ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode3 乱戦、混戦、総力戦
ボス部屋は、一瞬で騒然となった。
タイミングが悪く途切れた耐毒ポーションのせいで、戦線は毒や麻痺を受けて呻く人間が続出している。毒を食らったのに解毒結晶をすぐさま取り出せるポーチに入れておらず、慌てて助けを求める者。麻痺を受けて動けず、茨の鞭で打たれるままになっている者。
続けて、ボスが体を揺する。Mobのポップは五体。数こそ少ないが、この状況では致命的だ。他の面々が倒れ、転げているこの状況では、今までのように走り回ってタゲを取るのは難しい。それ以前に、四隅の新たな増援からの毒液の噴出を止めないことにはどうにもならない。
(くそっ!)
胸中で毒づく。どうすればいい。どうすれば。どうすれば。
「こっちだ!!!」
全員が逃げ惑う中、キリトが叫んだ。その顔に浮かぶのは、焦りを何千倍にも凝縮したかのような、鬼気迫る形相。食いしばった歯は唇が裂けんばかりで、目は瞳孔が限界まで収縮して小刻みに揺れる。例え命の危機であったとしても、ここまではならないだろうという恐ろしい表情。
恐らく何かが、奴のトラウマを刺激したのだろう。
「頼むキリト!こっちは俺が!」
ポーチを探って、非常用のアイテムを取り出す。
こんなものを持っていると知ったらキリトやアスナ、そしてギルドのみんなも怒るだろうが、今回は役立つのだから使わせてもらおう。拳大の大きさでタマゴ形のそれを空中に放り、『体術』スキル基本技、《スラスト》でたたき割る。
アイテム名、《ネペントの果実球》。
特定の植物型モンスターが偶にドロップするこのアイテムの効果は、「周辺の敵の憎悪値を自分及びその周囲に集中させる」。MPK御用達の最低なアイテムだが、ここで使えば虫たちのタゲを自分に一気に集中させられる。これは植物、昆虫型モンスターにはさらに効果が高まる特性がある。後は俺がひたすらに逃げ続けるのみだ。
「っ、オオオオッ!!!」
一瞬だけこちらを見た後、キリトが手にした剣で四隅の一角のモンスターへと突進する。剣が強力なエフェクトフラッシュを帯び、間合いに入るや否や凄まじいスピードでソードスキルが繰り出される。片手剣の中では恐らく最高ランクの威力、連撃数を誇る攻撃がガクン、ガクンとゲージを削る。
その間に、まだ動ける者が麻痺した者を支えながらキリトの攻める一角へと走り出す。あのモンスターはキリトの凄まじい攻撃力で大きく仰け反ったようで、毒液の噴出がその一角だけは収まっている。このままキリトが沈めれば、あそこで一旦体制を立て直せる。
「ヤアアアッ!!!」
逃げ行く面々を捕えようと四本の蔓の鞭をしならせて襲いかかるボスを牽制するのは、アスナ。たった一人で戦線を支え、毒液を避けながらレイピアの切っ先で鞭を弾き続ける。なんとまあ、神懸かり的な反射神経だ。
だが、その体も無傷では無い。アーマーには腐食酸で所々から煙が上がり、レイピアも目に見えて耐久度が減っているのが分かる。HPバーは、もう既に黄色の注意域に入りこんでいる。顔に焦りを浮かべながら、それでも逃げ惑う他の攻略メンバーを誘導する時間を必死に稼ぐ。
「オオオオッ!!!」
聞こえた咆哮は、キリト。四隅の一角で繰り出された、片手剣の、恐らくは相当の上位スキルだろう六連撃の最後の一撃が、モンスターのクリティカルポイントに強烈に決まる。
敵モンスターのHPバーが、一気に減少して、減少して、
残り一割程を残して、止まった。
キリトの顔が歪む。高位のソードスキルに課せられる、長時間の硬直時間。
モンスターが、一瞬笑ったように、見えた。と同時に、キリトの後ろで必死に仲間を運ぶ面々の顔が絶望と恐怖に歪む。ここで毒液散布の直撃を受ければ、数人は、HPバーが消し飛ぶかもしれない。既にHPバーがレッドゾーンに突入している男の顔から、恐怖による涙が流れる。
そんなプレイヤー達を嘲笑うように、モンスターの頭上の蕾が膨らみ、毒液を散布する、
「キリくん、伏せてっ!!!」
その直前、一人の女の叫びが響き。
飛来したエフェクトフラッシュを纏った槍が、モンスターの体を深々と貫いた。
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