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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
  Dear days

初冬の弱々しい陽光が、深く色づいた街路樹の梢を透かして石畳に薄い影を作っている。

『はじまりの街』の裏通りは行き交う人もごく少なく、無限とも思える街の広さとあいまって寒々しい印象を隠せない。

しっかり武装したアスナと、ユイを抱いたキリト、マイと手を繋いでいるレンは、ユリエールの先導に従って足早に街路を進んでいた。

アスナは、当然のこととしてユイをサーシャに預けてこようとしたのだが、ユイが頑固に一緒に行くと言って聞かなかったので、やむなく連れてきたのだ。

無論、ポケットにはしっかりと転移結晶を用意している。いざとなれば──ユリエールには申し訳ないが──離脱して仕切りなおす手はずになっている。

「あ、そう言えばおねーさん」

レンが、前を歩くユリエールに話し掛けた。

「問題のダンジョンってのは何層にあるの?」

ユリエールの答えは簡素だった。

「ここ、です」

「……?」

レンとアスナは思わず首をかしげる。

「ここ……って?」

「この、始まりの街の……中心部の地下に、大きなダンジョンがあるんです。シンカーは……多分、その一番奥に……」

「マジかよ」

キリトがうめくように言った。

「ベータテストの時にはそんなのなかったぞ。不覚だ……」

「そのダンジョンの入り口は、王宮――軍の本拠地の地下にあるんです。発見されたのは、キバオウが実権を握ってからのことで、彼はそこを自分の派閥で独占しようと計画しました。長い間シンカーにも、もちろん私にも秘密にして……」

「なるほどな、未踏破ダンジョンには一度しか湧出しないレアアイテムも多いからな。そざかし儲かったろう」

「それが、そうでもなかったんです」

ユリエールの口調が、わずかに痛快といった色合いを帯びる。

「基部フロアにあるにしては、そのダンジョンの難易度は恐ろしく高くて……。基本配置のモンスターだけでも、60層相当くらいのレベルがありました。キバオウ自身が率いた先遣隊は、散々追いまわされて、命からがら転移脱出するはめになったそうです。使いまくったクリスタルのせいで大赤字だったとか」

「ははは、なるほどな」

キリトの笑い声に笑顔で応じたユリエールだが、すぐに沈んだ表情を見せた。

「でも、今は、そのことがシンカーの救出を難しくしています。キバオウが使った回廊結晶は、先遣隊がマークしたものなんですが、モンスターから逃げ回ってるうちに相当奥まで入り込んだらしくて……。レベル的には、一対一なら私でもどうにか倒せなくもないモンスターなんですが、連戦はとても無理です。──失礼ですが、お二人は……」

「ああ、まあ、60層くらいなら……」

「なんとかなると思います」

キリトの言葉を引き継ぎ、アスナは頷いた。

60層配置のダンジョンを、マージンを十分取って攻略するのに必要なレベルは70だが、現在アスナはレベル87に到達し、キリトに至っては90を超えている。レンのは………想像するのも恐ろしい。

これならユイやマイを守りながらでも十分にダンジョンを突破できるだろうと思って、ほっと肩の力を抜く。

だがユリエールは気がかりそうな表情のまま、言葉を続けた。

「……それと、もう一つだけ気がかりなことがあるんです。先遣隊に参加していたプレイヤーから聞き出したんですが、ダンジョンの奥で……巨大なモンスター、ボス級の奴を見たと……」

「……………………」

アスナは、キリトと顔を見合わせる。

「ボスも60層くらいの奴なのかしら……。60層ボスってどんなのだったっけ?」

「えーと、確か……四本腕の、でっかい鎧武者みたいな奴だろう」

「あー、アレかぁ。……あんまり苦労はしなかったよね……」

ユリエールに向かって、もう一度頷きかける。

「まあ、それも、なんとかなるでしょう」

「そうですか、よかった!」

ようやく口許をゆるめたユリエールは、何かまぶしい物でも見るように目を細めながら、言葉を続けた。

「そうかぁ……。お二人は、ずっとボス戦を経験してらしてるんですね……。すみません、貴重な時間を割いていただいて……」

「いえ、今は休暇中ですから」

アスナはあわてて手を振る。

「暇を持て余してたとこだったしね」

お前が言うな、と全員がレンに心の中でつっこみを入れる。

そんな話をしているうち、前方の街並みの向こうに巨大な白亜の建築物が姿を現しはじめた。四つの尖塔が、次層の底に接するほどの勢いでそびえ立っている。

始まりの街最大の施設、通称『王宮』だ。ゲームが通常どおり運営されれば、何らかのイベントなりクエストなりが行われる場所だったのだろうが、開始直後からほぼ無人であり現在では軍が本拠地として占拠している。

ゲート広場を挟んで向かい側にある漆黒の宮殿『黒鉄宮』にはプレイヤーの名簿である『生命の碑』があるためアスナも数回訪れたことがあるが、王宮にはいまだかつて一度も足を踏み入れたことはない。

ユリエールはまっずぐ王宮の正門には向かわず、広場をぐるりと迂回して城の裏手に回った。

巨大な城壁と、それを取り巻く深い堀が、侵入者を拒むべくどこまでも続いている。人通りはまったく無い。

数分歩き続けたあと、ユリエールが立ち止まったのは、道から堀の水面近くまで階段が降りている場所だった。

覗き込むと、階段の先端右側の石壁に暗い通路がぽっかりと口を開けている。

「ここから城の下水道に入り、ダンジョンの入り口を目指します。ちょっと暗くて狭いんですが……」

ユリエールはそこで言葉を切り、気がかりそうな視線をちらりとキリトの腕の中のユイ、そしてレンと手を繋いでいるマイに向けた。

するとユイとマイは心外そうに顔をしかめ、

「ユイ、こわくないよ!」

「マイ、こわくないよ!」

と主張した。そのあまりにも酷似した様子に、レン、アスナ、キリトの口元に朗らかな笑みが浮かぶ。ここら辺は、本当の双子なんだなあ、と思う。

いまだ心配そうなユリエールに、アスナは安心させるように言った。

「大丈夫です、この子、見た目よりずっとしっかりしてますから」

「うむ。きっと将来はいい剣士になる」

キリトの発言に、アスナとレンは目を見交わして笑うと、ユリエールは大きくひとつ頷いた。

「では、行きましょう!」










「でええええええええ!」
 
右手の剣でずば―――っとモンスターを切り裂き、

「りゃあああああああ!」
 
左の剣でどか―――んと吹き飛ばす。
 
初めて見たキリトのユニークスキル《二刀流》は、なるほどこの手数ならばと納得できる勢いで次々と敵を蹂躙しつづけた。

ユイの手を引くアスナと、マイと手を繋ぐレン、金属鞭を握ったユリエールには出る幕がまったくない。

全身をぬらぬらした皮膚で覆った巨大なカエル型モンスターや、黒光りするハサミを持ったザリガニ型モンスターなどで構成される敵集団が出現する度に、無謀なほどの勢いで突撃しては暴風雨のように左右の剣でちぎっては投げ、ちぎっては投げであっという間に制圧してしまう。

アスナとレンは「やれやれ」といった心境だが、ユリエールは目と口を丸くしてキリトのバーサーカーっぷりを眺めている。

彼女の戦闘の常識からは余りにかけ離れた光景なのだろう。マイやユイが時折歓声を上げているので尚更緊迫感が薄れる。

暗く湿った地下水道から、黒い石造りのダンジョンに侵入してすでに数十分が経過していた。予想以上に広く、深く、モンスターの数も多かったが、キリトの二刀がゲームバランスを崩壊させる勢いで振り回されるため女性二人と子供三匹には疲労はまるでない。

「な……なんだか、すみません、任せっぱなしで……」

申し訳なさそうに首をすくめるユリエールに、レンは素知らぬ顔で答えた。

「いや、あれはもう病気だからねぇ……。やらせときゃいいんだよ、やらせときゃ」

「なんだよ、ひどいなぁ」
 
群を蹴散らして戻ってきたキリトが、耳ざとくレンの言葉を聞きつけて口を尖らせた。

それを見てアスナが意地の悪い笑みを浮かべる。

「じゃあ、わたしと代わる?」

「……も、もうちょっと」
 
アスナとユリエールは顔を見合わせて笑ってしまう。
 
銀髪の鞭使いは、左手を振ってマップを表示させると、シンカーの現在位置を示すフレンドマーカーの光点を示した。

このダンジョンのマップが無いため、光点までの道は空白だが、もう全体の距離の七割は詰めている。

「シンカーの位置は、数日間動いていません。多分安全エリアにいるんだと思います。そこまで到達できれば、あとは結晶で離脱できますから……。すみません、もう少しだけお願いします」
 
ユリエールに頭を下げられ、キリトは慌てたように手を振った。

「い、いや、好きでやってるんだし、アイテムも出るし……」

「へえ」
 
アスナは思わず聞き返した。

「何かいいもの出てるの?」

「おう」
 
キリトが手早くウインドウを操作すると、その表面に、どちゃっという音を立てて赤黒い肉塊が出現した。グロテスクなその質感に、アスナは顔を引き攣らせる。

「な……ナニソレ?」

「カエルの肉! ゲテモノなほど旨いって言うからな、あとで料理してくれよ」

「ぜったい嫌よ!!」
 
アスナは叫ぶと、自分もウインドウを開いた。キリトのそれと共通になっているアイテム欄に移動し、『スカベンジトードの肉×24』という表示をドラッグして容赦なくゴミ箱マークに放り込む。

「あっ! あああぁぁぁ……」

世にも情けない顔で悲痛な声を上げるキリトを見て、我慢できないといったふうにユリエールがお腹をおさえ、くっくっと笑いを洩らした。

その途端。

「「お姉ちゃん、初めて笑った!」」
 
マイとユイが綺麗にユニゾンして嬉しそうに叫んだ。彼女達も満面の笑みを浮べている。

アスナもそれを見て笑い、二人をぎゅっと抱きしめる。

「んじゃ、行こっか」
 
気負いの欠片もないレンの声に、一行は再びさらなる深部を目指して足を踏み出した。 
 

 
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「いよいよユイちゃん編クライマックスってとこだね」
なべさん「そ。すこしだけ裏話をしとくと、話のなかに出てくる『王宮』ってのは、私が作った言葉ではありません。原作の原作、つまりweb版にしかなかったというやつですな、ハイ」
レン「ここらへんは、小説では削ったのかな?」
なべさん「たぶん尺的な問題でね」
レン「やっぱ大変なんだねぇ」
なべさん「はい、とゆーわけで自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~♪」
──To be continued── 
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