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蝶々夫人

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第一幕その五


第一幕その五

「その通りです。まだ遊びたい盛りで」
「甘いお菓子も欲しいだろうな」
 そんな話をしている間に客人達の紹介が五郎によって行われる。その中でシャープレスはまたピンカートンに対して声をかけてきた。
「君は幸福だ」
「有り難うございます」
「私はここまで可憐な娘を見たことがない。それに心もいい」
「そうですね。それはわかります。彼女の異国情緒が私を惹きつけました」
「それだけか」
「?何か」
 ここでもわかっていないピンカートンであった。
「どうかされましたか?花の美貌が私を捉えているというのに」
「あれがアメリカの人」
「アメリカの武士なのね」
 離れたところから女達がピンカートンを見て話をしている。
「奇麗な顔をしているわね」
「そうね」
「けれど」
 だが彼等は話をしている。
「何か奇麗過ぎて」
「怖いかも」
「いいか?」
 またシャープレスはピンカートンに対して忠告するのであった。
「これから君が彼女とのことを真面目に考えていないのなら大変なことになるぞ」
「またそれですか」
「何度でも言う」
 真剣な顔のシャープレスに対してピンカートンは少しうんざりした顔になっている。だがそれでもシャープレスは彼に対して言うのであった。
「彼女は我々を信じきっているのだしな」
「お母様」 
 蝶々さんは今度は彼女によく似た中年の女性を連れて来ていた。
「こちらが私の」
「そう。こちらが」
「ええ。嫁入り道具はあるわね」
「ええ。こちらに」
 母親が出してきたのは黒い漆塗の箱であった。そこには舶来のものも日本のものも両方ある。ピンカートンもそれを見ていた。
「ハンカチにパイプに」
「帯止に鏡に扇子です」
「うん。あとは」
 箱とは別にあるものに気付いたピンカートンであった。
「あの壺は何かな。あの紅い壺は」
「我が家の家法の一つです」
「そうなのか。あとは」
 ここで長い箱に気付いた。
「あれにも家宝があるのかな」
「そうです、私の大切なものです」 
 急に蝶々さんの顔が真剣なものになった。その顔で答えるのであった。
「大切なもの?」
「父の形見です」
「まさか」
 シャープレスはそれを聞いて察した。
「あの長さからすると」
「ええ、そうです」
 五郎がここでシャープレスとピンカートンに囁いた。
「蝶々さんのお父上は主の命であの刀で切腹されたのです」
「そうだったのか、やはりな」
 シャープレスはそれを聞いて頷いた。
「だからか。宝なのは」
「本当なのかな」
 ピンカートンはそれを聞いてもまだ信じられない顔である。実際に首を傾げる。
「日本人はわからないな。自害するなんて」
「我々にはわからないこともある」
 またシャープレスはピンカートンに忠告するのであった。
「それを良く憶えておくのだな」
「よくわからないけれどわかりました」
 ここでもピンカートンの返事は軽いものである。
「さて。もう何もないみたいだけれど」
「あの」
 ピンカートンが宝物が何もないのを確かめているとそこに蝶々さんがまた声をかけてきた。
「何かな」
「実は昨日」
「うん」
「教会に行って来たのです」
「教会にかい!?」
「はい」
 蝶々さんはおずおずとした小さい声で言ってきたのだった。彼にだけ聞こえるよう小さな声で。
「誰にも言っていませんが」
「ということはつまり」
 これが何を意味するのかはもう言うまでもなかった。ピンカートンはそれを聞いて納得した顔になって頷くのであった。
「はい。アメリカはクリスチャンですよね」
「勿論そうだよ」
 ピンカートンにとってはこれは当然のことである。しかし日本ではキリスト教は解禁されたばかり。教会もこの長崎にやっと出来たばかりだったのだ。
 
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