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道化師

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第二幕その一


第二幕その一

                    第二幕 もう道化師じゃない
 七時が近付いてきていた。芝居のテントに人が集まってきていた。
 テントはかなり大きなものであった。中には区切りまであり、そこでカニオ達も着替えをしていたのである。
「繁盛してますね」
「ああ」
 カニオはテントの中に入って来る客達を舞台裏の入り口からペッペと一緒に見ていた。トニオが彼等の案内をしている。
「さあさあこっちですよ」
「トニオも頑張ってますね」
 ペッペはそっと同僚を立てた。
「ネッダはどうしている?」
 だがカニオはそれには応じずネッダについて聞いてきた。
「ネッダですか?」
「そうだ。今は何をしていた?」
「俺の手伝いで客席の椅子の用意をしてそれからはお金集めてますよ」
「そうか、金か」
「それが何か?」
「いや、何もない」
 カニオはそう言ってその話を終わらせた。
「座長」
 ペッペはそんな彼を慰めるようにして囁いてきた。
「何もないに決まってますから」
「そうか?」
「ええ、きっと。ネッダだって馬鹿じゃありませんし」
 実は違うことを思っていたのだがあえてこう言ったのだ。
「安心して下さいよ。いいですね」
「わかった」
 カニオはそれを聞いてペッペの言葉を信じようと思った。努力をしてだが。
「じゃあそうさせてもらうか」
「そろそろはじまる時間ですよ」
「最後のチェックをしておくか、舞台の」
「はい」
 二人はそう言って舞台裏に引っ込んだ。そしてそのまま消えた。
 客達は次々に席に着いていく。その中にはあのシルヴィオもいた。
「おい、シルヴィオ」
 村の仲間達が彼に声をかけてきた。
「何だ?」
「昼何処にいたんだ?探したんだぞ」
「ああ、ちょっとな」
 シルヴィオはわざと素っ気無い言葉を返した。ネッダのことを気付かれたくなかったからだ。
「散歩してたんだ」
「散歩か」
「そうさ。いい運動になったよ」
「御前はどうも運動不足には見えないけれどな」
「最近何かと食べ過ぎでな」
 笑って応えている。
「チーズをかい?」
「それとワインと。痩せなくちゃ健康に悪いしな」
「気にし過ぎだろ?そんなこと言ってたらうちの親父なんかどうなるんだよ」
 仲間達の中の一人が言った。
「ビヤ樽みたいになってるんだぜ。それと比べれば御前さんなんて」
「若い頃から気を着けてるのさ」
「やれやれ、心配性だね」
「じゃあ酒も控えるんだな」
「ああ、暫くはそうするさ」
(ネッダと駆け落ちして暫くはな)
 心の中の言葉は誰にも話さなかった。そして彼は客席の隅の席に座った。
 そこに金を集めているネッダがやって来た。何気ない様子を装っている。
「カニオ」
「ああ」
 そっと彼に囁いてきた。
「安心していいわ。あの人はあんたの顔は見ていないから」
「そうか。じゃあ明日の朝だな」
「ええ、夜明け前に」
 二人はこっそりと囁き合う。
「待っているからな」
「朝になればあたしは自由に」
「俺とずっと一緒だ」
「わかったわ」
 二人はそれだけ言い合うと別れた。客席が満員になった時にトニオがその手に持つドラムを大きく叩いた。派手な音がテントとその周りを支配した。
「さあ時間ですよ」
「やっとか」
「待ちくたびれたぞ、おい」
 客達はテントの席で口々に言う。
「パリアッチョの復讐、もうすぐはじまります」
 舞台裏からカニオの声がした。
「色男とイチャイチャする女房、その女房にパリアッチョはどんな復讐をするのか。是非お楽しみ下さい」
 今度はペッペの声がした。そして調子外れたラッパの音と共に舞台が開いた。
 舞台は貧弱な書き割りであった。両側にドアがあり、奥に窓が着いた小さな部屋が現わされている。舞台の中央にはテーブルが一つに葦で作られた粗末な椅子が二つ置かれている。その中で道化師の服に身を包んだネッダが心配な顔でウロウロと歩き回っていた。
「あの人、まだ来ないのかしら」
 彼女は役になりきっていた。今はネッダからコロンビーナになっている。
「いつも遅いんだから。逢引の約束をした時は」
 それが彼女の心配の原因であった。そう呟くと遠くからギターの響きが聴こえてきた。
「コロンビーナ」
 それはペッペの声であった。舞台の裏から聴こえて来る。
「今からそっちに向かうよ」
「やっとね、アルレッキーノ」
 ペッペ、いやコロンビーナはそれを聞いて一気に晴れやかな顔になった。
「今からそっちに行くよ。そしてその可愛い顔と唇に接吻を」
 ペッペもまたアルレッキーノになりきっていた。だがネッダのそれ程ではなかった。ネッダは完全にその役になりきってしまっていた。
 
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