セビーリアの理髪師
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6部分:第一幕その六
第一幕その六
「ですが貴女に心を贈りましょう」
「心を」
「誠実な変わることなき愛に燃える魂はこうして朝から晩まで貴女をお慕いしているのです。その私の心を貴女に」
「私が受け取っていいのですね」
「そうです」
彼はまた告げる。歌ではなく言葉で。歌はもう終わっていた。
「宜しいでしょうか」
「はい」
ロジーナは天にも昇らんばかりの晴れやかな顔で彼に答えた。
「是非。お願いします」
「それでは」
伯爵はロジーナの愛を確かめた。それで前に出ようとするがここでフィガロに呼び止められてしまった。すぐに彼に顔を向ける。
「どうしたんんだい?」
「一旦退きましょう」
こう言うのだった。
「またそれはどうして」
「今バルトロ先生はドン=バジリオを呼びに行っています」
「それは知っているが」
「そこに私達がいればことです。下手をすれば警察沙汰です」
「警察!?警察なら」
「伯爵」
警察なら言うことを聞くと言おうとしたところでそれをフィガロに止められた。
「それ以上は」
「おっと、そうだったね」
言われてそれに気付く。
「それじゃあ」
「一旦戻って変装しましょう」
「変装をかい」
「そうです。あの二人を油断させるような」
フィガロはそう提案するのだった。
「それでどうでしょうか」
「そうだな」
伯爵は顎に手を当てて考える。それから答えるのだった。
「今ここにいるよりはいいな。じゃあそうしよう」
「はい。では一旦ここを出ましょう」
「わかった。ではセニョリータ」
ロジーナに顔を向けて言う。
「一時お別れです。それでは」
「すぐに戻って来て下さいますので」
「当然です」
この問いに対する答えはもう決まっていた。それで彼は答えた。
「それではほんの一時のお別れを」
「はい」
「ではこれで。ところでだ」
伯爵はロジーナに挨拶をした後でフィガロに顔を向けて問うた。
「何に変装するんだい・それが問題だが」
「兵隊です」
フィガロはそう答えた。
「今日連隊がこの街に着きましたね。ですから兵士に化けましょう」
「ああ、それはいいね」
伯爵はフィガロの提案に納得したように頷いた。
「それなら怪しまれないし。それに」
「それに?」
「あそこの連隊長は僕の友人なんだ」
「それは余計にいい」
フィガロは伯爵と連隊長の関係を聞いて笑顔を見せてきた。
「軍服が簡単に手に入りますね。それだと」
「そうだろう?じゃあ早速行くか」
「そうしてお金を忘れずに」
「うん」
これは絶対であった。やはり金なくしては何にもできはしないからだ。こうしたところに抜け目がないのがやはりフィガロであった。
「宜しいですね」
「わかった。では金貨をどっさりとな」
「私にも幾らか」
「わかってるさ」
人懐っこい顔を見せるフィガロに心得た笑顔で応える。
「それじゃあまずはこれで。しかし」
部屋を出ながらちらりとロジーナを見る。まだ彼を熱い眼差しで見ている。
「何という素晴らしい恋の炎。私を焦がして私以上のものにしてみせる」
「金貨のじゃれつく音がもう聞こえる」
フィガロもフィガロで言う。こちらはお金だった。
「何といういい音だ。それが目の前に」
「私の心に染み透る神の恵み。これこそが私を燃やし尽くして私以上のものにする」
「ポケットに落ちるその金貨。それがおいらをおいら以上のものにしてしまう」
そんなことを呟きながら二人は消えた。そうして部屋にはロジーナ一人になったのであった。
「この心の中に一つの声が響き渡って私を傷つけた」
一人になった彼女はうっとりとした顔で呟く。
「傷つけたのはリンドーロ。それを許す方法はただ一つ、リンドーロを私のものに」
彼女も彼女でそれを願うのだった。心から。
「それをきっと果たすわ。バルトロおじ様は反対しても何があろうとも」
言いながら手鏡を出す。そうしてまた言うのだった。
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