蝶々夫人
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第二幕その四
第二幕その四
「あの方が。遂に」
「はい。それでですね」
「お便りですよね」
「ええ、それです」
そちらにも話がいく。だがそれと共にシャープレスの顔に浮かび出ている憂いがさらに濃くなる。鈴木はそれに気付いたが何故そうなっているかまではわからない。蝶々さんは喜びで全く気付いてはいない。
「そのお便りは」
「こちらです」
懐から一通の手紙を出す。それを蝶々さんに手渡すと彼女は満面の笑みでそれを抱き締めるのだった。
「あの人からの。私への」
「読めますか?」
「それは」
実は英語は話せるようになったが読むまでには至っていない。そこまではいかなかったのだ。
「私が読みましょうか」
「御願いできますか?」
「はい、それでは」
「わかりました。それでは」
シャープレスは読みはじめる。蝶々さんと鈴木はそれをじっと聞くのであった。
「友よ」
「領事様のことですね」
「はい。あの美しい花の様な娘を尋ねてあげて下さい」
「私のことね」
「そうです。そして」
さらに読むのだった。
「あの幸福な日々から三年が過ぎました」
「あの方も覚えていたのね」
「もう蝶々さんは私のことなぞ忘れてしまっているでしょう」
「まさか、そんな」
蝶々さんはそれは否定する。
「そんなことは」
「もし蝶々さんが」
ここでシャープレスの言葉が止まった。
「終わりですか?」
「いえ」
シャープレスは蝶々さんのその問いには首を横に振る。
「まだです」
「ではお読み下さい」
「・・・・・・はい、それでは」
仕方なく読みだす。言葉を続ける。
「まだ好意を持って迎えてくれるのなら」
「何て優しい御言葉」
蝶々さんはそう捉えたのだった。
「そう言って下さると」
「あなたに彼女が色々な仕度をするよう御願いします」
「お帰りになられるのね」
「そうです」
今のシャープレスの言葉は自分の言葉であった。
「ですが」
「何か?」
「まだ手紙には先がありまして」
何とか腹の底から出すような声であった。
「読みましょうか」
「ええ、どうぞ」
何もわからない蝶々さんはこう言うだけであった。
「御願いします」
「はい」
言葉が少なくなっていた。何とかそれでも出したような言葉であった。
「それはですね」
「続きがあるのですよね」
「ええ」
それは認める。しかし。
「あの、蝶々さん」
「何か?」
不意に話を変えてきたのであった。
「実は。お話したいことがありまして」
「何でしょうか」
蝶々さんもそれを聞くのであった。
「あの、あの方ですが」
「あの方といいますと」
「山鳥公爵です」
彼もまた公爵の名前を出すのだった。
「いい方だとは思いませんか?」
「私もそう思います」
彼女もそれはわかっている。しかしなのだ。
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