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戦国異伝

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第百十四話 幕臣への俸禄その五

「そうするのです。宜しいですね」
「はい、承知しました」
 明智は深々と頭を下げ母の言葉に応えた。
「ではたまの縁談も」
「細川殿なら問題はありません」
 家ぐるみの付き合いである。母も細川家とその嫡男のことは知っているのだ。
「進めてもです」
「ではその様に」
「そなたの子は娘が多いですが」
 たまが三女で他にも娘がいるのだ。どの娘も母親に似て顔立ちは非常に整っている。たまがとりわけではあるが。
「どの娘も幸せにするのです」
「そうした婚姻にするのですね」
「そして幸せになれる娘に育てるのです」
 このこともまた肝心だというのだ。
「よいですね」
「そのことも畏まりました」
「ではその様に」 
 母親としても祖母としても、そして武家の女としても明智に告げた言葉だった。明智はこの次の日都に信長に言われた務めで来ていた羽柴と会うことになった。羽柴は明智が信長から十万石を与えられたことにまずはその猿面を崩してこう言ってきた。
「いや、明智殿も果報者ですな」
「はい、そう思います」
 明智はその羽柴と対象的に生真面目な態度で応える。二人が会っている場所は茶室であり明智が茶を淹れている。
 その茶を二人で飲みながらお互いに話している。そこで明智は羽柴に言うのだ。
「まさか十万石とは」
「それがしもです」
「そう、羽柴殿もでしたな」
「まさか。百姓のせがれが十万石も貰うとは」
 夢の様だというのだ。
「ついつい頬を抓ってしまいました」
「ははは、夢だと思われたのですな」
「左様です」
 羽柴は生真面目な顔を崩して笑った明智にさらに述べる。その仕草もひょうきんなものだ。
「しかし夢ではありませんでした」
「まことに十万石だったと」
「権六殿達は二十万石、五郎左殿達は十五万石」
 織田家の中でも随一の功の彼等はやはり羽柴達よりも上だ。
「そしてそれがし達が十万石ですから」
「十万石は確かに凄いです」
 明智も実際最初にその話を聞いて信じられなかった。
「ですがそれがしは丹波のことを褒められて」
「それがしは墨俣や播磨です」
「それで十万石ですな」
「そこに多くの宝も頂きました」
 信長は羽柴にそういったものも与えたのだ。
「錦の服も」
「ほう、錦ですか」
「いや、錦なぞ着たこともです」 
 それもだというのだ。
「織田家に入ってからでした」
「それがしも錦なぞは」
 明智も浪人暮らしが長く朝倉家や幕府では扱いが軽かった。それでは錦なぞとても、であったのだ。だからこう言うのだった。
「見たことはありましても」
「着ることはですな」
「とてもありませんでした」
「いや、その錦を頂いてです」 
 羽柴は茶器を手に目を輝かせて明智に話す。
「早速母上の為の服を作らせました」
「お母上の」
「はい、そうしました」
「羽柴殿の為ではないのですか」
「いや、殿が気を利かせて下さいまして」
 信長がだというのだ。
「それで女ものの柄の錦を下さったのです」
「そしてその錦で」
「はい、母上の服を作らせました」
 そうしたというのだ。
「是非にと思いまして」
「それはよいことですな」
「母上にはずっと苦労や心配をかけましたから」
 だからだと笑って答える秀吉だった。
「これも当然でございます」
「ですか。実はそれがしも錦を頂きました」
 明智もだった。彼は羽柴にこのことを笑って話す。
「それも女ものの錦をです」
「ではその錦を」
「はい」
 まさにそうだというのだ。
「母上の為に仕立てます。そのうえで」
「奥方にもですな」
「母上にも女房にも苦労をかけてきました」
 明智は己のこれまでのことも思い出しながら言った。 
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