失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第三話「やはり俺はカミトポジションか」
「――そういえば」
ふとクレアが振り返った。その顔はいかにも不機嫌だと言いたげで、眉が吊り上がっている。
「何でアンタを案内しないといけないのよ」
「君がついてこいと言ったのだろう?」
俺がそういうと、うっ、と言葉に詰まるクレア。それでも何か言い返そうと視線を目まぐるしく彷徨わせた。
「それは、あれよ……っ、アンタがあんな所にいたから、成り行きで言っちゃったんじゃない!」
ぶっちゃけたな、クレアよ。かなりテンパっている様子だ。
しばし顎に手を当て黙考する。
「ふむ、俺が着いていくことで何か不都合があるのならここから去ろう。だが、出来ることならついていきたいな」
「なんでよ?」
「それはもちろん、君が心配だからだ」
原作ではクレアは封印されていたエストの逆鱗? に触れてしまい、かなりの窮地に追いやられてしまう。運よくカミトがその場に居合わせたため事なきを得たが、この場にカミトはいない。このまま一人で行かせるのは危険だろう。
そう思っての言葉だったのだが、何を思ったのか――、
「な、なななに言ってるのよアンタ! あ、あたしが心配だなんて、そんな……」
盛大に勘違いした模様。顔を赤く染めて、チラチラと俺の顔を見ては視線を反らす動作を繰り返す。
なるほど、乙女だな……。
アレイシア精霊学院は精霊使いの姫巫女たちの集う学び舎だ。元素精霊界の精霊と交感できるのは清らかな乙女だけとされている。なぜ清らかな乙女だけなのかは分からない。前世では原作はまだ一巻までしか読んでいなかったのだ。もしかしたら色々と真相が暴かれているかもしれないな。
まあ、そんな訳で元素精霊界の精霊と交感できるのは清らかな乙女だけ。取り分け契約精霊を使役できるほどの神威を宿すには、何代にも渡り精霊使いの血を強めなければならない。必然と神威の強い者と由緒正しい家柄はイコールになるのだ。
清らかな乙女たちは心身ともに清らかさを保つため、幼少期から徹底して男を遠ざけた環境で教育を受ける。故に学院生の多くが男に不慣れな超箱入り娘となる。
だから、これしきの言葉で顔を赤らめるのは恐らくクレアだけではないだろう。
「ほら、行くのならさっさと行こう。無駄にする時間はないぞ?」
「もう……、わかったわよ。でも、あたしの邪魔だけはしないでよね!」
ああ、エストが暴走しない限りな。
再び歩き出す俺たち。もう大分進んだと思うのだが、そろそろ着く頃じゃないかな。
「そういえば、リシャルトの名前ってこの辺りじゃ聞かないわね。どこ出身なの?」
「ここから遥か東方に位置するアルトハイム小国という小さな国さ。その中の小さな町から来たんだ」
「ふーん。ねえ、なんで旅に出たの?」
元々好奇心旺盛なのか、大きな目を輝かせて俺の顔を覗き込んだ。別に話てもいいんだが、
「目的か……秘密だ」
「えー、なによそれー!」
「ふふ、何も秘密が多いのは女だけの特権じゃない。それに、ミステリアスの方が面白いだろう?」
そう言って微笑むと、クレアは再び頬を朱く染めて視線をずらした。今、何かしたか、俺?
それから歩くこと十分。漸く目的地にたどり着いた。
聖剣が奉られた祠は森の中のひらけた場所に位置し、ひっそりとた佇んでいた。祠を中心に円心状で不可侵の結界が張られているのが解る。
クレアは指先であっさり結界を解くと、一旦足を止めて振り返った。
「ここから先は危険だから一般人のアンタはそこに居なさい」
そう言うとクレアは返事を待たず祠の中へ入って行った。クレアの身が心配な俺としてはここで待つという選択肢は無く、気殺の法で気配を限りなく殺して彼女の後をついていった。
〈封印精霊〉というのは強大な力だけではなく、多くが荒い気性をしている。中には破壊と混沌を望み、隙あらば自分を使役する精霊使いの首を狙おうとする精霊もいると聞く。とても人間の手に負える存在ではないが故に封印された精霊なのだ。
何事も無ければいいが、と気配を殺しながら後を辿って行くと、クレアの指先に小さな火の玉が灯った。初級の精霊魔術だろう。
ゆらめく火球が鍾乳洞のような祠の壁を照らし、全貌を明らかにする。
そして祠の最奥に、その剣は在った。
巨大な石に突き付けられた抜き身の剣の刀身には錆や刃こぼれは見当たらない。剣腹には精緻に刻まれた古代紋様があり、弱々しいが青白い光を放っている。
――神秘的だ……。そんな言葉が頭に浮かんだ。
それは感動か。この場面を識っていたのに、それでもこの光景は息を呑む美しさがあった。否、文面と実際にその目にするのとでは意味合いが違う。故にこの感動は至極当然なもの。
あれが、〈セヴェリアンの聖剣〉……エストか。
同じく息を呑んで剣を見つめていたクレアもしばらくすると我に返った。
強大な力を持った七十二柱の精霊を従えて大陸中に混乱と破壊をもたらした魔王、スライマン。歴史に残る唯一の男の精霊使い。その魔王を討ち滅ぼしたのが、この〈セヴェリアンの聖剣〉だといわれている。
しかし、そういった伝承を持つ聖剣は帝国の至る所に存在する。有名なため町の村おこしとして利用されたりするのだ。本物ではないにしても銘のある剣のためそれなりに強力な精霊が封印されているケースも多い。
クレアはつかつかと剣に歩み寄ると聖剣の柄――これからはエストと言おう――を握りしめた。
俺はあらゆる事態に対応できるように重心を落としながら、クレアの死角になる位置へ移動する。
重い静寂が辺りを包む。
「――いくわよ、クレア・ルージュ」
意を決したクレアの唇から流暢な精霊語の契約式が紡がれた。
――古き聖剣に封印されし気高き精霊よ!
――汝、我を主君として認め契約せよ、さすれば我は汝の鞘にならん!
深紅の髪が逆立ち、祠の中に風が吹く。風はクレアとエストを中心に渦巻き始めた。
俺は息を呑んでクレアの姿を見つめた。エストがクレアを主君として認め契約を交わしたならば、身体のどこかに精霊刻印が刻まれるはずだ。カミトが不在の今、クレアと契約しても可笑しくはない。
契約の誓言が最終章に入った途端、緩やかに渦巻く風は突風へと姿を変える。
彼女の持つエストが眩い閃光を放ち始めた。
反応している、ここまでは原作と同じだ。果たして――。
「――我は三度、汝に命ずる。汝、我と契りを結び給え……!」
固唾を呑んで見守るとクレアの誓言が祠に響き渡った。
シャラァァァン!
綺麗な音とともにエストが抜けた。
「……ぬ、抜けた……抜けたわ!」
石から抜けた剣を振りかざし、歓喜の声を上げるクレア。しかし――、
「きゃあ……っ!?」
剣腹に刻まれた古代紋様が一際強い光を放った。思わずクレアは手を離し、聖剣は閃光とともに粉々に砕け散る。
「チィ、やはり駄目か!」
岩陰に隠れていた俺はすぐさま飛び出し体勢を崩していたクレアの腰を抱いて支えた。
「大丈夫か?」
「な、なんでアンタがここに……?」
「それは後だ。今はそれどころじゃないようだぞ」
俺の視線の先を辿る。嫌な予感がしたのか、引き攣った表情で祠の天井を見た。
そこには、一振りの聖剣が浮かんでいた。
先の砕け散った聖剣ではなく、無骨の切れ味のよさそうな鋼の剣。
これがエストの真の姿か。
その姿を目にしたクレアが悲鳴にも近い声を上げた。
「あれは――剣の封印精霊!?」
「属性は〈剣精霊〉といったところか。かなりご立腹の様子だな」
「精霊使いでもないのに何でわかるのよ」
「逆に問うが、あれを見てもそうではないと言えるか?」
「うっ……」
浮遊するエストは切っ先をこちらに向け、ピタッと静止した。そして、
「チィ!」
俺はクレアの膝下に手を入れ、俗に言うお姫様抱っこで飛び退く。今まで俺たちが立っていた場所を件のエストがうねりを上げて通過した。
「ふわっ、ちょ、ちょっと! 急になにするのよ! 消し炭にするわよ!」
「その前にひき肉になるな」
クレアを降ろし、天井を見るように言う。傍らで息を呑む音が聞こえた。
祠の天井はごっそりと削り取られ、パラパラと破片が落ちてくる。
「あれほどの精霊を解放したのは流石だがあの精霊、暴走しているぞ?」
「う、うるさいわね。これからよ、これから調教するの!」
「……やれやれ」
やはりこうなったか、と諦めにも近い感情が湧き上がるが、それを押し留める。これも何かの縁だ。もしかしたら俺の運命なのかもしれないな……。
「取りあえず、外に出るぞ」
クレアの手を引き外に向かって走り出した。エストはすぐには追ってこない。まだ完全には目が覚めていないのだろう。この隙に逃げよう。
祠の外に出た途端、クレアを抱き寄せて横に跳躍。一瞬前までいた場所をエストが通り過ぎ、轟音をとどろかせながら木々を次々と薙ぎ倒していく。
「やんちゃな奴だなー」
「ちょ、ちょっと、離してよ……っ」
「おっと、すまんすまん」
身じろぎするクレアを解放する。気まずそうに咳払いをしたクレアは朱い顔を隠しながら不穏な台詞を呟いた。
「反抗的な子ね……じっくり調教してあげるわ」
スカートのすそを捲り、太腿に巻きつけた革鞭をしならせ、地面に叩きつける。なぜそこに隠しているんだ?
一瞬だけ見えた白い下着は不可抗力だと叫びたい。
「やるのか? 相手は高位の封印精霊だ。怪我では済まないぞ」
「それでもやるしかないのよ! あたしは絶対にあいつを手に入れるんだから!」
――紅き焔の守護者よ、眠らぬ炉の番人よ!
――いまこそ血の契約に従い、我が下に馳せ参じ給え!
詠唱に合わせクレアの契約精霊が姿を現す。紅蓮の炎を逆巻き、辺りを熱気が包み込んだ。
「さあ、狩りの時間よ、スカーレット!」
クレアが鞭を振るうと、スカーレットは唸りをあげてエストに向かって突進した。
対して宙に浮かぶエストは森の木々を斬り倒しながら向かってくる。
「スカーレット、狩りなさい!」
クレアの声に合わせ跳躍する。滑空してくるエストの上空まで跳び上がると燃え盛る爪を振り下ろした。
激しい火花を散らし、甲高い金属音が木霊する。轟音を轟かせてエストは地面に激突した。そこまでの威力なのか、あれは。
「食らえ、灼熱の劫火球!」
これをチャンスと見たのかクレアの手から大きな火球が放たれた。
火炎球は精霊魔術の中でも高位に位置する魔術だ。精霊魔術の威力は籠められた神威と契約精霊の強さによって変わる。
放たれた火球はスカーレットを巻き込んで爆発し、衝撃の余波で周囲の木々が放射状に薙ぎ倒された。これだけ見てもかなりの高威力だと知れる。
十代の少女が使う精霊魔術じゃないな。
クレアの才能に舌を巻いていると、爆炎地からスカーレットが出てきた。炎属性のため当然ダメージは皆無。そして、エストもまったく応えた様子は無く、宙に静止していた。
む、エストの雰囲気が変わった……?
まるでスイッチが入ったかのように突然空気を変えたエストは奇怪な音を響かせながら、その姿を変える。通常の長剣から巨大なバスターブレードへ。
「なっ!?」
姿を変えたエストは不意を突きスカーレットを一閃する。まともに斬撃を食らった火猫は胴体から真っ二つに切断され、虚空へと消えた。
「スカーレット!」
一撃。それだけで顕現する力のすべてを失ったのだ。
こうなってしまっては仕方がないな。もしかしたらクレアが降すかもしれないと思ったが、もはや認めざるを得まい。
俺はクレアを押しのけ、エストの前に立った。
「ちょっと何やってるのよアンタ! 危ないから離れなさい!」
クレアの声を意識から追いやり、目の前のエストに集中する。エストは切っ先を俺に向け、轟音をあげながら飛来した。
「リシャルト!」
エストに向かって手の平を突き出す。すると、脳裏に呪文が浮かび上がった。
これも転生特典の影響か? だが今はありがたい。
――古き聖剣に封印されし気高き精霊よ。
――汝、我を主君として認め契約せよ、さすれば我は汝の鞘にならん。
契約式を詠唱しながら並列思考で構築していた術式を起動し、突き出した手に防御系の魔術を掛ける。
回転する剣の切っ先は魔術で強化した手の平と拮抗し、火花を散らした。
強大な神威を叩きつけられるが、それを柳の様に受け流し最後の詠唱を口にする。
「――我は三度、汝に命ずる。汝、我と契りを結び給え!」
「嘘……精霊契約!?」
クレアが驚愕の声を上げる。刹那、エストの刀身が青白く輝き、突き出した左手の甲に焼けるような痛みが走った。
「ぐぅ……!」
激しい閃光と轟音が鳴り響く。咄嗟に防御魔術と結界を張ったのは日頃の訓練の賜物か。
目を開けるとエストの姿は無く、足をハの字にして地面に座り込んだクレアの姿があった。
左手に目を向けると、手の甲には交差する二本の剣の紋様がある。精霊契約の証、精霊刻印だ。
どうやら無事に契約できたみたいだな……。
ホッと一息つくと、いつの間にか目の前まで移動していたクレアがジッと俺の顔を見つめていることに気がついた。
「――どうしてよ」
「ん?」
「どうして、男のアンタが精霊と契約できるのよ!」
俺はそれには答えず、スッと視線を横にずらした。クレアが眉を吊り上げキッと俺を睨みつける。
「あ、あたしの剣精霊は?」
「あー、すまんな。見ていた通り、俺が契約してしまった」
ほれ、と左手に刻まれた契約刻印を見せると、愕然とした表情で口をぱくぱくさせた。もはや言葉も出ないのだろう。
まあ、当然の反応か。歴史上、男の精霊使いは一人しか確認されていない。原作ではあと一人、カゼハヤ・カミトがいるのだが、なぜかこの世界には居らず、本来ならカミトと契約するエストも俺が契約してしまった。これから分かることは、やはり――、
取りあえず、ここから去ろうと踵を返した時だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
背後からの声に足を止め振り返る。クレアは顔を真っ赤に染めて拳をプルプル震わせていた。
「あ、あんた、どうしてくれるのよ……。あたしの契約精霊奪った責任、取りなさいよね!」
ああ、やはりこうなったか……。
クレアはビシッと俺に指を突きつけ高らかに言った。
「あんた、今日からあたしの契約精霊になりなさいっ!」
――爺さん、どうやら俺、カミトポジションのようです。
後書き
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