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失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】

作者:月下美人
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第二話「紅い髪の少女との出会い」



 あれから三年が経過した。多くの強敵と出会い、別れ、観光巡りもしながら自由気儘に旅をしている。


 現在、俺はとある事情から偽名を名乗っている。ある魔術を修得した際においそれと本名が名乗れなくなってしまったのだ。まあ、それを抜きにしても俺の本名はここ三年で有名になってしまったので、これまた容易に名乗れなくなった。そのため現在はリシャルト・ファルファーと名乗っている。


 先月十七を迎えた俺は爺さんに貰った魔術書――便宜上『ゼウスの書』と読んでいるのだが――漸く半分まで解読することに成功した。


 十四年かけて半分か……。さすがは爺さんがくれた魔術書だ。今まで読んできた書物とはレベルが違う。


 今、俺は喫茶店でコーヒーを飲みながら、とある便箋を前にしている。差出人はグレイワース。婆さんからだ。どうやって俺の居場所を突き止めたのか疑問が湧く。


「至急、私の元に来るように、ね……」


 あの婆さんが俺に何の用なんだろうか。心当たりは無きにしも非ずだが、その場合、なぜ俺が呼ばれるのかが分からない。


 取りあえず行けば分かることか、と結論付けるとテーブルにコーヒー代を置いて席を立った。


 幸いここはオルデシア帝国の隣国に位置する。長距離転移魔術を使えば問題はない。


 宿泊している宿でチェックアウトを済ませてから路地裏に行く。人気は無いな。


「〈空間転移〉」


 足元に魔方陣を起動させ、燐光を煌めかせながらオルデシア帝国へと向かった。





   †                   †                   †





「うん? どこだ、ここは?」


 グレイワースの居るアレイシア精霊学院に向かったはずなのだが、ついた場所はどこかの森の中。しかも、そこらかしこに精霊の気配が漂っている。


 空気も心なしか澄んでいるようだ。


「元素精霊界か……?」


 おそらくそうだろう。しかし、なぜ空間転移でここに来たのだろうか。術式を間違えて〈次元転移〉を発動させたか?


「まあ、いくら考えても詮無いことか」


 ふと、人の気配と水の匂いを感じた。


 一分ほど歩くと木々は途切れ、目の前には湖が。


 なんか覚えがあるぞ、この展開。もしかして――。


「……いたよ」


 湖を見渡してみると案の定、深紅の髪の少女が一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。


 原作ではカミトは彼女の裸体に見惚れてしまう。


 確かに少女は美しい容姿をしている。健康な白い肌は肉のない四肢を晒し、燃えるような赤い髪が肢体に張りついて艶めかしく映る。


 ふむ、確かに健全な男子では見惚れてしまうのも仕方がないな。


 顎に手を当てて大きく頷く。さすがはメインヒロイン、並みならぬ容姿だ。場所が場所なら一躍アイドルとして売れるだろう。


 そんなことを考えていた時だった。


「……あ」


 少女と目があった。


 深紅の髪と同様に紅い瞳は大きく見開き、口をポカンと開けている。少女の瞳には「なんでここに人が」という疑問の色が浮かんでいた。


 いかん、これではカミトの二の舞だ。なんとか上手い言葉で回避せねば。


 一旦目を瞑って大きく深呼吸する。心を落ち着かせて意を決して目を開いた。


「驚かないで聞いてほしい」


 俺の言葉にハッと意識を取り戻した少女は身体の前に腕を回して、俺の視線から裸体を隠そうとする。


 えー、あー、う~、などの言葉にならない声を上げる彼女に害はないと証明するため、顔を横に向けて両手を上げた。そして、現状と俺の心境を語るため言葉を紡ぐ。


「――迷った」


「は?」


 うむ、完璧だ。これ以上ないほど俺自身の状況を言い表せている。


 俺は内心自画自賛しながら、目を真ん丸にしている少女に詳しい説明をすることにした。


「ある場所に向かおうとしたら運悪く迷子になってしまってな。人気がしたから来てみたらここに辿り着いたんだ。故に君の水浴び姿を見たのは不可抗力であって他意はない」


「え……あ……」


「だが、君の裸を見てしまったのもまた事実。すまなかった」


 混乱している少女に畳み掛けるようにその場で土下座をする。前世の頃からなぜか土下座をする機会が多かったため一連の動作に淀みはない。流麗、まさに流れる水のように洗礼された動きで土下座をする俺に少女が呆気にとられる。


「へ? ……えっと、あの……」


 オロオロしている気配がする。取り合えず少女の許しがあるまで頭を下げたままにする。


「……はあ、もういいわ。顔を上げてちょうだい」


「いいのか?」


「ええ、それにずっとそのままという訳にもいかないでしょう?」


「む、それもそうか」


 少女の許しを得た俺は頭を上げて立ち上がる。すでに少女は制服に着替えていた。


 やはり小さいな。


 少女の身長は俺より頭二つ分ほど下だ。俺が一八〇センチだから、おそらく一五〇センチ前後といったところだろうか。


「先程はすまなかったな。俺の名はリシャルト・ファルファーという。リシャルトと呼んでくれ」


「もういいわよ。あたしはクレア・ルージュ。クレアでいいわ」


「わかった。ところで、見たところその制服はアレイシア精霊学院のもののようだが、君はそこの?」


「ええ、そうよ」


「そうか」


 少女――クレアの着ている制服は純白を基調に黒のラインをあしらったものだ。胸元にはリボン帯が結ばれ、ボタン代わりに精霊護符が縫いつけられている。


 炎のように紅い髪は黒のリボンで左右に括り、俗にいうツインテールの髪型だ。あまり拭う時間が無かったためか、髪先はまだ濡れていた。


「ふむ。つかぬ事を聞くが、クレアはなぜここに? どうやらここは元素精霊界のようだが」


「それはあたしのセリフでもあるんだけど。迷ったって言ってたわね、なんで男のアンタが元素精霊界に迷うのよ」


「それは俺が聞きたい。なぜかここに居たのだから、仕方ないとしか言いようがないな」


 聞くところによると、この森は《精霊の森》といってアレイシア精霊学院の敷地内にある。清らかな姫巫女しか入ることのない敷地に男がいるのだから疑問に思うのも当然のことだろう。


 場合によっては変質者として間違われても仕方がないのだ。


「……ふーん、まあいいわ。なんであたしがここに居るかって話よね。説明するから取り合えず歩くわよ。目的の場所は近いんだから」


「ああ、わかった」


 クレアに先導される形で森の中を歩く。その足取りは迷いが無く、クレアの言う目的地というのを把握している証拠だろう。


 目的地というと、やはりアレか?


 湧き上がる疑問を頭の片隅に放置しているとクレアが唐突に語り出した。


「あたしがここに来た理由は強い契約精霊がいるって噂を聞いたからよ。この先に祠があるんだけど、古代の聖剣が祭ってあるの。噂では強大な《封印精霊》を宿しているって話だけど、学園創立以来、誰一人として契約に成功した姫巫女はいないわ」


 随分、気位の高い精霊みたい、と言葉を続ける彼女の後ろで、俺は人知れずため息を零した。


 やはり、これはエストイベントか。カミトは何処に行ったんだ!


 本来ならクレアと遭遇するのは迷い込んだカミトであって、俺ではない。その封印精霊と契約を交わすのも原作ではカミトなのだ。


 なにがどうなってるんだか……。


「さっき湖にいたのは禊をしていたのよ。ここが一番聖性が高かったから」


「なるほど」


 クレアは後ろ手に振り返り、俺の顔を覗き込んだ。


「そういうリシャルトはどこかに向かってたのよね? どこに行こうとしていたの?」


「うむ、婆さんに喚ばれてな。手紙では一言来いとしか書かれていなかったんだ。もう少し詳しく書いてくれれば良いものの……」


 まあ、あの婆さんだしなと言葉を濁す俺にクレアがクスッと笑った。


「大変でしょうね」


「大変も大変。あのグレイワースの婆さんを御しきれる者は果たして世界に何人いるのやらだ」


 そもそも居るのかも不明だが。ふとクレアが固まっていたのに気が付いた。


 ああ、やはりな、と思いながらも一応問いかける。


「どうした?」


「ねえ……貴方のお祖母さんって、もしかしてグレイワース・シュルマイズ? あの学院長の?」


「うん? 別に俺の祖母ではないが、確かに俺の言う婆さんはグレイワースを指す。個人的に交流があってな。そういえば、婆さんは精霊学院の学院長をしていたな。すっかり忘れていたわ」


 ほれ、と懐から取り出した便箋にクレアは悲鳴にも近い声を上げた。


「これって、帝国の第一級紋章印じゃない!」


 第一級紋章印とは特殊な技術で精霊を封印した紋章印のことだ。帝国が発行している紋章印では最高位に位置し、複製することは不可能とされている。勿論、一般には出回っていないがクレアは一目で見抜いたようだ。


「さすがは精霊使いだな。良い真贋の目を持っているようだ」


「……なんであたしが精霊使いって?」


 固い表情で後ずさる。どうやらいらぬ警戒心を抱かせてしまったようだ。


「旅をしていたからな。気配というものには敏感なんだ。君の傍には精霊の気配がする。それも湖にいた時から変わらず傍についているようだ。大方、君の契約精霊だろう」


「へえ、よく分かったわね。――出てらっしゃい、スカーレット!」


 クレアの横で今まで変わらず傍にいた精霊の気配が急に膨れ上がった。


 炎を巻き上げながら一匹の猫が虚空から現れる。猫は「ニャァ~」と鳴き声を上げ、クレアの足に擦り寄った。


「火猫……炎属性の精霊か。それが君の?」


「ええ、あたしのパートナーのスカーレットよ」


 無い胸を張るクレア。む、今のは失礼だったかな。


「しかし解せないな。君のスカーレットは見たところ上位精霊だ。なのに何故、新たな契約精霊を求める?」


 俺の言葉にクレアは顔を俯けた。心配そうに鳴くスカーレットを抱き上げて顔を上げる。


「スカーレットは大切なパートナーよ。でも、あたしには目的がある。そのためには、強い精霊が必要なの」


「……良い目だ」


「え? なに?」


 何でもないと首を振り再び歩き出す。先程のクレアの瞳からは強い意志が感じられた。


 こいつは化ける。確信にも近い予感が胸中を過ったのだった。

 
 

 
後書き
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