ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
運命の鎌
ダンジョンに入ってからしばらくは水中生物型が主だったモンスター群は、階段を降りるほどにゾンビだのゴーストタイプのオバケ系統に変化し、アスナの心胆を激しく寒からしめたが、キリトの二本の剣は意に介するふうもなく現れる敵を瞬時に屠りつづけた。
通常では、高レベルプレイヤーが適正以下の狩場で暴れるのはとても褒められたことではないが、今回は他に人もいないので気にする必要はない。
時間があればサポートに徹してユリエールのレベルアップに協力するところだが、今はシンカー救出が最優先である。
マップに表示される、現在位置とシンカーの位置を示す二つの光点は着実な速度で近づいてゆき、やがて何匹目ともしれぬ黒い骸骨剣士をキリトの剣がばらばらに吹き飛ばしたその先に、一際明るい、暖かな光の漏れる通路が目に入った。
各ダンジョンで共通の色あいとなっているそのオレンジ色は、間違いなく安全エリアの照明だ。
「シンカー!」
もう我慢できないというふうに一声叫んだユリエールが、金属鎧を鳴らして走りはじめた。剣を両手に下げたキリトと、ユイを抱いたアスナ、相変わらず繋いだ手を離さないレンとマイもあわててその後を追う。
右に湾曲した通路を、明かり目指して数秒間走ると、やがて前方に大きな十字路と、その先にある部屋が目に入った。
部屋は、暗闇に慣れた目にはまばゆいほどの光に満ち、その入り口に一人の男が立っている。
逆光のせいで顔は良く見えないが、こちらに向かって激しく両腕を振り回している。
「ユリエ────ル!!」
こちらの姿を確認した途端、男が大声で鞭使いの名を呼んだ。ユリエールも左手を振り、一層走る速度を速める。
「シンカー!!」
涙まじりのその呼び声にかぶさるように、感動の再開と───
「──来ちゃだめだ────ッ!! その通路は……ッ!!」
──ならないらしい。
それを聞いて、アスナはぎょっとして走る速度をゆるめた。
だがユリエールにはもう聞こえていないらしい。部屋に向かって必死に駆け寄っていく。
その時──
部屋の手前数メートルで、三人の走る通路と直角に交わっている道の右側死角部分に、不意に黄色いカーソルが出現した。一つだけだ。
レンは慌てて名前を確認する。表示は『The Fatal-scythe』──運命の鎌──
「だめーっ!! ユリエールさん、戻って!!」
アスナは絶叫した。間違いなくボスモンスターだ。黄色いカーソルは、すうっと左に動き、十字の交差点へ近づいてくる。
このままでは出会い頭にユリエールと衝突する。もうあと数秒もない。
その時、腕に柔らかい衝撃が伝わった。見ると抱きかかえたユイに加え、いつの間にかマイまでもが乗っかっている。
ハッとして、振り向いた瞬間、ズバンという音と言う名の衝撃がアスナの栗色の髪をはためかした。
瞬間移動にも等しい猛ダッシュの後、レンは走るユリエールの襟首を右手でひっ捕まえると、左手を閃かした。瞬きをする間もなく、空中にワイヤーが展開され、右側の通路から出てくるべきモンスターを攻撃するために、その鋭い牙を剥く。
この時、レンとモンスターの間には通路の壁があったのだが、それすらもレンのワイヤーはバターのように切り裂いていく。
基本的に、通路などは破壊不能オブジェクトなのだが、レンの左手を中心に渦巻いている禍々しい《過剰光》を見たら納得する。
「さすがだな。腐っても《六王》だな」
だが、自分自身も《六王》の一員だと言うことを完璧に忘れているキリトも素直に評価する、レンのその致死の攻撃は残念ながら空を切った。
対象のボスは、レンの攻撃に気付いたかのような素早さを見せ、ごおおおおおおおおおっと地響きを立てて反対側の通路に横切っていった。
通る時に一瞬、黒い影が見えたような気がしたが、全体像までは解からなかった。
黄色いカーソルは、左の通路に飛び込むと十メートルほど移動してから停止した。ゆっくりと向きを変え、再び突進してくる気配。
レンはユリエールの体を離すと、ワイヤーを回収し、左の通路に飛び込んでいった。アスナとキリトも慌ててその後を追う。
呆然と倒れるユリエールを抱え起こし、そのまま交差点の向こうへと押しやる。
マイとユイも腕から降ろし、安全エリア側に進ませると、アスナは細剣を抜いて左方向へと向き直った。
両腕をだらんと力なく垂れ下げて、臨戦態勢なレンの小柄な背中が目に入る。
その向こうに浮いているのは───身長2メートル半はあろうかという、ぼろぼろの黒いローブをまとった骸骨だった。
フードの奥と、袖口からのぞく太い骨は濡れたような深紅に光っている。
暗く穿たれた眼窩には、そこだけは生々しい、血管の浮いた眼球がはまり、ぎょろりと二人を見下ろしている。右手に握るのは長大な黒い鎌だ。
凶悪に湾曲した、鈍く光る刃からは、ぽたりぽたりと粘っこい赤い雫が垂れ落ちている。いわゆる死神の姿そのものである。
死神の眼球がぐるりと動き、まっすぐにアスナを見た。
その途端純粋な恐怖に心臓を鷲掴みにされたような悪寒が全身を貫く。
でも、レベル的にはたいしたことないはず。
そう思って細剣を構えなおしたとき、横に立つキリトがかすれた声で言った。
「アスナ、いますぐ他の三人を連れて安全エリアに入って、クリスタルで脱出しろ」
「え……?」
「こいつ、やばい。俺の識別スキルでもデータがわからない。強さ的には90層クラスだ……」
「!?」
アスナも息を飲んで体をこわばらせる。その間にも、死神は徐々に空中を移動し、二人に近づいてくる。
「俺が時間を稼ぐから、早く逃げろ!!」
「き、キリトくんも、一緒に……」
「レンもいるから大丈夫だ! 早く……!!」
「ナチュラルに残るって決め付けないでよねー」
こんな緊迫した場面でも、相も変わらずのんびりとした声をかけてくるレンを頼もしいと感じるかはきっと人それぞれだろう。
最終的離脱手段である転移結晶も、万能の道具ではない。クリスタルを握り、転移先を指定してから実際にテレポートが完了するまで、数秒間のタイムラグが発生する。その間にモンスターの攻撃を受けると転移がキャンセルされてしまうのだ。
パーティーの統制が崩壊し、勝手な離脱をするものが現れるとテレポートの時間すら稼げず死者が出てしまうのはそういう理由による。
アスナは迷った。
四人が先に転移してからでも、キリトの脚力をもってすれば、ボスに追いつかれることなく安全エリアまで到達できるかもしれない。
しかし先程のボスの突進速度はすさまじいものだった。もし──先に脱出して、そのあと、彼が現れなかったら──。それだけは耐えられない。
アスナはちらりと後ろを振り返った。こちらを見つめるユイと視線が合った。
ごめんね、ユイちゃん。ずっと一緒だって言ったのにね…………
心の中でつぶやき、アスナは叫んだ。
「ユリエールさん、ユイを頼みます! 三人で脱出してください!」
凍りついた表情でユリエールが首を振る。
「だめよ……そんな……」
「はやく!!」
その時だった。
ゆっくりと鎌を振りかぶった死神が、ローブから瘴気を撒き散らしながら恐ろしい勢いで突進を開始した。
キリトが両手の剣を十字に構え、アスナの前に仁王立ちになった。
アスナは必死にその背中に抱きつき、右手の剣をキリトの二刀に合わせた。死神は、三本の剣を意に介さず、大鎌を二人の頭上めがけて叩き降ろしてきた。
赤い閃光。爆音。
だが、いつまで待っても、衝撃はやってこなかった。
「………………?」
恐る恐る眼を開けてみると、アスナ達の眼前には鎌を上空に跳ね上げられ、固まっている死神の姿があった。
そして、聞き慣れた不思議と心の奥底まで侵入してくるような幼い声。
「アスナねーちゃん、何で小難しいことを考えてるの?要は──」
こちらに背中を見せている分、血色のコートを羽織った少年の表情はまるで見えないが、それでもアスナ──おそらくキリトも、少年、レンの全身から炎のような殺気がにじみ出たのを見たような気がした。
「こいつをぶっ倒しゃあいいんでしょ?」
ゴッ!と言う音が響き、石畳の床が爆ぜる。音が衝撃となってびりびりと周囲の壁が振動し、ピキリと小さな悲鳴がどこかで聞こえる。
全く見えないが、アスナにはレンが笑みを浮かべたように感じられた。
それは久々の命懸けの戦闘に対する懐かしさから来るものなのか、それとも──
ただ単純にコロシアイの快感から来たものなのか。
空中に縦横無尽にワイヤーが走り、空中に鮮やかな紫色の軌跡が現れる。
──ソードスキル!
アスナの脳裏がそれを思う間もなく、レンは両手一杯の色の光線を無慈悲に振り下ろした。
────重奏曲 強欲────
とてつもない衝撃音、そして閃光。
死神の悲鳴がどこか遠くに聞こえる。勝ったのか?そう思ったアスナの視界が、たちまち土埃で塞がれる。
半ば、ぼぉ~っと突っ立っていたアスナを誰かが抱きとめた。アスナはびくりと身体をすくませて、自分の身体を片手で抱くプレイヤーの正体を見る。
キリトだった。反対側には、アスナと同じように抱えられたレンの姿もある。
「キリトくん!?」
思わず声をかけるが、キリトは両手が塞がっているため、無言で首を振る。喋るな、ということだろうか。
しかしなぜ?問題の死神は先の一撃で死んだはずだ。もう何の物音もしないことからもそのことが伺える。だから、注意するべき対称などこの場には存在しようもない。
だが、キリトとレン、正しくは六王第三席の先代と今代は眼を細く鋭いものにして、土埃の先を射抜いている。それにつられるようにして、思わずアスナも土埃の向こうに目を凝らす。
最初は判らなかった。
だが、キリトやレンほどの熟練度はないにせよ、一応アスナも索敵スキルは取っている。視線をフォーカスすると、自動的におぼろげだった土埃が、ほんの少しだがクリアになる。
そしてアスナは初めて気付く。土埃にある異形の影。
しかも一体どころではない、数十、いや下手したら数百匹はいるのではないだろうか。
だが、死神のような大きさはない。せいぜい成人男性の平均身長くらいだろうか。シチュエーションが違ったら、まず間違いなく人間だと勘違いするであろう、完璧な人型。
だが、その事態を回避しているのは、そのモノ達が放つ強烈な殺意だった。いや、殺意と言うより言うなれば、《憎悪》だろうか。
ただのシステムが動かすモンスターとは、明らかに一線を画すその存在に、ぞっとアスナは背中が粟立つのを感じた。
同時に、ようやくシステムがアスナがその影達を視認したことを認識したのか、アスナの視界に多数のカーソルが出現する。その色は血よりも濃いダーククリムゾン。つまり、今のアスナのレベルでは絶対に勝てないことを象徴する色。
その影達の名は『The Dark roach』。おそらくゴキブリか暗黒を掛けた名前なのだろうが、それを笑う余裕は残念ながら今のアスナにはない。
それは名前の前にさんさんと輝く、冠名詞のせいだった。冠名詞がつくことが赦されたモンスターはただ一つ。ボスモンスターだ。
だが今、アスナの前には絶望的な光景が広がっている。
ただただ、広がっている。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「最後の最後で、何あれ?」
なべさん「………………どれ?」
レン「あのゴキブリ云々のくだり」
なべさん「あー、あれか。あれはねぇ、あのボスだけじゃ絶対君の敵じゃないからね。それに対抗するには、やっぱ数しかないよねってな感じで」
レン「へぇ、なるほど。人型が、Mobの中で一番強いの?」
なべさん「んー、原作のほうではそれを匂わされてるねぇ。プログレッシブで」
レン「あぁあぁ!あれか!九層かどっかの侍型Mobのこと?」
なべさん「そうそう。それを見たときから、人型最強説が出来上がったって感じかな」
レン「なるほど」
なべさん「はい、それでは自作キャラ、感想を送ってきてくださいね♪」
──To be continued──
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