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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール

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休息の日


休息の日

「すると、作戦は失敗したと?」

 ヨブ・トリューニヒトは自らの国防委員長の執務室で、第6次イゼルローン攻略戦の報告を聞いた。彼が予想していた結果と、それはほとんど変わりなかった。ただ、報告で気になったところがいくつかあった。一つに、作戦は完璧に失敗したということ。ウィレム・ホーランド少将という男はなかなかに少壮な将軍であったが、これが敵の艦隊に殲滅され、自身は戦死を遂げたという。見所があるかと思ったが、ここまでの男だったらしい。
 そしてどうやら敵に有能な男がいるらしい。確証はなし、と報告書は注釈をつけているが、恐らく一人と思われる将によって同盟軍は2度の窮地に追い込まれたという。更にその男は20回ほどの同盟軍の小規模な衝突において、ほぼ完勝を誇ったという。これはトリューニヒトにとって面白くない事態だった。トリューニヒトは戦争を嫌わない。彼が嫌うのは、彼のコントロールを離れた戦争であった。戦争は政治家によって管理されねばならない。それが彼の信義であった。帝国軍に現れた新星が、そのバランスを崩すならば、それが面白いはずもなかった。

 そもそもトリューニヒトに言わせれば、イゼルローン要塞などという軍事要塞に真正面から攻撃をしかけるということ自体、バカらしいと思えるのだった。彼が軍人として歩んだ距離と時間は短く、しかもそれは後方勤務しかなかったが、そのおかげで軍部の思想に染まり切ることがなかった。第三者から見たイゼルローン要塞とは堅固そのものであり、到底攻め落とせるようには思えなかったのである。それは過去5度に渡る攻略戦がそれを証明している。そこに、この度6度目が仲間入りしたという。思いは強まるばかりである。

 だがどだい軍人となると、落とせぬ要塞はない、とでも考えるようで、イゼルローンへの攻略を諦めようとはしない。事実、第5次はでかなりいいところまで行ったようだが、結局は失敗に終わった。きっとこの、”いいところ”というのが曲者なのだろう。そこまで行ったなら、もう少し頑張れば、どうにかなるのではないか、と軍部は考えるようだ。

 もっとも、トリューニヒトにとってそれは忌避すべきものではない。負ける、とわかっている戦いならば、彼も対応のしようがあるのである。もっとも、軍部の硬直には呆れるが。

「はい、惜しくも6度目のイゼルローン攻略戦も失敗に終わったと」
「ふむ……ご苦労だった」

 報告に来た大尉は敬礼をしてトリューニヒトの部屋を去った。もっとも、その報告は、大尉の到着の約1時間前にトリューニヒトの元に来ている。トリューニヒトは軍中枢部と太いパイプがあるのだ。今の大尉が言ったのは対外用の公式記録らしいが、事実はもう少しばかり被害が大きいらしい。彼は本物の報告書をめくりながら思案する。

 そして目をつけた人名が二つあった。
「ヤン・ウェンリーとフロル・リシャールか……」

 戦闘考証の欄である。総司令部にいた作戦参謀、ヤン・ウェンリー大佐の水際立った智略。今回の戦いで、一時的だけでも、同盟軍が望んだように混戦に持ち込めたのは、ヤン・ウェンリー大佐の手腕だったという。グリーンヒル大将も彼を高く買っているらしい、と捕捉が書かれている。エル・ファシルはまぐれではなかった、ということだろう。

 そしてもう一人、フロル・リシャール。本来は第5艦隊の分艦隊、そこの参謀長をしていたはずだが、敵将の奇略を見抜くこと数度。戦時任官で准将となり、麾下1500隻でもって敵将を奇襲し、同盟の矜持を保ったという。

 ヤン・ウェンリーの政治嫌いは有名な話だった。皮肉好き、という話も聞く。皮肉屋という意味ではフロル・リシャールという男も変わらないようだが、フロルは私を嫌っていなかったようだ、とトリューニヒトは思い出した。事実は、嫌いという悪感情を覆い隠すだけの演技力がフロルにあった、というだけなのだが、見繕う努力をするだけマシである。

 トリューニヒトはフロル・リシャールと接触することに決めた。これは攻略戦前に話し合っていたことと変わらなかった。今回の戦いでも、フロルという男の有能さは発揮された。ある程度は、期待しても良いようだ……。



            ***



 宇宙暦794年12月23日。フロル・リシャールが第6次イゼルローン攻略戦からようやく帰って来た、3日後のことである。
 フロルはハイネセンに着くなり、統合作戦本部に呼び出され、戦時任官の准将を公式に昇進させ、准将とする旨を告げられた。図らずもシェーンコップの言った通りになったのである。一つには、今回の戦いで有能な准将、少将クラスが多く戦死したせいであろう。その責任の一端は明らかにラインハルトにある。彼が2000隻の艦隊を率いて軍事ピクニックに出掛けたおかげで、それを相手にした将校が多く天に召されたのだ。本来ならここで死ぬはずのワイドボーンも重態であり、彼の上官であったワーツ少将に至っては戦傷が元で昨日死亡した。
 今後軍中枢部を担うはずであった新進気鋭の人物が死んだことが、この度のフロル昇進と関わってくるようである。

 フロルは、というと、それを素直に受け取っていた。給料が上がるというのは、悪いことではない。カリンのためにもっと服を買ってやれるし(もっともカリンはモノを欲しがらない子だったが)、食料費に悩む必要はなくなるし(フロルとカリンのデザートの趣味は明らかに家計を圧迫していた)、イヴリンとの関係にもお金が必要だからだ(所謂、交際費である)。

 今、フロルは本格的にイヴリンとの結婚を考える段階に来ていた。今は戦時である。ヤンのような男は軍人という職業自体に罪悪感を感じて、個人的幸福を追求できないようだったが、フロルに言わせれば逆であった。戦争で、いつ死ぬかわからない。だからこそ、今を幸せに生きたい、と考えるのだ。



 そんな思いを抱きながら、フロルは街に来ていた。二日のあとはクリスマスである。この世界では既にキリスト教が廃れて久しかったが、12月25日は祝日、というのは未だに残っているのである。
 楽しいもの、美味しいもの、そういうものは時代を超えて残っている。酒もそうだろうし、美味しいケーキもそうだろう。ハロウィンも残っている。更に言えばコカ・コーラの類まで残っているのは、転生後のフロルを面白がらせた。フロルはすでに、この世界が創作の世界である、などとは考えていない。この世界は厳然として存在する。きっと、自分がかつて住んでいた世界から、遠い未来の話なのだろう、という納得の仕方をしていたのだ。
 
 そこでフロルはみんなでパーティをすることを提案した。それに真っ先に賛成したのはカリンである。カリンはもうそろそろ自分のケーキの腕を思い切り発揮したいと考えていたようだった。みんなにそれを披露する場に持ってこいと思ったのだろう。カリンは明るく利発な子に育っている。原作での鋭くて、暗くて、内罰的なところがない。フロルは嬉しかった。

 その次に賛成したのは、先月次女を出産したばかりのキャゼルヌ夫人であった。彼女はこういう明るい催しが好きだったようだ。美味しいケーキと夫人の料理に惹かれたイヴリンが手を挙げ、これにシャルロットやユリアンもが賛同するに当たって、ヤンやキャゼルヌ、アッテンボローも出席が決定した。
 もちろん、ビュコック夫妻も誘ったのだが、
「あまり老人がおると、若い者が楽しめんじゃろうて」
と言って断られてしまった。カリンはそれにがっかりしたようだったが、夫妻にクリスマスケーキを持っていくことを思いついたらしく、今頃家で自作ケーキを試行錯誤していていることだろう。

 ここで、フロルは意外な人物にも出席を打診している。
 ドワイト・グリーンヒル大将である。
 これにはフロルの思惑がある。フロルはグリーンヒルとの初対面以降、どうにも警戒されている節があるのだ。フロル自身も、あの時のことは多少強引が過ぎたか、と思ったが、急ぎ上層部とコネを作るためには仕方のないことだったろう。
 バグダッシュなどには”フロルはまるで予言者だ”などと言っていたようであるし、警戒のレベルを下げるためにも、親密になっておくのは悪いことではないだろう、と考えたのである。
 それにグリーンヒル夫人は既に亡くなられている。放っておけばグリーンヒル大将は仕事ばかりで、せっかくの祝日をつまらなく済ますだろう、という配慮も何割か含まれていた。

 更に、他にも大きな目的がある。
 フレデリカ・グリーンヒルである。彼女はエル・ファシルでヤンに惚れてから、ずっと片想いを続ける忍耐の人だが、ちょっと手助けしてやろうと思ったのだった。ヤンは当時のことなんてまったく忘れているだろうし、グリーンヒル大将も知らない事実だろう。原作の知識があるフロルだからこそ、この時点で知っているのだ。恐らく、グリーンヒル父娘両者に招待状を送れば、娘が父を説得してでも誘いの乗るだろう。
 そして事実、昨日、グリーンヒルから参加の申し出があった。わざわざあの親子に二枚の招待状を送って正解であった、と自らの謀略を誇るフロルであった。

 




 そんなフロルは今、明日の料理を考えながら、とりあえずは今晩の夕食を作るために食料をハイネセンの軍官舎地域の近くの街に買い出しに来ていた。人がいるところには店もできる。フロルが住んでいる軍官舎は比較的新しく増設されたはずだったが、その近くには既にスーパーや服飾店が増えつつあった。

『この痴れ者がッ!』

 そんな時代錯誤で奇妙な帝国公用語の叫び声が上がったのは、フロルがまさに、スーパーから買い物をして出てきた時である。
 フロルは慌てて周りを見渡した。すると、通りの向こうの少女がお尻をつけて転んでいて、こちらに向かって走っている男を指差している。その男は彼女とフロルの間の通りを、フロルから見て右に曲がり、凄い勢いで走っていった。
 フロルは買い込んだ食料を手放し、一気に走った。あれは明らかに引ったくりの類だろう。フロルは特段、正義漢ではなかったが、か弱い少女を突き飛ばす男を許す気はなかった。一瞬であったが、あの少女はカリンより同世代であることを見て取っていた。もしもカリンが引ったくりにあって怪我をしたら、フロルはその男を殺す自信があった。親バカである。
 2分後、フロルは男を地面に押さえつけていた。

 駆けつけた警官に事情を話し、軍の身分証明書を見せたのち、引ったくりは警察に引っ張られていた。男はやはり引ったくりだったのだ。警官によると、後日調書を作るために出頭を願うかもしれない、と言われたが、フロルに異議はない。それよりも彼は、今更置いてきた荷物が心配になっていた。あれは今夜、カリンが食べるはずだった食料なのだ。それに、引ったくられた少女も見当たらない。随分と走ったせいだ。
 彼女の奪われたバックは、無事引ったくりから回収した。そこでフロルは警官の一人に同行を願った。フロルが引ったくりを見つけたところに、少女がいるかもしれない、と伝えたのだ。警官は少女のバックを返すことに同意し、フロルに着いて来た。フロルはもしかしたらあのスーパー近くに、まだ少女がいるかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが……。
 果たして少女はスーパーの前にいた。



 女の子が、フロルが投げ捨てていった荷物を見張っていたようだった。足下にその買い物袋を置いて、スーパーの外壁によしかかっていたようだった。その目は悲しそうに伏されていたが、フロルがバックを持って、警官と現れたのを見て、嬉しそうに顔を上げた。

「お嬢ちゃん、その荷物を見ててくれたのかい?」
と聞いたのはフロルだった。少女の心遣いが嬉しかったのである。

 近くでみる少女は鮮やかな金髪と碧《みどり》色の瞳を持った可憐な少女だった。顔立ちは気品すら感じるほど繊細で、カリンと良い勝負の美人である。多少気の強さが目元に表れているが、それも愛嬌というものだった。年頃はやはり、カリンよりは少し上だ。カリンも、あと二年くらいしたら、これくらいの背格好になるだろう。

「そうです。あなたがバックを取り返してくれたのですね?」
 少女は同盟公用語でそう聞き返した。顔は笑みを浮かべている。安心しているのだろう。
「ええ、あなたが引ったくりにあったように見えたのでね。慌てて追いかけたよ」
「凄い速さでした。だから急に走り出したあなたが、犯人を取り押さえてくれると思って、荷物を見ていたんです」
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ、本当にありがとうございました」

 警官は、少女の許可を取ってから、バックの中から財布を取り出し、中に入っていた身分証の顔と少女の顔が同じであることを認め、そのバックを少女に返した。
「一応、君の名前を聞いておいてもいいかな」
 警官は手帳を取り出しながら聞いた。
「マルガレータ・フォン・バウムガルデンです」
 警官はそれに頷き、出頭を願うかもしれないことを告げてから、フロルと少女——マルガレータの元を去った。
 少女はそれに一安心、という感じであったが、フロルはまた別の考えが頭をもたげていた。

——マルガレータ……。

 フロルはその名に聞き覚えがあったのである。ファミリーネームが違ったが、その少女は帝国貴族であり、そして幼少のみぎり、同盟に亡命してきていたはずだが……。
「お嬢さん、一つ聞いてもいいかな?」
「ええ、なんですか……ええっと」
 フロルは自分が名乗っていないことに気付いた。
「あ、ごめんごめん。俺はフロル・リシャール。同盟軍准将」
「准将?」少女は目の前の若い優男が准将であることにも驚いたようだが、名前にも驚いたようだった。「あなたが、フロル・リシャール?」
「え、俺を知っているの?」
 フロルはそちらの方がよほど驚きだった。
「ええ、知ってます」少女は可笑しそうに笑った。「私、ハイネセン第一スクールです」

 ハイネセンにはいくつもスクールがあるが、大学が16歳からであるから、実質、相沢優一時代における高校、とはこのスクールが当てはまることが多い。そしてもちろん、カーテローゼ・フォン・クロイツェルもハイネセンのスクールに通っている。

「もしかして」
「ええ、カリンのクラスメートよ」
 フロルは運命の悪戯を思った。だが、ありえない話ではない。もし、フロルが考えた通りなら、マルガレータは亡命から2年しか立っていない。帝国の貴族令嬢が叛乱軍の公用語を覚えているはずもないから、マルガレータはわずか2年でここまで同盟公用語を覚えたということである。クラスも、同じ年齢のクラスというわけにはならないだろう。宇宙の反対側からやってきたのだ。学ぶことすら、まったく違うはずだ。だから、10歳のカリンと同じクラスにいるのだろう。亡命者の子弟は集めてあるのかもしれない。それぐらいの配慮は、ハイネセンの教育委員会側もするだろう。
 だが、問題はなぜフロルの名が知られているか、の方であるが、残念ながらフロルには心当たりがあった。

「もしかして、あの作文?」
「ええ、そりゃあもちろん!」
 半年ほど前、カリンが作文の宿題と言ってフロルのことについて書いたことがあった。完成されたそれをフロルは読んだのだが、少なからず面映い気持ちがなかったではない。

「カリンは結構クラスでも人気者で、男子からも人気があるんですよ」
 マルガレータとフロルはとりあえず、一緒に歩きながら話をする。どうやら、マルガレータも軍官舎に住んでいるようだ。
「そうか、まぁ、それはよかった」
「だけど、告白されてもすぐに振るもんだから、みんな不思議がってたんです。だけど、あの作文を授業中に読み上げたおかげで、みんな大騒ぎ。あの作文、どう読んだって保護者の人が大好きってわかりますもの。でも、男として好きってわけじゃないのね。だって、それなら保護者に恋人がいることに耐えられません。だから、きっと男を見る目が異常に厳しくなってるってことなんですよ、きっと」
「ははは……」
 笑うしかない。確かに、中学生程度の少年に、フロル並のケーキの腕前を求めたならば、目に適う男はいないだろう。

 などと、フロルは考えていたが、いい加減、フロルも鈍感なところが多い。彼がカリンに上げている無限の愛情は、それを受ける身にとっては甘く魅力的なものだったのだ。母からの愛を失い、悲しんでいた少女にとっては。だが、それに気付かないのもフロルの美点であったろう。

「フロルさん、あれから准将まで昇進したんですね。おめでとうございます」
「ありがとう、お嬢さん」
「メグって呼んでください。カリンも友達も、みんなそう呼んでいます」
「メグは亡命してきた人なのかな?」
「ええ、そうです」
 本来、この手の質問はデリケートであると思われている。だが、同じ亡命者の娘であるカリンを保護しているフロルに対しては、マルガレータも気負いなく答えられるらしい。もっとも、フロルにとっては帝国も同盟も、差別はまったくないのだが。

「いつ頃?」
「10歳の時でした」
 マルガレータは目に哀しみを滲ませる。
「親御さんと?」
「いえ……家族は亡命の途中で、事故で……」
「そうか……ごめん」
 フロルは確信した。この少女は、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーだ。ファミリーネームが違うのは、暗殺の危険性を減らすためだろう。ヘルクスハイマーの名は大きすぎるのだ。

「いえ、気にしないで下さい。私、こっちに来て結構楽しくやってますから。同盟って思ったより楽しい国ですね。友達がたくさんできて、毎日が楽しいもの」
 少女は無理をしたような笑みを浮かべているが、その何割かは本当だったろう。彼女は10歳の頃、同盟で一人生きていく決心をしたのだ。それから2年間、何が彼女を待ち受けていたかはわからない。だが、笑える、ということは辛いことばかりではなかったのだろう。

「家は軍官舎なのかい?」
「……叔父が同盟軍中佐です。亡命した時、私以外に生き残ったただ一人の家族。ハルトマン・フォン・バウムガルデン」
 そしてこのハルトマンがベンドリング少佐なのだろう。幼いマルガレータ嬢の後見人になるために、帝国を裏切り同盟に亡命した心優しい青年。帝国では死んだことになっているから、偽名を使っているのかもしれなかった。

「叔父さんは?」
「第6次イゼルローン攻略戦が終わったから、その事後処理です。私のために、軍の後方勤務を志願してくれてて……」
「今日の夕ご飯は?」
「何か、宅配でとろうと思います」
 同盟で亡命者として生きていくことの、苦難なのかもしれなかった。ベンドリング少佐はこの二年で一階級しか昇進してない。給与は十分かもしれないが、友達付き合いが多いというわけにはいかないだろう。楽な仕事ばかりというわけにもいくまい。

「それなら、家に来ないかな? カリンも喜ぶだろうし」
 マルガレータはその言葉に、ぱっと顔を上げた。喜色が走る。だが、躊躇。どうやら他人の家でご飯を頂くのが申し訳ないと思っているようだった。
「一人分くらい、増えたってどうってことはないよ。それに美味しいケーキもあるし」
 さらに心が揺らいだようだった。カリンのことだ。きっとフロルの菓子作りの腕は、学校でも宣伝しているに違いない。やや、時間をおいて、マルガレータは頭を下げた。よく考えれば、10歳になるまで、人に頭を下げられることしか経験していなかった貴族令嬢がよくぞここまで同盟に適応できたものだ。ちょっとした物腰だけでは、彼女が亡命者とはわからないだろう。この小さな女の子の苦労が忍ばれた。

「俺とカリンの家はE《エコー》地区なんだけど、君は?」
「G《ゴルフ》地区です。結構近いですね」
「そうだね。……もし、これから自分一人でご飯を食べなきゃ行けないときがあったら、その時は俺とカリンの家に来てくれないかな?」
 フロルは笑いかける。
「少なくとも、美味しいお菓子だけは必ず食べさせてあげるから」
 マルガレータは、少し驚いたような顔をしたが、大きく頷いた。目が微かに潤っていたように見えたのは、見間違いではないだろう。異国での暮らし。いくらベンドリング少佐が彼女についていてあげても、寂しいものは寂しいだろう。自分に大したことができるとは思えなかったが、これくらいはしてあげたかった。

 その日の夕食はカレーだった。カリンとメグとフロルはお腹一杯食べて、帰り際、フロルはクリスマスイヴのパーティーの招待状を渡した。




















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※訂正※
階級付け
攻略戦→攻略戦前
 
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