エターナルトラベラー
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第八十二話
12月25日 12:00
街はクリスマスイルミネーションに彩られ、昼間だというのに煌びやかな商店街をアオは青年に変化してクリスマスケーキの材料の買出しへと来ていた。
材料自体は簡単に揃ったので家に帰って昼食をと帰り道を急ごうと歩を進めたところ、前方に長い筒を持った金髪の青年が歩いてくるのが見えた。
外国人と言う事で周りから浮いているのだが、手に持った筒が拍車を掛けていた。
しかし、アオが目を見張ったのはそこではない。彼の体からあふれ出る鮮烈なオーラだ。
それは草薙護堂やジョン・プルートー・スミスと同じ鮮烈さだ。つまり、この目の前の青年はおそらく……
青年は辺りをキョロキョロと見渡した後、アオと目が合ったためか歩み寄り、流暢な日本語で声を掛けた。
「すみませーん。この辺りに坂上と言う家があるって聞いたんだけど。君、知らないかな?」
アオは何故その名前が出てくるのか考えるが、理由が思いつかない。しかし、これは面倒な事になりそうだと今までの経験が警鐘を鳴らしたのでとぼけて見せる。
「えっと…こんな都会でファミリーネームだけで家を探そう何て事は不可能ですよ」
ここは片田舎に有る集落ではなく、都会の集合住宅地だ。住所を聞かれれば答えられるかもしれないが、何処の誰さんと言われても分かりはしない。
「そっかー…。こまったね…、でも何とかなるような気はしているんだよね。このまま声を掛け続けていけばきっと何とかなるんじゃないかな?」
などと意味の分からない言葉が返ってきたためにアオは戸惑っている。
その時。辺りを強力な呪力が通り過ぎた。
「っ!?」
「…これは?」
何事かとアオは辺りを窺うと、通行人や店員など辺りに居る人々が突然狂ったかのように笑いながら踊り出したのだ。
「あははははは」
「はっはっははっは」
「きゃははははは」
「これは……っ」
このような大規模な能力の行使はこの世界の常識で考えればまつろわぬ神かカンピオーネ以外に出来る物は居ない。
そしてその神の呪力をレジストできる存在もまた希少であった。
「はた迷惑な神様が現れたんじゃないかな?」
と、何てことは無いように青年は言う。
「それは大変だ」
「うん。大変だね。直ぐにでも駆けつけて元凶を叩かないとこの人達は一生このままかもしれない」
「ならば早く誰かが何とかしないといけないんじゃないか」
「うん、そうだね。でもこの神様は僕の直感じゃたいした事は無さそうだなぁ。だから……」
そう言った青年は筒を開き、中から数打ちの剣程度のグレードの一本の剣を取り出すと、それをアオに向かって突きつけた。
「これはどういう事?」
「これは神様の権能だね。それを何の術も発動させないでレジスト出来るのは同じく神か、それともカンピオーネだけさ」
それはアオも分かっている。
「それで、僕の目的だけどね」
目的と聞いてアオも真剣に聞いている。何をしにこの日本へとやってきたのであろうか。
「この日本にカンピオーネが6人も誕生したって聞いたから、ちょっと手合わせをしようと思って」
すでに青年はアオがカンピオーネであると悟っているようだった。
普段は能天気な青年であるのだが。この青年には少々度を過ぎた悪癖が幾つか有る。その中で極めつけはこのバトルジャンキーな所だろう。
自身の剣の腕を磨く為にまつろわぬ神やカンピオーネと命のやり取りを含む全力戦闘を望んでやまないのだ。
「周りを見ろよ。この騒ぎを君が片付けた後でも良いんじゃないか?」
既に戦闘態勢へと移行している青年に待ったを掛けるアオ。
「それじゃ君は逃げてしまうだろう?君からはあの護堂と同じような感じがするよ。僕が幾ら戦いを吹っかけてもかわされてしまいそうだ」
それはそうだとアオは思う。
誰が益にならぬ戦いなどするか。
「正解だ」
そう言うとアオは封時結界を張る。
アオの足元に魔法陣が現れたかと思った次の瞬間世界からその空間は切り取られ回りのものを取り残してアオ一人だけがその世界へと入り込む。
これで相手は追って来れない…はずであった。
「これは?瞬間移動…と言う感じではなかったし。うーん?空間をズラした?」
青年…サルバトーレ・ドニには魔術の才能は全く無い。彼はその剣一本で神を殺した存在である。普段はチャラけているような感じだが、やはり彼もカンピオーネ。戦いにおける直感はとても鋭かった。
「ここに誓おう。僕は、僕に斬れぬものの存在を許さない」
凄まじい呪力がドニの右腕に絡みつき、その手を銀色に染める。
『斬り裂く銀の腕《シルバーアーム・ザ・リッパー》』
これはドニがケルト神話の神王ヌアダから簒奪した権能で、その手に持った剣を必殺の魔剣へと変える能力だ。その切れ味は想像の範疇を越え、全ての物を切り刻む。
ドニが右手を振り下ろすと空間に亀裂が生じ、中からは色が削ぎ落とされたような空間が現れた。
「へぇ、中々凄い事をやるね」
と賞賛すると何のためらいも無くドニはその空間へと押し入った。
「なっ!?」
これに驚いたのはアオである。
完全に切り取ったはずの空間。それこそ魔導師でもなければ認識も出来ないはずであった。しかし、ドニは権能を使い、封時結界を切裂いて進入してきたのだ。
「さて、やろうか」
ドニは今度は逃がさないと言う意思を込めて宣言した。
◇
アオを除く坂上家のメンバーは、昼食の準備をしつつ夜のささやかなパーティーのために部屋の飾り付けをしていた。
そこに突如大きな呪力が通り過ぎる。
「………っ」
「え?」
「な、なに!?」
「今のは…?」
「何か嫌な感じがしたわよね」
ソラ、なのは、フェイト、シリカ、ユカリが顔を見合わせる。
「大きな呪力が通り過ぎたな。…いや、これは呪か?」
アーシェラが感じ取った呪力に魔女の知識であたりをつける。
すると突然近所から狂ったような笑い声が聞こえてきて、その声の異常さにソラ達は警戒レベルを上げた。
【みんな無事?】
突如、ここには居ないアオからソラ達全員に念話が入る。
【わたしたちは大丈夫なんだけど…アオさんは?】
なのはの返答。
【何かカンピオーネっぽい奴になぜか襲われた】
【はぁ!?】
戸惑いの声を上げたのは誰であろうか。いや、全員だったかもしれない。
【それじゃあその人がさっきの?】
【いや、そうじゃないみたいだよシリカ。俺は目の前に居たけれど、それらしい所は無かったから、おそらく別の手合いだ】
【別ね…】
ソラが頷いた。
【しかし、これは流石にどうにかしないとやばそうだ。人々が踊り狂っている】
【うん。かなりまずいよね。今は良いけれど…このまま踊り続けたら死んでしまうんじゃないかな…】
アオの言葉にフェイトも同意した。
誰かに操られるように踊り続ける人々。それは人間の限界を超えても踊り続けると言う事なのだろう。
【俺たちが直接出向く必要は無いかもしれないけれど…】
【でも、草薙さんに押し付けるにしても元凶の確認はしないとかも…】
と、なのは。
【むしろこれは草薙さんを誘っているのかもしれないですよ?あのえっとなんて言いましたっけ…】
【天之逆鉾】
ソラが補足する。
【そう、それです。それを今持っているのは草薙さんですよね】
つまり、この異常を正そうと現れる草薙護堂を打ち倒す為の挑発であり罠である可能性が高いと言う事だ。
【しかし、能力が行使された以上、誰かが単独で相手を打ち倒してその権能を手に入れた方がこの現象を収める可能性は高いんだよね…】
はぁ…と息を吐いてからアオが愚痴る。
【何でこうこんな短期間に次から次へと…ってっ!うわっ!】
【アオ?】
【アオさん?】
【あーちゃんっ!何が有ったの?】
突然の驚愕にソラ達が心配の声を上げた。
【嘘っ!信じられない。封時結界を切裂いて中に入ってきやがった…】
【ええ!?】
【そのカンピオーネがですか?】
【ああ畜生っ!面倒くさい事になりそうだっ!なんかおチャラけた金髪の外人かと思ったらかなりやる気満々のようだよ…ごめん、この現象はソラ達に任せるよ。俺はちょっと無理そうだ】
と言うと戦闘が始まるのかアオは念話を切ってしまった。
【アオさん!?】
「これは…戦闘が始まったと言う事ね」
「とりあえず、今はあーちゃんの援護とこの事態の収集にあたる事にしましょう」
ユカリがそう言って方針を決める。
いくら他人の生き死にに関わらないように生きているとしても、この異変を解決できるのがおそらく自分達を含むほんの一握りである場合にこんな近くでの異変を放置できるほど薄情では無いのだ。
とは言え、敵わない敵らば逃亡もやむなしの覚悟ではある。
勝ち目の無い戦いに自分の命をベット出来るかと聞かれたら、皆口を閉ざすだろう。そこまで高貴な精神は長い人生で磨耗してしまっていた。それは転生を繰り返す彼らの弊害。
「方向は…これは…?」
ユカリの呟き。しかし、それは皆も思った事だ。
ざわりと自分の中の何かのスイッチが入るのを感じて皆視線を外へと向けた。
「どうやらお客さんのようね」
「みたいだね」
「もーっ!次から次へとっ!」
ソラが冷静に分析し、フェイトが同意、なのはは若干イラ付いていた。
「それも別の手合いのようですよ?先ほどから放たれている強烈な呪力は別方向から感じられますから」
と、シリカが判断した。
「みんなっ!」
「「「「うんっ!」」」」
『『『『『『スタンバイレディ・セットアップ』』』』』』
ユカリの掛け声に皆デバイスを取り出すとセットアップ。
とりあえずは目の前の敵からとドアを開き、外へと出るとそこには甲冑を着た騎士の姿があった。
「まつろわぬ神だな」
ユカリ達の後ろでアーシェラが暢気そうな声で判断した。
アーシェラにしてみれば自身が戦う事は無いだろうし、ユカリ達が負ける相手に自分が敵うはずは無いと達観していたのである。
「Urrrrrrrr…」
「狂っている…」
ユカリ達の眼前の甲冑を着込んだ騎士から理性の色は見えない。
「ユカリ母さん、シリカ、フェイトは先に。ここは私となのは後はアーシェラで何とかするわ」
「ソラちゃん…」
「まって、ソラちゃん、それは死亡フラグ…!」
判断に迷っているユカリと、ソラの発言に突っ込みを入れたシリカ。
「私だって戦力の分断はしたくないのだけれど…見て」
彼女達の視界の端に踊り狂っている人たちの姿が映る。
健常者はまだ余裕が有りそうだが。高齢者や逆に年若い子供、障がいを抱えた人たちにはこれ以上の継続は命に関わる。
現に散歩中だったような老人夫婦が地面に転がりながら、それでも踊るのをやめていなかった。
「だね。これは仕方ないか…3人は先に行って。倒したら急いで合流するから」
凄惨たる光景を見て、なのはも戦力分断と残る事に同意した。
「……くっ…ここで時間を使うわけには行かないわね」
彼らを助けたければまず元凶を叩かねば成らない。
「行くわよ…フェイトちゃん、シリカちゃん」
「う、うん。…気をつけてくださいね」
「なのは、ソラ、アーシェラも絶対無理はしないでっ」
ユカリが判断し、シリカ、フェイトは一言言い置いて飛行魔法を使い離脱した。
「Urrrraaaaaaaa」
狂った騎士は鞘から剣を抜き放つと、飛び立ったユカリ達目掛けて剣を振り下ろすとその剣先から衝撃波が放出されユカリ達の方へと飛んでいく。
「させないっ」
一瞬でソラは封時結界を行使するとその衝撃波ごとその甲冑の騎士を封時結界内に閉じ込めた。
攻撃を邪魔された事で甲冑の騎士がソラとなのはを睨みつけている。
「さて、さっさと倒して合流しないとね」
「そうだね。アオさんの方も心配だしね」
互いに武器を構えると、爆発寸前の爆弾のように両者の呪力が高まり、戦闘が開始されようとしていた。
◇
先行したユカリ、フェイト、シリカの3人は空を駆け、元凶の捜索をしていた。
「………ぃ」
「誰か呼んだ?」
呼ばれたような気がしてユカリが振り返る。
「ううん」
「あたしも呼んではいません」
ユカリの問いかけにフェイト、シリカが否定する。
「そうよね」
気のせいかと思ったゆかりだが…
「……ーいっ!」
やはり呼ぶ声が聞こえた気がした。
今度はフェイトとシリカにも聞こえたのか3人はキョロキョロ辺りを見渡す。
「あ、あそこじゃないですか?」
シリカが指を指した方向。それを辿ると誰かがこちらに向かって手を振っていた。
「草薙さん?」
フェイトの呟き。
「呼んでるわね…仕方ない。降りるわよ」
「うん」
「はい」
ユカリの言葉で3人は護堂の側へと降り立った。
「良かった…やっと気付いてもらえた」
護堂の側には当然のようにエリカ、リリアナ、祐理が侍っていた。デートの途中であったのだろうか。
「何か用かしら?」
「用って…今のこの状況について情報が欲しかったんだよ」
護堂はすでに異常事態が起きたならばカンピオーネである自分が行くのが当然と言う感じに思考が固まってきているようだ。
「情報と言っても私達もたいした物は持ってないわ。ああ、あーちゃんが何処かのカンピオーネと交戦中と言う事と、家を出たときに現れたこの現象を起こしたとは考えにくいまつろわぬ神がソラちゃん、なのはちゃん、アーシェラと交戦中と言う事くらいかしら」
「なっ!?」
「よろしいかしら」
驚く護堂を置いておいてエリカが話しを進めようと声を出した。
「現状、まつろわぬ神が二柱とカンピオーネがこの日本で暴れているのね。それで敵の情報は?」
「そうね。あーちゃんが言うには相手は現れたカンピオーネは金髪の青年のようよ」
「なっ!?ドニのバカ野郎かっ!あいつはまた人様に迷惑をかけてっ!」
等と金髪と言う特徴だけで相手が誰であるか悟ったようだ。
「どんな能力を持っているの?」
そう自然にユカリが護堂に問いかけた。
「持った物を全てを断ち切る魔剣に変える能力…えーっと、シルバーアーム・ザ・リッパーと何物をも通さない鋼鉄の体になるマン・オブ・スチールだったか?」
それを聞いたユカリ、フェイト、シリカは神妙な顔つきになる。
「それって倒せるの?」
全てを切裂く剣と何物をも通さない鋼鉄の体。
近接攻撃においては無敵では無いかと思われる能力だ。それに自身の剣技も上乗せされるのでさらに強敵であろう。
「俺は以前引き分けた事はあるが…出来れば再戦はお断りだな」
それでも引き分けたのかとユカリ達は護堂の評価を改めた。
「それで、もう一柱のまつろわぬ神は?」
話を戻したエリカ。
「そっちは分からないわ。出会って直ぐに私達は先行するために別れたのだから」
そう、とエリカは言ったあと言葉を続ける。
「とりあえず今優先すべきはこっちね。こんな状況が続けばこの辺りの人たちは皆踊り死ぬわね」
「そうね。そっちをあなた達に任せられるなら私達はソラちゃんとあーちゃんの所へと向かうわ」
「あなた達が飛んで言った方が速そうなのだけれど…わかったわ。こっちはわたし達でなんとか…っ何!?」
エリカはセリフを全て言い終える前に突如暴風が吹き荒れ、雨が降り始めた。
『久しいな神殺しよ』
天空から声が木霊する。
「なっ!?おまえはもしかしてメルカルトか!?」
『いかにも』
「何しにきたんだよっ!」
と護堂は吠える。
『東の地に多くの神殺しが誕生したと聴いてな。これ以上はわしらとのバランスが崩れる。故に進言してきた魔女の言を聞き入れ誅殺して進ぜようとやってきたのよ。そうか、ここはおぬしの守護せし地であったか』
神殺し?と、事情を知らないリリアナと祐理がいぶかしむが、その聡明な頭脳で直ぐに回答を導き出すだろう。
ドドーーーーンっ
雷光が煌くと爆音を立てて何者かが地面に降り立った。
それは10メートルを越す巨体の筋骨隆々な男だ。彼の到来によって窓ガラスは割れ、周りの物は弾け飛び、着地した道路にはクレーターも出来ていた。
『まず貴様を打ち倒した後、後ろの3人の相手をしてやろう』
「いえ、結構です」
フェイトがピシャリとお断り申し上げた。
『はっはっはっ!さすがは神殺しよ。その年にしても我を通すか。ならば全員で掛かってくるが良いぞ』
「こいつがこれを引き起こしているまつろわぬ神…ではなさそうね」
「ええ。メルカルトさまも豊穣の神の側面もお持ちだけれど、メルカルトさまから発せられた呪力とは感じが違うみたいね」
とエリカがユカリの呟きに答えた。
「草薙さん。任せても?」
ユカリ達は隙をみて離脱し踊り狂う呪法を撒き散らしている元凶を叩きに行くと
「くっ…仕方ない。ここは俺たちに…」
ズバーーンっ
またしても雷光。その爆音により護堂の言葉がかき消された。
煙が晴れるとペガサスに跨った金髪の青年が現れた。
「お待ちいただこうメルカルト神。彼、草薙護堂に雪辱を果たすのは私だ」
そう高らかに宣言する彼も間違いなくまつろわぬ神だ。
「ペルセウスか!?」
「草薙護堂。貴様に付けられた傷を癒し、再戦に赴いたのだ。いざっ!」
「困ったわね…いくら護堂とは言え二柱と同時は勝てる見込みはないわ」
護堂一人じゃ二柱を相手にするのは無理だ。なので力を貸せとエリカは言っているのだ。
「ユカリさん、先に行ってください。ここはあたしとフェイトちゃんで請け負いますから」
シリカがここは任せてと言った。
「で、でも…」
「行って、ユカリ母さん。早く止めないと私達の両親が死んじゃうなんて事になるかもしれないし…」
ここはフェイト達にしてみればまだ生まれていない過去である。生まれる可能性が高いとは言え、ここで現世での両親が死んでしまっては困った事になるだろう。
「…わ、分かったわ。直ぐに倒して戻ってくるから」
「大丈夫です。あたし達の方が倒して追いつきますから」
「そうだね、シリカ」
ユカリは断腸の思いで空へと飛び上がり、この場を去った。
一人逃げ出したが、メルカルトとペルセウスは眼前に3人ものカンピオーネが居る為に動けず、見送る形となった。
「私達の相手はメルカルト?っていったっけ。貴方で良いのかしら?」
『む?わしとしてもそこの草薙護堂と決着を付けたくはあるが…そこな若造にやられるくらいならわしが手を下すまでも無い事よの』
フェイトがメルカルトに確認し、護堂にも視線を送ると頷かれた。どうやらペルセウスの相手は任せろと言う事だろう。
「ごめんなさい。フェイトとシリカだったわよね。あなた達にお願いがあるの」
「何ですか?」
とシリカ。
「以前、羅濠教主や孫悟空に使ったあの結界をお願いしても良いかしら」
カンピオーネとまつろわぬ神の戦闘は街に途方も無い被害を与える。メルカルトの来訪ですでに倒壊している建物もあるのだが、それの非ではなくなるだろう。
「分かりました」
フェイトが頷いて封時結界を展開しようとした時、三度目の落雷が響き渡った。
ドドーーン
「今度は誰っ!?」
◇
この騒動の仕掛け人であり黒幕であるグィネヴィアとランスロットは、ビルの屋上に陣取り、飛ばした『魔女の目』から伝わる映像で戦況を窺っていた。
『戦況はどうだ?』
「ドニさまはカンピオーネのお一人と邂逅なさり、戦闘を開始しようと持ち掛けたようですが……」
『どうした?』
「相手がどうやら空間系の能力者のようで、姿を忽然と消してしまいましたわ。ドニさまは内部に侵入したようですが……それ以上は」
飛ばした魔女の目からは何も流れてこないとグィネヴィア。
『アーサーの方はどうなっている?』
「そちらも空間系の能力でアーサー事取り込んだ様で…」
『と成ればそれは権能では無く、個人の技なのだろう』
「空間を切り取る等と言うのは魔女の始祖たるわたくしでも難しいのですのよ?」
魔術師上がりだとしても権能でも持ってなければ不可能な事ではないのかとグィネヴィア。
『愛し子よ。まずは現実を受け止めるのだ。そこに解釈をつけるのは今は必要ないことだろう。今必要なのは他の奴らも同様に空間を切り取れる可能性が高いと言う事だ』
ランスロットがグィネヴィアを諭した。
「つまり?」
『草薙護堂ごと空間内へと取り込まれれば我らが漁夫の利を得る事が難しくなる』
「なんと…」
護堂の方へと飛ばした魔女の目に注視するとどうやらアーサーから逃げ切ったカンピオーネが護堂と合流する所だった。
「これは……マズイかもしれません」
『どうした?』
「メルカルトさまと邂逅しました。…たしかにここまではわたくし達の計画通り。しかし…」
『やつらも空間を切り取るであろうな』
「ええ…それにいくらメルカルトさまとは言え4対1では厳しいでしょうね」
『ならば、我が行こう』
「小父様!?」
『我が打ち倒されようと、戦の中で死ぬのは寧ろ本望。しかし、愛し子のために刺し違えようと神殺し達を屠って来ようぞ』
最悪、グィネヴィアでも出し抜けるくらいのダメージを負わせてくると意気込むランスロット。
「小父様……」
『お別れだ、愛し子よ。戦うと成れば燻っていた我もまつろわぬ性を完全に取り戻すであろう。そうあればそなたの守護などは完全に忘れ去る事であろうよ』
まつろわぬ神とは本来そう言うものだ。自分の気の向くままに行動し、その結果を省みない奔放な性格をしている者が殆どなのだ。
「……はい。ご武運を。小父様」
『うむ。では征ってくるっ!我の行軍をしかと見るが良いっ!』
そう言うとランスロットは愛馬に跨り空を稲妻となって駆けていく。
その目にはもはや対すべき敵しか映っていなかった。
◇
「今度は誰っ!?」
何とはフェイトは言わなかった。
「神様の間では雷と共に現れるのが流行っているのでしょうか?」
「雷を恐れない人間は少ないのよ。そう言う意味で雷は神威の現れであり、それらを属性に持つ神は多いのよ」
シリカ呟きにエリカがそう補足した。
粉塵が晴れ、中から軍馬に跨った甲冑の騎士が現れる。
「甲冑の騎士…さっきの奴の仲間かな?」
「さあ?意匠は似ているような気もするけど…」
シリカとフェイトが感じた印象だ。
『だれだ?』
問いただしたのはメルカルトだ。
「我はランストット。此度の戦、我も参加したくはせ参じた。メルカルト殿、どうか我にも相応しき敵をお与えください」
『はっはっは。ならば一人持って行くが良かろう。これで3対3。正々堂々の勝負だ』
実際はエリカにリリアナ、祐理も居るのだが、神にしてみればただの魔術師など視界に納まる事は無い。路傍の石ころのような物なのだろう。
「別にあたし達は戦いたい訳じゃないんですけどね」
「とは言え、ここまで来たらやるしかなさそうだよシリカ」
望んで戦いたいわけじゃない。しかし、戦いが向こうからやって来るのはアオに惹かれてしまった為にこうむる被害だろうか。
どうやらアオはそう言う運命に有るらしい。それに付いて行く彼女らも必然と争いに巻き込まれる。
「バルディッシュ」
「マリンブロッサム」
『封時結界起動します』
バルディッシュが点滅し、フェイトの足元に魔法陣が現れると世界が反転する。
メルカルトが起こした嵐はなりを潜め、空気の流れすらなくなる。
『ほう、…これは結界の一種のようじゃな』
「時間を切り離したのか?」
メルカルトとランスロットがこの空間をそう推察する。
『まぁ、なんでも良いか。これでおぬしらも全力が出せると言う事だろう』
人間や建物に被害が出ないのならば思い切り全力行使の戦いが出来るだろうとメルカルトは言っているのだろう。
『では、始めるとするか、神殺しよ』
メルカルトの宣言でここでの戦闘も開始されようとしていた。
◇
竜鎧を着込み、ドニと対峙するアオは面倒な事になりそうだと辟易していた。
結界を切裂いて進入してきた彼から逃れるにはどうすれば良いか。飛んで逃げるか?相手が飛べなければ有効な手だろう。しかし、彼の雰囲気からして飛び立った一瞬で距離を詰め一刀両断にするくらい出来そうだ。
空間すら切裂いて見せたのだ。バリアを張っても打ち砕かれる光景を幻視させるほど、この目の前の敵は強いだろうとアオは感じる。
「それは日本刀かな?うんうん、いいね」
「俺は特にあなたと戦う理由は無いんだけど。それに急いでいるし見逃しては…」
「やらないよ。確かにちょっと外は騒がしいかもしれないけれど。そんなに強敵な感じはしないから、僕たちの戦いに決着が付いた後どっちかが向かえば良いよ。それよりも…今は僕と戦って欲しいな」
はぁ…とアオはため息をつく。
「ルールは?」
「ん?無いよそんなの。安全の保障された戦いなんて面白くないじゃないか。命を賭した戦いこそが僕の望みだからね。僕は君を殺すつもりで行くし、たとえ殺されたといっても文句は言わないよ」
さあやろう、とドニはなんでもない事の様にアオを決闘に誘った。
アオは説得を諦める。
殺しに来た相手に情けをかける様な考え方をアオは持っていない。
アオはソルの鯉口を切り抜刀の構えだ。魔法を使うつもりなのかアオの足元には魔法陣が展開されている。
「抜刀術か…いいね。サムライの使う抜刀術は受けた事は無いから楽しみだよ」
それはそうだろう。直剣は叩きつけ、へし折る事を目的としている部分が多い。その為こう言った一発芸のような技の使われ方はしない。
ジリっと右足を踏み出すアオ。
対してドニは構えの無い構えだ。しかしそれはどんな所、どんな体制からでも最善の一太刀が瞬時に放てると言う至高の領域に達したからこそのものある。
構えないドニに、アオは今までの敵とは違い一筋縄では行かないと悟る。
剣術のみではおそらく自分では相手に勝てないだろうとアオは思う。が、しかし。それならそれでアオは構わないのだ。
相手の土俵で戦わない。多くの事を修めて来たアオだからこそ出来る戦い方だ。
足元に展開された魔法陣。それは飛行魔法を行使したわけでもソルの刀身に魔力を送ったわけでも無かった。
「おっ!?」
突如として現れる光るキューブがドニの四肢を拘束する。
もはやおなじみのライトニングバインドである。
今までの敵は呪力を高めて抵抗した為に初見ではことごとく拘束して見せたトリックスターだった。
『ディバインバスター』
カシュと一発の薬きょうが排出し構えを解いたアオの右手の先に球体が現れる。
「シュートっ!」
そのまま突き出すように押し出すと放たれた光の奔流はドニへと襲い掛かる。
カンピオーネであろうが、まつろわぬ神であろうが、この世界の常識を知っていれば知っているほどこの拘束からは抜け出せないし、ディバインバスターの攻撃への対処も呪力によるレジストの方面へと傾くだろう。
しかし、ドニはやはり何処かそんな彼らとは違っていた。
ひょいっと右手に持っていた大剣を重さを感じないかのような軽業で銀色に染まっている右手の人差し指と中指で挟み剣を自身の手首を拘束しているバインドへとあてがうとスっと引くとそれだけで右手のバインドが砕け散った。
右手の自由を獲得したドニは迫り来るディバインバスターに向かって剣を振りおろす。
ブオンと空気を裂く音を立てて振り下ろされた大剣は信じられない事にディバインバスターを真っ二つに切裂いた。
「なっ!?」
撃ち出されているそれすらも切裂かれ、このままではマズイと瞬間的に判断したアオは砲撃を中止しそのまま横へと飛びのいて回避する。
あの一瞬で拘束を解き、さらにディバインバスターを切裂いたドニにアオは戦慄し、警戒レベルを引き上げる。
これは手を抜ける相手ではない、と。
「見かけに反して君は術師タイプなのかい?いや、君の体捌きを見ればそう言うわけではなさそうだね」
がっかりしたのではなく、寧ろ嬉々としているドニにアオは少々引いた。
「それに魔眼持ちかー」
アオの赤く光る写輪眼をみてドニが感嘆した。
「魔眼を持っていたじいさんとはあまり相性が良くなかったけれど、君はどうだろうね」
言うや否やドニは地面を蹴り、アオへと迫る。
とは言え、相手はアオだ。当然設置型バインドを行使している。
「またこれか」
これはもう見たよと言いたげなドニはそれでも拘束されているので解除のためにその刃を振るわなければならない。
その瞬間アオは踏み込んだ動作の後クロックマスターを使い過程を省略しドニに肉薄する。
「なっ!?」
一瞬で懐に潜られた事でドニの行動が遅れる。その隙を逃さずにアオは『硬』で強化した右手でドニの腹部をぶん殴った。
「がっ!?」
吹き飛んでドニは粉塵を巻き上げてアスファルトを抉ってようやく止まる。
しかし、先ほどの悲鳴を上げたのは実はアオであった。
『マスター?』
ソルが心配そうに声を上げる。
「……鉄すら打ち抜くほどの威力で打ち抜いたんだけどね」
相手が固すぎて自分のコブシがイカレタとアオは言う。
すぐさまクロックマスターで右手の時間を撒き戻して骨を接いだのでダメージは残ってはいない。
鋼の加護《マン・オブ・スチール》
サルバトーレ・ドニが英雄ジークフリートから簒奪した権能で、体を鋼より硬くしてその身を守る能力だ。
瓦礫を跳ね除けながらドニが立ち上がる。
唇は口角を上げているがそこから少量の血が垂れ流されていた。
「はははっ!君は凄いね。僕のこの体に普通にダメージを与えられる奴なんて神様ですら殆ど居ないのに」
とても楽しそうにドニは笑う。
アオは硬で攻撃した時、『徹』も一緒に使っていたのだ。
『徹』は衝撃を内部に浸透させる技術だ。打ち込まれたエネルギーは鋼鉄の体を伝わっていき表面よりも若干ながらやわらかい内部を傷つけたのだ。
とは言え、ドニにしてみればちょっとビックリした程度のダメージでしかないのだが…
立ち上がったドニは剣を片手に直線ではなく弧を描くようにアオへと迫るかと思いきやその途中で更に横移動。
周りに人が居たのなら何をしているのか分からないような行動で変則的な軌道を取りつつアオへと迫る。
速須佐之男命がそうであったように、目の前のドニも直感でことごとくアオが設置したバインドを潜り抜けていく。
『アクセルシューター』
「シュート」
けん制で放つ弾幕など鋼鉄の体を持つドニにはダメージはおろかその速度すら落とす役目を負わない。
「はっ!」
ついにドニはアオへとかぶりつき、振り下ろされたドニの大剣。アオは打ち上げるようにソルを引き抜くと迎え撃った。
ギィンッ
アオはオーラでソルの刀身を強化し、迎え撃ったはずだった。
「なっ!?」
しかし、突如ソルの刀身は砕け散りその衝撃は刃を伝わるように柄へと到達しようとしている。
アオは咄嗟に身を捻りクロックマスターを使い過程を破棄してその場を離脱し、焦ったように叫ぶ。
「パージしろっ!」
『くっ…』
侵食していたヒビが本体の宝石が付いている柄に差し掛かる前に刀身を破棄させるアオ。
刀身が抜け落ち、どうにか侵食が止る。
地面に落ちた刀身は粉々に砕け散ってしまっていた。
「これもアイツの権能か…」
悪態を付いたアオは右手にオーラを集めクロックマスターを使いソルの刀身の時間を逆再生させて再生させた。
「今のは取ったと思ったんだけどね」
ドニは凌いだアオを嬉しそうにみやる。
お互いに距離を取ってのほんの少しのこう着。
その時シリカから念話が入った。
【アオさん少し良いですか?】
【悪いが手短に頼むよ】
【えと、相手の権能の能力が分かったので教えておきますね。相手の能力はシルバーアーム・ザ・リッパーとマン・オブ・スチールの二つを使う事が多いようです。能力は…】
【いや、もう見たよ…切裂く刃と鋼鉄の体だろう】
【そうですか…ごめんなさい。役に立てなかったみたいで…】
【いや、そんな事は無いよ。ごめんっ!ちょっとマズイからまた念話は後で】
とシリカからの念話を切断し、既に地面を蹴っていたドニを迎え撃つ。
ギィン
アオはソルの刀身に今度はヒビすら入らずにドニの大剣を押し返す事に成功した。
「お?すごいね。それじゃあ今度は存分に打ち合えるかな」
ギィンギィンと幾合も打ち合うアオとドニ。
どうしてソルの刀身が破壊されなかったのか。
それはソルの刀身部分をアオが時間を凍結させ、それをも侵食してくるドニの権能に負けないようにオーラを振り絞り、さらに傷が付けられたならばすぐさま時間を逆行させているからだ。
ドニの重たい攻撃にアオは鞘を掴み、一瞬で日本刀の形へと変化させる。
ガィン
「はっ!」
刀をクロスしてドニの攻撃を受け、そのまま押し切る。
「へぇ…二刀流だったのか。うん、面白いよ」
アオはこっちは面白くも何とも無いと言う微妙な顔をする。
「それじゃ、ピッチを上げていくよっ!」
一瞬で距離を詰め、振りかぶった大剣を垂直に叩きつけるドニ。
「っ!」
アオはそれを受けずに避けた。
何故避けたのか。それは踏み込んだドニの足が地面を抉るほどだったからだ。それを見てアオはドニの重量が増しているのではと推察し、受けずに避ける事を選択したのだ。
結果、この選択は正しかった。ドニのマン・オブ・スチールはその身を鋼鉄の如く硬化させるだけではなく、その硬度により自身の重量を増す効果もある。
これを剣戟に載せればどうなるか。
只でさえ凄まじい破壊力を持っている攻撃にその重量から来るものもプラスされるのだからその効果は絶大だ。
実際ドニが大剣を振り下ろした地面には権能と重量によりクレーターが出来ている。
このドニの二つの能力はとても相性が良い。正に鬼に金棒と言うところだろう。
逃げるか、ともアオは思う。
クロックマスターで過程を省略すればおそらく逃げ切れると思う。しかし、この手の手合いは一度きっちりと優劣を決めるか相手をとことん打ちのめさないと周りの被害を省みず付きまとってくるタイプだ。
そう考え、危険だが逃亡の選択肢を除外したのだが…
と成れば相手を殺すか無効化するしか手が無くなる。
どうする?どうすればいい?と考えていたアオにふっとある感覚がよぎる。
今までは全く出来なかったはずの行動。しかし、それが出来て当然だと言う感覚。
権能の目覚めだ。
アオは直ぐにソルを鞘にしまい、素早く印を組んだ。
『火遁・豪火滅却』
土煙が舞う中、アオは火遁を行使。ボウッとアオの口から火の玉が放出されドニを襲う。
ザンッ
翠蓮も豪火球を割ったのだ。豪火滅却とは言え相手は魔剣の使い手、これくらいでやられるわけは無い。
とは言え、アオは敵の視界を塞ぎたかっただけだ。ドニの視界が完全に塞がれればそれで豪火滅却の役目は果たしたと言える。
「ちょっと暑かったかな」
などとほざいたドニの肌はほんのり日焼けしている感じだ。
バチバチバチと電気が放電する音が響く。
「本当に君は多芸だね。護堂もそうだったけど、君も大概に面白い」
ドニの眼前には人間の大きさで顕現させた雷神・タケミカヅチが現れ、剣先を向けていた。
巨漢であった時よりはまま消費が少なく、またその分起動も早いのだ。
アオはタケミカヅチを操りドニへと向かわせる。タケミカヅチは普通の人間では視認すら出来ない速度で駆け、フツノミタマを振り下ろす。
「甘いよっ!」
大剣を横に一閃。それだけでスミスや須佐之男ですら苦戦したタケミカヅチを切り伏せた。
タケミカヅチとのライン的な繋がりごと両断された為にアオは一瞬動転し、操っていた雷を再度掌握する事ができず、その為にタケミカヅチは霧散した。
「…まったく…あんたも大概だな…」
タケミカヅチはアオの持つ技の中では速度、威力とも申し分なく、人間など塵芥がごとく切り伏せ、魔法生物すら簡単に屠ってきたほどの術なのだ。それを一刀で切り伏せるドニの権能とその実力には正直、アオは恐れを感じていた。
アオはライトニングバインドを行使するが、設置されたそれは役目を果たす事も無く、虚空に振るわれたドニの大剣によって切裂かれる。
「見えないものをどうやって斬っているんだよっ!」
と、悪態を付きながらドニの攻撃をソルで受けるアオ。
「勘かな。なんとなく嫌な感じがするところを斬っているだけなんだけどね」
見えなくても有るのなら斬ってみせる。それが例え魔術でなく、魔法であったとしても。…それがドニの恐ろしい所か。
そう言うと大剣を片手で持ち上げ駆けてくるドニの攻撃をアオはソルを抜き放って受ける。
ギィンギィンと鈍い音が木霊する。
縦横無尽にまるで体の一部の如く大剣を扱うドニの攻撃に、アオは習得している御神流の技を全く使えなかった。
例えば四連撃の『薙旋』
一撃目を放てたとしても、ドニの技量から定型の二撃目など打たせては貰えまい。ごり押せば切り伏せられる。そんな嫌なヴィジョンが浮かんでうかつに使えないのだ。
しかし、剣技の境地へと至ったドニと至らないアオでは自力の差が出てくる。
アオは前述の通り、多くを修めた為の強者である。しかし、今はその他の技を幾ら使おうとドニの振るう大剣の前に無効化されてしまっている。
いや、切裂かれるだけならば大威力の攻撃でドニを沈められただろう。しかし、相手はそれすらも凌げる不死身の肉体を持っているのだ。
敵の攻撃を受けても傷つかず、自分の攻撃は必殺に値するドニは、アオにとっては正に相性の悪い敵であった。相手の土俵で戦わない事を選ぶ事が多いアオにしてみれば、剣技を競う今の状態は明らかに劣勢だろう。
剣術の天才のドニを相手に、それでもアオが互角に渡り合っているのは写輪眼による動体視力とたゆまぬ鍛錬で身につけた身のこなし故だ。
高速での攻撃はアオの方に分がある。もしかしたらドニにはアオの動きが見えていないのかもしれない。だが…空気のブレやアオの踏み込み、そして息遣いを感じ取りアオの攻撃に合わせて来るのだ。クロックマスターを使いトリッキーな攻撃に転じてもそれにさえ対応されてしまう。
「っあ!?」
キィン
ドニはついにアオの二刀を突き崩し、左手の刀ははじき飛び、右の剣は打ち上げられアオは胴ががら空きになってしまう。
「中々楽しかったよ」
だったらそのまま見逃せよとアオは心の中で悪態をつく。だが無情にもその凶刃はアオの胴を切裂いた。
「がっ!?」
胸部の甲冑を切裂き、そこから注ぎ込まれた呪力によりまず鎧が粉々に切り刻まれ、アオの体に致命傷を…与える事は無かった。
ポワンッと言う音を立てて消え去ってしまったからだ。
影分身の術。
アオは火遁・豪火滅却を使い、ドニの視界を奪った時すでに影分身をしていたのだ。
あの時の本命は時間稼ぎの後のタケミカヅチではなく、影分身であったのだ。
「ええー?」
自身と互角に戦っていた相手が霞みのように消えた事にドニは驚いたようだ。
ならばどこだと視線を動かすドニの右手を誰かが掴む。
「シルバーアーム・ザ・リッパー」
突然現れたアオがドニの右手を掴み上げそう呟くと、ドニの右手を覆っている銀色がアオの右腕へと移って行く。
アオは影分身をした後、ミラージュハイドの魔法や、絶などを使い、距離を取って、この瞬間がくるまで隠れていたのだ。
「な、なに?」
驚くドニだが既に遅い。ドニの腕からは銀色が抜け落ちて、手に持った大剣も輝きを失っている。それに変わりアオの右腕が銀色に輝いていた。
『偸盗《タレントイーター》』
アオが速須佐之男命から簒奪した権能で、その能力は他者からの能力の強奪である。
しかし、発動には幾つかのプロセスが必要なようだ。
まず、その技の発動をその目で見る事。
次はその技を自分の身で実際にくらう事。
そして相手に触れてその技の名前を呼び言霊でもって拘束し、強奪する。
この名前とは、その物を現す物ならば使用者が名付けたものでなくても良いようだ。
他にも幾つか条件がある内の三つ、今回は上記の三つを満たして発動条件をみたしたのだ。
戦いの中でこの能力の使い方を感じ取ったアオは、この能力を使い、ドニからシルバーアーム・ザ・リッパーを奪い取ったのだ。
アオはドニから手を離し、ソルを抜き放つと、銀色に輝く腕を振り上げ、ドニを斬り付けた。
「くっ…」
バキンッ
振り下ろされたソルに割って入った大剣は役に立たずに砕け散り、その太刀をドニは体で受ける事になってしまった。
ソルの刀身は鋼鉄の体であるドニを切裂き、吹き飛ばす。
「ここらで終いにしない?」
アオは吹き飛ばされて転がったドニを見てそう提案した。
ドニから彼の最強の矛は奪った。後は堅固な盾だが…さて、矛盾は一体どちらが勝つのか。
「僕から奪ったね?それを君は使いこなせるのかな?」
ひょっこりと立ち上がったドニは軽い口調で聞き返す。この奪った権能を使っても大ダメージには程遠いようだ。確かに胸部から血は流れ出ているが、カンピオーネのタフネスさからか、まだピンピンしている。
「さて。何となく出来るような気はしているよ」
それはカンピオーネの直感のような物だろうか。アオが肯定で答えた。
「矛盾の実践は僕が以前やっているんだよね。この権能を得た時に」
鋼鉄の体を持つ英雄を打倒して手に入れた能力なのだ。そして勝ったのはドニである。
パンパンと埃を払うように立ち上がるとマン・オブ・スチールを解除し、フランクに歩み寄ってくるドニ。
「いやぁ、参った参った。まさかこんな事になるとはね」
参ったとは言っているが、そんなに困っているようには感じられない。
「中々楽しめたよ。流石にサムライは違うね」
「サムライでは無いのだけれどね…」
「え、そうなの?」
現代日本にサムライは居ないのは日本国内だけの常識なのだろうか?
「その能力、強すぎちゃって剣の道を究める僕の目的を阻害しちゃってるような気がしてたから丁度良かったのかも」
「はぁ…?」
「つまりね、便利な道具に頼っていては自身の成長は望めないと言う事だよね」
うんうんと一人納得しているがアオには全然伝わっていない。
「それでも結構愛着のあるものだったから大事に使ってやって。それと今日は負けちゃったけど、もっと強くなって再戦を申し込むから、その時はまた心躍る戦いをしよう。その時まで負ける事は許さないよ」
そう言うとドニは勝手にアオの手を握り握手をすると「護堂によろしく」と言い置いて踵を返すと何処へ向かうのか分からないまま歩き出していた。
どうやら能力を奪われた事についてはそれほど執着は無いらしい。
「……えと…選択肢間違えた?」
『かもしれません。今後もちょっかいを出してくるでしょうね』
「やっぱり?」
ソルの言葉にアオは少し落ち込んだが、この場は収まっても事態が収集したわけでは無い。アオは封時結界を解くと空を翔け、事件の元凶を叩きに向かった。
後書き
スサノオから簒奪した権能はどうするか迷いました。嵐を呼ぶ権能にするか、金属を精錬する能力にするか、他多数。しかし、まあ盗人の神さまでもありますからねスサノオは。ムラクモにも盗み取る能力付いてますし、アオの適正を考えると嵐より盗み取る方に傾くかなと…バランスブレイカーな能力ですが、他者の能力を奪う権能は原作キルケーが普通に使ってますしね…
少し強すぎるかなとは思いますが、使用条件が厳しく、また何か力の核になる物が存在する能力や権能以外には使用が難しいのでそこまで活躍する能力では無いでしょう。…ただ、シルバーアーム・ザ・リッパーを奪ったのはやりすぎかなとは思いましたが…ドニにどうやって勝とうかと考えた結果ですので勘弁してください…ぶっちゃけ、真正面からドニの能力を破る事は単純ゆえにムリゲーレベルですよね…スサノオ完成体でぶった切ればあるいは…無理かな…
ページ上へ戻る