蝶々夫人
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第二幕その二
第二幕その二
「鈴木」
「はい」
鈴木に顔を向けてお茶を出すように言う。
「御願いね。二つ」
「わかりました」
鈴木はそれを受けて家の奥に消える。蝶々さんはそれを見届けてからまた二人に顔を戻すのであった。そのうえで二人に対して問う。
「お久し振りです。今日は何の御用でしょうか」
「はい」
シャープレスが深刻な顔のままで蝶々さんに応えた。
「実はですね」
「何かあったのですか?」
「ピンカートンから便りがありました」
「えっ!?」
蝶々さんはそれを聞いて思わず立ち上がった。そのうえでシャープレスに問うのだった。
「それは本当ですか!?」
「はい、そうです」
シャープレスは一気に朗らかになった蝶々さんに答える。
「そうですか。それでは」
「何か」
「アメリカでは駒鳥は何時巣を作るのですか」
「駒鳥!?」
シャープレスは急に駒鳥と聞いて目を丸くさせた。
「あの、それは」
「あっ、すいません」
彼の驚いた顔を見て蝶々さんは気付いた。それで説明するのだった。
「実はですね」
「ええ」
「そちらの方は」
「御存知ありませんか」
「申し訳ありません」
そう答えて蝶々さんに謝罪するのだった。
「鳥について専門的に学んだことはありませんので」
「そうだったのですか」
「はい、それで」
さらに深刻な顔になるシャープレスだった。
「そのピンカートン中尉のことですが」
「主人が何か」
「あのですね」
言いにくい顔になって話を止めるのだった。
「何ですが」
「あっ、そうです」
シャープレスが言うに言えず困っていると蝶々さんが自分から言ってきた。
「実はですね」
「はい、何か」
「困ってことがありまして」
顔を顰めさせて言ってきたのだった。
「ちょっと宜しいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
蝶々さんに話すように言う。それでまた時間を稼ごうという彼の考えもあった。
「何かありましたか?」
「山鳥様です」
「ああ、公爵様ですか」
華族でありかつては京の都で公卿であった。この時代になって事業で成功しこの長崎に邸宅を移してきている人物である。
「主人が帰ってから何かと私に贈り物をしてくれるのですが」
「左様ですか」
「いい方ですよ」
ここで五郎がシャープレスに囁いてきた。
「親類からも見捨てられた蝶々さんを気遣ってのことなんです」
「そうなのか」
シャープレスはそれを聞いて少し安心した顔を見せた。
「蝶々さんにもそうした人がいてくれるのか。神は見捨ててはおられぬか」
「今日もこちらへ向かっておられます」
「今日も」
蝶々さんは五郎の今の言葉を聞いて顔を顰めさせた。
「もう沢山ですのに」
「いや、これは」
だがここでシャープレスは言うのだった。
「蝶々さんにとっては」
「私にとっては!?」
「来られましたよ」
シャープレスがその先を言おうとしたところで。ダークグレーのお洒落な洋服に身を包んだ品のいい男がやって来た。端整で品のある顔立ちをしていて黒い髪を奇麗に後ろに撫で付け整った口髭を生やしている。彼がその山鳥公爵である。長崎では名士でもある。
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