、Uターンして渓流へと向かう。
「あれは…」
リオレイアと一騎打ちをしていた筈の、黒い飛竜だった。その背には確かに青年を乗せて飛んでいる。獲物としてくらったわけではないようだった。
「……そういえば、名前。聞き忘れちゃったな」
その後も黒を纏った青年のことを考えているうちに、エリザは緊張の緩和と疲労から、うつらうつらと夢の世界へ誘われて行った。
ただ、実際のところ痛みにうんうん魘されていたのは、ユクモ村の医者だけが知ることである。
後書き
黒い飛竜とは一体…て、わかりますよね。
この話、何回か書き直したのでちょっと変なところとかあるかもしれません。
感想ご指摘ありましたら遠慮なくくださいませー
次は青年sideです。
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