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戦国異伝

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第百十四話 幕臣への俸禄その三

「文を密かに諸大名達に送れば」
「その時はですな」
「はい」
 細川は確かな顔で述べる。
「諸大名はそれを御旗に織田家に戦を挑むでしょう」
「危ういですな」
「そうなれば、ですな」
「はい」
 細川にとっては真剣な危惧だった。そして若しそうなればどうするか。彼は和田に対して密かにこう言ったのだった。
「五万石は大きいですな」
「それがしも三万石ですし」
 和田も細川の言わんとしていることを察して応える。
「人は己を知る者の為に何かをするといいますが」
「そういうことですな」
「はい、そうですな」
「ところで明智殿ですが」
 信長に十万石を貰った彼の話にもなる。
「あの御仁にとっては十万石は破格のものでして」
「そのお力を考えれば当然では」
「いえ、今までの暮らしから考えると」 
 それならばだというのだ。
「十万石は夢の様だと仰っています」
「そうなのですか」
「そしてその十万石で」
 一口に言ってもかなりの禄だ。信長は明智に対してその禄を何でもないといった感じであっさりと出したのである。
 そしてそれに感激した明智がどうしたかというと。
「奥方やご息女達、何よりも」
「明智殿はお母上を大事にされていますな」
「はい、ですから」  
 それでだというのだ。
「早速親孝行に励んでおられるとか」
「母親思いのあの方らしいですな」
「そう思います。よいことです」
 細川は飲みながら微笑み述べた。
「あの御仁もようやくお力に相応しいものを手に入れられましたな」
「そうですな」
 和田も飲みながら笑顔で応える。そしてだった。 
 その明智は都の己の屋敷で一人の老婆と対していた。その老婆に穏やかな笑顔でこんなことを言っていたのだ。
「これからは織田殿に頂いた領地に入ります」
「そしてそこで住むのですね」
「はい、そうです」
 その通りだというのだ。
「そこに屋敷を建てます。岐阜にも屋敷を頂いています」
「何と、家が幾つもとは」
「はい。もう一軒だけではありません」
 家が財産であることは言うまでもない。
「母上のお部屋も見事なものになりますので」
「そなたが織田様に十万石を頂いたお陰で」
「夢の様です」
 実際にこう言う明智だった。
「まさかここまで頂けるとは」
「そうですね、本当に」
「母上もようやく楽になれます」
 これまで苦労をしてきたがそれも終わりだというのだ。
「ゆっくりとお過ごし下さい」
「そなたはどうするのですか?」
 母もまた穏やかな顔だ。その顔で我が子に対して問う。
「これからは」
「はい、この十万石をさらに大きくし」
 そしてだというのだ。
「母上も子供達もさらに楽にします」
「無論奥方もですね」
「あれにも苦労をかけてきました」 
 浪人だった頃もあれば中々認められなかった。しかしそれが十万石を貰いようやく晴れてきたというのだ。
 その晴れたものを見ながら母に言うのである。
「しかしそれも終わりですので」
「ではそなたは」
「私は?」
「側室を貰うのですか?」
 この時代少し身分があれば側室を貰うことも普通だ。実際に武田信玄なぞは結構な数の側室がいる。彼はそれに留まらず小姓も傍に置いている。
「そうされるのですか?」
「いえ、それはしません」
 明智は微笑んでそれは否定した。 
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