水の国の王は転生者
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第八十八話 それぞれの思惑
御前会議は終了したのは深夜の事で、ほとんどの閣僚達はそれぞれ帰宅の徒についた。
マクシミリアンは、自分の寝室にもカトレアの寝室にも戻らず、外務卿のペリゴールと共に執務室にて、諜報局長のクーペの帰還を待っていた。クーペはフランケン大公の領地に潜入していて、今回のチェック貴族の暴走を聞き、急いでトリスタニアへ戻る途中だった。
「陛下。陛下のご用とは、執務室で私とお茶を飲むことなのですか?」
「まあ、もう少し待て。もうすぐクーペが帰ってくる」
「諜報局長のクーペ殿がですか? そう言えば午前会議の際見かけませんでしたね。もしや、ゲルマニア関連でトリステインを空けておられたのですか?」
「そうだ。これからのゲルマニア問題は、ペリゴールが広く薄く表の情報収集をやらせて、クーペの情報局には狭く深く裏の情報収集をやらせる」
「裏と表の情報収集でしたら、何も深夜の密会の様にせずとも、後日、改めて御前会議の場で話し合えば良いのではないですか?」
「優秀な人材を深夜にまで働かせるのは、僕としても心苦しいが、外務卿。キミを僕とクーペが進める陰謀に巻き込みたいのだよ」
「陰謀……ですか?」
「その通り、詳細はクーペが来た際に話す。間もなく来ると思うから、もう少し待っていてくれ」
「御意」
ペリゴールは一度、椅子から立ち上がると、マクシミリアンに最上級の礼をした。
元僧侶の経歴を持つペリゴール。蓄財しか楽しみがなかった僧侶時代とは雲泥の差で、目の前の若き主君に仕える事は、自分の才覚を最大限に発揮できる絶好の機会であり、敵であった自分を外務卿という重要なポストに就けてくれた事に恩も感じていた。
……
その後。マクシミリアンとペリゴールはセバスチャンが淹れた紅茶を口に含みながらクーペを待っていると、マクシミリアンの脳内に何か反応があった。
(む、ウォーター・ビットに感。誰だ? クーペか?)
国王に即位してからのマクシミリアンは、暗殺防止の為、周囲にウォーター・ビットを展開させ警戒を怠らないようしていたが、ウォーター・ビットの1基が深夜の執務室に近づく有機物を感知した。
執事のセバスチャンは、執務室の外で守衛の兵士と共に居たが、ドアの向こう側の二人とは別の反応が近づいて着ていた。
マクシミリアンが警戒しつつ、外の様子を窺っていると、ノックの後にセバスチャンが現れた。
「どうした、セバスチャン」
「クーペ殿と名乗る女性が現れまして、陛下にお目通りを願っております」
「女性? 多分、クーペが化けた姿だろう。入室を許可するように取り計らえ」
「ウィ、陛下」
マクシミリアンが許可すると、旅装姿の若い女性の姿をしたクーペが執務室に入ってきた。
よほど急いでいたのか、クーペのその姿は、フランクヴルトでフランケン大公の城に潜入したヨゼフィーネの姿のままだった。
「一ヶ月ぶりかクーペ。妙な事態になったものだな」
「お久しぶりにございます陛下。私も今回の件は予測不能でした」
クーペにとっても、チェック貴族の暴走は寝耳に水だったようだ。
「明日の朝にしても良かったが、早急に対策を取るべきと僕の直感が言っているので、迷惑だろうが付き合って欲しい」
「分かりました。私としても一刻も早く、ゲルマニア対策をしたいので望むところです」
「そうか、まずは紹介しよう。知っていると思うが、外務卿のペリゴールだ。彼とも情報を共有して、トリステインの外交に役立てるように動いてもらう。いいな、クーペ」
「陛下のお心のままに。初めましてペリゴール殿。応急では何度かお目にかかった事がございます」
「直接お話しするのは初めてですな。クーペ殿」
クーペがは了承するとペリゴールと握手をした。
「さて、お互いの親交を深めさせるのも良いが、早速本題に入ろう」
そう言うと、マクシミリアンは杖を振るい『サイレント』の魔法を唱えた。
「御意。まずは我が諜報局が掴んだ情報を提示いたしましょう」
「よろしく頼む」
諜報局の情報では、ゲルマニア皇帝が殺害された日の前日。スラヴ人の神父が異端審問会に掛けられ、公衆の面前で火炙りにされ死亡した事を掴んでいた。
だが、その後のチェック貴族の行方は分からず、諜報局員がかなりの数の人員を割いて、チェック貴族の捜索に当たっていた
「スラヴ人の神父が? どの様な人物なのだ」
マクシミリアンがクーペに問うた。
「元僧侶のペリゴール殿の前で恐縮ですが、ロマリア坊主の割りに傑物だったそうにございます。スラヴ貴族の大多数が彼に傾倒していたと報告にございました」
「なるほど、惜しい人材だったみたいだな」
「御意。話を続けますが、火炙りの次の日に皇帝が殺害されたというのは、いくらなんでも出来すぎています、十中八九、犯人はスラヴ貴族の者でしょう」
「正直、いらん事をしてくれたと吐き捨てたくなる」
「いかがいたしましょう陛下。彼らの支援を中止たしますか?」
クーペがマクシミリアンにお伺いを掛けた。
蚊帳の外だったペリゴールが、『支援』という言葉に反応した。
「お待ち下さい、支援ですと!?」
「ああ、ペリゴール。僕の言った陰謀とはこの事だ。彼らスラヴ人を支援して、しかるべき時にゲルマニアに混乱を起こさせ、行く行くは大国ゲルマニアを分裂させる計画だったが、彼らスラヴ人のお陰で大幅な修正を余儀なくされてしまった」
「なんと……」
ペリゴールは絶句した様子で二人を交互に見た。
「どうだ、ペリゴール。怖気づいたか?」
マクシミリアンがペリゴールに問うと、ペリゴールは『にやぁ』と口を三日月型にして笑った。
「いえいえ、むしろこんな面白そうな集まりに今まで誘ってくれなかった事を、逆に問いただしたいですよ」
「結構。それでは、『これから』の事について協議を始めよう」
『御意』
クーペとペリゴールが同時にハモリ、深夜の執務室にて3人の悪巧みが始まった。
……
御前会議では綱紀粛正の為にゲルマニアへの侵攻の無謀を解いたが、本来の計画では、たっぷり時間をかけて準備し、スラヴ人の蜂起祭りに託けて、東ロレーヌを含めた西ゲルマニア各地を切り取る予定だったが、こうなってしまっては、修正をせざるを得ない。
マクシミリアンは、これからのゲルマニア工作に付いて所見を述べた。
「今、プラーカのスラヴ人を見捨てれば、これからのゲルマニア分裂工作は難しい事になるだろう。そこでプラーカの反乱を支援する為にも、他の地域のスラヴ人も蜂起させよう」
「そうですね。同時多発的に反乱を起こさせなければ、プラーカの出来事を聞いて各地のスラヴ人が勝手に蜂起する可能性は十分あります。そうなれば、反乱は各個撃破的に鎮圧されてしまうでしょう」
新しく悪巧みに加わったペリゴールも、マクシミリアンの案に賛同した。
「クーペはどう思う?」
「各地のスラヴ人を一斉蜂起させる事には異論はありません。ですが、鎮圧させるゲルマニア側にも混乱させる『何か』が欲しいですね」
「そうだな……」
マクシミリアンは座っていた椅子に体重を掛けると、腕を組んで何やら考え始めた。そこにペリゴールが手を挙げる。
「陛下。参考になるか分かりませんが、お耳に入れたいことがございます」
「なにか、ペリゴール」
「外交官の世界では良く知られた事なのですが、オーストリとブランデルブルク、二つ選帝侯は大変仲が悪く、何かにつけいがみ合っております」
「ふむふむ、面白い情報だな。クーペ、この情報を元に何か策は無いか」
「ペリゴール殿の言われた、二つの選帝侯を争わるのが定石でしょう。陛下、我ら諜報局に工作活動をお命じ下さい」
「分かった、工作の詳細ついてはクーペに任そう」
「お任せ下さい。スラヴ人の反乱に政情不安とゲルマニアは面白い事になるでしょう」
ヨゼフィーネの顔をしたクーペは、田舎臭い笑顔をマクシミリアンとペリゴールに向けた。
「さて、東ゲルマニアに関してこの程度にしておくとして、問題は西ゲルマニアだ。フランケン大公がどの様な人物かは知らないが、かの烈風カリンと互角にやり合った男が、出張るとなると大公にも何か策を考えなくてはならない。クーぺ。キミは先日までフランケン大公の下に潜入していた。それを踏まえて何か策あるか?」
マクシミリアンが、西ゲルマニアの工作についてクーペに意見を求めた。
「策はございます。しかも西ゲルマニアの雄、フランケン大公を破滅させる策が」
「ほう、それは面白そうだ」
「してクーペ殿。どの様な策を用いるのですか?」
「それはですね……」
ペリゴールの問いかけに、クーペはマクシミリアンとペリゴールの顔に近づいて、ボソボソと耳打ちをした。
「フランケン大公は、戦場では無類の強さを見せますが、私生活では無能力者に近く、近臣の者に内政を牛耳られております」
「近臣の者とは例のロトシルトの事か?」
「その通りにございます陛下。あの男は金の為なら主君すら質に入れるでしょう。ロトシルトも、主君共々破滅させます。ご期待下さい」
「ほほう、流石はクーペ殿」
「分かった。西ゲルマニアの工作についてもクーペに任せるとしよう」
「御意にございます」
こうして東西ゲルマニアに仕掛ける工作活動の概要は決まった。
「本来の計画では、スラヴ人の『お祭り』に託けて、西ゲルマニアをいただく積もりだったが、現在のトリステインは人員の育成とトリスタニア増築計画等で兵に回せる労働力が無い」
「焦りは禁物です陛下。今は時間を稼ぎましょう」
「ペリゴール殿の仰るとおりです。工作活動を重点におき、ゲルマニアの弱体化を待ちましょう」
「……トリステイン王国の未来の為にも、ゲルマニアとガリアの二つの大国に挟まれたこの状況は悪夢以外の何者でもない。まずゲルマニアには幾つかの小国家に分かれてもらおう」
「そして、ガリアへの工作ですね?」
「その通りだクーペ。ガリアも二等分無いし三等分させて、トリステインへの脅威度を下げよう」
「なんとも面白い時代に生まれたものです。このペリゴール。全身全霊をかけて陛下に忠誠を誓いましょう」
「頼りにしているぞペリゴール」
こうして3人の悪巧みは、夜が明けるまで続けられ、対ゲルマニア工作の第一段階として、東ゲルマニア各地のスラヴ人を蜂起させ資金援助を続ける事、第二段階として、オーストリ大公とブランデルブルク辺境伯を争わせゲルマニア側に混乱を誘発させる事、そしてフランケン大公への工作と、以上の三つが執行される事が決まった。
☆ ☆ ☆
ゲルマニア皇帝殺害から二週間後。
ガリア王国の王都リュティスのとある貴族の屋敷では、盛大なパーティーが催されていて、オルレアン公シャルルも、ゲストとしてパーティーに招待されていた。
主催者の貴族はかなり大きな屋敷で、参加者達は金に糸目をつけない贅を凝らした料理に舌鼓を打ち、魔法を使った演劇でガリアでは良く知られた劇団を呼び余興を楽しんだ。
だがこのパーティー。表向きこそ良くある貴族のパーティーだったが、このパーティーの本当の目的は、次期ガリア国王へシャルルを推す、いわゆるシャルル派の支持者パーティーだった。
シャルルは王位に興味が無いような素振りを見せていたが、シャルルを支持する貴族達に押されるように、王位への興味を示し始め、今ではこの手の支持者パーティーに積極的に出席するようになっていった。
現在ガリアでは、シャルルの父である現ガリア国王が老齢という事も合って、水面下では次期ガリア国王を狙うシャルル派が、頻繁にパーティーを開いて各ガリア貴族の懐柔を行っていた。
シャルルの兄であるジョゼフは、魔法が使えない事と彼が実行した政策が失敗続きだった事から世間では無能王子と呼ばれ、次期国王はシャルルで間違いないと、支持者達は気炎を吐いた。
だがシャルルは、兄ジョゼフの事を何かにつけ評価するような言動をして、シャルル派の貴族達をヤキモキさせていた。
パーティーが続く中、パーティー主催者のブルボーニュ公爵が別室で休むシャルルにご機嫌伺いをしてきた。
ブルボーニュ公爵はシャルルのオルレアン公爵と同じ公爵だが、国王の息子という事もあって、シャルルの方が地位が高い。
「ご機嫌麗しゅうございますシャルル殿下」
「やあ、ブルボーニュ公。パーティーを楽しませてもらっているよ」
「ありがとうございます。シャルル殿下に一つお聞きしたき事がございます。何故、殿下は無能王子なぞを恐れるのです」
「キミといい皆は兄上の事を誤解しているよ。兄上は本当は凄い人なんだ。侮るなんてとんでもない事だ」
「ですが、ジョゼフ王子の政策は失敗続きで、しかも魔法が使えません。臣民の心はジョゼフ王子から離れております」
「兄上なら国王に魔法の才能は必要ないと言うだろうね」
「それは所詮負け犬の遠吠えに過ぎません」
ブルボーニュ公は自分の屋敷という事もあってか、シャルルを前にしても手厳しい事を言う。
「魔法はともかく。だれも兄上の自由な発想を理解していなかったからだ。もし兄上の近くに兄上の自由な発想を理解できる者が居れば、きっと兄上の成功していただろう。そう、トリステイン王国のマクシミリアン王の様な方が居られれば……」
「マクシミリアン王ですか、巷では『賢王』などと呼ばれていますが、所詮は小国の王です。我がガリアの敵ではございますまい」
「その小国に、ガリアの財が吸い寄せられているのをキミは気づかないのかい?」
トリステインを侮るブルボーニュ公をシャルルはたしなめた。
パーティー参加している貴族達の殆どは、トリステインから輸入したタバコやショコラ、最近出回るようになった高級酒ブランデー等の嗜好品を嗜んでいて、かなりの額のお金がトリステインに吸い寄せられていた。
「確かにあの小国に多くの金が渡ったのは知っています。ですが逆に考えれば一時的に金を預けたような物でございます。あのような小国ごとき、我がガリアが一睨みすれば、小賢しい若造は尻尾を垂らして、今まで預けておいた金を利子をつけて返すことでしょう」
などとブルボーニュ公はのたまった。大国の貴族にとって、トリステインなどこの程度の認識でしかない。
「その様な認識では困る。今までの発想とは違う観点から政策を起こし成功させたその手腕もそうだけど、ハルケギニア一と言われる魔法の腕前も特筆すべきだよ。もしも兄上とマクシミリアン王が手を結べば、私達にとって大きな障害になるだろう」
今度はブルボーニュ公の方が弱気なシャルルを嗜めた。
ブルボーニュ公を始めとするシャルル派貴族にとって、シャルルが王位に就いてくれなければ、無能王子ジョゼフを国王として戴けなければならなくなる。
大国ガリアの貴族として、それだけはプライドが許さなかったし、善人のシャルルに取り入れば、美味しい汁が吸い放題という打算もあった。
「なにを弱気な。ハルケギニア随一の魔法の使い手はシャルル殿下を置いて他に居ません」
貴族はそう言ってシャルルを慰めたが、シャルルの心は晴れない。
マクシミリアンが登場するまで、魔法の天才といえばオルレアン公シャルルを置いて他に居なかった。
だが、マクシミリアンの登場で、シャルルの事を魔法の天才と賞賛する声は極端に少なくなった。この名声はシャルルにとってのアイデンティティの様なもので、マクシミリアンにお株を奪われた今では、シャルルの心に一抹の焦りを不安をもたらしていた。
(兄上に勝ち次期ガリア国王の座を得るには、なにか大きな功績が必要だ。とても大きく何人も異論を挟む余地の無い大きな功績が……)
父親であるガリア国王が、何時、老いによって判断力を失うか分からない状況では、シャルルの焦りは大きくなる一方だ。
そんな時、焦るシャルルの下に息を切らせた貴族が現れた。
「失礼いたします。シャルル殿下はこちらに!?」
「私はここだ。何かあったのか?」
「ははっ、ゲルマニアから驚くべき報せが届き、急ぎシャルル殿下の下へ駆けつけてまいりました!」
「どういった報せなのか?」
「はっ! ゲルマニア皇帝が何者かによって殺害されたとの事です!」
「な!?」
シャルルは驚いた顔になったが、それは一瞬の事ですぐさま冷静なシャルルに戻った。
そんなシャルルの様子を横で見ていたブルボーニュ公は、心配そうにシャルルに声を掛けた。
「シャルル殿下、如何いたしますか?」
「いや、なんでもない。伝令ご苦労、下がっても良い」
「ははっ」
伝令の貴族は部屋を出ると、シャルルは一つため息を付いた。
「シャルル殿下。ゲルマニア皇帝が死んだと聞きましたが……」
「ああ、すまないが一人にしてくれないか。少し考え事がしたい」
「畏まりました。何か御用がございましたらウチの執事をお呼び下さい」
伝令に続き、ブルボーニュ公も部屋を出て行った。
「ふう……」
そして、シャルルは一人部屋に残されると、ため息を一つ付き両手で顔を覆って思案を始めた。
(ゲルマニア皇帝が殺害された事で、ゲルマニア国内は混乱が予想される。これはチャンスでは……?)
ハルケギニアの二大大国、ガリア王国と帝政ゲルマニアは今まで何度も戦争をし、領土を取ったり取られたりと長年からのライバル関係である。
シャルルはこの期に自らが侵攻軍の指揮を取り、西ゲルマニアの領土を切り取れば、その名声は転をも突くほどに上がり、兄であるジョゼフを差し置いて、次期ガリア王への道が開くと信じた。
(もし遠征に成功すれば、父上も私の事を見直すことだろう。そうすれば兄上に勝つことが出来る。やってみる価値は有るな)
ガリアにおいては、オルレアン公シャルルは心優しい為政者として、国民の人気は高い。
今までの名声を捨てでも諦めきれない王座への憧れが、シャルルを冒険へを駆り立てようとしていた。
後書き
オルレアン公のキャラがイマイチ掴めなかったので、ほとんどオリキャラ化しております。
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