道化師
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第二幕その二
第二幕その二
「小窓を開けて待っていておくれ」
「小窓を」
それを聞いて舞台の後ろにあったその窓を開ける。
「そこから俺は顔を見せるから」
「それじゃ」
小窓を開けに行く。だがここで右側の扉から同じく道化師の服を着たトニオがやって来た。バスケットをその手に持っており、その中に買い物をしたと思われるものがあることから召使に扮していると思われる。
「奥様、これはこれは」
「何の用、タデオ」
コロンビーナはトニオ、いやトニオが演じるタデオをジロリと見据えた。さも邪魔者であるかの様に。
「買い物から帰って参りました」
「そうなの」
「はい」
「パリアッチョ、いえうちの人は?」
「御主人様ですか?」
「そうよ。何処にいるの?」
トニオはそれを聞いて夕方のことを頭の中で一人オーバーラップさせた。似ていると思った。
「出掛けられましたが」
一瞬だがトニオに戻っていた。だがすぐにそれはタデオの中に隠れた。
「そうなの」
「左様です」
恭しく答える。
「だったらいいわ」
「では奥様」
「待ちなさい」
歩み寄ろうとするタデオを制止して命令する。
「荷物はそこよ」
「はい」
荷物は部屋の端に置かせた。
「で、お金は」
「こちらに」
タデオは荷物を置くと彼女の側にやって来た。そして金を差し出した。
「少ないわね」
「ちょっと飲んでおりました」
下卑た笑いを浮かべながらこう答える。
「ほんのちょっとばかり」
「図々しいわね、いつも」
「まあ御駄賃ってことで」
「フン、まあいいわ」
「ところで奥様」
「何、その手は」
タデオはコロンビーナの手を握ってきていたのだ。彼女はその手とタデオの顔を険しい顔と目で見ていた。
「それはその」
「生憎あたしは身持ちが固くてね」
実際のうえでも全く違うことを言う。
「あんたは御呼びじゃないのよ」
プイ、と腕を振り解いた。
「とっとも出て行くのね、仕事が終わったら」
「そういうことだね」
そこにアルレッキーノがやって来た口を挟んできた。
「仕事が終わったら帰る。これが正しいのさ」
「そういうこと、またね」
「そういうことですかい」
「ええ」
コロンビーナはタデオを馬鹿にした目で見ながら述べた。
「さあ、出て行って」
「へいへい」
タデオは仕方ないといった動作で家を出た。だが家の外でふと呟いた。
「けれど見張ってはやるけれどな」
そう言って窓から二人を覗きはじめた。見れば二人はテーブルを囲んで楽しそうに話をはじめていた。
「久し振りね」
「ああ、全くだ」
二人は自然な芝居を続けていた。ネッダもペッペには何も含むところがないからだ。
「お酒あるかな」
「ええ、ここに」
ネッダは部屋の隅から瓶を取り出してきた。当然実際は只の空瓶である。
「お酒があると尚いい」
「逢引にはお酒っていうこと?」
「ああ、その通りだ」
アルレッキーノはその言葉に頷いた。
「他に使い道もあるしな」
「使い道って?」
「これさ」
ここで懐から小さな瓶を取り出してきた。
「それは何?」
「眠り薬さ」
アルレッキーノはニヤリと笑って答えた。
「これをパリアッチョに飲ませるんだ。酒に入れてな」
「酒に入れて」
「そう、そして二人で逃げよう」
そのうえで提案してきた。
「二人で」
「そう、二人でさ」
アルレッキーノはあくまで喜劇として演じていた。村人達はそれを見て笑っている。だがそうは受け取れない者もいた。他ならぬカニオがそうであった。
「何てことだ」
カニオはその劇を舞台の出入り口から覗き見て陰惨な顔になっていた。
「同じだ、実際と」
ネッダの逢引の後の言葉を思い出す。
「一緒だ、何もかも」
彼が暗澹としているうちにも舞台は進む。タデオが騒ぎはじめた。
「あっ、旦那様」
「えっ」
「もう帰って来たの!?」
タデオの言葉を聞いてアルレッキーノもコロンビーナも驚いて椅子から立ち上がった。
「これはまずい」
「とりあえずあんたは隠れて」
「あ、ああ」
アルレッキーノはそれを受けて左の扉から出る。カニオはそれをみてまた呟いた。
「ここでも同じだ」
「早く、早く」
コロンビーナがアルレッキーノを急かしていた。そろそろ出なければならない。
「行くか」
カニオはそう呟いてパリアッチョになった。そのうえで舞台に出て来た。
「おい」
パリアッチョになって部屋の中に入る。
「今ここに誰かいなかったか?」
「誰も」
「そう、今はな」
カニオ、いやパリアッチョはコロンビーナの言葉に意地悪く返した。
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