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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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Chapter.1 邂逅
  4話「木漏れ日の林道」

 今、俺はユリィことユーゼリア……つまるところ、先程の少女と共に、魔の力の聖域(サンクチュアリ)を抜けた先にあると言う最寄りの街へ向かっている。どうやらこの森には野獣も魔獣も、勿論同胞はらから――失礼、魔の眷族もいないらしい。

 あれから。

『ちょっと……何か…飯…くれないかな……?』

『は?』

『いや、だから……』

『あ、ど、どうぞ。携帯食だけど…』

『どもですっ』

 腹の赴くままに食いまくり、ハッと気が付けば彼女の持っていた干し肉も携帯食も全て俺の腹の中に収まっていたという事実。勿論彼女には土下座で謝った。食料が全て消えてなくなったと言うのに(実は結構な量あったのだ)、命を助けてくれたお礼と笑いながら言ってくれた。

 だがそれでは俺の気が収まらない。もともと勝手に彼女を助けたのは俺の方なのだから。
 いいのです、いや駄目だ、本当にいいから、いやならん。
 幾らかの押し問答をした挙句、2人で出した結論は、取りあえず最寄りの街に寄り、そこにある冒険者ギルドで簡単な任務を行った後、報酬をユリィと俺で半分ずつに分けると言う話だった。それならば一文無しの俺にも多少の金が入るし、同時に彼女に恩も返せる。

『じゃ、行きましょうか』

『ありがとう、ええと……』

『ユーゼリアよ。ユーゼリア=シャンヴリル』

『ユーゼリア…ユーゼリア……うん。ユリィって呼ばせて。俺はアシュレイ=ナ=……アシュレイ=ナヴュラだ。アッシュとでも呼んでくれ』

『? じゃ、短い間でしょうけど、よろしくね、アッシュ』

『ああ、よろしく』

 いや、あの時は危なかった。思わず遣い魔としての名前を出しかけた。咄嗟に繋げたが、ばれてはいないようで安心だ。果たしてノーア=ナ=ヴュラという魔人が何処まで人間に対して有名かは知らないが、用心しておいた方が良いだろう。

「でも、まさか今が何年かも忘れてるとは思わなかったわ。その上更に『冒険者ギルドって何』だもん」

「いやぁ、面目ない」

 頭をかきかき乾いた笑いを浮かべる。なけなしの良心がちくりと痛んだ。何せ、今、一体あれから何年狭間に取り残されていたのかを知る術は(荒療治ではあるが)これしかないのだ。だが、聞いてみて驚いた。彼女の言によると、今は公暦394年。因みに俺が飛ばされたのは、教歴(・・)2776年。暦の名前まで変わっているとは。

 教歴は3411年で終わり、その理由は魔獣の大量発生及びそれらの襲撃が世界各地で起こり世界が文字通り半壊したかららしい。人が成す術もなくやられっぱなしだったのに、魔物たちは1年ほど経つと、森や谷、山など、もともとの住処へと引っ込み、それっきりこちらに干渉することは無くなったと言う。勿論、ある程度は人を襲いはするが。そして、そこから始まったのが、公暦という暦。

 まさか自分が1000年も狭間にいたとは、夢にも思わなかった。

 それから、公暦になってから新しく造られたのが、冒険者ギルドという制度。つまりは、腕の立つ傭兵もとい冒険者たちをギルドに登録させて、一か所に集めた依頼やらなにやらを討伐させに行くという制度。因みに、討伐する対象の定められたランクが高ければ高いほど報酬が増える。分かりやすい制度だ。大量発生した魔獣を駆除するのが目的で造られた組織らしい。本部は中央位置する宗教国家ルバリスにあり、支部は大陸中に散らばっており、大きな町ならば大抵あるという。

 話がそれるが、なんと神国ルバリスには正真正銘の天使がいるそうだ。1000年前は、下界になど興味を持たなかったので(他の遣い魔達もそうだったし)、人間事情など全く知らないが、なんとなく我々とは対極にいるような存在だと思われた。

 さて話を戻そう。力を持たない者たちは、ギルドに討伐依頼とその場所、またギルドが提示してきた報酬を払う事で、あとは放っておくだけで何処かの強い戦士がそのモンスターを倒してくれる。世の中金が物を言うというのは、1000年前の人間達と大して変わらない。因みに、今の通貨はリールと言うらしい。価値の把握としては、普通サイズの林檎が1つ10リール程度だと。

「名前しか覚えてないって本当なのね。そういえば、あなたの苗字、ナヴュラ…だっけ? 珍しい響きだわ」

「そうか?」

「ええ。私も勿論冒険者だから色々な国を回っているけど、珍しいと思う。……そういえば、アッシュ、あなたって戦えるの?」

「ああ。多少はね」

「じゃあついでにギルド登録しちゃえば? 今、身分証明書とか何も持っていないんでしょう?」

 ギルド登録をすれば、五大国全てに面倒な手続き無しで入国できるらしい。これは便利だ。俺はギルドに着いたらついでに登録しようと心に決めた。身分証明書なんて上等なものを持っていない今、それらを必要とせずになれる唯一の職業だ。小銭稼ぎも同時にできるから、便利便利。

 今いるのは魔獣にも通じるような兵器製造技術をもつという有名な五大国の一、バスカルグ同盟にいるらしい。だが五大国と言っても、つい5年前、魔法王国として大陸中に名を馳せていたナルマテリア王国がローズダウン皇国という魔獣を使役する技術を持つ国に滅ぼされたらしいから、今ではもう四大国となり、その上魔法技術まで手に入れたローズダウンが大陸を支配し始めているという。
 残った三国も互いに連盟を組むなりして対抗すればいいと思うが、お上の事情はそう簡単にいかないらしく、それぞれが孤立してローズダウンに対抗しているらしい。

 本当に、何時の世も人は愚かだ……と、今は俺も唯の人間か? いや、唯のではない…か。

 今まで明るく喋っていたユーゼリアが暗い表情になったからか、妙に場が暗くなった。なにか王国に所縁があったのだろうか。木漏れ日があるのに何故か空気が冷たい。場の空気を和ませるように、俺は思っていたことを口にする事にした。

「そういえば、最寄りの街ってどんなところなんだ?」

「ポルスっていうの。煉瓦造りの家が立ち並ぶ街よ。…まあ、大きさとしてはそれ程でもないけど」

「へえ」

「特にこれといった特産とか有名なものとかはないけれど、町並みは美しいって言われているし、周りもそれ程強い魔物がいるわけでもないから、そこそこ観光名所として売れているかしら」

 どうやら話題の転換には成功したようだった。その後も何とは無しに会話をしながら山を下っていく。

「……そろそろ着くわ」

 その声を聞くと同時に視界が開けた。煉瓦造りの町並みが広がる大きな町――ポルスに俺達は着いた。
 
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