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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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17話「魔力過多症」

 パチパチと火が爆ぜる音が響く以外、その場には静寂が落ちていた。
 いや、ひとつ音――声がしている。

「…すぅ…すぅ……ふふー」

 一体どんな夢を見ているのか、時折笑みを浮かべるユーゼリアの寝顔を見て、アシュレイは微笑んだ。
 そのまま自身の手のひらを見つめる。

(もう、溜まってきているな)

 彼の目には、渦巻く魔力が今にも自身の制御を外れて、手のひらから外へ流出してしまいそうに見えた。"狭間"にいた影響だろうか。そろそろ猶予はない。

 "魔力過多症"

 アシュレイが生まれてからずっと付き合い続けている病の名だ。これは彼に限ったものではなく、少数だが人間やエルフなどの亜人にも現れる症状である。

 保有する魔力が、肉体の限界量を超えて、暴走する。暴走すれば、まず間違いなく患者は死に、それと共に周りへの被害も相当なものになる。

 もともと人体というのは、魔力のもとである魔素を空気中から取り込み、体内で魔力として生成する器官を持っている。それは魔法を使ってもしばらくすればまた減った魔力がもとに戻ることからも分かるだろう。

 ユーゼリアが、昨日あれだけへろへろになっていたのに、一晩寝た今日、全開とは言えないものの、ほぼ魔力が戻ったことからも言える。

 通常、減った魔力の分だけ体は必要な魔素を取り込み、満杯になったら無意識に取り込みを止める。

 ところが、それを止められない個体が稀に存在する。

 必要な魔力は既に十分あるが、体がそれに気づかないのである。そしてどんどん魔素を取り込み、ついには体に抑えこめる魔力量の限界を超える。
 体中が裂け、血と共に解き放たれた魔力が暴風となって放出される。そこらの竜巻よりも凄まじい魔のうねりである。

 それが"魔力過多症"であった。

 アシュレイは魔人ノーアに一から作られた"人間"である。その脆弱な体で遣い魔としての力量を備える為、様々な改造を施された。そのうちの1つが、人為的な"魔力過多"である。

 この病は魔法では治らない。外傷はないからだ。だが、魔法の力に頼り、医療技術の進歩が滞っている今、それを根本から治す薬は見つかっていなかった。

 よって、魔力飽和による爆発を防ぐ手立ては1つ。

 先延ばしではあるが、原始的故に速効性もある方法である、"魔力放出"。
 つまり何なのかというと、魔法を使いまくり、体内にある魔力を減らせばいいじゃないかということである。

 当然アシュレイもまだ遣い魔だった頃から、週に一度くらい戦術級(最上級の更に上)の魔法をそこらに打っていた。一般には月に一度、下級魔法を打てば十分なのだが、そこは他にもいろいろと文字通り魔改造をされている身、月に一度では足りないのである。

 再びユーゼリアに視線を向ける。安心しきった顔で寝ている彼女をみると、ここで巨大な魔力をぶっ放すのには躊躇する。
 一般人や新米剣士ならともかく、魔道士は魔力の動きに敏感なのだ。
 周りに魔物がいないのを確認してからゆっくりと立ち上がり、足音をたてずに森の中へと歩いてゆく。
 しばらく歩いてから、小さく声を出した。

「【風よ我が身を運べ】」

 直後、小さな竜巻がアシュレイを呑み込む。竜巻が収まる頃には、その場には注意しないと分からない程の僅かな魔力の残照しか残っていなかった。

 風属性最上級魔法のひとつ、いわゆる"瞬間移動"である。

 最上級だけあってこれだけでも大分魔力を削りとってくれるが、まだまだ足りない。
 キャンプ地からは1キロほど離れた森に移動したアシュレイは、空に狙いを定め、少しの逡巡の後に水属性戦術級魔法を放った。

「【白魔の女神】」

キ―――ン...

 瞬間、耳鳴りがするような静寂に包まれる。生命の鼓動も、皆時をわすれたかのように、動きを止めた。
 スゥっと、大気が冷たくなる。

ピシ...ピシッ......

 溜まった水が桶から少しずつ筋になって零れるように、何かがひび割れるような音が、妙に大きく響く。
 そして、それ・・は爆発するように起こった。

ピシ...バキバキバキ!!

 数秒とたたずに、狙った空から雹が降る。空気中の水分が凝固したものだ。
 間をおかずに、今度は狙った点の真下から、木が凍りついていった。そのままバキバキと音をたてながら、その冷気の塊は円形に広がってゆく。
 木も、草も、寝ていたグレイウルフも。
 中心の点から半径約200mの球状。その中にあった全ての"水"は、凍りつき、氷像と化した。

ビュウウウウウウ!

 凄まじい風が吹き荒れる。

 体から魔力が減るのを感じ、ほっと息をついた。魔力が充満してくると体中が熱くなり、何もしないでも疲れるのだ。
 風が止んでから一歩を踏み出す。氷の草を踏みしめると、硝子が割れるような音をたてて砕け散った。

「……寒いな」

 満足げながらも小さく身震いし、早くこの場から立ち去ろうと早口に呪文詠唱をする。

「【風よ我が身を運べ】」

 気温はマイナス50℃。
 5日後、未だに氷が溶けないこの場所が発見され、ポルス他近くの町、村で怪奇現象と良い景観から観光ツアーが計画されるのは、また別の話である。 
 

 
後書き
風が吹いたのは気圧の差とか、そんなところです。 
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