IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者
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第8話
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「はい!」
この授業は一組二組合同の為、数が多い。
しかも、背中に熱い視線を感じる。奴だ、妹が、真琴が俺の背中を凝視してやがる…!
外気は暑い筈なのに、冷や汗が止まらない。
「トモ?どうしたの、そんなに汗をかいて」
心配してくれてありがとう、シャルル君。でも、心配するなら妹の事をしてやってくれ。
「あー…、まあ、仲良しなのは良いことだから」
諦めないでっ!手を貸してっ!俺一人じゃ手に負えないのっ!
匙を投げられて悲しんでいると、織斑先生からお言葉が。
「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子も居ることだしな。―凰! オルコット!」
あらら、一夏を詰っていたお二方がご指名です。やっぱり、実力のある専用機持ちが選ばれるよねぇ…。
「ああ、そうだ、丹下!こっちへ来い」
えあ?俺も?
「丹下はグランツの方を頼む。先程グランツのISが届いたんだが、誰も手が空かなくてな」
「…別にこっちで見ても…、」
「授業にならん。悪いが、お前にしか頼めない」
織斑先生からそこまで言われたら、拒否など出来るわけがない。
「分かりました。ある程度目処が立ったら、ゼロとこっちに合流します」
「すまんな。グランツは第二アリーナだ、行ってやれ」
織斑先生からゼロの待っている場所を教えてもらい、一夏達に会釈してアリーナへ向かう。
織斑先生が説明してくれているから混乱は起きていないが、妹の突き刺すような視線が怖かった。
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「ゼロ?ここに居たのか?」
第二アリーナに到着し、少し見て回ると、ステージに一人佇むゼロの姿があった。
「ハル…」
ゼロの体には全身装甲のISが、初期化、最適化を猛スピードで行っているISが展開していた。
「待ちに待った相棒との邂逅、嬉しくないの?」
口には出してはいなかったが、態度の節々から待ちわびていたのが感じ取れていたゼロだが、どこか悲しげな表情。
「これが…、『零式』が悪いんじゃない…!でも、でもな!」
うわ、名前格好いい。イケメンが使役するからこそ許される名前だな。
「何で…、何で『篠ノ乃束』が手を加えたんだ!」
篠ノ乃…、束?
「ゼロ、俺にはさっぱり分からない。良かったら説明してくれないか?」
府に落ちなかった、織斑姉弟を嫌う理由、その篠ノ乃束とやらが手を加えては行けなかった訳を。
「ああ。事の発端は…、『白騎士事件』、だ」
白騎士事件、ISが世に広まるきっかけになった、大きな騒動。
しかし、被害者、犠牲者は皆無だった筈なんだが…?
「表向きの報道はな。何時の世も、報道は、自分に都合の良い情報しか流さない!」
内に秘めた怒りをさらけ出し、ゼロは語り出す。白騎士事件の『真実』を。
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「俺の家族は…、事件に巻き込まれて、命を落としたんだ」
「……!!」
「しかも、白騎士の攻撃の余波で、だ」
報道された情報と全く違う内容を、当事者であるゼロは続ける。
「撃墜された戦闘機が、避難していた親父達を押し潰した。俺は、偶々躓いたから、生き残った」
能面の如く感情を出さず、只あったことを語るゼロだが、その目の奥の奥に、隠しきれない怒りと嘆きがあった。
「親父達の喪が開けたら、揉み消されてたよ、何もかも。…他でもない、ISの生みの親、篠ノ乃束の手によって!」
ゼロの過去と、白騎士事件の裏側、篠ノ乃束との因縁は分かった、だが、
「一夏達を嫌う理由は?」
「…その白騎士の正体が、織斑千冬だ」
「…つまり、家族の敵、か?」
「お門違いなのは分かっているんだ。だけどな、憎んだから、白騎士や篠ノ乃束を憎んでいたから、俺は生きてこれたんだ!」
確かに、家族を突然理不尽に奪われ、全て無かったことにされたら、生きていくため、白騎士であった織斑先生や篠ノ乃束を憎みでもしなければ、やってられなかったのであろう。
「人の家族を奪っておいて、のうのうと暮らしている織斑千冬も、なにも知らずに姉を心酔する弟のワンサマーも、 俺は絶対に許さない」
漸く、ゼロの一夏嫌いに納得が出来た。時に、知らない事は、他人を傷付ける刃となる。本人に決して悪意がなくても、だ。
誰も悪いことはしていない。ただ、運が悪かっただけだ。だが、それで割り切れるほど人は冷たくない。
「俺にも適性があって、これで度肝を抜かさせてやるって矢先に、憎い相手の息がかかったISだ。…滑稽だろ?」
そう言って乾いた笑みを浮かべるゼロが酷く痛々しく見えた。
俺がどんな言葉をゼロに言っても、慰めも叱咤激励も意味を成さないだろう。
どこまで行っても俺は、第三者でしかなく、彼が受けた傷を癒すことは出来はしない。
「…ゼロ、バトル、しないか?」
「…何だって?」
「慣らし運転込みで、だ。この際、溜め込んだ諸々全部出しちまえ」
ISの悩みは、ISで解決するしかない。
自分のIS、ヴァンガードを起動させ、拳にエネルギーを纏わす。
「来いよゼロ!見栄も格好も取っ払って、素のお前をぶつけて見せろ!」
「良いだろう、行くぞ、ハル!」
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観客の無い静かなステージに、二つの影が舞っている。
一人は先導者の名を与えられた、濃紺のIS。
もう一人は、起動したばかりの、本人の意にそぐわなかった、因縁のIS。
誰も知らない、二人だけの戦いが繰り広げられていた。
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「喰らえっ!」
右手の収束弾をゼロに放つ。
「誰がっ!」
難なくゼロは回避してみせ、反撃の体勢を整えている。
「受けてみな!」
ゼロの反撃は、俺の予測からはるか遠い攻撃だった。
「腕を飛ばした…!?」
ロケットパンチ、簡単に言えばそうなる。
しかし、初期動作がほぼ皆無な為、回避が間に合わず、左手の防御エネルギーを使わされる羽目となった。
「くうぅっ…!だけどっ!」
左手の出力を上げ、飛んできた拳を弾く。
弾き出され、無茶苦茶に回転しながら、拳はゼロの腕へと戻った。
「面食らった顔つきだな。ま、無理もないけど、な!」
言葉を紡ぎながらも、両手を腰だめに構え、手の間にエネルギーの玉が生成される。
「コイツはどうだい!」
「お断り、だ!」
うち放たれたエネルギー玉を右手のエネルギーの刃で叩き切る。
両断されたエネルギーは、背後で焔の華を咲かせる。
やりづらい、それが、ゼロを相手にした率直な感想だ。
全てが初見であることを除いても、素の性能の高さに加え、ゼロの才覚が上手く噛み合っている。
対して、こちらは先の宮間さんとの戦いで手の内の大半を見せている。
俺がゼロの動き一つ一つに注意を向けなければならないのに、ゼロは俺の両手を注視していれば良い。
しかし、今のゼロに必要なのは、価値ある『何か』をその手に掴むことだ。
勝敗は度外視した、全力の激突が不可欠になる。
「これならっ!」
右手のエネルギーの刃が形を変える。
刀身が短く、幅が広くなる。
「手を変えてきたか。だが、その程度なら通じないが?」
「呆けてお喋りとは余裕だな!」
「!むうっ!」
右手だけだったエネルギーの刃が、左手にも生成される。
日々一夏達と訓練をしていて気付いた。左手のエネルギーの供給を切り、右手のだけを出力させれば、両手で収束できる。
但し、左手では収束弾は撃てない。あくまでエネルギー刃を両手で出せるだけだ。
でも、今はこれだけでも十分!
突撃しながら両手のエネルギー刃を振るう。
最高速で上回っているならば、とるべき戦法は自ずと見えてくる。
「くっ…、ふっ…!」
刃を避けなから、下がっていくゼロ。掛かった…!
「自分より速い相手に後退は下策だな、その失態…、突かせてもらう!」
両手を組み合わせて腕を前に伸ばし、ハイパーモードを発動。
機体が黄金に染まり、つき出した両手から黄金のエネルギーの刃が出現する。
切るための刃ではなく、刺し貫く為の刃。
速度と破壊力を両立できる、今出せる最高の一撃。
「下がったのは、下策じゃない、攻撃を誘う為だ!」
ゼロの言葉と共に、零式が光を放つ。これは…、今、たった今、零式が本当の意味でゼロのISとなった、と言うこと、か。
全身装甲は変わらず、真紅のマントを背に纏い、空色の装甲、肘に輝く鋼の刃、そして、腰に携えた日本刀。
その日本刀の柄に、ゼロの手が添えられている。俺の突撃を居合いでカウンター、ゼロの狙いが見てとれる。
行けば餌食になるのは間違いない、だが、それでも、
「ゼロ、満足か?このまま、一夏や先生達を恨み続ける人生で、満足なのか!?」
「分かってるよ!でも、それを捨てたら、俺が俺じゃ無くなるんだよ!」
行くしかない。恨むだけが人生じゃない、そんな当たり前の事を、ゼロに思い出させるために。
スラスターを全開で起動させ、最高速で突撃する。
ゼロの太刀が煌めく、もっと、もっと速く!
放出されていたスラスターのエネルギーが再び機体に還ってくる。そして、圧縮して放出されたエネルギーが、爆発的な加速を産む!
「『瞬時加速』!?読み違えた…!?」
瞬時加速で更に加速し、ゼロが抜いた太刀とエネルギー刃が衝突。激しく火花を散らす。
「ぐううぅっ…!」
「おおぉっ……!」
威力は互角、衝突の余波が、無人のステージを揺らす。
「俺は、俺は負けられない!家族を奪った奴等に、報いを与えるまでは!」
ゼロの想いが乗った太刀がエネルギー刃に食い込んでくる。だが、
「ふざ…、けるなぁぁぁ!!」
俺の刃は、想いはそれを遥かに上回っていた。
「ゼロ!お前は!お前を好いた人を、蔑ろにするのか!?」
エネルギー刃が太刀を押し戻す。
「宮間さんやのほほんさん、これからゼロを好きになる人を、泣かせるのか!」
更に押す、押していく。
「憎んで良い、恨んで良い、でもな…、大事な人を、裏切るな!」
ゼロの太刀が勢いに負け、後ろに飛んでいく。
「俺は今日、憎しみに凝り固まったゼロを討つ!だから…大事な人を護るヒーローとして立ち上がれ、ゼロ・グランツ!!」
「そうか。来い!丹下智春!俺の憎しみ、その手で貫け!」
俺の一撃が、腕を広げたゼロの胸に入る。
大の字になって倒れたゼロの顔は、これ迄に無いほどに、安らいでいた。
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