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ラ=ボエーム

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第三幕その四


第三幕その四

「今の君はどう見ても嘘をついている」
「そんなことは」
「いや、間違いない。よかったら本当のことを話してくれ」
「本当のことを」
 ミミはそのやり取りを覗いていた。そして一人呟いた。
「わかったよ」
 ロドルフォは観念したように言葉を返した。
「本当のことを言うよ」
「そうか」
「何があったんだい」
「もう駄目なのは・・・・・・僕達じゃなくてミミなんだ」
「ミミが!?」
「私が!?」
 ミミの言葉は彼等には届いてはいなかった。
「ミミはもう助からない。わかるだろ?」
「やっぱりな」
「気付いていたか、ショナール」
「結核なんだろう?ミミは」
「ああ」
 ロドルフォは唇を噛み締めた。当時では絶対に助からない病だ。この時代結核により命を落とした者は非常に多い。ミミもまたそれに罹っていたのだ。
「あのままじゃもう」
「そんな」
 木の陰からそれを聞いていたミミは思わず声をあげた。
「私が、そんな・・・・・・」
「僕じゃどうしようもないんだ」
 ロドルフォは首を横に振ってこう言った。
「ミミは。救えない」
「しかしロドルフォ」
 そんな彼をマルチェッロが慰めようとする。
「まだ助からないって決まったわけじゃ」
「それは本心から言えるかい?」
「それは・・・・・・」
 ロドルフォの言葉に沈黙してしまった。結核のことは誰でも知っている。そしてどうなるのかも。マルチェッロもショナールもコルリーネもそれを知っていた。だから反論は出来なかった。
「言えないだろう」
「・・・・・・・・・」
 三人は俯いて黙ってしまった。
「もう駄目なんだよ」
 彼はまた言った。
「僕は貧しい。貧しい詩人がこんな時何が出来るんだ!?何も出来ないよな」
「けれど彼女には御前が」
「いても何にもならないさ。医者でもない」
 詩人の無力さを噛み締めざるを得なかった。貧しい生活がそれをさらに悪くさせることもわかっていた。
「ミミは温室の花なんだ。僕の部屋みたいな薄暗い部屋では枯れてしまう。僕と一緒にいるだけで彼女はその命をすり減らしてしまうんだ」
「何てこと」
 ミミは呆然となってしまっていた。
「このままじゃどうしようもないんだ」
「けれど」
「ミミの為なんだよ」
「ロドルフォ・・・・・・」
 三人はもう何も言えなかった。ミミもであった。だが彼女はこの時病に侵されている。そして今それが襲った。
「ゴホッ、ゴホッ」
「咳!?」
「まさか」
 四人はその咳がした方を同時に見た。そこにはミミがいた。
「ミミ」
「まだ残っていたんだ」
「何で君がここに・・・・・・。いやそれより」
 ロドルフォは慌てて彼女の側に寄る。
「こんな雪が降る朝に。まだ暗いのに」
 それが結核に悪いのは言うまでもない。
「何でこんなところに」
「御免なさい」
 ミミは俯いてそれに応えるだけであった。
「けれど私は」
「顔が青い。無理をしちゃ駄目だ」
 ロドルフォは彼女に自分のコートを着せた。
「君はもう・・・・・・いや」
「もう聞いたわ」
 ミミは悲しげな声で言った。
「前から。変だと思っていたの」
「そうだったんだ」
「貴方の様子が。そういうことだったのね」
「済まない」
 ロドルフォは申し訳なさそうに俯いて答えた。
「こんなこと、とても・・・・・・」
「いえ、いいわ」
 ミミにもロドルフォのその優しさがわかった。だからこそ余計に辛かったのである。
「私達、別れましょう」
「いいんだね」
「ええ」
 ミミはこくりと頷いた。
「私が側にいると貴方を辛くさせてしまうから」
「それは違うよ、ミミ」
 ロドルフォはその言葉に首を横に振った。
「僕なんかと一緒にいるから君は」
「いえ、違うわ」
「違わない。君は僕なんかを愛さなくていいんだ」
「そんな・・・・・・」
「君のことだけを考えてくれ。君は・・・・・・幸せになるべきなんだ」
 こうミミに言うのだった。
「ロドルフォ・・・・・・」
「僕のことは忘れて。暖かい部屋で」
「私はいつも暖かい部屋にいるのに?」
「えっ!?」
「貴方と一緒にいられることが。何よりも暖かいのに。それじゃ駄目なの?」
「心は確かにそうさ。けれど君の身体は」
「そんなこと・・・・・・うっ」
 また咳込んでしまった。先程のものより辛そうだった。
 
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