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マノン=レスコー

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第一幕その四


第一幕その四

「貴女のような方が修道院に」
「はい」
 悲しい顔のまま答える。
「残念ですが」
「それはいけない」
 デ=グリューはついつい言った。
「そんなことは」
「おい」
「ああ、わかってるさ」
 二人の後ろではエドモンドと仲間達がひそひそと話をしている。彼等は何か考えているようであった。だがデ=グリューはそれに気付かずさらにマノンと話を進める。
「どうしてもですか」
「もう決まったことです」
 マノンは答える。
「このドレスもそうなのです。最後だからと我儘を言って」
「いえ、最後にはなりません」
 デ=グリューは胸を張って言ってきた。
「僕でよかったらお力に」
「助けて頂けるのですか?」
「勿論です」
 毅然として答える。
「ですから御安心下さい」
「わかりました」
「おいマノン」
 ここで店の外からマノンを呼ぶ彼女の兄レスコーの声がした。
「ちょっと来てくれ」
「兄の声ですわ」
 そう言って顔をあげる。
「あの人が貴女を」
「はい。行かなければ」
「戻って来られますね?」
「残念ですが」
 その言葉の返事はデ=グリューが期待したものではなかった。哀しい顔をして俯く。
「そんなことは仰らずに」
「努力はしてみます」
 マノンもこのまま行く気はなかった。それで答える。
「ですからお待ちになって下さい」
「ええ」
 マノンはすっと立ち上がる。デ=グリューはそれを静かに見送る。見送ってから言うのであった。
「僕は今まであのような美しい方には出会ったことがない。彼女になら言える。愛していると」
 一人胸のうちを呟く。
「マノン=レスコー、その名前が僕の心に響く。何と綺麗な、素晴らしい名前なんだ」
 その名前が忘れられない。そのうえでまた言う。
「この名前の囁きは心に消えない。いや、何があっても消しはしない」
 そう呟く彼のところにエドモンド達がやって来た。そして彼に言う。
「惚れたみたいだね」
「君達か」
 デ=グリューは彼等に顔を向けて我に返った。
「その通りさ。悪いかな」
「いや、まさか」
「大いに結構なことだ」
 彼等はそうデ=グリューに言う。
「やっと君も好きな人ができたようだな」
「いやあ、何より何より」
「しかしだ」
 エドモンドがここで忠告してきた。
「彼女は修道院に入るんだって?」
「そうらしいね」
 デ=グリューはそれに答える。
「何とかしたいけれど」
「果たして本当に修道院に行くのかな」
 エドモンドはそれに疑問符をつけてきた。
「怪しいぞ」
「何でそう言えるんだい?」
「勘さ」
「勘!?」
「そうだ。彼はどうやら妹さんを修道院に入れるのには積極的ではないらしい」
「そうなのか」
「考えて御覧なさい」
 娘達も言ってきた。
「それならすぐに修道院に向かうでしょう」
「何でこの酒場で一休みなのかしら」
「じゃあ」
「ああ、ちょっと様子を見た方がいいな」
 エドモンドはこう述べる。
「わかったな」
「うん、それじゃあ」
 頷くとそこにレスコーが戻ってきた。着飾った老人と一緒である。何か目一杯派手な服を着て無理をして立派に見せている感じである。
「あら」
 その老人を見た娘の一人が声をあげた。
「どうかしたの?」
「ええ、あの人だけれど」
 友達に言われて答える。
「ジェロントさんじゃない。ジェロント=デ=ラヴォアール」
 奇しくもデ=グリューと同じイタリア系だ。
「王室の財政管理をしている方よ」
「そうなの」
「ああ、あの成り上がりの」
 エドモンドは彼の名を聞いてこう言った。ジェロントは元々大金持ちで金で爵位と官職を買ったことで知られているのだ。ブルボン王室は宮廷の贅沢を維持する為に売官を行っていたのだ。これはルイ十四世の晩年からはじまった。彼は戦争に建築に贅沢と浪費に明け暮れた為そうしたことも行っていたのである。
「そうね」
「その彼がどうしてあの人の兄さんと」
「それは今から見よう」
 エドモンドはそうデ=グリューに返した。
「いいね」
「わかった」
「それでですな」
 ジェロントはレスコーに声をかけていた。
 
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