ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
本編
第51話 油断大敵……分かっていたのに
こんにちは。ギルバートです。ちょっと洒落にならない状況になっています。いえ、かなり洒落にならない状況になっています。アルビオンで想定外に早く事態が動いたと思ったら、同時にガリアの方でも動きがありました。
シャジャルとティファニアは絶対に助けねばなりませんが、無能王誕生も避けたい事態です。しかし私の体は一つしかないので、両方を一度に対応する事は出来ません。そこで現状を踏まえた上で、私は緊急性が高いアルビオンの方へ向かう事にしました。
しかしガリアの方も放ってはおけません。そこでガリアの方へは、別の人を派遣する事にしました。今はその人を待っている所です。
「待たせたな」
はい。ガリア側を任せるのはビターシャルです。
「申し訳ありません。緊急事態だったので、突然呼び出してしまいました」
「……何があったのだ?」
そんな警戒心バリバリの目で見ないでください。厄介事を押し付けるみたいじゃないですか。……そうだけど。
「急いでいるので単刀直入に言います。ガリアへ潜入して、ジョゼフ王子に接触して下さい」
ビターシャルの目が細くなりました。警戒していますね。
「カトレアの能力については、ビターシャルも気付いていますね?」
私がそう言うと、ビターシャルは頷きました。
「カトレアは公爵家の息女です。他国の王族とも会う機会はありました。その中にはガリアの王子である、ジョゼフ王子やシャルル王子も含まれています。……そう。虚無の担い手であるジョゼフ王子とも会っているのです」
カトレアがジョゼフ王子に会ったと言うのは嘘ですが、これが一番説得力があるでしょう。そして虚無の担い手と言う言葉に、ビターシャルの顔が一気に引き締まりました。
「彼は世間一般では、情が薄く狂人であるとされています。しかし実際には、同じ視点に立てる者に飢えている寂しがり屋なのです。そんな彼が唯一認めているのが、弟のシャルル王子なのです。そんなジョゼフ王子が、弟のシャルル王子を失ったらどうなると思いますか?」
「……」
返ってきた答えは沈黙でした。そりゃ分かりませんよね。
「カトレアが言うには、狂気に取りつかれるそうです。それもただ虚無の力を暴走させるのではなく、冷静に……冷徹に……効率良く、全てを破滅へと導く悪魔になる。……と、カトレアは言っています」
ビターシャルの顔が大きく歪みました。
「もちろん可能性が高いだけで絶対ではありません。ビターシャルにお願いしたいのは、そうならない様にシャルル王子を守ってもらいたいのと、ジョゼフ王子が狂気に取り憑かれた時に被害が少ない方に誘導してほしいのです」
無能王誕生阻止と、それが無理ならタバサだけでも助けたい。と言うのが本音ですね。
「しかしビターシャルから見れば、自分が行く理由は無いと思います。そこで報酬を用意しました」
私はそう言いながら、魔法の道具袋を取り出しました。
「ドリュアス領とネフテス間の流通ルートが確立するまで、こちらの魔法の道具袋をお貸しします。それからフルーツ代は最初の3回まで私が出します」
ビターシャルの様子から、一刻も早くフルーツをネフテスに持ち帰りたいはずです。この条件は彼にとって、渡りに船と言っても良いでしょう。しかしビターシャルは、出された条件に不快そうに顔を歪めました。
「その道具袋は、精霊から貸し与えられた大事な物と記憶している。この様な事で……」
「逆です。それだけ私達が、ジョゼフ王子を危険視していると言う事です。それから引き受けてくれるなら、これもお貸しします。ジョゼフ王子と接触する時に利用できるでしょう」
そう言ってから、私はインビジブルマントもビターシャルの前に突き出しました。
「これは。……ジョゼフ王子とは、そこまで危険視する存在なのか?」
「はい」
私は躊躇う事なく頷きました。そして続けます。
「それとレンも付けます。足代わりに使ってください。ネフテスとの往復にも使ってくれて構いません」
この場にカトレアとレンは居ませんが、念話でビターシャルに付ける事は言ってあります。その間カトレアの足は、イルに担ってもらいます。
「分かった。その依頼引き受ける。それとあの剣の封印……」
「却下!! っと、ありがとうございます。私はこれから急ぎ、アルビオンへ向かわなければなりません。レンも私と念話が出来るので、何かあればレンを通して私に問い合わせてください」
「!?」
私とレンが念話出来る事に驚いていますね。これで私とレンの関係が……ひいては私とカトレア、ティアの関係が芋蔓式にばれるかもしれませんが、そんな事を今は気にして居られません。それとアロンダイト(女の子)は封印しません。ディーネがマジ泣きするし、八つ当たりでボコボコにされたくはありませんから。
「ティア」
私が外に飛び出すと、既にティアが風竜の姿で待機していました。
「出発しますよ」
私が飛び乗ると、ティアは大空へと飛び立ちました。
休憩も挟まず一気にアルビオンのサウスゴータへと入りました。
「ティア。あ疲れ様です。私はマギ商会のサウスゴータ支部へ行きます。後で合流してください」
ティアは頷くと、近くの森の方へ飛び立ちました。私は地図を引っ張り出し、シティオブサウスゴータの中にあるマギ商会サウスゴータ支部を探します。途中で気付きましたが、街の様子に別段変った所は無いのです。恐らく大公家襲撃が、まだ知れ渡って無いのでしょう。
支部に到着すると、私はそのまま中に入ります。
「お待ちしておりました。支部長の所へご案内します」
中に入ると受け付けらしき女性が、立ち上がり私に話しかけて来ました。私は頷き女性の後に続きます。そしてその時に気付きました。私の格好は、普段余所に行く時に着るいつもの服装です。この女性も黒髪の貴族だったので、一発で私だと分かったのでしょう。
チィ
ビクゥ
思わず舌打ちをしたら、受付の女性に怯えられてしまいました。焦りの所為でイライラしているとは言え失敗です。
「変装し忘れたのは迂闊ですね。失敗しました」
言い訳の様に私が呟くと、女性は小さくホッと溜息を吐きました。平民にとって貴族は恐怖の象徴ですから、この反応も仕方が無いのでしょう。ドリュアス領内ならこの様な反応はされないのですが、領外だとこんな物ですか……。
「こちらが支部長室です」
そうこうしている内に、支部長室に到着しました。女性にノックしてもらい支部長室に入ると、そこにな何度か顔を合わせた事がある初老の商人が居ました。確か彼も資料庫を建設した時に見た顔です。アンリもそうですが、あの時の面子は出世している様ですね。確か名前は……。
「ブノワです。お久しぶりです。坊ちゃん。大きくなられましたな」
確かオーギュストの紹介で来た、マギ商会の設立メンバーでしたね。設立メンバーの最年長で、カロンやアンリ達の師匠的立場の人だったはずです。資料庫建設の時も若いメンバーに指示を飛ばしていました。まさにマギ商会の父と言っても良い人ですね。
「お久しぶりです。ご健勝の様でなによりです」
「まだまだ若い者には負けられませんよ」
笑うブノワですが、このままユックリと話しても居られません。
「早速ですが……」
「まあ、そうお急ぎになる事もありませんよ」
そこでブノワの柔和な笑みが消えました。
「今情報を集めさせています。……襲撃犯は雇われ傭兵のみで構成されていました。その中に我々の息のかかった者を潜り込ませたので、もう直ぐ報告が上がって来るでしょう」
何でもない事の様に言うブノワですが、言うほど簡単な事ではありません。既に傭兵達にエルフが関係している事がばれているハズですし、これ以上情報を集めようとすれば、マギ商会とエルフの関係が噂になる可能性もあります。
もちろんその程度の噂なら、いくらでも誤魔化し様があります。しかしマギ商会は最近参入してきた新興の商会なので、既存の商会に煙たがられているでしょう。この噂を利用して神官を巻き込めば、かなり効果的な風評攻撃にする事が出来ます。もし、そうなれば……
「エルフが関係しているのですが、大丈夫なのですか?」
「そう心配そうなさらないですださい。商会に被害を出す様なドジは踏みませんよ」
笑顔でそう口にしたブノワですが、これはかなり難しい問題です。なら……
「私の方で手は考えてあります。任せてもらえますか?」
「!? ……はい。坊ちゃんがそうおっしゃるなら」
よし。言質は取りました。それにこの策はマギ商会に疑惑を持たせないだけでなく、アルビオン崩壊に待ったをかけられるかもしれません。
「さて、やりますか」
と気合を入れましたが、先ずは情報を待たなければなりません。待機……の前に準備ですね。
---- SIDE マチルダ・オブ・サウスゴータ ----
「何処へ行った!?」
「確かにこっちに来たはずだ!!」
「たかがガキと女の2人に何てこずってんだ!!」
「うるせえ!! それより何処に行ったかだ!!」
「そっちにガキでも降りられそうな崖があった。そっから飛び降りて森の西側に逃げたのかもしれねえ」
「それは面倒だな。早くしないと別の奴らに手がら取られっちまう」
「急ぐぞ!!」
ドスドスと言う音と共に、野太い声が遠のいて行く。そして小さな茂み(人が入れない小さな茂みの下に、《錬金》で窪みを作り隠れた)の中から音を立てない様に慎重に外を覗くと、どうやら近くに人はいない様だ。
(行ったみたいだね。わたしが土メイジだと知られてなくて良かったわ)
内心でホッと溜息を吐いて、先程から言う事を聞いてくれない心臓を落ち着かせる。
「……ね ねえさん」
すると胸の中から不安そうな声が聞こえた。
「大丈夫だよ。テファ。さっきから走り通しだったからね。少し休もう」
不安を振り払うように強く抱き締める。この子も不安なんだろう。必死に抱きしめ返してくれた。
今回は追手達を上手くやり過ごせたが、運が良かったとしか言いようが無い。このままでは、捕まるのも時間の問題だろう。だから ……如何すれば良いのか? ……如何してこうなったのか? ……如何すれば助かる事が出来るのか? と、必死に頭を巡らせる。
如何すれば良いかなんて決まってる。このまま隠れながら、追手から逃げ延びる以外に助かる道は無い。それはテファの母であるシャジャル様や護衛の風メイジが、問答無用で殺された時に嫌と言う程思い知らされた。
(唯一の救いは、その光景をこの子が見て居ない事くらいかね)
心の中で1人愚痴った。そして思い出したくもない事を思い出す。
襲撃があった後、わたしを含めテファ、シャジャル様、護衛の風メイジ(ラインメイジ)の4人で大公邸を脱出した。追手と鉢合わせしたら終わりなので、逃走先の安全確認必須と言える。そしてわたしが、偵察から帰った時だった。横道から追手が飛び出して来て不意を打たれたのだ。耳の良いエルフや風メイジ対策なのだろう。奴等はご丁寧に、音をさえぎるマジックアイテムを持っていた。
足止めしてくれた風メイジが首を飛ばされ……そして、囮となってくれたシャジャル様の胸を剣で刺された。そしてわたしは偵察の為に、護衛の風メイジに《遠見》の魔法をかけてもらっていたので、その効果がまだ残っていた。宙を舞う風メイジの首に、シャジャル様の背中から生える剣。それをモロに見てしまったのだ。
……思い出しただけで背筋が寒くなるね。
「お母さん達は大丈夫かな?」
「そうだね。きっと大丈夫だよ」
……お願いだからそんな事聞かないでおくれよ!!
喉元まで出かかった弱音を飲み込む。今はそんな事を言っている時ではない。
「追手達は大分離れたみたいだね。そろそろ移動しよう。テファ。大丈夫かい?」
「うん。頑張る」
「良し。良い子だ」
逃げ延びる為の最後の希望は、この森の北側にある樵の小屋だ。そこには爺さんが1人住んでいる。この爺さんはモード大公子飼いのメイジで、テファの事を知らされている1人だ。その爺さんに頼んで、馬車で包囲網の外へ連れ出してもらえば、目の前の危機を脱する事が出来る。
「行くよ」
「うん」
テファを連れて慎重に歩きだす。追手は今わたし達を見失い森全体に広がっている。恐らく一度見つかれば、その追手が集まって来てしまう。もし振り切れたとしても、隠れながらの移動は難しい……いや、不可能だろう。つまり次に見つかったらアウト……か。
細心の注意を払い、追手達が少しでも近付くと先程と同じ方法で隠れる。そしてディテクトマジック《探知》を密に使い、自分達の位置を見失わない様にする。ラインクラスのわたしでは、精神力が少々キツイが背に腹は代えられない。テファも辛いだろうに良く耐えてくれている。
(……あと少し)
それが油断につながったのだろう。本来なら一端隠れなきゃならない所を、そのまま進んでしまったのだ。そして……
「いたぞ!! こっちだ!!」
(しまった!!)
「ねえさん」
「テファ!! 走るよ!!」
「う うん」
テファの手を引き走る。このまま樵小屋に行けば、爺さんも巻き込んで殺される事になってしまう。一端樵小屋から離れて、追手を撒いてからでないと不味い。絶対に諦めない。……そう決心して懸命に足を動かす。テファも必死に着いて来てくれている。藪や茂みを利用して、追手から距離を取る様に走った。
「……しつこいね」
「はぁ はぁ はぁ」
(テファももう限界だって言うのに、このままじゃ……)
身を隠すタイミングが見つからないまま走っていると、急に目の前が開けてしまった。
「しまった!! 森から……」
直ぐに引き返そうとするが、森の中からは野太い男の声がいくつも聞こえる。今戻れば捕まるのは確定。周りの風景を確認すると、遠くに別の森が見えるがそこまでとても逃げ切れない。森までの間に樹が数本点在しているが、とても隠れられないだろう。
(ダメ……か)
ほんの一瞬頭をよぎった弱音が、わたしに疲労を自覚させ足を地に縫いとめる。
「はぁ はぁ ……ね えさん」
(いや、諦めてなんかやるもんか!!)
思わずテファを抱きしめる。だが、打開策が見つからない。悔しさのあまり視界が滲む。
「もう逃げないのですか?」
「ッ!?」
反射的にテファを抱きかかえ、声がした方から少しでも距離を取ろうとする。しかし、一度噴き出してしまった疲労の所為で体がついて来ず、数歩よろめくにとどまってしまった。横目で確認したが、相手は目深にかぶったフード付きローブで顔は確認できない。……声からしておそらく男で、身長は女のわたしより少し低い位だろう。
問題は、ローブの隙間から見える剣。そして、手に持った……杖。
(死んだ)
私はこの時、そう確信していた。しかし待っても、痛みも感じなければ意識も途切れなかった。
「……そろそろ良いですか?」
「あれ?」
「とりあえず、このスキルニルに2人の血を付けてください。使い方は分かりますね?」
「あ ああ」
「それからティファニアの髪を一房切り、まとめてから血を付けてください」
呆気にとられたわたしは、もはや言われるままに動いていた。わたし達が生き残るには、この男に従うしかないと途中で気付いたのもある。いや、正確には気付いたのではなく、縋っていたと言うのが正確だろうね。
《錬金》で作ったナイフで自分の手を切り、スキルニルを作動させる。そして、次は……
「ねえさん」
「ちょっと痛いけど我慢しておくれ」
「う うん」
だけど、髪を切るのと血を取るのは辛いわ。テファも女の子だからね。切った髪や血を取った傷跡をしきりに気にしてる。何か嫌われ役押し付けられたみたいで腹立つね。……半ば現実逃避にそんな事を考えるが、今は冷静にならねばと脱線しかけた思考を元に戻す。
(しかし、このスキルニルは上手くわたし達に化けたけど、動くどころか直立も出来ないし壊れた人形みたいで気味が悪いね。……まるで死体みたいだ)
そんな事を考えていると、男がわたし達に近づきヒーリング《癒し》の魔法を発動する。なかなかの熟練度だね。これなら傷跡も残らないだろう。どうやらこいつは水系統のメイジみたいだね。そう思っていると、男は自分の物と同じフード付きローブを取り出して渡して来る。
「それを目深にかぶって、絶対に顔を見せない様にしてください。……急いで」
男が森の方を気にしている。追手が近い事を悟ったわたし達は、急いでローブをはおり顔を隠した。そうしている間に、男はわたし達のスキルニルを2体重なる様に地面に放り出す。そして懐から取り出した皮袋の中身を、その上に盛大にぶちまけた。……鉄と生臭いにおい。血だ。
更に男は剣を抜くと、剣先をスキルニルに擦り付け剣にも血を付着させる。
「これで準備完了。っと、それか……」
男が何か言いかけた所で、追手の傭兵達が森から飛び出して来た。そいつ等は目の前の光景を見て……
「マジかよ。先、越された!!」
「手柄取られちまったよ」
口々に悔しがる傭兵達。そんなにわたし達を殺したかったのか……。強い殺意が湧いて来たが、ここで見つかる訳には行かないと必死に押し殺す。
(ここにはテファが居る……我慢しろ。ここにはテファが居る……我慢しろ。ここには……)
「そんなに手柄が欲しいか?」
不意に響いたその言葉に、先程から騒がしかった傭兵達が静かになる。
「手柄はお前達にやっても良い。と言うか、余は手柄等に興味は無い。貴様等にくれてやる。余はこの紛い物の存在が許せなかっただけだからな」
そう言いながら、男はテファのスキルニルの前に膝く。そして自身の体を傭兵達のブラインドにしながら、髪を切り取り結ぶ振りをし、先程渡したテファの血付きの髪を取り出し傭兵達の方へ投げる。
「この髪を持って行くと良い。血も付いているから、本人の物であると証明できるはずだ」
「ち?」
「マジックアイテムを使えば、血液からいくらでも判別できる。本来なら首を持たせる所だが、余はこの紛い物が一瞬でもこの世に存在する事が許せぬ。これは余の……アルビオン王家最大の恥だ」
そう言うと男は杖を抜き、スキルニルから離れながら長々とルーンを唱え始める。そして……
「エクスプロージョン《爆発》」
ドオオォォォォ――――ン!!
2体のスキルニルは、跡形もなく消し飛んだ。
「な なんだよあれ?」
「聞いた事もない魔法だぞ」
「如何なってんだよ!!」
傭兵達が騒ぐのも分かる。あんな魔法わたしだって知らない。
「一体あいつは…… ハッ!!」
すぐ隣にいるテファのフードが大きくめくれ、耳が見えている事に気付き慌てて直す。周りを見ると、幸運にも視線は男に集中していて気付かれなかったようだ。その事に小さくホッと息を吐きだした。そしてフードがめくれていたのは、テファだけでは無かった。男のフードもめくれ、その素顔が露わとなっていたのだ。
珍しくもない金髪。整ってはいるが、美形と言った感じでは無い。どちらかと言えば、線が太く力強い印象を受ける。先程の言葉を信じるなら王族関係者となるが、それよりも軍関係の名門貴族と言った方がしっくりくる。
と言っても、爆風を避けるために手で顔を覆っているので、追手達は髪色くらいしか確認出来ないだろう。
「おっと……」
男はあわててフードをかぶり直す。
「ここで見た事は、口外せぬ方が良いぞ。アルビオン王家を敵に回したくなければな」
男がそう傭兵達に釘を刺してから口笛を吹くと、直ぐに風竜が飛んで来て男の近くに降りる。
「目的は果たした。帰るぞ」
一瞬、わたし達に向けられた言葉であると理解出来なかった。そう言えば、この男の名前さえ知らなかったのだ。顔を見たのでさえ……。
「小言は後で聞く。長居してこれ以上余の事を知られれば……」
そこでハッとする。まだわたし達は敵の真っ只中に居るのだ。危機を脱した訳ではない。わたしは再びフードがめくれるない様に注意しながら、テファの手を引いて風竜に乗り込む。
「出るぞ」
男がそう口にすると、風竜は空へと飛び上がった。
---- SIDE マチルダ END ----
何とかティファニアとマチルダさんを確保しました。……しかし、シャジャルは間に合いませんでした。襲撃者がシャジャルを仕留めたと言っているのを、ティアを通して聞いた時には、全て投げ出してしまいたくなりました。
何がいけなかったのでしょうか? 思わずそんな自問自答をしてしまいます。
そして、最大の……いえ唯一の原因は分っています。初動の遅れ……つまり、私の原作知識の過信です。それがシャジャルを殺しました。
それを取り戻す事は出来なかったのでしょうか? そんな事を未練がましく考えてしまいます。
しかし答えは否。ドリュアス家本邸で、モード大公邸襲撃を聞いた時点で間に合わなかったのです。
ガリア関係の処置を後回しにしても、逃走方向確認の待ち時間で相殺されていたでしょう。その後も商会の者達に手早く指示し、ティアに風竜に化けさせ現地へと急行しました。闇雲に探しても時間を食うだけなので、ティアに精霊魔法で探してもらいました。
如何考えても、これ以上の短縮余地はありません。
そんな事を考えている内に、合流地点に到着しティアが地上へと降りました。そこには既にマギ商会の馬車が来ています。
「さあ、気お付けて降りてください」
「あ ああ」
私が最初にティアから降り、マチルダさん、ティファニアの順に降ろします。
「お疲れ様です。いつもの様にお願いします」
ティア(風竜ver)を撫でながら話しかけると、黙って飛び立ちました。今回は移動や探索……そして追手の足止め(スキルニルの使う等の時間を稼いだ)と大活躍をしてくれたので、何かご褒美を考えないといけませんね。
ティアを見送ると、既に商会員が御者席から降りていました。
「ギルバート様。お疲れ様です」
「うむ。出迎えご苦労。あまり長居したくないので……」
「大丈夫です。後ろのお2人もお乗りください」
「分かったよ」「はい」
馬車に乗りこんでしまえば、箱形なので外から見られる心配はありません。馬車が出発して、ようやく一息つけました。
「さて、2人には聞きたいことが山ほどあると思いますが、先ずはこれを受け取ってください」
そう言って私が鞄からが取り出したのは、ジョゼット達から回収した聖具です。
「フェイスチェンジの効果があるマジックアイテムです。首にかけるだけで使えます。ティファニアの耳を隠せるので、これから大いに役に立つでしょう。それからマチルダさんの分も必要ですか?」
「い 良いのかい?」
私は頷くと、もう一つ取り出しマチルダさんに渡しました。まだ鞄の中には、シャジャルに渡すはずだった聖具とスキルニルが1体あります。……凹みますね。
「色々と聞きたい事があるんだけど良いかい?」
落ち込んで居たら、マチルダさんの方から切り出して来ました。聖具は無事に発動し、首から上が別人になっています。
「先ず最初に聞きたいのが、何でわたし達を助けたのか? と言う事よ」
警戒していますね。当然と言えば当然です。助けられたとは言え、私が正体不明の存在に違いは無いのですから。
「そうですね。その前に自己紹介からしておきましょうか。私の名前は、ギルバート・ド・ドリュアス。トリステイン王国のドリュアス家の者です」
「ドリュアス家? トリステインで最近台頭して来たって言う、あのドリュアス家かい?」
「はい。そのドリュアス家です」
ティファニアは、黙って事の成り行きを見ています。マチルダさんに、下手に喋るなと釘でも刺されたのでしょうか?
「それでシャジャル殿は?」
ちょっと心が痛みます。
「はぐれちゃって……」
ティファニアが悲しそうに呟きますが、その横でマチルダさんが、ティファニアに気付かれない様に僅かに首を振りました。それはシャジャルが如何なったか、彼女は知っている事を示します。その上でティファニアに黙っていろと言う事ですね。
「そうですか。それではティファニア嬢。あなたは“マギ”と言う名前を、シャジャル殿から聞いていませんか?」
「えっ!? ……えっと。聞いた事……ない です」
はい。当然の答えを、ありがとうございます。
「そうですか。そうなると困りましたね。一応言っておきますが、マギと言うのは私の師にあたる人物です。マギはシャジャル殿がアルビオンに入る前に、命を救われた事があると言っていました。要するにシャジャル殿は、私の恩師の恩人と言う訳ですね。そしてマギからは、シャジャル殿に何かあったら助ける様に言わています」
「要するに恩師の頼みと言う訳かい」
マチルダさんが口を挟んで来たので、肯定の為に頷いておきます。
「はい。ですが、マギは何年も前から行方が分からないのです。頼みなら良いのですが、遺言になってしまったかもしれませんな」
会わせろと言われても困るので、一応言っておきます。それから故人同士なら、余程の下手を打たなければ、ばれる心配はありません。
「そうかい」
「……それで、お2人はこれから如何されますか?」
「「……」」
はい。返答は沈黙でした。一応助け船を出しておいた方が良いでしょう。
「まあ、とりあえず私は師の恩を返せたと思っておきます。本来ならこれ以上は関わるべきではないのですが、ここでサヨナラと言うのも後味が悪いですしね。そこで今後の参考として、あなた達の行動指針と私達の対応を話しておこうと思います」
私はそう言いながら、鞄から袋を取り出しました。
「先ず1つ目の選択肢が、このまま馬車を降りてアルビオン国内の人間を頼る事です。国内に信用できる人間が居るなら、この選択肢をお勧めします。この選択をした場合は、何かと要り様になるでしょうから千エキュー援助します」
そう言って取り出した袋を軽く振ると、じゃらじゃらっと言う音が鳴りました。中身は今言った千エキューです。
マチルダさんが難しい顔をしていますね。モード大公の威光が無くなった事に加え、ティファニアはハーフエルフです。国内にいる人間が信用出来るか判断しかねるのでしょう。そしてその疑念は正解です。原作でティファニアが隠れ住んでいられたのは、《忘却》の魔法を加味しても奇跡と言って良いでしょう。そして原作から外れたこの世界で、同じ奇跡が起きるとは限りません。
「次の選択肢は、私と共にトリステインまで行く事です。国外の人間を頼るなら、この選択肢をお勧めします。この場合も先と同様に、千エキューの援助をします」
マチルダさんの眉間に皺が寄りましたね。ティファニアは不安そうにマチルダさんの服の袖を掴みます。どうやら国外に伝手は全く無さそうですね。
「最後の選択肢は、このままドリュアス領まで来る事です。当家はメイジが不足していて、優秀で信頼できるメイジは咽から手が出るほど欲しいのです。そう言った意味では、マチルダさんに来ていただけると助かります。その場合は、ティファニア嬢を匿うのも協力しましょう」
そこまで言うと、マチルダさんが一瞬だけティファニアを見ました。言いたい事は、なんとなく分かります。
「何故そこまでと思うかもしれませんが、事実上のリスク増加は殆ど無いと言って良いでしょう。確かにティファニア嬢を領地に受け入れる事はリスクになりますが、既に数人のエルフが居るので今更ですから」
驚いていますね。まあ、当然と言えば当然ですが。そして小声で少し相談すると、マチルダさんが答えを言って来ました。
「済まないが、少し考えさせておくれ」
まあ、すぐには答えが出ないでしょうね。
「良いでしょう。私は今夜シティオブサウスゴータに宿を取り、明日早朝に風竜で領へ帰還します。それまでに答えが出ないなら、後の事はマギ商会サウスゴータ支部長のブノワに引き継ぎますので、以後はそちらにお願いします」
とりあえず緊急性が高い話はこれで終わりですね。後は宿で2人にユックリ話し合ってもらえば良いです。ここでようやく肩の荷が下りました。先程3つの大まかな選択肢を提示しましたが、事実上最後の選択肢一択の状態だからです。
その理由は、モード大公邸襲撃にあります。モード大公もエルフであるシャジャルを妾にした事が、どれだけ危険な事であるか分かっていました。それはマギ商会の調査でも明らかですし、マチルダさんも重々承知しているでしょう。その為シャジャルやティファニアの事は、本当に信頼できる者以外には極秘となっていました。
そんな中で起きたモード大公邸の襲撃です。
数が多いとは言えメイジですらない傭兵達が、突然エルフが目の前に現れて対応できるでしょうか? 答えは否です。混乱し壊走する事になるでしょう。しかし現実には冷静に対処されてしまいました。……これは事前にシャジャルの存在と護衛の内訳が、敵に漏れていたとしか考えられません。
そして誰が敵に情報を漏らしたのか? ……と言う訳です。
「次の質問があるんだけど良いかい?」
「ええ。かまいませんよ」
「ずっと気になっていたんだけど、何で髪が金髪なんだい。ドリュアス家は黒髪で有名だろう」
「髪色は変装の為に染めています。黒髪と言うだけで、ドリュアス家が特定されかねませんから。爆風でフードがめくれた時は、変装をしていて心底良かったと思いましたよ」
今は黒髪の貴族=ドリュアス家と言う認識がありますからね。マチルダさんも納得して頷いてくれました。と言っても、実は髪を見せたのは故意だったりします。これで一見関係ないドリュアス家が、もっと関係なくなります。
「それだけじゃ無いでしょう。それで次の質問は?」
「あの魔法は何なんだい?」
「あれは魔法じゃありませんよ。スキルニルに大量の爆薬を仕込んで、タイミング良く爆発させただけです」
おお。あいた口が塞がらないとはこの事か? 2人そろって面白い顔をしています。
「な なんで?」
「死体を消し飛ばす事で、証拠隠滅を図るのが目的ですね。死体を持ち帰るのも不自然ですし、残骸を回収されると2人の生存がばれてしまいますから。それに王族のふりをしておけば、余計な追及を避けられます」
私が笑顔でそう言うと、マチルダさんがガックリと項垂れました。
でも、それだけが理由じゃないんですよね。レコンキスタが革命を成功させアルビオン王家を殲滅できたのは、ロマリアの不介入(事実上の黙認)が最大の原因と私は考えています。王家が全滅すれば、4の4が永久に失われるのにも関わらずです。オリヴァー・クロムウェルが虚無と言う情報もありましたが、ロマリアが偽物と気付かないはずがありません。
……ならば何故静観したのでしょうか?
そこで私が出した答えが、虚無の担い手の炙り出しです。国を存亡の危機に追い込めば、虚無の担い手が出て来ると判断したのでしょう。しかし最後まで担い手が現れる事無く、王家が滅びてしまったと言う訳です。如何してそんな愚かな判断をしたのかと言うと、大隆起が近いのに“アルビオンの担い手の存在を、確認出来ないので焦った”事が原因と私は考えています。
そこで“虚無魔法エクスプロージョン《爆発》を使う人間の情報”があれば、如何なるでしょう?
そう。ロマリアの早期介入によるレコンキスタの壊滅が見込めるのです。もちろん油断は出来ません。ロマリアが介入できなかったのは、下心だけでなくレコンキスタの肥大化と侵攻が早過ぎたのも理由だからです。
そして最後の理由は“マギ商会が注視していたのは、エルフでは無く隠されたアルビオン王族”と、誤認させる事です。後にロマリアに“詳しい話を聞かせろ”と言われても、ブノワを匿ってしまえばいくらでも誤魔化せます。
一方心配なのが、ロマリアが強気になり聖戦を発動される事ですが、それも問題無いでしょう。4の4の事を公表すれば、聖戦発動を止められるからです。そうなるとロマリアは“担い手を出せ”と迫るでしょうが、実在しないのでアルビオン王国は応え様がありません。確固とした証拠もないので、ロマリアが何と言っても問題無いでしょう。
「爆弾スキルニルなんて……」
マチルダさんがぼやきますが、そんな事言われても困ります。マリヴォンヌに依頼して作ってもらった特製ですよ。動かない上に目玉が飛び出るほど値段が高くて、使い捨てだけど。……改めて考えると、使えないマジックアイテムを作らせてしまいました。
おっと。雑念が入りました。
「まあ、それに関しては如何でも良いでしょう。他に質問がありますか?」
それよりもマチルダさんには、王家に必要以上に恨みを持ってほしくないです。変にレコンキスタに共感されても困りますし、ここは思考誘導しておいた方が良いでしょう。
「無いなら、現状について説明しておこうと思います」
2人から返答が無かったので、私は構わず続けました。
「今回の襲撃作戦を画策したのは、貴族派と神官達です。そして現状問題となるのは、ティファニアの血を渡してしまった事ですね。シャジャル殿が如何なったかは分かりませんが、彼女が捕えられていれば彼女もです。(シャジャルの死体は確保済みでしょう)これらはモード大公が、エルフに関係していたという証拠になります。アルビオン王家にとって、これ以上の弱みは無いでしょう」
マチルダさんが唖然としていますが、このまま一気に説明してしまいます。
「この弱みにより、アルビオン王家は襲撃者を罰する事が出来ません。その所為でモード大公家襲撃は、王家の主導で行われたと誤認させられます。そうすると“大した理由なしに人望ある大公家を取り潰した王家”と言う事実しか残りません。王家は信望を失い、急速に力を削がれて行くでしょう」
これは所謂、原作の流れと言う奴です。今回の一件は貴族派にとって王家排斥の布石となり、やがてレコンキスタの決起へと繋がるでしょう。
……ちなみに今言った事は、証拠はありませんが真実に限りなく近いと確信しています。そしてそれは、原作も同様でしょう。もし王家が襲撃に関わっていたのなら、この様なバカな手は絶対に打ちません。シャジャルを暗殺すればすむ事ですし、モード大公との禍根を懸念したなら彼を暗殺してしまえば良いのです。そしてシャジャルをその犯人を仕立て上げれば、一切の禍根を残さずに済みます。
「これからは国内での小競り合いが増えます。その辺も加味して判断して下さい」
「あ ああ」
マチルダさんはそう呻ると、頭を抱えてしまいました。
次の日になったので、私は急いで領へと帰還します。
マチルダ(さん付けは止めろと言われた)とテファ(同じくそう呼んでくれと言われた)は、結論が出せずサウスゴータの宿屋に残る事になりました。そしてマチルダは、フェイスチェンジの聖具を付けて、ブノワ他数名と一緒に私の見送りに来てくれています。
「では、私は領へと帰ります。マチルダ。念の為にもう一度言っておきますが、次にトリステインのラ・ロシェール行きの船が出るのは半月後の『スヴェル』の月夜の翌日です。それまでに身の振り方を決めておいてください。どの様な決断をしても、マギ商会……ドリュアス家は可能な限りサポートする事を約束します」
「分かったよ」
沈んだ声で答えるマチルダ。それも仕方が無いでしょう。彼女の両親は、投獄されてしまったのです。神官も出しゃばって来ているので、生還は絶望的と言って良いでしょう。それでも彼女は、まだマシな状態と言えます。テファはシャジャルの死を知って、宿で寝込んでいるからです。
「ブノワ。2人の事は任せましたよ」
「はい。お任せください。」
「それから、あまり無理しない様にしてください」
責任者と言う立場上、眠る訳にも行かず徹夜したのでブノワの目に隈が出来ています。
「それはギルバート様もですよ。寝ていない上に、風竜での移動です。事故などには、くれぐれもご注意ください」
ここは言い返せないので、素直に頷いておきました。
「では、出発します。ティア」
私の掛け声とともに、ティア(風竜ver)が飛び立ちました。
……後に禍根を残さない為の処置でしたが、この時無理やりにでも連れて帰れば良かったと思い知らされる事となります。
言い訳にしかなりませんが、私はこの時ガリアの事で頭が一杯になっていて、全く余裕がありませんでした。シャジャルの死で、原作知識を過信する事の危険性は、理解しているつもりでした。……しかし、本当の意味で理解していなかったのです。
「ティア。《共鳴》を使ってください。カトレアとレンに連絡を取ります」
「応」
返事と同時に、ティアが《共鳴》を発動しました。
(ん!? 《共鳴》が発動したの? ギル。聞こえる)byカトレア
(はい。聞こえていますよ。ティアとレンは?)byギル
(聞こえておるぞ)byレン
(問題無しじゃ)byティア
様子から察すると、全員問題無く話せる状態の様ですね。
(ギル。アルビオンの方は如何なったの?)byカトレア
(ダメでした。ティファニアとマチルダは確保出来ましたが、シャジャルは死なせてしまいました)byギル
(……そう。そうなると原作の謎が一気に遠のくわね)byカトレア
(そうじゃの)byレン
(余り苛めてくれるな。吾も主も全力を尽くした結果じゃ。それよりもガリアの方は如何なっておるのじゃ?)byティア
(ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの)byカトレア
(すまぬの。それと、ガリアの方の状況じゃったな……)byレン
そう言ってレンが報告して来た事を簡単にまとめます。
シャルル王子を次期国王にと考えている者達……所謂シャルル派は、以前大きく分けて4グループに分けられていました。(名前は私が適当に付けたので、苦情はご勘弁お願いします)
一つは、親シャルル派。
純粋にシャルル王子を慕う者達です。代表的な人物は、原作に出て来たバッソ・カステルモールですね。数は全体の2割程度ですが、全体的にモラルが高く優秀な人材がそろっています。その殆どが下級貴族ですが。
次は、求利権派。
要するに、利権を求めてシャルル王子に近づいて来た者達です。シャルル王子に多大な援助を行い、恩を売りまくっています。1割に満たない数しか居ませんが、目先の事ばかりに気を取らる者達ばかりで、決して優秀な人材とは言えなません。……マギ商会を追い出し、塩の高騰を招いたのもこいつ等です。
もう一つは、買収組。
シャルル王子に裏金を積まれ、傘下に入った者達ですね。全体の3割程度の数ですが、渋々従う者もいれば、その金で資金難を脱した者もいて、シャルル王子への忠誠はピンキリと言った所でしょう。
そして残りが、反ジョゼフ派。
ジョゼフ王子の奇行を危険視して、シャルル王子を擁立しようと考える者達です。ジョゼフ王子の才に気付かない上位貴族や、王城にあまり顔を出さない中位・下位貴族が中心です。
それが先の塩の一件で大きく変化したのです。
先ず多くの反ジョゼフ派と一部の買収組が“ジョゼフ王子も危険だが、シャルル王子も別の意味で危険だ”と、中立……あるいはジョゼフ派に転向しました。これが原因で親シャルル派が、シャルル王子に求利権派を切り捨てる様に進言します。それを求利権派が聞き付け、親シャルル派と求利権派が対立する事になりました。これによりシャルル派が崩壊し掛けますが、皮肉にもこの状況に有効な手を打てないシャルル王子に失望し、半数以上の親シャルル派が派閥を抜ける事で崩壊を免れます。
求心力を一気に失ったシャルル王子ですが、王位継承権争いは未だ彼の方が優位だと言う見方が大半でした。
しかし、この状況を“どつぼに嵌まる”と言うのでしょう。現状に焦りを覚えたシャルル王子は、名誉挽回に躍起になります。しかし、優秀な人材を多く失い塩の件で民衆に嫌われた事もあり、失敗に失敗を重ねる結果となってしまいました。そして終には、継承権争いがジョゼフ王子優位となり、求利権派から切り捨てられる事となります。
ただ切り捨てられるだけなら、問題は何もありませんでした。求利権派はジョゼフ派への転向を考え、その手土産として捏造した不正の証拠を提出したのです。
捏造と言っても、完全な捏造ではありません。これまで求利権派が行って来た不正を、シャルル王子の主導で行っていたように書き換えたのです。
例に挙げると、ジョゼフ派の貴族を罠にはめて、財産を奪ったり暗殺をしたりした事が挙げられます。(私の身近な被害者では、マリヴォンヌの家)また奪った財産は、裏金として使われたとされました。
……その結果、捕えられ幽閉されてしまった。と言う訳です。
(それで肝心のジョゼフ王子の反応は、如何なのですか?)byギル
(弟の無実を晴らすと燃えておる。接触したビターシャルも、それに駆り出されたのじゃ)byレン
求利権派は当てが外れましたね。彼等はジョゼフ王子が、その証拠を使って弟を排除すると考えていたはずです。まさか提出した証拠を疑われ、調べられるとは思っていなかったでしょう。
それもそのはずです。現在のジョゼフ王子は、弟のシャルル王子が王位を継ぐのが当然と思っているはずですから。……そして原作と同じ理由(ネフテスとの不戦協定)で接触したビターシャルは、ジョゼフ王子にこき使われる運命にあるのでしょうか?
(とりあえずガリアの方は、下手に手を出さない方が良さそうですね。やれる事と言えば、何時でもフォローできるように幾つか手を打っておく位か?)byギル
(そうね。領で待ってるわ)byカトレア
一通り会話が終わったので、《共鳴》を切ってもらいました。
領に到着すると、父上と母上に現状を報告する事にしました。多少なら報告が遅れても大丈夫でしょうが、その信頼の上に胡坐をかいていると、折角の信頼を失いかねません。
「父上。母上。ただ今戻りました」
「良く戻った。待っていたぞ」
「お帰りなさい。ギルバートちゃん」
父上と母上の目が、早く報告しろと言っています。これ程の大事件ですから、早く情報が欲しいのでしょう。
「早速で悪いが……」
「分かっています。先ずは……」
アルビオンとガリアの件を、口頭で簡単に説明します。テファの事を報告する際には、父上と母上が出されると弱い単語(天涯孤独・味方が居ない等)を、さりげなく混ぜ込んでおきました。おかげ様で2人の眉間には皺が寄りっぱなしです。
「……以上です。報告書が必要なら、数日中に仕上げて提出します」
「分かった。報告書は念の為まとめておいてくれ。それと私は明日から王都へ行く」
「王都ですか?」
「同盟国であるアルビオンの混乱は、トリステインにとって最大の懸念事項だからな。それに弟が死んだのだ。立場と言う物があるだろうが、陛下も情報は少しでも多く欲しいだろう」
確かに経済と軍事の両面において、アルビオンの混乱はトリステインにとって不安の種でしょう。しかし、父上の本音は陛下の方ですね。
「それから一度行くと、暫くは帰って来れないだろう。私が留守の間はよろしく頼むぞ」
そのセリフは母上に言って欲しいです。……主な仕事内容が書類仕事でなければ、どんなに良かったか。そこから話は今後の対応にまで及び、かなりの時間が経過してしまいました。
「……っと、もうこんな時間か。話しも一通り終わったし、そろそろ食堂へ行こう」
そう。既に夕食の時間になっているのですが、徹夜と移動の疲れで辛いのです。正直に言って、このまま自室に直行して眠りたい。
「いえ。わた……」
「ギルバートちゃん。疲れていると思うけど、少しだけ皆の相手をしてあげなさい。慌ただしく出て行ったギルバートちゃんを、皆心配していたのよ」
そう言われると断れませんね。
「……分かりました」
食堂へ行くと、私達以外の全員集まっていました。
「兄様。お話は終わったの?」
アナスタシア。わざわざ席から立って、こちらに走って来なくても良いです。ジョゼットもアナスタシアに笑顔で追随しないでください。ヒヨコじゃないんだから。
「「兄様。兄様」」
しかも次はステレオですか。
「ギルは疲れているのですから、それ位にしておいてください」
「ディーネの言う通りよ。アナスタシア。ジョゼット」
ディーネとカトレアが、妹達を諌めてくれました。助かります。まあ、注意された2人が膨れてしまったので、頭を撫でてご機嫌をとっておきます。
……ジョゼットも家にだいぶ慣れましたね。虚無の担い手(予備)である事を隠す為に、魔法を使わせない様にしていた時が懐かしく思えます。結果的に取り越し苦労でしたが、それはジョゼットをいたずらに不安にさせただけでした。今でこそ良い思い出ですが、当時は(関係がギクシャクして)かなり大変でした。ジョゼットが普通に系統魔法を使えると分かった時、ロマリアに攻め入ろうと本気で考えたのは秘密です。(ジョゼットの属性基準 風>水>火>土。これでますます虚無の覚醒条件が分からなくなりました)
「ギル。大丈夫ですか? 本当に辛いなら部屋へ戻った方が……」
私が考え事をしていると、心配したディーネが話しかけて来ました。
「大丈夫です。ちょっと考え事をしてしまいました」
「そうですか」
その目は信用していませんね。
「ギル。私に何か手伝える事はありませんか?」
現状でディーネは、舞台や軍事関係を手伝ってくれています。下手をすれば、この歳で他の領主よりも仕事をしているかもしれません。人の事は言えませんが、若いディーネにこれ以上負担をかけるのは良くないでしょう。……そう思い断りの文句を考え始めた所で、父上が割り込んで来ました。
「その意気や良し。ならば明日から私と王都へ行こう」
あっ。ディーネが固まりました。彼女は王都に居る俗物貴族を、毛虫の如く嫌っていますからね。(……まあ、ディーネは体長2メイルある毛虫の魔物を、眉一つ動かさずに切り刻める娘なので、この表現も変ですが)
「それが良いわね」
そこに母上が同意しました。実際問題、ディーネは王都の俗物貴族に対して苦手意識がある様なので、これを機にならしておいた方が良いかもしれません。学院にも似た様な奴が多いだろうし。
「そうですね。ディーネには、父上を手伝ってもらえると助かります」
母上と私が同意すると、もうこの場にディーネの味方は居ません。まあ、頑張ってください。
その後の夕食の時、藪をつついて蛇を出してしまったディーネが終始落ち込んでいました。
次の日。領を空ける父上とディーネが王都へと出発する準備を終え、リビングに皆が集まっている時にそれは起こりました。
「大変です!! アズロック様!!」
オーギュストが血相を変えて飛び込んで来ました。
「何事だ?」
「アルビオンで……アルビオンのサウスゴータで、モード大公とその配下一族。そして……エルフの死体が晒されました」
「な なに!?」
「モード大公……そして、アルビオン王家は異端だと」
(何ですかそれは!? ふざけるな!!)
冷静さを手放しかけましたが、何とか心を静めて話しを聞きました。
一言で言うと“アルビオン王家への脅迫が失敗した”と言う事です。原因はおそらく、貴族派と神官の発言力低下……いえ、信用の喪失です。証拠としてエルフの死体を出しても“王家が他所から持って来た死体だ”と言えば、国民や他の貴族はどちらを信じるでしょうか?
もちろんそれだけなら、原作の例もあるので脅迫に屈していた可能性が高いです。脅迫の内容に“今回の襲撃をアルビオン王家が支持”だけでなく、何らかの無茶な要求が増えたのかもしれません。
(また私の行動で歴史が歪んだのか)
頭によぎった雑念を、首を振る事で追い払います。それより心配なのが場所です。今サウスゴータには……
「父上!! 私はアルビオンに飛びます!!」
「分かった。気を付けて行くのだぞ」
「はい」
返事をすると、私はリビングを飛び出しました。
ティア(風竜ver)に乗りサウスゴータの宿部屋に到着すると、まるで私が使った身代りスキルニルの様にベッドに横たわるテファが居ました。そしてそんなテファを虚ろな見つめながら、マチルダがボソリと……
「わたし達は、ドリュアス領へ行くよ」
まるで独り言のように呟きます。私はそんなマチルダに「分かりました」としか答えられませんでした。
後書き
お待たせしました。今回も難産でした。
内容の所為で、書いていて鬱になってしまいました。
オルレアン公の派閥ネーミングがちょっと……
何か良い名前があれば、よろしくお願いします。
ご意見ご感想お待ちしております。
ページ上へ戻る