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子を喰う親

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第一章

                      子を喰う親
 恐ろしい絵がある、ゴヤの絵である。
 人を喰う巨人の絵だ、その絵を見ながらだった。
 児童相談センター職員リエ=スチュワートは難しい顔で同僚のヘンリー=オズバルトに言った。
 背は一六〇程で胸はすとんとしている。黒髪を伸ばしていて顔は細い、その彼女が難しい顔で大柄な彼に言うのだった。
「この絵ってやっぱり」
「うん、昔からあったのかもね」
「児童虐待の絵よね」
「そうも考えられるね」
 こう答える太陽だった。
「ギリシア神話の絵だけれど」
「そうね、やっぱり」
「時、いや農業だったかな」
 ヘンリーは言う。
「とにかくその神クロノスが自分を倒す子を出さない為にも」
「我が子を飲み込んでいる絵だったわね」
「うん、実際は飲み込んでいるけれど」
「この絵は食べているわね」
 まさに頭からだ、掴んだその身体をパンの様に食べている。
 その絵を見てリエは言う。
「人を」
「そして我が子を」
「今合衆国ではね」
「まあ突き詰めれば昔からだけれど」 
 それこそこの国が独立してからだった。
「あるからね」
「表に出て社会問題化した」
「そういうことだね」
「そうね、かつては問題にならなかった」
「人種問題と同じさ」
 アメリカ合衆国ではこの問題もある。
「表面化するまでは出ないさ」
「誰も問題に思わないと問題にならない」
「それが世の中だよ」
 ヘニーは諦めた様にも言う。
「合衆国だけじゃなくてね」
「けれど今はね」
「ええ、問題になってるよ」 
 かつてはともかく今はそうなのだ。
「だから僕達もいるんだ」
「仕事は尽きないわね」
「うん、残念なことにね」
「私はまだ子供はいないけれど」
 結婚はしている、自分と同じ日系人とだ。
 これはヘンリーも同じだ。とはいっても彼の妻はフランス系アメリカンでそのことがリエとは違ってはいる。
「それでもね」
「子供を虐待することは、だね」
「理解できないわ」
 リエは手振りも交えて首を横に振った。
「自分の子供を虐待するなんてね」
「僕もだよ。僕は男の子が二人いるけれど」
「それでもよね」
「体罰はするよ。悪いことをした時には」
 だがそれでもだった。
「それでも。虐待は」
「考えられないわよね」
「絶対にね。そうしたことをする人は」
「病んでるわね」
「実際に精神鑑定を受けさせられるしね」
 だがそれでも減らない、アメリカ以外でも社会問題になっている。
「けれどそれでも」
「あるのは」
「残念だし悲しいことだよ」
「子供は小さくて弱いのに」
「小さくて弱いから虐げる」
 自分を基準にして、だ。そうしたことをするのもまた人間である。
「そういうことなんだろうね」
「嫌な話を、全く」
「自分の子供を愛せなくて誰を愛せるか」
「そうも思うわ」
「僕もだよ。それでだけれど」
「ええ、明日からね」
 画廊にあるその絵を前にして言うリエだった、ゴヤの展覧会が開かれていて今日は職場のスタッフ達で来ていたのだ。
 その中でゴヤのそのあまりにも有名な絵を見ながら話をしていたのだ。 
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