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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode4 RUN!RUN!RUN!3

 「ブモオオオオオオ!!!」
 「っ、なんだ!?」
 「止まるなっ! 走れっ!」

 並んで下りの荒れ地を駆け抜ける俺とキリトを、背後からの吠え声が引き留めた。さらには聞こえるのは、大型のモンスターによる突進の足音。立ち止まろうとするキリトに足を止めないように叫びながら、続けて説明する。

 「大丈夫だ! あれは『ビーンイートボア』! このクエストの一応のボスで、森を出たところで追い掛けてくる奴だ!だが今回は俺達は相手をしないで、『冒険合奏団』の奴らが足止めすることになっている!」
 「嫁さん大丈夫かよ!?」
 「ああ、レベル的には十分安全圏だし、ドロップも考えなきゃだしな、ってか誰が嫁さんだ!? そんなんじゃねえぞ!?」

 クエストの中ボスだが、ここは四十三層。レベル的にはレミ、ファーでも十近いアドバンテージがある。ソラに至っては現在レベルは六十を超えている。三人がかりなら俺抜きでも十分に対処できるはず。

 少し、真面目な話をしよう。

 このクエストは俺が一人でたまたま発見したものだが、それからすぐに情報書を書き、中層フロアの面々に注意を呼び掛けたのだ。理由は一つ。このクエストが、限定的とはいえ転移結晶の使用を制限する効果を持っているからだ。『圏外』では、何が起こるか分からない。非常時に一瞬で村へと帰ることができる転移結晶は、プレイヤーにとって必要不可欠な保険といえるだろう。

 その生命線の使用が、森でクエストアイテムを取ってから村に帰るまでの短い間ではあるが使えなくなる。知らないでその状況に陥って、このボスに出逢って混乱するプレイヤーが出ないとも限らない。

 「で、あれはほっといていいんだな!?」
 「おお! 突進の直線移動はかなりのものだが、小回りは効かないから比較的戦いやすい! そのために森の出口近くで待機してるあいつらがしっかり足止めして、」

 …どー……しーどー…

 っておい。足止めされているはずがなんでここまでついて来てるんだこの巨大イノシシ。

 「ソラっ!? おい、どういうこったこれ!?」
 「ごめーんっ! コイツどうやら憎悪値(ヘイト)関係無く《ダークライトビーン》持っているヒトを狙い続けるみたいっ! 槍でも挑発(タウント)でもこっちに惹きつけらんないよっ!!!」
 「はあっ!!?」

 ちらりと目線をやると、昔の名作アニメ映画の巨大イノシシよろしく体に槍やらの何やら突き刺さった茶褐色の巨体が、わき目も振らずに俺らに突進してきていた。

 くそっ。こんな特に何も無いフロアのクエストボス如きに、そんな専用のAIが組まれているとは。このイノシシ、見た目通りに突進攻撃の威力はなかなかのものだが、そのほかの牙での突きや噛みつき、踏みつけはそれほどの脅威ではない。だがその分突進のスピードはなかなかのもので、このまま逃げ切るのはちょっと難しいだろう。

 そしてなにより。

 「おいっ、シド!」
 「ちっ、分かった!」

 このままいけば、恐らく主街区で俺達を待っているであろう、観客たちを巻き込む可能性がある。さすがに低レベルの面々は『圏外』に出ていることはないとは思うが、なにせあのお祭り騒ぎだ。気が緩んでいる可能性も、否定できない。

 そして、正直時間に関してはかなり余裕がある。俺とキリトのスピードは現在の最前線でもトップクラスにあるだろうし、その全力疾走でここまで来たのだ。あのイノシシを叩き潰すくらいの余裕は、十分にある。何より、戦闘は副業である俺とは違って、戦闘に関してもエキスパートであるキリトがいる。

 「一気に片づけるぞ!」
 「おおよ! 大技でいくぜ!」

 キリトと瞬時に目配せし、足元から派手な土煙を巻き上げての急制動。直後に反転してイノシシに正対して構えを取る。俺の四、五倍はあろうという巨体は結構な迫力だが、その体にはソラが放ったのだろう投げ槍が数本刺さって貫通継続ダメージを与え続けており、そのHPは七割ほど。

 「いくぞっ!」

 キリトが凄まじい速さで背中の片手用ロングソードを抜き放ち、目一杯に引き絞る。突進を迎撃するための、突進系のソードスキルの構え。その剣が激しいエフェクトフラッシュを帯び、ジェット機めいた轟音が鼓膜を震わせる。

 『片手剣』カテゴリ重攻撃ソードスキル、《ヴォーパルストライク》。
 その必殺の一撃。

 「それには及ばない。任せたまえ、キリト君、シド君」

 が、放たれる直前に、後ろから唐突に涼やかな声が聞こえた。

 虚を突かれたキリトがぎりぎりで技を止めた瞬間、俺とキリト二人の間を、真っ赤な影が横切る。影はそのまま、眼前で猛るイノシシを左手に構えた盾で真正面から迎撃する。

 無茶だ。

 突進系のソードスキルならまだしも(それもキリト並みの筋力と武器があってこそだが)、ただの盾一つで体重差のある相手の突進を受け止めるなんて。下がれ、と叫ぼうとしたが一瞬間に合わず、凄まじい轟音とともに二つの影が激突し、

 「なっ!」
 「おおっ!」

 イノシシが、まるで破壊不能オブジェクトにでも衝突したように大きくつんのめった。対する赤い影は、全く押される様子なくがっしりとその突進を真正面から受け止めて、そのままの体勢で振り返った。その男は。

 「こういったお祭に、私も是非呼んで欲しいものなのだがね。どうしてかこういったイベントの類は私には連絡が来ないのだよ。私もプレイヤーの一員なのだが」
 「ヒースクリフ!」

 あろうことか『攻略組』…いや、全プレイヤー中最強の呼び名の高い有名人だった。

 俺達の元へと向かおうと必死に足を動かすイノシシの鼻面を、涼しい顔で盾で力づくで押さえつけている。信じられないほどの力と、盾の防御力だ。アインクラッド最硬の称号もうなずける。あっけに取られて固まったままの俺達に向かって一言。

 「ここは私に任せてくれたまえ。シド君に、四十七層で助けてもらった借りの分だ。そして何より私自身、あのクエストを君たちがどれくらいのタイムでクリアするのかを見てみたい」

 硬質な表情はそのままだが、その真鍮色の目がすっと細められる。
 俺とキリトが、同時に頷く。

 「すまん、ヒースクリフさん!」
 「まかせた!」

 思わぬ援軍の力を借りて、俺達はまた走り出した。
 既に荒れ地を抜け、主街区がはっきりと見え始めている。
 レースは、とうとう終盤に差し掛かっていた。


 
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