水の国の王は転生者
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第八十九話 ダーボル城塞
ゲルマニア皇帝の死から一ヶ月が経ったが、未だに選帝侯による次期皇帝を選ぶ選挙は行われていなかった。
皇帝の死を知った各選帝侯が帝都プラーカへ向け歩を進めている頃、プラーカにいち早く到着したオーストリ公アルブレヒトの軍勢とブランデルブルク辺境伯ヴィルヘルムの軍勢、その貴下のゲルマニア騎士団とが数週間に渡って延々と睨み合いを続けていた。
このにらみ合いの発端は、ゲルマニア皇帝の死から僅か五日後。いち早くプラーカ入りしたオーストリ公アルブレヒトの行った遺言状の偽造に端を発する。
次期皇帝最右翼のオーストリ公アルブレヒトは、プラーカ入りした後すぐに前皇帝の親族を地下牢に監禁し、自らがゲルマニア皇帝に成るべく既成事実の作成を始めた。
アルブレヒトの辣腕に前ゲルマニア皇帝の家臣達の多くは裏返り、アルブレヒトに協力をした。当然、アルブレヒトのやり方に異議を唱える者も居たが、彼らもゲルマニア皇帝の親族同様に地下牢に入れられ、態度を決めかねていた者達は、その行為に恐れをなしアルブレヒト指示に雪崩打った。
『全ては順調。小うるさいヴィルヘルムがいくら意義を言った所で、証拠は既に出来上がっているのだ』
などと嘯いたアルブレヒトは、前ゲルマニア皇帝コンラート6世の皇子が既に他界している事に目を付け、自らをコンラート6世の養子とする遺言状を捏造した。
この時ヴィルヘルムの軍勢とゲルマニア騎士団は、まだ皇帝の死を知らず、全てはアルブレヒトの筋書き通りに事が運ぶはずだった。
そう、ここまでは全てが順調だった。
事が起こったのはアルブレヒトとオーストリ軍がプラーカ入城の三日後。
アルブレヒトの命令で、ヴィンドボナから筆跡のコピーに長けた人材を急な出兵で用意できなかった食料を積み込んだ輜重隊に同行させていたら、突如現れたメイジを中心とした武装集団の奇襲で人材は死亡し輜重隊も大きな被害を受けてしまった。
驚いたアルブレヒトは初めは激しく激昂したが、すぐに冷静さを取り戻し謎の武装集団が皇帝を殺した犯人だと見抜いたのは流石だった。
アルブレヒトは遺言状の捏造を止めて、皇帝殺害の犯人を討ち次期皇帝選出の大義名分を得る事に変更すると、オーストリ軍に謎の武装集団の追跡を命じたが、武装集団は既に姿を消してしまい、その影すら踏ませる事はなかった。
ここでアルブレヒトは無為の時間を浪費してしまい、その後すぐにブランデルブルク辺境伯が、ゲルマニア騎士団を引きつれプラーカに到着してしまった事でアルブレヒトの野望は破綻してしまった。
そして現在、プラーカ市内では両陣営の兵士達が睨み合いを続け、プラーカ城ではいつ終わるとも知れないトップ同士の話し合いが執り行われていた。
……
プラーカ城内にある巨大な会議室。
本来は皇帝を迎えての重要な案件を話し合う為の大会議室だったが、今では二人の野心家が鎬を削る場と化していた。
ヴィルヘルムが踏み込めばアルブレヒトは巧みに"いなし"、アルブレヒトが粗暴な行為を諌めるとヴィルヘルムは広い会議室に響く声で怒鳴り散らした。
アルブレヒトは理論然に攻めても一向に引かないヴィルヘルムに業を煮やし、アルブレヒトは切り札の切る事にした。
「貴様、いち早くプラーカ入りして何をしていた。前の皇帝の親族連中が一向に姿を現さないのはどういう事だ。よもや、どこかに監禁したのではなかろうな?」
「何のことだ?」
「惚けるな。いつもなら小うるさい親類連中が、未だ我らの前に出てこない、お前が手を打ったのであろう? なんて男だ!」
「ヴィルヘルムよ。お前が一番でプラーカ入りしても、お前だって私と同じ事をしただろう」
「む……」
ヴィルヘルムは言葉に詰まった。
図星だったのか、ヴィルヘルムは嫌そうな顔をして、アルブレヒトを睨みつけた。
「お前は分かりやすいからな。自分の栄光の為なら何でも利用する。邪魔と感じれば誰が何であろうとも排除する、そういう奴だ」
「ふんっ!」
「正直な所、ここでお前と不毛な議論をしても無駄な時間を浪費するだけだ。私は皇帝陛下を殺害せしめた輩の退治に向かう。お前はここで遊んでいろ」
「どういう事だ!」
「耳が遠くなったのか? 皇帝陛下を殺害せしめた犯人の討伐に行くのだ」
「何故お前が知っている!」
「知っているも何も、お前がプラーカに入る前、我が軍の一部がその犯人の軍勢を接触したのだ」
そう言ってアルブレヒトはマントを翻し、大会議場を出ようをすると、ヴィルヘルムが待ったをかけた。
「待て! 皇帝の敵をとるのは俺だ!」
ヴィルヘルムはそう言うや否や、護衛の家臣達と共に大会議場を出ると、自分の軍勢に出撃命令を出した。
大会議場に残されたアルブレヒトは一人ほくそ笑む。
(ヴィルヘルムよ、だからお前は馬鹿なのだ。政治とは騙しあい嘘の付き合い……精々何処に居るか分からない賊を追って無駄な時間を潰すがいい、私はプラーカに残って他の選帝侯に対し多数派工作を取らせて貰おう)
謎の武装集団はアルブレヒト自身無視できる存在ではなかったが、輜重隊が倒された事で出兵できる程の食料を準備するには時間が掛かった。
それに多数派工作の前にヴィルヘルム一派をプラーカから遠ざけたかったアルブレヒトは、一芝居打つことで、ヴィルヘルムに皇帝殺害の実行犯を倒させす事を思いついた
いくらヴィルヘルムが、武装集団を倒し次期皇帝の大義名分を主張したとしても、それを決めるのは二人を含めた七人の選帝侯で、先に多数派工作を行っていれば問題ない。
二時間後、ヴィルヘルムを含めたブランデンブルク軍とゲルマニア騎士団はプラーカを離れ、謎の武装集団の姿を求めてボヘニア全土へ散らばっていった。
再び、プラーカの主となったアルブレヒトは、各選帝侯へ使者を飛ばし地固めを確実の物とした。
☆ ☆ ☆
帝政ゲルマニア、ボヘニアのとある地方に『ダーボル』と呼ばれる地方がある。
チェック貴族のダーボルはこの地の出身で、代々、姓をこの地から取ったいた。
プラーカを脱出した碧眼のヂシュカを始めとする独立派の人々は、この地のダーボル城塞に身を隠し、ゲリラ戦を行いながら反撃の時を窺っていた。
「おお~い、戻ってきたぞぉ~!」
城門で見張りをしていた男が、ゲリラ作戦から帰ってきたヂシュカを主将とする小部隊を見て、城塞内の人々に大声で知らせた。
ヂシュカが指揮する小部隊は、オーストリ軍の輜重隊を襲撃すると、食料の奪取に成功し意気揚々とダーボル城塞に帰還した。
「よく戻って来たな!」
「しかも、戦利品付きよ!」
襲撃部隊はダーボル城塞の門をくぐると、老若男女様々なチェック人達がヂシュカ達を称えた。
ダーボル城塞にはチェック貴族だけでなく、チェック人の農民も多く寄せていて、敷地内でフシテツ神父の遺産であるジャガイモの栽培したり様々な雑用をしたりと、ダーボル城塞はかなりの大所帯と化していた。
左目を眼帯で覆い、赤茶色の髪を短く切ったヂシュカは、食料を満載した馬車の前に立ち、あれこれ命令を下すと解散を命じた。
「よし、奪った食料を食糧倉庫に入れたら解散だ」
『うぇ~い』
ヂシュカの命令にチェック貴族や平民の兵士も声を上げて答え、馬車に積み込んだ戦利品の食料を食料庫まで移動させる作業に入った。
ヂシュカは後始末を部下達に任せると、城塞内に入りそのままの足で留守番のダーボルの所へ向かった。
城主の部屋に居たダーボルは、取り巻きの貴族達とテーブルの上に無造作に山積みされたエキュー金貨で金勘定をしていた。
「今戻った……、と、それはなんだ?」
「見て分からんか? 金だ」
「いや見れば分かる。私が言いたいのは、何処からそんな大金を用意したのかだ」
ヂシュカのもっともな答えを聞いたダーボルは、ドヤ顔をしてエキュー金貨を手に入れた経緯を話し出した。
「お前が留守の間、部下を四方へ飛ばし、資金提供を募ったその成果だ。ゲルマニアの支配を憎む者達は多く、10万エキュー以上をポンと渡してくれた者も居たぞ」
ダーボルの説明にヂシュカは、生前のフシネツ神父が残した言葉を思い出した。
(……どうも怪しい。フシネツ神父は外国勢力がゲルマニアの混乱を望んでいて、その資本がこいつらに回っているような事を言っていた。まさか今回もそうなのか?)
ヂシュカはその事について問いただそうと思ったが、目の前の大金はこれからの戦いに都合が良い為、喉まで出かかったこと間を飲み込んだ。
「この城塞のことを喋ったのか?」
「喋る訳ないだろう。俺を何だと思っている」
「……それはそうと、結構な額の金を集めたな」
「誤魔化したな、まあいい。この分の金があれば大量の武器を買い付ける事も出来るし、お前が奪った食料で半年以上の篭城も可能だろう」
「そうだな、後は誰かが暴走しないように、皆を統率することが大事だ」
二人の話は続き、チェック人たちの行動指針が決められていった。
……
それから数週間の時間が経ったある日、物見に出ていたチェック貴族が慌てた様子でダーボル城塞に駆け込んできた。
「大変だ! ゲルマニアの軍隊が近くに現れた!」
ヂシュカはその報告を練兵場で聞くと、数十名の物見を出してゲルマニア軍の動向を徹底的に監視する体制を取った。
「どうするのだ? このままこの城塞に居ては発見されるのも時間の問題だ。逃げるか、それとも一戦交えるか……」
ダーボルがヂシュカに聞くと、
「今見つかるわけにはいかない。どこかに身を隠そう」
「それらば、すぐに城塞を放棄させるよう命令を出す」
ダーボルが命令を出しに行こうとすると、ヂシュカが待ったをかけた。
「いま、まて、放棄の必要は無い」
「何故だ? 身を隠すのではなかったのか?」
クエスチョンマークがダーボルの灰色髪から出てきた。
「私に考えがある……城ごと移動すればよいのだ」
不適に笑ったヂシュカは指揮棒型の杖を振って、魔法のスペルを唱えだした。
瞬間、ダーボル城塞が地響きに揺れ、農作業をしていた農民達は、突如起こった異変に腰を抜かしその場から動けなくなった。
「な、何事だ……!」
ダーボルが揺れる大地を器用に歩きながら城壁へと向かうと、城塞の基礎の部分から土で出来た巨大な足が六本生えて城塞ごと移動を始めた。
「ヂシュカ、何をした」
「せっかくジャガイモを植え、補修も終えた城塞を、このまま蜂起するのは勿体無い。そういう訳で城塞ごと逃げる事にした」
土のスクウェアメイジであるヂシュカの魔法は、クリエイトゴーレムの応用で、ゴーレムの足だけを城塞から生やし、城塞ごと移動させる奇想天外な魔法だった。
「……城塞ごと逃げようとは」
「開いた口が塞がらんか?」
「まあな。ここから山を三つ越えた所に深い谷があったはずだ、まずはそこに身を隠そう」
「分かった。早めに移動しないと精神切れを起こす、少し揺れるが我慢するように皆に伝えてくれ」
ダーボル城塞から生えた6本の巨大な足は、ゆっくりとだが急いで山を駆け下りた。
「……揺れるな」
ヂシュカの魔法で、チェック人を乗せたダーボル城塞は、三つ山を越した所にある深い谷に逃げ、ゲルマニア軍の捜索を振り切ることに成功した。
☆ ☆ ☆
ゲルマニア騎士団団長のフリードリヒは、ブランデルブルク辺境伯ヴィルヘルムの命令で、前皇帝を殺害した謎の武装組織を追って、ダーボル地方まで出張っていた。
ブランンデルブルク軍はプラーカを離れボヘニア各地に散り、本来なら決戦戦力であるゲルマニア騎士団にも捜索の命が下った形だった。
「本来ならば我々は温存して、しかるべき時に備えなければならないというのに、口惜しいです」
火竜の背に乗り、そう愚痴をこぼすのは、フリードリヒの右手でゲルマニア騎士団副団長のシャルルンホルストという若者だった。
ブラウン色の髪をしたこの青年は、軍才だけならフリードリヒ以上といわれる逸材で、ヴィルヘルムの支援がなければ、団長の座はフリードリヒではなく彼の物だったと、周りの物は噂し、フリードリヒもその事を認めていた。
「そう言うな。魍魎跋扈するプラーカから離れられただけでも幸運だ」
そう諌めるのはフリードリヒで、彼は巨大な火竜の背に乗り、シャルルンホルストの火竜と大空を併走していた。
主君であるヴィルヘルムとオーストリ大公アルブレヒトとの間に、どの様な話し合いが持たれたのかフリードリヒは知らない。
「態よくプラーカを追い払われたのだろう。そして政敵の居なくなったプラーカで、オーストリ大公が根回し工作をする事で、次期皇帝への道を確固たる物にする」
フリードリヒにはこの後に起こることは簡単に予想できた。
「団長。何故、団長はその事を辺境伯に報告しなかったのですか?」
「叔父上はそういった小細工はお嫌いな方だ……それに、言ったところで、上手く立ち回れる知恵は持ってはいまい」
「……そ、そうですね」
シャルルンホルストもヴィルヘルムの人となりは良く知っている為、多くは語らなかった。
「こうなっては手遅れ。残念だが、叔父上は皇帝になる事は出来ないだろう」
「して、団長はこの状況をどう利用されるおつもりで?」
「叔父上を追い落とす為にオーストリ大公に接近する。副団長、誰か連絡役をプラーカに派遣したいのだが、良い人材を選別して欲しい?」
「分かりました。早速、プラーカへ向かわせます」
シャルルンホルストはすぐに命令を下し、騎士を数名プラーカに向かわせ、アルブレヒトに接近する工作を始めた。
……
ゲルマニア騎士団がダーボル地方を重点的に捜索した結果、幾つかの報告がフリードリヒに上がってきた。
その報告の中に、『昨日まで在った空き城が、夜が明けたら消えていた』、よいう不可解な報告が上がり、フリードリヒはシャルルンホルストを従えその地に赴いた。
「……ここだな? 報告にあった消えた城が在った場所は」
「そうです。土地の者に聞いたところ、朝起きたら城が消えていたとの事です」
「しかし、消えたとは不可解な報告だな、どういう意味だ」
「そのままの意味だと思われます。恐らく報告にあった空き城に例の武装集団が占拠していたのでしょう」
「土地の者には、山賊辺りが住み着いたと報告は無かったのか?」
「その辺りの事は報告にございませんでした」
「……元々は戦闘が専門の騎士か、そこまで考えが回らなかったか」
騎士団に不得手な仕事を押し付けられた事を改めてお思い知り、フリードリヒはため息を付きたくなった。
「しかし、巨大な城を移動させたのか、それとも証拠隠滅の為に城ごと消滅させたのか、疑問はつきません」
「……ともかく、城があった場所に降りてみるか」
フリードリヒは火竜の背から下界を覗くと、そこには何か巨大な物で大地をえぐった様な跡が残されていた。
「見事に何も無いな」
「団長見てください、微妙にですが草が重いもので踏み倒された跡があります」
シャルルンホルストの指差す先には、何か大きなもので踏み潰された草の跡があり、それは山の向こう側にまで続いていた。
「まさか城に足が生えたとでも言うのか?」
「まさかその様な……」
「無いとも言い切れないが……よほど急いでいたのか、それとも阿呆なだけなのか、足跡を消す事を怠ったようだ」
「どうしますか? 足跡を追いましょうか?」
「そうだな……」
シャルルンホルスト尋ねると、フリードリヒは考える素振りをした。
(徹底的に捜索すれば見つけることは可能だが、叔父上の利益になるような事はしたくないな……ん?)
フリードリヒが空を見上げると、シャルルンホルストも釣られて空を見上げた。
空には伝令用の飛竜を駆る騎士が、フリードリヒ達の所まで飛んできた。
「騎乗にて失礼いたします! ポラン地方で地方貴族が反乱との事です!」
「……! 伝令ご苦労!」
「ははっ!」
伝令の騎士は一礼すると、飛竜を空中で翻し何処かへ飛んでいってしまった。
「聞いたな副団長」
「はい、ボヘニアといい、先ほどのポランといい、現在のゲルマニアは不幸続きだな」
「いかがいたしましょう? 一度、辺境伯の所に戻り指示を待ちますか? それとも、このまま巨大な足跡を追って捜索を続行しますか?」
「一度戻ろう、もはや一武装組織を倒すのとは訳が違う、大規模な反乱だ」
「分かりました。各騎士達にも帰還命令を出します」
「任せる」
シャルルンホルストは自らの火竜に飛び乗ると、他の騎士の所まで飛んでいった。
「……私もこの状況を利用させて貰おう」
この日を境にフリードリヒの野心に火が灯り、ヴィルヘルムの追い落としを画策するようになり、フリードリヒは身辺の騎士達を信頼の置ける者に変え、『その時』に備えだした。
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