ソードアートオンライン VIRUS
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ヨツンヘイム
「ぶえーっくしょい!」
リーファが女の子らしくないパワフルなくしゃみを炸裂させた。
「リーファ、大丈夫か?寒いなら俺のコート貸すけど?」
「いいよ、そしたらゲツガ君が寒いでしょ」
「俺はこういうのはなれてるから気にするなって」
そう言ってコートを脱いで横にいるリーファに渡した。リーファは申し訳なさそうにそれを自分にかぶせる。ゲツガは温かそうにしたリーファを見て微笑んでほこらの出入り口を見やる。
その奥にはいくつもの氷の柱がたくさん天蓋から垂れ下がっている。ここはアルヴヘイムの地下に存在するヨツンヘイムというたくさんの邪神級モンスターといわれる化け物が支配する氷の世界だ。
ゲツガは隣にいる相棒を見やると壁に背中を預けてこっくり、こっくりと船を漕いでいた。
リーファはそれを見るとキリトの耳を引っ張る。
「おーい、起きろー。そうじゃないと寝落ちしちゃうよー」
「だめだ、リーファ。キリトはそんなことじゃ起きないぞ」
リーファにそう言ってキリトの髪を引っ張りあげた。
「イテェ!痛い、痛い!!」
キリトはあまりの痛さに顔を歪めながら起きた。
「痛いな、ゲツガ。もうちょっと優しい起こし方を知らないのか」
「お前には優しい起こし方がまったく意味がないからだろ。それより、夢の中で考えていたか、脱出方法?」
「夢……。そういえばもう少しで食べれそうだったんだよな……巨大プリンアラモード……」
「……聞いた俺が馬鹿だった」
そう言ってゲツガは再びほこらの出入り口に目をやる。外は相変わらず雪が舞い、遠くの方で山のようなモンスターが蠢いているのが見える。ゲツガはため息を吐き、中心で焚いている焚き火を見た。
「まさか、あの村が丸ごとモンスターの擬態だったなんて……」
キリトがため息混じりに言った。リーファもため息を吐いて言う。
「ほんとよねぇ……。誰よ、アルン高原にはモンスターが出ないって言ったの」
「「リーファだろ」」
ゲツガとキリトが同時に指摘するとリーファはそっぽを向く。
「記憶にございません」
そう言った再びため息を吐いた。なぜ、今こんなところに居るかというと少し時間を遡ることになる。
あれは領主会談を終えてしばらくしてのことだった。俺らはそろそろ落ちようと謎の村を発見してそこでログアウトしようと村の大きな宿屋に入ろうとした時、村を構成していた三つの建物が崩れると、ぬるっとした肉質の瘤が現れた。
そしてその瞬間、地面がぱっくり割れてその中に飲み込まれた。そして、ゲツガ達はそのまま、モンスターの消化器官の中に三分間もの間その中に詰めこめられた後、ここに放り出されたのだ。あの擬態モンスターはどうやらこの世界へと移動するためのトラップだったようだ。
で、現在、ここに来て一時間。このほこらで脱出プランを考えている。
「ええと……脱出プラン以前に、俺は、このヨツンヘイムつう世界の知識ゼロなんだけどな……」
「俺もゼロだぞ、キリト。寝てる暇があるなら少しはマシな案を考えろ。プリンアラモードなんて夢で食ってないでな」
そう言ってゲツガは考える。キリトは少し考えた後思い出したように口にした。
「たしかここに来る前、シルフの領主たちが言ってたよな。俺の手持ちのコイン渡した時、『この金額を稼ごうと思ったら、ヨツンヘイムで邪神をからないと』とかなんとか」
「あーそういえば言ってたな」
「うん、たしかに言ってた。……そう言えばキリト君はそのお金どこで稼いでたの?」
聞かれたキリトは少しビクッとするとしばらく考えているのか黙っている。そしてぼそぼそと答える。
「あれは、結構前にやめてった友達に譲ってもらったんだ。前にこのゲームを相当やりこんで今はもう引退した友達から……」
「ふぅーん」
リーファは特に疑ったりしなかったのでキリトは安心したように息を吐いた。そしてリーファはキリトに話題を戻して聞いた。
「で、なんだっけ、サクヤの台詞がどうかしたの?」
「あ、そういうことね」
ゲツガはキリトが言いたいことに気付きニヤッとする。リーファはまだ分からないらしく聞いた。
「ねぇ、どういう意味よ」
「いや、領主さんがああ言ってたことは、このフィールドで狩りをしているプレイヤーもいるんだよな?」
「いるにはいる……いるみたいね。もしかして、そのプレイヤーに助けてもらうって事?」
「まあ、そういう感じ。さっきのモンスターみたいに一方通行ルートじゃなくて、双方向で行き来できるルートまで案内してもらおうってこと」
「まあ、それもアリね。あたしはここが初めてだから知らないし、ここにいるプレイヤーに聞くほうが確実だしね。じゃあ、とりあえず出口にいかないとね」
そう言ってリーファはマップを開く。
「たしか出口がこことこことこことここあたりにあるはずだから……私たちがいる場所がここだからこの出口に行けばいいね。でも……」
リーファは肩をすくめて付け加える。
「各階段には邪神が守護してるのよ」
「その邪神ってどのくらい強いの?」
のんきなキリトにジロっと睨んでからリーファは答える。
「いっくら君やゲツガ君が強くても今回ばかりどうにもならないわよ。噂じゃ、このフィールドがオープンした直後に飛び込もうとしたサラマンダーの大パーティーが、最初の邪神にサクッと全滅したらしいわ。ちょっと前に君たちが苦戦したユージーン将軍やバルダも邪神を相手に十秒も持たなかったらしいとか」
「そりゃまた……」
「なんとチートな……」
「今じゃあ、ここで狩りをするには、重装備の壁役プレイヤー、高殲滅力の火力プレイヤー、それに支援・回復役のプレイヤーがそれぞれ最低八人必要ってのが通説ね。二人の軽装剣士と軽装の弓兵じゃ何もできずにプチンっと踏まれるのがオチだわ」
「そいつは勘弁」
「ああ、もう一度スイルベーンからやり直しはしたくないしな」
そしてリーファが付け加えるように言う。
「ま、それ以前に、九分九厘階段まで辿り着けないけどね。この距離を歩いたら確実にはぐれ邪神を引っ掛けて、タゲを取られる間もなく即死だわ」
「そうか……空でも飛べたらいいんだけどな……」
「それができたら苦労しないだろ」
「そ。月の光がなくちゃ翅の飛行力も回復させることもできないし、ましてやここは洞窟。インプ以外の種族は空を五秒も飛ぶことは不可能」
「そうだよなー。となると、最後の望みは邪神狩りの大規模パーティーと合流させてもらって一緒に地上に行くぐらいだな」
「そうなんだよねー……」
みんなはほこらの出入り口に眼を向ける。どこまでも続く雪原。その奥にはたくさんの山みたいに動く邪神たち。その影の中にプレイヤーのものは当然ながら見当たらない。
「……このヨツンヘイムは、地上の上級ダンジョンに代わる最難易度マップとして最近実装されたばっかりだから降りてきてるパーティーなんて片手で数えられる数かいないかのどっちか。偶然このほこらの近くに来る可能性なんて、あたしたちだけで邪神に勝つ可能性よりも少ないかも……」
「リアルラック値が試されるなあ」
「それなら、キリト。お前、結構高いんじゃね?前にレアアイテムゲットしてたじゃねえか」
「そんときはそんとき。今は関係ない」
そう言って身体を一度伸ばす。そして膝の上で眠るユイの頭をつついて起こそうとする。
「おーいユイ、起きてくれー」
ユイは二、三度瞬きをしてから、身体をむくりと起こして、大きく身体を伸ばした。
「ふわー……。おはようございます、パパ、お兄ちゃん、リーファさん」
「はよーっす、ユイ」
「おはよう、ユイ。残念ながらまだ夜で、まだ地底だけどな。悪いけど、近くに他のプレイヤーがいないか、検索してくれないか?」
「はい、了解です。ちょっと待ってくださいね」
そう言って目を閉じる。すぐに目を開けたが申し訳なさそうに長い耳を垂れさせながら首を横に振った。
「すみません、わたしがデータを参照できる範囲内に他のプレイヤーの反応はありません。いえ、それ以前に、あの村がマップに登録されていないことにわたしが気付いていれば……」
しょんぼりするユイをリーファは撫でる。
「ううん、ユイちゃんのせいじゃないよ。あの時はあたしが、周辺プレイヤーの索敵警戒を厳重に、なんてお願いしちゃったから。そんな気にしないで」
「そうそう。そんなに気にしなくていいぞ」
「……ありがとうございます、お兄ちゃん、リーファさん」
ユイに微笑む。リーファも同じ行動をしてゲツガとキリトを見る。
「ま、こうなったらやるだけやってみるしかないよね」
「やるって……何を?」
「もしかして、行くのか?」
リーファは不敵な笑みを浮かべる。
「そう。あたしたちだけで地上の階段に到達できるか、試してみるのよ。このままここで座ってても、時間が過ぎていくだけだもん」
「で、でも、さっき絶対無理って……」
「おいおい、キリト。やる前から諦めてどうすんだよ。大体、リーファは九分九厘って言っただろ?残り一パーセントの可能性がある。な、リーファ」
「うん、残り一パーセント賭けてみよ。はぐれ邪神の視界と移動パターンを見極めて、慎重に行動すれば可能性あるわ」
「リーファさん、かっこいいです」
ユイは小さな手で拍手を送る。リーファは立ち上がろうとするが、ゲツガはコートを握ってそれを止めた。
「な、なに?」
よろけながらリーファは座る。ゲツガはリーファの目を見て言う。
「ここまででいい、リーファはログアウトしてくれ。アバターが消えるまで俺らが守るから」
「え、な、何でよ?」
「リーファってリアルじゃ学生なんだろ?もう二時半も回ってるし、徹夜したら学校もあるだろうし、これ以上は付き合って貰うわけにもいかないだろ」
「……」
そう言うとキリトも言った。
「そのほうがいいよ。直線的に歩いてったてどれだけかかるか判らない。それにあんな馬鹿でかいモンスターの索敵範囲を避け続けたら、移動距離は倍になるかもしれない。階段に辿り着いたとしても朝方になってると思うし。俺らは何が何でもアルンに行かなきゃいけない理由があるけど、今日は平日なんだし、君は落ちたほうがいい」
「べ……別にあたしは平気だよ、一晩くらい徹夜したって……」
ゲツガはリーファの腕から手を離して頭を下げる。キリトも同様に頭を下げた。
「リーファ今までありがとう。リーファがいなきゃ、この世界の情報収集だってままならなかったし、たった半日でここまで来れたのはリーファのおかげだ。どれだけお礼を言ったて足りないくらいだ」
「俺も同じく」
ゲツガが言った後、キリトも言った。すると少し拗ね気味な様子で言った。
「……別に、君たちのためだけじゃないもん」
「え……」
ゲツガはキリトと顔をあげて顔を見合わせる。リーファを見ると目を逸らして硬い声で言う。
「あたしが、あたしがそうしたかったからここまで来たんだよ。それくらい、解ってくれてると思ってた。何よ、無理して付き合ってもらう、って。じゃあ、ゲツガ君たちは、あたしが今まで嫌々同行してたって、そう思ってるの?」
「いや、そんなことは思ってない」
ゲツガが言い終わると同時にばっと立ち上がり、ほこらの入り口のほうに歩いていく。
「じゃあ、何でそんなこというの?あたしは……今日の冒険、ALO始めてから一番楽しかった。どきどき、わくわくすることいっぱいあったよ。ようやくあたしにもこっちの世界ももう一つの現実なんだって信じられる気がしていたのに……」
そしてリーファが外に出ようとしたとき、とてつもない大音響が響いた。
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