蝶々夫人
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第三幕その三
第三幕その三
「だが。今の君の顔は」
「済まない」
「あの時の私の言葉だったな」
シャープレスは俯きうなだれるピンカートンにあえて優しい声で語るのだった。今の彼をこれ以上追い込まず傷付けない為に。
「彼女は我々を信じきっていると」
「そうだった。確かに」
「一人になっても待っていたんだ」
それが蝶々さんだった。
「ずっと。ここでな」
「僕は取り返しのつかないことをしてしまった」
項垂れたまま言う。
「今はそのことで心が」
「行くんだ」
ピンカートンに対してここから去るように勧めた。
「罪がわかったのなら。私はこれ以上は何も言わない」
「済まない、シャープレス」
応える声が泣いていた。
「もう僕は」
「わかったんだ」
声がさらに優しくなった。
「だからいい。もう」
「済まない、そしてさらば」
蝶々さんと過ごした家を見ての言葉だった。
「愛の巣、花の隠れ家。僕は自分の愚かさに耐えられず御前の前から姿を消すよ」
「それではな」
「・・・・・・うん」
シャープレスと挨拶を交えさせて姿を消す。項垂れるシャープレスの横に今度は青い顔になったケートが静かにやって来たのだった。
「申し訳ありませんが」
「わかっております」
鈴木もまた静かに彼女の言葉に応えた。
「それでは」
「あの人の子供です」
その言葉に偽りは感じられなかった。
「ですから。きっと立派に育てますので」
「鈴木、鈴木」
だがここで。家の中から蝶々さんの声がした。
「何処にいるの?」
「どうして・・・・・・」
鈴木は蝶々さんの声を聞いて悲嘆に暮れた。
「今起きてきたの・・・・・・」
「何処なの?いるのでしょう?」
「は、はい」
慌てて家の中に入りながら応える。草履もそぞろに脱いで。
「こいらです」
「あの方がいらしたの?」
蝶々さんは希望の中にいた。外は絶望に覆われているというのに。
「何処なの?何処におられるの?」
「それは」
「ここかしら」
鈴木より早く出て来た。そうして庭先に出たのであった。
「領事様」
「どうも」
シャープレスは目礼で蝶々さんに応えた。
「領事様がおられるということは」
「それはその」
「あの・・・・・・」
しかし鈴木もシャープレスも答えることができない。とても。
「あの方は何処なの?それに」
ここでケートに気付いた。
「あの方は。あちらの女性の方ね」
「はい、そうです」
鈴木はその問いには答えることができた。
「奇麗な方だけれど。それでも」
庭先の周りを見回しながらまた鈴木に問う。
「あの方がおられないなんて。おられるの?」
「今までは」
「今までは」
「そうです」
「蝶々さん」
俯いてしまった鈴木に代わってシャープレスが蝶々さんに述べる。だがその言葉は暗く沈んだものであった。それでも言うのであった。
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