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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール

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別れと再会


別れと再会

 宇宙暦793年10月1日。フロル・リシャール中佐はヴァンフリート4=2後方基地に転属になった。時期が年度末ではないのは、本来ヴァンフリート4=2で防衛の指揮に当たっていた副司令官が、急病でハイネセン送りになったことに理由がある。そこで基地司令シンクレア・セレブレッゼ中将の願いにより、第5艦隊作戦参謀を務めていたフロル・リシャール中佐が防衛に当たるため、緊急の転属となったのである。
 セレブレッゼ中将とフロルはかつてシロン星域において同じ釜の飯を食った仲であり、中将はフロルの軍事的才覚を、そしてフロルもまた中将の官吏としての事務処理能力を高く評価していた。それ故の召喚というべきであった。

「この度、ヴァンフリート4=2後方基地副司令官代理に任命された、フロル・リシャール中佐であります」
 フロルはかつての上司の前で、再び敬礼をした。セレブレッゼもまたそれに答礼した。
「久しぶりだな、リシャール中佐」
「は、あの時にはお世話になりました」
「いや、君がいたおかげでシロン星では、私は自分の仕事に集中することが出来た。今回も、恐らく近いうちに開かれるであろう会戦のために私がここに来ているわけだが、君の力を借りたい」
「小官の全力を尽くします」
「うむ、頼む。……ところでだ」

 そこまでなら普通の挨拶、というべきだろう。だがセレブレッゼには実はもう一つの懸案事項があった。それは当基地に逗留しているある部隊のことであった。

「君は、薔薇の騎士連隊を知っているかね?」
「はい。帝国からの亡命者の子弟で構成された、同盟最強の白兵戦部隊ですよね。その戦闘能力は一個連隊で一個師団に匹敵するという……」
「そう、そのローゼンリッターがこの基地にはいるのだが、その、なんというか——」
「わかります。少なくとも扱いやすい人たちではないでしょうね」

 フロルは軽く呆れながら肩を竦める。恐らくセレブレッゼ中将が私に求めているのは、彼らとの折衝役と言ったところだろう。もっとも、それはフロル自身も望むところだった。彼らには今後、何かと関わりを持つだろう。何より、ハイネセンの家で待っているカリンの父親がいるのだ。


 カリン——カーテローゼ・フォン・クロイツェルが、フロルの家に来て一年半ほど経った時の転属であった。もっとも、この一年半、フロルとカリンの仲は良好と言って差し支えないものだった。フロルはカリンの面倒を良く見ていたし(これはキャゼルヌに言わせると驚天動地らしい。自分が押し付けておいてよく言う)、カリンもまたフロルをある程度認めているだろう、とフロルは思っていた。何より、フロルはこの10歳にならんとする女の子に、ケーキの作り方を教えるという楽しみを獲得していた。カリンもちゃんと女の子らしいところがあり、ケーキが大好物だったのである。フロルは暇な時には、積極的にカリンとケーキを作った。カリンもまたそれを楽しそうに覚えていった。彼らの間では会話に用いられた時間よりも、一緒にケーキを作っていた時間の方が長かっただろう。

 またカリンがフロルの家に来て一か月強経った7月16日、カリンの誕生日に、フロルは大きなプレゼントをしたのである。
 それはビュコック夫人から聞いていた、カリンが夢中になったというシェットランド・シープドックのメスの仔犬だった。カリンは泣きながらそれを喜んだ。そしてその仔犬をエリィと名付けた。母親のミドルネームからとったのだという。一年の間にその犬はすくすくと育ち、今ではカリンが抱きかかえるのにも一杯の大きさになって、カリンにべったり懐いている。恐らく、今もハイネセンのフロルの家でカリンを守っていることだろう。

 カリンは今、キャゼルヌ先輩の家で面倒を見てもらっている。寝起きはフロルの家だが、ご飯はキャゼルヌ家で食べさせてもらっているはずだった。キャゼルヌの心情としては、子供を預けて一年足らずで単身赴任することになってしまって、申し訳ないと思っているようで、出来るだけ早く戻れるように尽力する、とのことだった。だが、最低でも一年は戻れぬ、とのことでもあった。

 カリンは当初こそ、フロルの転属に無関心を装っていたが、フロルがヴァンフリート4=2に旅立つ朝には、彼に抱きついて泣いたものである。その姿には思わずフロルももらい泣きしてしまった。
「フロルさん、絶対、絶対帰って来て下さいね」
 カリンは目と鼻を真っ赤にしながら言った。
「ああ、大丈夫。後方基地だからね。それに一年で戻って来るよ。それまで、エリィと一緒に俺の帰る場所を守っていてくれるかな?」
「はい、待ってます。この一年の間に、ケーキの腕前だって上げてやるんだから」
「そうそう、その意気だよ」
 フロルはカリンを抱きしめて思った。ここは既に俺の家なのだ。そしてそこには待つ者がいる。死ぬわけにはいかない。
「キャゼルヌ先輩の家は二つ隣りだから、心配はないと思うけど、何かあったらちゃんと頼るんだよ。無理をしちゃあいけない」
「はい、わかってます。今年でもう10歳なんですから」
「ああ、今度の誕生日で10歳だ。もう一端のレディだね」
「ええ、待ってます。待ってるから」
 そう言って、別れて来たのである。フロルはカリンをもう一度抱きしめたあと、犬のエリィの頭を撫でながら、「カリンを頼む」と言ったのだった。
 それが既に半月前。ヴァンフリートまでおよそ2週間かけて、フロルはこの基地に到着したのであった。



「その、私は軍事的な才覚がある方だとは思っていない」
 セレブレッゼ中将が言いづらそうに言った。
「だからその、彼らローゼンリッターに舐められてるところがあってだね……、どうにも奴らわ私の手に負えんのだ。そこで、なんだが、中佐、これを言うのは非常に——」
「わかりました、中将。私がなんとかします」
 フロルはシンクレッゼの言葉を遮って言う。それに彼は安心したらしく、安堵の溜め息をついた。
「助かる。では、中佐。今後ともよろしく頼む」
「はっ」
 そうしてフロルは司令官室を出たのであった。


 だが司令官室を出たフロルは、懐かしい顔との再会を果たす。
 シンクレア・セレブレッゼ中将の副官、イヴリン・ドールトン大尉との再会である。
「イヴリン?」
「フロル、フロル・リシャール! 久しぶりね」
 彼女は表面上、笑顔でそう挨拶して来たが、フロルはその仮面の下にある怒りを敏感に読み取った。イヴリンは、怒っている。だが、何故?
「や、やぁ、久しぶりだね。シロン星以来だから……ええっと」
「三年と四か月ぶりよ、フロル」
 彼女はやはり怒っている。
「そ、そうだな。いやぁ、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「ええ、そりゃあもう。元気一杯で力が余ってるわよ」
「あ、あははははは」
 彼は必死に視線を外しつつ、笑うことしかできない。
「ねぇフロル、今夜は空いてるかしら?」
 イヴリンがどこか険のある表情で言う。イヴリンの顔を見たフロルは後悔した。
「いや、今夜は俺、到着したばかりだから事務仕事が溜まっててさ」
「ねぇ、フロル、今夜は空いてるかしら?」
 イヴリンがまったく同じ台詞を、まるで噛み締めるように言う。
「あ、空いてます」
 彼は抵抗を諦めた。無駄だとわかったのである。
「そう」彼女はそこで晴れ晴れとした笑顔を見せる。「じゃあ私の部屋に来て、旧交を暖めましょうよ」
「え、いや」
「旧交を暖めましょうよ」
「……はい」
「じゃあ、待ってるからね」
 そう言って、イヴリンはセレブレッゼ中将の部屋に入って行った。フロルは一人、廊下で頭を抱えた。そうだ、セレブレッゼの副官だったのだから、ここにいるに決まっているじゃないか。どうして会うまで忘れていたんだろう。いや、それを彼女に言ってはいけない。言ったら、余計怒られそうな気がする。
(だが、なんでだ)
 フロルは自問自答する。
(俺とイヴリンはただの友人だったはずだ。いや、多少仲は良かったが。だが、いや、そんな、うーん)
 そして彼はあることを思い出し、顔を真っ青にした。
 彼は3年前、ハイネセンに戻る時、なぜかイヴリンにだけ別れの挨拶を言っていなかったのだ。なぜしなかったんだろう。だが、フロルは彼女が怒っている理由がそれだろう、と思っていた。
 だが、もしここにキャゼルヌ当たりがいたならば一言、
「鈍感」
と罵倒しただろう。
 フロルは肩を落としつつ、一人、薔薇の騎士連隊の訓練所に、足を向けたのであった。

























 
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